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音楽レヴュー 2

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音楽作品のレヴューです
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#音楽

怒りを隠れ蓑にせず、愛と弱さを歌えるようになった者たち Idles『TANGK』

 ブリストルのアイドルズは、怒りと激しさを隠さないバンドだ。庶民を虐げる政治、有害な男らしさ、苛烈な差別や経済格差など、さまざまなテーマを自らの曲で取りあげてきた。
 良くも悪くもお利口で、何かしらメッセージを発しても遠回しな暗喩や皮肉という形の表現が少なくない現在において、アイドルズの音楽は率直な叫びとして稀有なインパクトを放った。レベル(Lebel)をUKラップが担うようになったなかで、ロック

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畏怖と共に愛聴しながら、抱えているモヤモヤ (G)I-DLE『2』

 K-POPにおいて、自ら作詞/作曲に関わるグループは珍しいものではなくなりつつある。それでも、5人組グループ(G)I-DLEのセルフ・プロデュース度は群を抜いていると言えるだろう。リーダーのソヨンを中心に、メンバーたちが創作に深く関わるだけでなく、そうして創りあげられた表現の質も高いのだから。

 この魅力は、今年1月29日にリリースされたセカンド・フル・アルバム『2』でさらに増している。本作に

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甘美なグルーヴ、多彩なサウンド Seven Davis Jr.『Stranger Than Fiction』

 テキサス州ヒューストン出身のプロデューサー、セヴン・デイヴィス・ジュニア。レコードショップやストリーミングサービスにおいて、彼の作品はハウスに分類されていることが多い。しかし、これまでリリースしてきた作品を聴いてもわかるように、ハウスと一言で形容するには無理がある多面的な音楽を鳴らしてきたアーティストだ。ファンクを前面に出したかと思えば、R&Bの香りを漂わせながら甘美なグルーヴを創出する時もある

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カン・ダニエルの告白、女性差別…K-POPの光と闇の歴史を辿る『K-POP Evolution』 初出:wezzy(株式会社サイゾー) 2021年7月17日

 筆者がたびたび寄稿していたウェブメディア『wezzy』が、2024年3月31日にサイトの完全閉鎖を予定しているそうです。そのお知らせの中で、「ご寄稿いただいた記事の著作権は執筆者の皆様にございます。ご自身のブログやテキストサイトなどのほか、他社のメディアでも再利用可能です」とあるため、こうしてブログに記事を転載しました。元記事のURLを下記に記載しておきますので、気になる方は閉鎖前に覗いてみてく

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艶かしく《女性らしさ》を塗りかえるロンドンのアーティスト Amaria BB『6.9.4.2』

 ロンドンにあるハックニー出身のアマリアBBは、シンガーソングライターとして活躍するジャマイカ系イギリス人。13歳でタレントショー『Got What It Takes?』に出場して優勝を掻っさらうなど、少女の頃から表現力を高く評価されていたが、本格的に注目を集めだしたのは2021年のシングル“Slow Motion”以降だろう。窮屈でステレオタイプな女性らしさを塗りかえたこの曲をきっかけに、Col

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熟練を見せつけるユーフォリックなダンス・ミュージック The Chemical Brothers『For That Beautiful Feeling』

 イギリスのダンス・ミュージック・デュオ、ケミカル・ブラザーズは良質なダンス・ミュージックを作りつづけてきた。テクノ、ハウス、ロック、ヒップホップなどさまざまな要素が混在したトラック群は多くのリスナーに愛され、いまもなお聴かれている。

 マンチェスターのアンダーグラウンドなクラブ・シーンから出発した彼らの旅を振りかえると、興味深い点がたくさんあることに気づく。ビッグビートというジャンルをメインス

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素顔を隠さない強さ 『aespa LIVE TOUR 2023 ‘SYNK : HYPER LINE’ in JAPAN -Special Edition-』 2023.8.5~6

 2023年8月5~6日、aespaの東京ドーム公演に行ってきた。彼女たちのライヴを観るのは、今年4月におこなわれたさいたまスーパーアリーナ公演以来だ。そのときとツアータイトルは同じだが、東京ドーム公演は-Special Edition-と銘打たれている。どこがスペシャルなのか知りたいと思い、チケット販売開始と同時に応募し、運良くゲットできた。
 正直、ここ最近ライヴに対するハードルが上がってい

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言葉で楽しむK-POP ライオット・ガールの表情を帯びはじめた(G)I-DLE

言葉で楽しむK-POP ライオット・ガールの表情を帯びはじめた(G)I-DLE

 この一節は、韓国の5人組アイドルグループ、(G)I-DLEのデビュー曲“LATATA”(2018)に登場する。本稿を書くためにあらためて再生したら、リリース当時に聴いたときと印象は変わらなかった。多くの新人アイドルグループの歌がそうであるように、質の高いパフォーマンスでファンを魅了するという意志が詩的な言葉に置きかわっている。あるいは、誰かを夢中にさせたいと願う者を描いたラヴ・ソングとしても聴け

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蠱惑的なテクノ・トラック集 Marcel Dettmann「Electric Drive」

 ドイツのDJ/プロデューサー、マルセル・デットマンが最新EP「Electric Drive」をリリースした。まとまった作品としては、2022年のフル・アルバム『Fear Of Programming』以来となる。

 結論から言うと、「Electric Drive」はデットマンの魅力が詰まった秀逸なテクノ・トラックを楽しめるEPだ。ドライなオープンハイハットの鳴りとレトロ・フューチャーなシンセ・

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踊らなきゃやってられない世の中を生きぬくために Jessie Ware 『That! Feels Good!』

 筆者にとってジェシー・ウェアは、ダブステップのシーンから出てきたシンガーというイメージだった。SBTRKTとの“Nervous”(2010)、サンファとの“Valentine”(2011)などはダブステップの要素が顕著で、その路線を拡張していくのだろうと思っていた。
 そうした雑感を持ちつつ、ファースト・アルバム『Devotion』(2012)を聴いたのだから、驚きを隠せなかったのは言うまでもな

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ノスタルジーの皮をかぶったモダンなポスト・パンク Heartworms「A Comforting Notion」

 ハートウォームズことジョジョ・オームを知ったのは約1年前のこと。ロンドンのロック・シーンにおいてハブ的場所となっているライヴハウス、ウィンドミルでの公演をアップしているYouTubeチャンネルで、彼女のライヴを観たのだ。ミリタリー・ファッションを纏った姿はゴシックな雰囲気が目立ち、瞬く間に筆者の興味を引いた。肝心のサウンドも琴線に触れた。演奏スキルは荒削りなところもあったが、ダークな音像とキャッ

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実存は本質に先立つ 『aespa LIVE TOUR 2023 ’SYNK : HYPER LINE’ in JAPAN』@さいたまスーパーアリーナ 4/16

 4月16日、韓国の4人組グループaespaがさいたまスーパーアリーナでおこなった『aespa LIVE TOUR 2023 ’SYNK : HYPER LINE’ in JAPAN』を観てきました。結論から言うと、とても素晴らしかったです。テクノロジーを駆使した演出からタイポグラフィーまでさまざまな仕掛けが飛びだすライヴは、視覚的楽しさでいっぱいだった。重低音を前面に出した曲群はレイヴィーと言え

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アイルランドからFuck家父長制のポスト・パンク〜M(h)aol『Attachment Styles』

 以前ブログでも書いたように、いまアイルランドの音楽シーンがおもしろい。記事を書いたあとも、ヒップホップ・グループのニーキャップがNYタイムズにピックアップされるなど、その勢いは増す一方だ。
 こうした潮流をきっかけに、M(h)aol(〈メイル〉と発音するらしい)も大きな注目を集めた。2014年にダブリンで結成されたこのバンドを知ったのは、2021年のデビューEP「Gender Studies」を

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2022年のポップ・カルチャーを振りかえる

 2022年もポップ・カルチャーに触れていて感じたのは、自身の背景を強く滲ませた正直な表現が増えたということです。音楽作品でいうと、リナ・サワヤマの『Hold The Girl』は、これまで以上に自らの切実な想いが込められた素晴らしいアルバムでした。ロイル・カーナーの『Hugo』も、人生を振りかえりながら、自分の怒りや憎しみと向きあう痛みが顕著な作品と言えます。
 この傾向は今年突然始まったことで

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