ドラマ『地下鉄道 ~自由への旅路~』


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 『地下鉄道 ~自由への旅路~』は、Amazon Prime Videoのオリジナル・ドラマ。監督は『ムーンライト』(2016)や『ビール・ストリートの恋人たち』(2018)といった良質な映画を作りあげたバリー・ジェンキンスが務めるなど、配信前から大きな注目を集めていた。

 本作の主人公は、アメリカ南部のジョージア州にある大規模農園で働く黒人奴隷のコーラ(スソ・ムベドゥ)だ。農園での辛い生活に耐えきれなくなったコーラは、奴隷を逃してくれる地下鉄道の噂を頼りに、農園から脱出する。賞金稼ぎであるリッジウェイ(ジョエル・エドガートン)の執拗な追跡や暴力に苦しみながらも、自由を手にするためひたすら走りつづける。

 原作のコルソン・ホワイトヘッドによる同名小説と同じく、本作は南北戦争以前のアメリカが舞台だ。もともと地下鉄道は実在の秘密結社を指す言葉で、文字通り地下に鉄道が張りめぐらされていたわけではない。しかし、ドラマでは地下列車の走行シーンがたびたび見られるなど、フィクション要素も多分に取りこんでいる。

 映像面で言えば、本作はバリー・ジェンキンスらしさ全開の内容だ。なかでも、物語の転換点で多用されるクローズアップとキャラクターのカメラ目線は、ジェンキンス作品を観てきた者からすれば思わずにんまりとしてしまうおなじみの手法である。
 明暗のコントラストを活かした場面の数々は美しいと感じられる瞬間も多い。この点は、『ムーンライト』や『ビール・ストリートの恋人たち』にも関わった撮影監督のジェームズ・ラクストンが持つ優れた手腕を褒めるべきだろう。

 美しい映像と対比させるように、物語は最後まで重苦しい情感を隠さない。逃げても逃げても、暴力と死はコーラにまとわりついてくる。安住の地を見つけたと思ったら襲撃され、息つく暇もなく追っ手は現れる。
 このような構成の物語に、筆者は現在の世界を重ねてしまう。どれだけ議論や運動を重ねても、いまだ黒人に対する差別は解消されず、無慈悲に命が奪われることも珍しくないのが現在だ。そうした終わらなさや徒労感と共鳴するように、19世紀のアメリカに生きるコーラの物語を本作は紡いでいく。

 特別な力を持たない黒人という点では、本作は『ビール・ストリートの恋人たち』の延長線上にある作品とも言える。『ビール・ストリートの恋人たち』も、日々を生きるだけで精一杯の黒人一家の無力さというシビアな現実が描かれていたからだ。社会構造によって不公平な状況に追いやられた者は、その状況から自力で抜けだすのは難しい。その視点に、世界の仕組みを冷徹に見抜くバリー・ジェンキンスの優れた批評精神を筆者は見た。

 終始重苦しさを醸す本作だが、最終章ではそれでも歩みを止めてはいけないという一絞りの光も見られる。コーラの逃避行は終わらないのだ。
 終わらないことに、うんざりする者もいるかもしれない。とはいえ、コーラは生きぬくことで、終止符を打てる可能性をまだ持てている。『地下鉄道 ~自由への旅路~』の結末は、《生きろ》という切実な想いに感じられた。



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