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心理療法研究の価値を高める (後編)

Photo by Felipe Castilla on Unsplash

こちらの前編に引き続き、下記の論文の後半を要約してお伝えします。

Cristea, I. A., & Naudet, F. (2019). Increase value and reduce waste in research on psychological therapies. Behaviour research and therapy, 123, 103479. 

研究情報は十分にアクセス可能か

 研究に関する情報が十分に共有されないことでも、膨大な研究のムダが生じさせると考えられます。これに関係するのが、出版バイアスとデータシェアリングの問題です。

 出版バイアスとは、研究者が望んでいた結果が得られた研究ばかりが公表され、そうでない研究が公表されないことで生まれるバイアスを意味します。確率論的には、同じ検証をした研究を集めると、一部の研究では有意な結果がでないことになります(※結果の値は統計的な分布に従うと期待されるため)。しかしながら、確率論的に期待されるよりも有意な結果を示す研究報告の割合が多いことが知られています。このようなバイアスを、過剰有意性excess significanceと言います。うつに対する心理療法で、この過剰性が認められました(Flint, Cuijpers, Horder, Koole, & Munafò, 2015) 。また、心理療法のメタ分析を検討したところ、そのうち40%前後が過剰有意性を示していました(Dragioti, et al., 2017) 。
 米国の国立精神衛生研究所の助成を受けた、うつ病のランダム化比較試験の出版バイアスを検討した研究もあります(Driessen, Hollon, Bockting, Cuijpers, and Turner, 2015) 。その結果、助成を受けた研究のうち、約4分の1の試験が公表されていませんでした。公表されなかった研究での効果サイズはHedges' gで0.2であり、公表された論文にこれらの結果を合わせると25%も効果が下がりました。こうした傾向は、抗うつ薬の出版バイアスの結果と酷似しています。

 データシェアリングが重要であることを劇的に示した研究があります。この研究では、青年期の単極性うつに対するパロキセチン、イミプラミン、そしてプラセボを比較したスミスクライン・ビーチャム社の治験を再解析しました(Le Noury, et al., 2015)。その結果、どちらの抗うつ薬もプラセボに比べて有効でなかったばかりか、双方とも重篤な有害事象を有意に増加させていました。これは、それまで公表されていた報告書と全く正反対の結果でした。

 個人レベルのデータが共有されることで、選択的報告や、再生可能性に関する問題が大きく改善されると期待できます。しかしながら、臨床心理学においては、個人レベルのデータ共有は2%にとどまっています (Nutu, Gentili, Naudet, & Cristea, 2019) 。これは、生物医学の研究と同程度とのことで、今後の取組が必須となります。

バイアスのない、利用可能な研究報告か?
 Consolidated Standards for Reporting Trials (CONSORT) statement (Schulz, Altman, & Moher, 2010) は、研究報告を統一するガイダンスとして広く知られています。EQUATOR Network (https://www.equator-etwork.org/about-us/)というポータルサイトでは、研究デザインや母集団、介入法に応じて400を超える報告ガイドラインが紹介されています。しかし、臨床心理学のトップジャーナルを見ると、ランダム化比較試験では30%、システマティックレビューとメタ分析では25%が報告ガイドラインの遵守を必須とするにとどまっているのが現状です。
 報告が適切に行われているかを知るには、当初の研究実施計画を知る必要があります。ここでも、事前の臨床試験登録が重要な役割を果たします。残念ながら、臨床心理学のトップ25のジャーナルで報告されたランダム化比較試験の25%しか、事前登録をしていませんでした(Cybulski, Mayo-Wilson, & Grant, 2016)。また、Journal of Consulting and Clinical Psychologyに2013−2014年に出版された試験の50%しか、事前登録がされていませんでした(Azar, Riehm, McKay, & Thombs, 2015) 。
 研究結果を断片化fragmentationして報告する(※サラミ論文などとも言われる)のも、研究のムダを生み出す要因になっています。例えば、沢山のアウトカムのうち、いい結果のみが公表されることによって、それらを集めたメタ分析で誤った結論が導かれる可能性が懸念されます。
 
 メタ分析が重複してなされることも、研究のムダのひとつです。近年では、論文が採択されやすいなどの背景から、メタ分析を用いた論文が増えています。しかし、同じトピックを扱った複数のメタ分析が違った結果(ときには正反対の結果)を出すこともあり、研究結果を統合することが必ずしも高いエビデンスを示すわけでもありません(Ioannidis, 2016a) 。 

では、解決策は?
 生物医学の再現可能性の危機に対して、解決策の道筋を示した論文があります(Munafò, et al., 2017)。この論文では、研究方法、報告、均てん化、再生可能性、評価、イニシアチブに分かれて、諸点の改善案が述べられています。これらは、心理療法研究にも適応できると考えられます。
 加えて、筆者らは2つの解決策を提案しています。一つは、メタ研究(研究についての研究)という新たな研究分野を生み出し、心理療法の研究が健全であるかをモニターし評価することです。メタ研究には、研究をいかに総合するか、メタ分析、メタ疫学的査定や、研究計画・実施・報告においてバイアスを下げる方法論の検討などが含まれます。研究助成機関、アカデミック機関、ジャーナルがこのメタ研究の重要性を認識することが重要となります。
 もう一つは、オープンサイエンスの原則を徹底すること。研究の計画から知見の解釈まで、それら全てに関わるデータに誰もがアクセスでき、再生可能性がチェックされ、独立したチームによって再現されること、です。データやその解析手法に誰もがアクセスできることによって、研究参加者から得た貴重なデータを、再生可能性という点からも検討できますし、別の解析手法を用いて新たな知を得ることができるかも知れません。

 以上が、紹介した論文に書かれていたおおまかな内容になります。

まとめてみての所感
 教科書通りに厳格に臨床試験が実践されているかと言うと、そうではないことがよく理解できたかと思います。僕自身は、米国や欧州から発表される心理療法のランダム化比較試験の研究を見ては、「日本とは完全に世界が違う。。。」と落ち込むことも何度もありました。しかし、それらのRCTでさえ、まだまだ改善の余地があることを、この論文は教えてくれます。日本の精神医療や臨床心理学では、臨床試験がきわめて僅かな状況です。しかし、この論文に書かれているようなこと(ムダな知見を生み出すような研究行為)を理解して、いまここから臨床試験を始めていけるという状況は幸いなことでもあると考えられます。”これらをクリアすれば世界に示せる知見になる”と捉えて、より沢山の日本の心理学者などの専門家が、日本において心理療法の臨床試験を始めていっていただけるといいなと願っています。

 次回のアドベントカレンダーの際には、下記論文から、出版の質を高める提案に関する全体像を提案した図表を紹介します。 


Waters, A. M., LeBeau, R. T., Young, K. S., Dowell, T. L., & Ryan, K. M. (2020). Towards the enhancement of quality publication practices in clinical psychological science. Behaviour research and therapy, 124, 103499.





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