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【Quora初回答と高評価と分析】日本メーカーはなぜAppleのような洗練された製品が生まれにくいのか?

noteで自己発信して、何となく世間が求めていることと自分が発信できることの重なり理解できてきたところで、力試しに回答してみたものです。

結果的に、初めてのQuora投稿
・6日ほどで3600ビュー
・127高評価

・高評価率3.5%
といきなりnoteの私のトップ記事2.4%を大幅に超える反響
です。↓考察記事

Quoraの分析

・アクティブなユーザーはnoteと同じかちょい上ぐらいいる
・運営がかなり細かく動き、活性化させている。(中の人が一ユーザーじゃないかというぐらい使い込み、馴染んでいる)
・外資で、米国勤務のようなので、日系サービスほど細かくは変動しなそう
・今後のグロースは、Twitterのように本国の期待を超えるほど日本に馴染むか次第
・マニアックな内容がnoteに比べると多く、自分の専門や立ち位置が見えている人には有利
・マニアックな内容だとユーザー同士価値観が近く、変な荒れ方は起こりにくそう
・回答を中心とした自己発信なので、反応率やフォロワーほど発信力を得ることが難しそう(主体性を持ちにくい)
・noteで言うマガジン的なスペースというものがあり新規登録はもうできないので、先行してつくれた人のみが有利な状況が続きそう

(現状のスペースは、かつて一般ユーザーが作ったものなので、名前づけとかがカオス状態で、安易に増やすのができないのもわかる。)
・投げ銭的なものが多分ない

何となくまとめ
noteよりマニアックで、自分でお題を考えるのが面倒だけど、知識があると言う方は試しにやってみることをお勧めしますが、中国の類似サービスに比べると、拡張性やマネタイズに弱いので、Quora運営側が良質な質問と回答を無料で集めると言うことで、運営側が有利なモデルかもしれません。
(あくまで開始一週間の私見)
私は様子をみながら続ける予定です。

私の回答

質問:日本のメーカーはなぜAppleのような洗練された製品が生まれにくいのですか?

回答:
これは難しいようで海外で暮らし、チームとして働いてみると結構シンプルかなと思います。大きな要因をリスト化してみますね。

①海外のチームと市場に多様性がある。
日本の場合は、チームが日本人の比率が多く、リーダーの多くも日本人の年上の人だと思います。そして日本語です。外国籍の方がいても大抵の場合、日本人よりも日本人らしく日本語や作法を扱います。
一見、チームワークは良いのですが、視点は一つになります。
一方、海外のチームは言語がバラバラだったり、国籍、宗教が異なり、いくつもの目(文化や感性)があります。
また、海外は市場も大きいようでそれぞれの国は、日本よりそうそう簡単ではなくサイズもそう大きくないため(正確にいうと市場が大きくても一緒くたにできない)、いくつもの国、市場を貫通させることを目的とされます。そうした障害の多い中で、デザインは洗練されます(まるで雨水が山の砂利などによって濾過されるように)。体格、指のサイズ、収入、色に対する感覚、宗教、これらの違いをいくつも乗り越えるのです。
何も美しいだけが洗練だと思うと、おそらく永久に世界トップには届かないと思います。

②才能にお金を払い、激しい競争がある
日本の場合は、年功序列や終身雇用はなくなりつつあるかもしれませんが、それでもまだまだ残っており、日々辛いこともあるでしょうが、正直、日々の生活は見通しが立ちやすく全く安全だと思います。
海外の場合は、例えば私の場合シンガポールで働いていたりすると、失職は国外退去を意味します。その時に、3ヶ月、6ヶ月の見通しが、ディレクターレベルでも立たず、いつも危険と不安の中で、実力以上の力を発揮し続ける必要があります。そして、給料も高いです。一流の会社であれば、デザイナーでも2,000万ぐらいは日本でいう係長レベルでも行きます。それ以上になれば青天井です。街に出れば、ビールが100円もしない中(これは当時の中国の話です。シンガポールだと缶ビール800円ぐらいします。)でそれほどの給料をもらえるわけですから、色々な国から、多様な若い才能が、ポジションを奪いにきます。
そうした中で、より洗練されたものを作ることはもはや自然なことです。腹が減っている方がご飯がたくさん食べれる必然。もともとステイハングリーなのです。

③メディアを支配できず、頼れるのはクリエイティブ
ブランドの知名度、有名人の知名度、メディア購入これらをベースとして日本のデザインやプロダクト(製品)は一般の人々に知られ、TVなど露出量から信頼され、購入されます。
しかし海外では、そもそもメディアを安定して購入することも、同一の有名人を雇うことも、日本のブランドを知っている人も少ないです。そしてさらに日本人ほどTVや新聞を信じてもいません。治安が不安だったり、経済が悪い国はいくらでもあります。そんな中で人間の共通感情=感動、喜び、悲しみ、美しいもの対する好意的反応を突いて、デザインを作り出すことで、宗教や価値観、時代が変わっても通用するレベルのものを目指さざるを得ないのです。
海外のテレビCMなどで有名なものほど、英語やその他言語を全く使わずに魅力をみせきります。例で言えば、P&GのCMなどもそうでしょう。動画はこちら

これはママはハードでベストジョブで応援できる企業として嬉しいという趣旨のブランドCMです。今の時代では、パパはどうなんだ?と炎上してしまいそうですが、世界から集まった一流のデザイナーが、精神的にも不安定で激しい競争に巻き込まれている時、必然的に炎上をもうまく避けて作る人が現れます。

私は、日本人の能力は低いというより、むしろ平均としては高いと考えています。しかし安心安全の環境全体が、時代をブレークするほど洗練されたものを作ることを求めていないため、それが達成されないと考えます。

そしてどうしても世界的洗練された作りたいのであれば、安定を捨ててトップに挑む他ないです。世界的・歴史的なモノは世界のトップが作ることが自然と考えます。

多分に自己経験を含みますがご参考までに。