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映画/ドラマレヴュー

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観た映画やドラマのなかから興味深かったものについていろいろと。
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#レビュー

恋愛至上主義ではない恋愛ドラマ『愛と、利と』

 2023年2月9日、韓国ドラマ『愛と、利と』の最終回が放送された。KCU銀行ヨンポ店で働く4人の男女を中心としたメロドラマである本作は、恋愛至上主義ではない恋愛ドラマと言える作品だ。スヨン(ムン・ガヨン)、サンス(ユ・ヨンソク)、ミギョン(クム・セロク)、ジョンヒョン(チョン・ガラム)はそれぞれの恋愛模様を見せてくれるが、4人とも誰かと結ばれることなく物語は終わる。

 本作を観て特に興味深いと

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2021年ベスト映画20

 音楽やドラマと同様、映画もアジア作品に惹かれることが多かった。まだ全国公開を迎えていない作品も含め、旧態依然とした価値観や規範に挑む物語が目立ったのは嬉しいかぎりです。特に韓国映画は、映画史の観点における深みを出しつつ、肌感覚で感じやすい抑圧や偏見への抵抗を見いだせる作品にたくさん出逢えました。高尚になりすぎず、かといって世情に媚びを売らない気品もあるという秀逸なバランス感覚は、さまざまな韓国映

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2021年ベスト・ドラマ20

 ドラマは音楽や映画以上に韓国の作品が際立っていた。作られる物語はバラエティー豊かで、物語に込められた視点も実に多彩でした。世情に対するオルタナティヴな価値観を醸す作品も多く、それらは韓国に住んでいない人でも共鳴できるものだと思います。

 ブログやWebマガジンで評した作品は、タイトルにリンクを貼っております。こちらもぜひ読んでください。

20 『マイネーム:偽りと復讐』

 体技中心の骨太な

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過去を通して、現在のいびつな構造を浮きぼりにする 〜 映画『デトロイト』〜



 キャスリン・ビグローは、緊迫感に満ちた映像を撮るのが上手い。その代表的な例といえば、やはり『ハート・ロッカー』だ。第82回アカデミー賞で6部門を受賞したこの映画は、静寂と騒々しさを巧みに使い分けることで、喉元にナイフを突きつけられたかのようなスリルを生みだしている。心地よさだけを求める観客にとっては不満たっぷりな手法かもしれないが、そうして質の高い作品をコンスタントに作りつづけてきたことは、

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気づきすぎたふたりが見せる、切実な反抗 〜 ドラマ『このサイテーな世界の終わり』 〜



 今年もネットフリックスは、私たちを楽しませてくれそうです。今月5日に配信されたドラマ、『このサイテーな世界の終わり』が非常に面白かった。チャールズ・フォースマンのコミックが原作であるこのドラマは、去年10月にイギリスのチャンネル4でいち早く放送され、それ以外の国はネットフリックスを通して観れるという形式。

 本作の中心人物は、殺人願望を持つ自称サイコパスのジェイムス(アレックス・ロウザー)

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現代に蔓延る闇を抉りだすホラー 〜 映画『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』〜



 スティーヴン・キングの小説を原作とする『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』は、ホラー映画でありながら少年少女たちの青春物語でもある。くわえて、さまざまな社会問題への批判精神が色濃いのも印象的だ。なかでも秀逸なのはべバリーの境遇の描き方。おそらく彼女は父親から性暴力を受けているが、それを直接的な描写ではなく、父親との関係性を匂わせる数シーンで多くを語っているところに、制作陣の高いスキ

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フィルム・ノワールの意匠に込められた、鋭い批評精神 〜 映画『三度目の殺人』〜



 だいぶ前に観た作品だが、是枝裕和監督の映画『三度目の殺人』の余韻がまだ残っている。こういう作品が全国規模で公開されるのか...という驚きもあるし、本作で見られるさまざまな要素についてあれこれ考える楽しさもある。

 物語の概要はこうだ。勝利至上主義の弁護士・重盛(福山雅治)は、殺人の前科がある三隅(役所広司)の弁護を担当することになった。三隅の犯行は、解雇された工場の社長を殺め、その後死体に

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“観る”から“体験”に移行しつつある現在の映画界を象徴する作品のひとつとしては、よくできている 〜 映画『ダンケルク』〜



 クリストファー・ノーランは、何よりも形式を重視する映画監督だ。このことはノーランのフィルモグラフィーを振りかえってもわかる。10分間しか記憶を保てない男が主人公の『メメント』(2000)、人の夢の中で物語が進行する『インセプション』(2010)、理論物理学を下敷きにしたSF『インターステラー』(2014)など、物語の設定や凝った仕掛けで私たちを驚かせるのが、ノーランの常套手段である。

 そ

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この問題作を受け入れられるだけの感性が、日本にあるだろうか? 〜 映画『エル ELLE』〜



 『ロボコップ』や『氷の微笑』などで知られるポール・ヴァーホーヴェン監督は、とんでもない問題作を作りあげた。主人公のミシェル役にイザベル・ユペールを迎えたその映画は、『エル ELLE』と呼ばれている。

 『エル ELLE』の物語は、凄惨なレイプシーンで幕を開ける(※1)。だが、失神から目覚めたミシェルは警察に通報することもなく、部屋を片づけはじめる。翌日には、経営する会社で社員に強権的な立ち

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私たち、今から始めない? 〜 映画『浮き草たち』〜



 アダム・レオン監督の初長編作『ギミー・ザ・ルート NYグラフィティ』は、とても初々しい青春映画だ。この映画はニューヨークを舞台に、グラフィティ・アートに夢中の若い男女を描いている。若さゆえのイタい情動を描きだし、大人になってしまった者たちの心をいちいち突いてくる。粗もなくはないが、アダム・レオンが持つ才能の一端を楽しめる。製作で参加したジョナサン・デミが猛烈にバックアップしたのも頷ける。

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この世に命を繫ぎ止めるための言葉 〜 映画『心のカルテ』〜



 アン・セクストンという詩人がいる。1974年に自らこの世を去ったセクストンは、シルヴィア・プラスと共に告白詩のムーヴメントを作ったことで有名だ。
 セクストンは不安定な精神との戦いを余儀なくされ、死の間際まで入退院を繰り返した。そのなかで綴られた詩を読むと、セクストンの詩は“生と死”を行き来していることがわかる。たとえば「Snow」という詩では、〈希望がある いたるところに希望がある〉と前向

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戦うことでしか道を切り開けなかった男のけじめ 〜 映画『LOGAN/ローガン』〜



 アメリカン・コミックの『X-MEN』シリーズは、常に同時代性を孕んできた。ミュータントと人間の争いは多くのマイノリティーが味わってきたことを反映してるし、ホロコーストの生き残りという出自を持つマグニートーは、ナチスへの批判的暗喩としても機能するキャラクターだ。
 そうした『X-MEN』シリーズの批評性は映画版『X-MEN』シリーズにも受け継がれたが、その側面がより前面に出たのは『ウルヴァリン

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イタリアだけじゃない 世界中が求めるヒーローだ ~ 映画『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』~



 『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』はイタリア映画だ、と言わなければ日本の映画と思われるかもしれないなんて心配もあるので、こんな書き出しになってしまった。2015年に制作された本作は、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞(イタリアのアカデミー賞的なもの)で7部門も受賞するなど高く評価されている。早耳な映画ファンの中には、イタリア映画祭2016で公開されたときにいち早く観た者もいるだろうか。

 物語は、

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“不満”と“らしさ”と“切実さ” 〜 映画『メッセージ』〜



 ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の映画『メッセージ』を観て最初に感じたのは、“不満”だ。本作のストーリーは次のようなもの。ある日、世界各地に巨大な宇宙船が出現した。その船に乗る宇宙人と対話するため軍に雇われた言語学者のルイーズ(エイミー・アダムス)は、宇宙人たちの言語を解読しようと奮闘するが、その裏では宇宙船への攻撃準備が着実に進んでいく...。いわば本作は、SF映画などでよく見られるファーストコン

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