見出し画像

認知世界を広げるVRの可能性

Takramの野見山です。WebとVRのデザインと開発を行っています。この記事ではVRの可能性について深堀りたいと思います。

VRの可能性

VR元年と呼ばれた2016年からちょうど5年。ゲームエンジンやモデリングソフトのめざましい進化によってリアルな映像表現を誰でも手軽に作れる時代になりました。最近では安価なLiDARデバイスやフォトグラメトリツールが登場したことで、現実世界をバーチャルに再現することも容易になりました。フォトリアリスティックという言葉に代表されるように「バーチャル上でいかに現実世界をシミュレーションするか」がこの5年間の命題でした。

しかし現実世界をシミュレーションすることだけがVRの価値かというとそうではありません。そもそもVRは本質的に現実と等価であることを指し、現実を完全に再現しないと成立しない技術ではありません。現実世界と等価でありながら現実世界を拡張する余白が残されている、それこそがVRの本当の面白さだと思います。

そこで現実世界を拡張するためのVR表現を深掘るため、数ヶ月間前からグラフィックデザイナーの半澤智朗氏とVRに関するリサーチを進めています。この記事では「物体」「空間」「身体」の3つの観点からVRの可能性について議論したいと思います。

想像力が物体を拡張する

奥行きや音の指向性など、VRでは空間性のある知覚を用いて情報を直感的に伝えることができます。たとえば歩いたときに足元から「カツーンカツーン」と音が聞こえるシーンを想像してください。

画像1

おそらく室内の広い空間で硬い大理石の床を歩いていることがそれとなくわかると思います。このように現実世界の情報がすべて揃っていない状況でも想像力を媒介して物体の性質や質感を伝えることができます。木のフローリングを歩いているときに急に「ガリッ」と音がしたら下を見なくても何か硬いものを踏んだことがわかります。

物体の動きやサイズもその性質や質感を伝えることができます。たとえばPrimitierという物理シミュレーションVRを見てください。空気抵抗を実装したということですが、ひらひらと落ちる板の動きが素材の軽さや空気の流れを感じさせます。

もし落とした物体が高くバウンドすれば弾力感を、触った物体がなかなか動かなければ重量感を感じると思います。テキストで「これは10kgの物体です!重くて挟まれると痛いです!気をつけて!」と記載しなくても、人は想像を膨らませて情報を補完することができます。

では抽象的な音や現実世界にない動きも物体の性質や質感を変える可能性はあるのでしょうか。これに近い議論がUIデザインの領域では既にされています。Googleの提唱するMaterial Designでは平面的な要素に自然界のふるまいをメタファーとして取り込んでいます。

ボタンに触れたときの波紋の広がりやスワイプしたときの慣性など、画面上で何が起きているか直感で理解できる工夫がされています。自然界のリアルな質感や立体感をそのまま表現するスキューモーフィズムと比べて、より情報が洗練されて認知しやすいデザインだといえます。

VRにおいてもただ音や動きをリアルに再現するのではなく、自然界のふるまいを参考にデザインすることが認知世界を広げるために大切なのではないでしょうか。現実世界の情報を適切に足したり引いたりすることができれば、物体の性質や質感に想像の余白を作ることができるはずです。

物体の印象を変える

続いて絵画や映像といった2D表現による物体の拡張について考えます。

下のBożenka Jelonekさんの作品では、モノトーンで描いた絵に後から色を入れるグリザイユ画法という手法で描かれています。

画像2

相対的に明るく照らされたエリアは黄色く、暗く陰ったエリアは紫色に配色されています。ただ現実と同じ色を配色するのではなく、特徴を強調するように配色することで夕焼けを寂しく演出したり、冬の景色を寒々しく演出したりすることができます。色による印象操作は映像制作でのライティングやカラーグレーディングでも行われます。コントラストの強い色で画面を構成することで不安や緊張感を演出したり、色温度を高めることで友情を演出したりします。

物体の印象を変えるのは色だけではありません。IY〇YIさんの作品では物体の陰影や濃淡を平行線で表現するハッチングという技法を用いることで、3Dモデルでありながら絵画のような印象があります。このように陰影やテクスチャも物体の印象を変える因子になります。

画像3

3Dの世界を2Dに解釈する絵画や映像の技法は、その過程で現実をより現実らしく映します。VRではこれらの技法を再度3Dに適用することで、空間性をもった物体として扱うことができます。現実の物体をそのまま再現するだけでなく、表現したい物体の性質や質感に合わせて色やテクスチャを考えることが認知を広げるポイントになりそうです。

空間の重なりを想像する

続いて空間の拡張について考えてみましょう。VRでは複数のユーザがそれぞれのVRデバイスを通じて拡張された空間を体験できます。しかしそれぞれの体験するVR空間は非対称性なためユーザ同士でコミュニケーションすることが難しいシーンが多くあります。これに対してSlice of Lightという作品では複数の空間を重ね合わせることでこの非対称性の問題を解決しています。

空間を重ねる表現は、複数の空間に散らばった情報の気配をユーザに伝えることができます。たとえばThe Mediumというゲームでは、二重現実というテーマで現実世界と異世界の空間を重ねています。ゲームのユーザは異世界を体験しているときも、裏にある現実世界の情報を想像しながらゲームを進めることができます。

画像4

またIngressやポケモンGOといったロケーションベース型のゲームで登場するバーチャルマップも、プリミティブな空間の重なり表現といえます。ジムのある駅やポケモンの集まる公園など、現実世界を普段過ごしているときもゲーム世界の情報の気配を感じてゲーム画面を開くユーザがたくさんいました。

空間の印象を変える

またバーチャル上では距離感やスピード感といった空間感覚を自由に変えることができます。たとえばこちらのレーシングゲームの例では、加速の瞬間に広角レンズにシフトするアニメーションを加えることでスピード感を演出しています。

広角レンズの効果で周辺視野のオプティカルフローが強調されるため、実際より大きな速度変化を感じます。また似たような演出でドリーズームという映像手法があります。望遠から広角に切り替えながらカメラを前進させることで対象物の距離感を伸ばす手法です。もともとヒッチコックの『めまい』という映画のワンシーンで、高所を覗いたときの恐怖感を表現するために使われていました。

このようなレンズの圧縮効果をVRで用いることで、体感レベルで空間感覚を変化させられないかと考えています。VRで空間感覚を変化させることが可能か、できる場合はどのようなシーンで可能か。VR酔いの懸念も含めて今後検証したいと考えています。

身体を変えて心を拡張する

最後は身体の拡張について考えます。スタンフォード大学で行われたスーパーヒーロー実験では、ヘリコプターに乗ったグループよりスーパーヒーローとして街を飛び回って人助けをしたグループの方が、現実世界に戻った後も困った人を助けるという結果があります。

ほかにもVRでドラゴンのアバターを使うと高所に対する恐怖心が軽減するという研究もあります。このようにアバターの見た目や印象が心や行動に変化を与える現象をプロテウス効果と呼びます。身体性に対する人の想像力が心の形を作り変えます。自由に身体性を変えられるVRには心のあり方や人の能力を広げる可能性が秘められています。

まとめ

以上、認知世界を広げるVRの可能性について「物体」「空間」「身体」の観点でまとめました。VRのどの要素が認知世界を広げるのか正しく理解して表現を考えることがユーザを混乱させないためのポイントになりそうです。

今後はリサーチで得たインサイトをもとに小規模なプロトタイプを作っていく予定です。これからもVRやデザインエンジニアリングについて発信していくのでフォローよろしくお願いします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?