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庭いじりの贅沢:フライパンで焼きサンド、ドクダミチンキ、山椒のための剪定

ドクダミの花が満開に近づいてきたので小瓶にとって焼酎を注いだ。

毎年秋に使う柿の渋抜きの焼酎である。花の状態で集めて注いでおくと虫刺されに聞くという。飲んでも効くだろうが、神様に怒られるので気をつける。
実家の脇のドクダミを採った。明日は実家の裏の柿の木の下に収穫に行く。もう少ししたら、根ごと引き抜いて乾燥させたいのだが、上手く根から取れない。精進である。
銀は中華の調味料である。僕は瓶を捨てられない症候群である。蓋のない瓶(錆びて捨ててしまう)でさえも、いつか「瓶だけ割ったらスペアに良いと」捨てられない。互いに合わない瓶と蓋がひっそりと暮らしている。僕が死んだら、この瓶や蓋たちは互いの素性もわからなくなり捨てられるのだろうなあ。家族のようである、僕は半端なコイツラの親である。愛おしくてたまらん。

この時期は、実生が目に入る。庭のもみじは、最初の頃に植えられていた大きな一本の子供である。親は既に腐って倒れたが。どうにも見つけると日当たりの良いところに移してやりたくなる。

しかし、植物はよくタネを飛ばす。
大きく池に張り出した紅葉であった。

先日、朝早くに鯉が産卵したようである。庭中が生臭く、精子の匂いがする。面白いものである。植物からも時折、この匂いがする。
生命の始まりの匂いである。もしくは若くて獣の匂いである。もしくはマスターベーションの匂いである。最近は、頑張っても無理であるが。
ん、お下劣であるだろうか?
まあ、動画はアップしていないし。年取ると恥じらいが無くなる。勘弁。


山椒の裏の雪柳を剪定した。しばらく放おって置いたのでボンボンであった。日当たりが良くなった。もう少し切ろうかという気になってきた。

季節になると白くて綺麗に彩ってくれる。下の芭蕉が日当たりが良すぎてで駄目にならなければいいが。まあ、昔はそんなに生えていなかった。茗荷も進出している。切った枝はいつものように裏に積んだ。
手前の山椒が伸びると良いのだが。雪が多いと枝折れが起こるので良し悪しであろうか。去年から釣るのを止めたのでソレナリの姿に落ち着くであろう。
昔の写真を見たが、山椒がない。後から生えたのだろうか?鶴は置物である。
多分、庭が出来て5年目くらい。僕は中学の頃である。学校ではいじめられて、買っていた犬のクロが友人だった。後ろに山椒があるはずなのだが。

ライ麦パンがあったので、半割にして昨日の余りの新タマネギフライを挟んだが足りなくて目玉焼きを挟んだ。

朝はハムエッグサンド。フライパンで焼きサンドにする。
6枚切りを暑さ半分にするのだ。
ターンオーバーした目玉焼きが半熟で僕は大好き。
ホットサンドメーカーでは潰れるので嬉しくない人向けである。フンワリと焼けて中までむされて野菜の味が変わる。
焼きサンドはフライパンで作ったほうが美味い。

食事を主題とした映画として僕は大好き。食事とは人生であり、時間をかけて学び「自分なりのものを作ること」がいかに大事かよく分かる。50年前にはお店で食事は売られていなかったのだ。
自分なりの食事こそが自分なりの人生の終りを迎えさせてくれる。

ああ、あの映画見たくなった。

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#山椒のための剪定
#シェフ三ツ星フードトラック始めました

厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。