木幡真人|masato kohata

Runtrip Magazine編集ディレクター(Runtrip, Inc.)/ 文章…

木幡真人|masato kohata

Runtrip Magazine編集ディレクター(Runtrip, Inc.)/ 文章を書いたり走ったりしてます

マガジン

最近の記事

  • 固定された記事

強さとは、速さとは。小説「風が強く吹いている」を再読して気づかされたこと

週末、小説「風が強く吹いている」を再読した。 この本を初めて読んだのは2011年、中学卒業間際。駅伝という競技に出会った中学3年、好きになった物事には没頭する癖がある僕はあらゆる選手の情報、過去の映像を見入った。2010-2011シーズンは現在マラソン日本記録保持者の大迫傑が早稲田大学へと入学した年であり、早稲田大学が学生三大駅伝で史上3校目の三冠を達成したシーズンだった。 長距離選手たちが魅せる異次元の走りに魅了された僕はすっかり駅伝沼へと浸たり、行き着いた先がこの「風

    • 静寂に身を浸すことで感じられた「小さな声」

      ときどき自分の声が小さすぎて聞こえなくなるときがある。 綺麗だと感じていたものへの確かな思いも薄れ、本のページを開く余裕もなくなる。仕事に忙殺され、今日出す記事をあっぷあっぷと溺れそうになりながらギリギリのところで公開ボタンを押す。SNSに氾濫するまったくどこが真理なのかわからない真理が流れてきたり、キラキラとした画像に映し出される世界をぼんやりと眺めては酔いから逃げるように現実世界へ戻ってくる。疲れ果てた心と頭で何かを絞り出す元気もなく、また眠りに就いて、ぼんやりと朝を迎

      • 2024.04.07

        昨日、吉祥寺を友人に案内してもらった。先日、関東での暮らしも4年が経ったと書いたがまだまだ行ったことのない街や足を踏み入れたことのない場所も多く、吉祥寺は2回目だった。 ひとりの時間が増えたものの、横須賀に住んでいることもあってひとりで都内の街に遊びにいくというのが最初は楽しかったが、だんだん疲れるようになって家にいることが多くなった。だからこそ、友人とどこか不慣れな街へ足を踏み入れてみることは大切なのだと身をもって実感する。 高校生の頃まで東京駅まで行けば〈東京〉なのだ

        • 天狗だったあの日の自分へ

          以前から気になっていた『大学1年生の歩き方』を読んだ。ちょうど明日から4月。この土日に街ですれ違った人たちの中には本当に明日から大学1年生になるひとたちもいたのだろう。 自分はというと、大学1年生になったのは10年前。2014年に地元宮城の公立大学へ入学した。頭の中では鮮明にあらゆる場面を憶えているのに、もうそんなに経つのかと文字通り遠い目で過去を振り返った。 読み終えた感想から言えば、自分の大学1年に最も必要だったのはここで書かれている内容そのものだった。僕はゴールデン

        • 固定された記事

        強さとは、速さとは。小説「風が強く吹いている」を再読して気づかされたこと

        マガジン

        • エッセイ
          29本
        • 読書・映画感想文
          26本
        • Works
          2本
        • Runtrip Crew
          84本
        • 恋愛について
          7本
        • 小説「主役」
          3本
          ¥300

        記事

          2024.03.24

          遠くへ旅をすることが好きだ、と気づいたのはここ最近のこと。多くのひとが言うような現地のことを知ったり、その土地にしかないものに触れる(のも好きだが)こと以上に新幹線や飛行機に乗るのが好きなのである。 しばらく忘れていたが、小学生のころは、新幹線に乗りたいがために遠くへ旅行に連れて行ってもらっていたほどだ。 これを人に話すと意味がわからないと訝しげな顔をされるが、東北新幹線の車内チャイムが大好きでYouTubeで東北新幹線の車内放送をラジオのようにかけ続けるときがある。東京

          2024.03.20

          Google Photoを遡っていたら、3年前の今日が鶴見に引っ越した日だったらしい。休学時代の1年も含めると首都圏での生活も早4年となる。 3年も一人暮らしをしていれば、1回くらいは鍵を失くして家に入れなくなるか。納得。 もうオリンピック1回分の時間をここで過ごした(大学を卒業するために2020年だけ宮城に戻っているので、地続きではないが)。感慨深い。 住民票を実家から移したのは25歳だが、実質的に実家から出たのは23歳のとき。もう実家から出ないのではないかというほど

          2024.03.17

          自宅の鍵を失くした。昨日の夜、部屋の前にやれやれと思って辿り着きポケットをいくら探しても鍵がない。リュックの中に入れたのだろうかと思い手を入れてみるものの全く出てこない。 しまった。時刻は23時を回ったところ。不運なことに大家さんの電話番号をスマホに記録していない。不動産屋の営業時間もとうに過ぎている。扉の前で血の気が引いた。ここに帰ってくるまでに寄った店のほとんども営業が終わっている。 どこにも連絡がとれず、しばらくアパートの前の道路に佇んでいたが、このままだと野宿かフ

          ちょっとだけ話したいことを掬い取る

          もう社会人になって3年が経つ。入社したばかりのころは3年って遠いなあと本当に遠い目をしていたが、意外とたどり着いてみると遠くもなかった。関東での生活は、休学中の1年もあるので通算すると4年になる。東北から出てきたという意識も薄れつつあり、おおよそ東京・神奈川での生活のほうが自分の基準になってきた。 ちょうど10年前、大学に入るかどうかの時期、慶應大のSFC(湘南藤沢キャンパス)に入学した友人たちを見ていてそのキラキラした姿に憧れという名の嫉妬心をもち合格した大学(結果的には

          ちょっとだけ話したいことを掬い取る

          2024年2月ふり返り

          不調な2月だった。毎週のように出張(宮城・三重)があり、東京マラソン関連の仕事の準備もあり、つねに移動しながら降りかかってくるさまざまなことに対応していた。 自分のなかで停滞を感じて、書きたいものも湧き上がってこない感じ。3月に入ってしまったが、この1ヶ月で感じたことはゆっくり整理していきたい。 唯一、オードリーの東京ドームに行けたことはとても自分のなかで響くものがあった。スタンド席から見た光景はずっと忘れられない。いつも音や画面で見てたひとが小さくともこの先のステージに

          やっぱり、健やかに生きるのは大切だ【2024年1月ふり返り】

          気づけば、2024年の12分の1が終わってしまった。早い。時間が過ぎていくのが早すぎる。世の中的にも自分の身の上的にもこの1年のスタートはあらゆることが起こり、気持ちが揺れ動いた1カ月でもあった。 とくに元日に起きた能登半島の地震には、2011年の体験がフラッシュバックした。13年前、実家は内陸にあったので津波はなかったが、激しく揺れ、地面に垂直に立っていたはずの庭の作業小屋の柱が平行四辺形のように斜めに右往左往する姿を見て言葉が出なかった。あの晩はものが散乱した家には到底

          やっぱり、健やかに生きるのは大切だ【2024年1月ふり返り】

          「よいものをつくりたいじゃないか」と思った2023年

          2023年も残りわずか。今年は12月28日の最終営業日とともに自宅で休みを迎えて落ち着いた年末を過ごしています。 昨日、学生時代からの友人と会うために東京駅の近くへ行ったのですが、人々が集まる光景は変わらないはずなのにそこに流れる空気や景色の色合いに“年末”とはこれかと感じ入る瞬間がありました。 それは多くの人が家族やパートナーと共にスーツケースをガラガラと転がしながら地方へ帰省しようとする姿かもしれないし、休みに入った人々の朗らかな表情かもしれない。はたまた、12月の澄

          「よいものをつくりたいじゃないか」と思った2023年

          取材の場が好きだと思い出した話

          生きていると、ごくたまに今日出会ったことは大切に記憶のなかにしまっておきたいと思う素敵なできごとがある。 先週金曜日、自分が遭遇したのはまさにそんなできごとだった。 箱根駅伝に出場するとある大学の選手を取材に、彼らが登壇するイベントへ伺ったときのこと。当然、報道陣の注目は取材対象である選手たちであったが、その傍で司会を務める方に目を奪われた。というのも、その人は元・仙台の放送局でアナウンサーをされていた方だった。 中学生の頃、その方が出演しているラジオをよく聴いていたし

          取材の場が好きだと思い出した話

          それでも、この街で生きていく|映画「キリエのうた」を観て

          10月、学生時代から仲の良い友人が東京を離れた。 19歳の秋に知り合い震災復興の渦中にあった東北で将来の理想像を語り合い、教育やまちづくり、建築、メディア、色々なことについて深く話し合える仲だった。大阪出身で仙台に進学した彼は、生きてきた土地も通う大学も違う人だったが、どういうわけかすぐに仲良くなった。 仙台の街の一角で、ビルのテナントを借りて一緒に教育系の事業を行なったこともあった。その期間は上手くいかなかったが、良くも悪くも自分の人生にとって深く記憶に残る時間だった。

          それでも、この街で生きていく|映画「キリエのうた」を観て

          "靴下のまち"奈良県広陵町発のソックスブランド・OLENOの制作の裏側をRuntrip Magazineで取材、執筆しました。先日登場したRuntripのオリジナルソックスこう作られてるのか!とワクワクした取材でした。 ▼記事 https://mg.runtrip.jp/archives/85299

          "靴下のまち"奈良県広陵町発のソックスブランド・OLENOの制作の裏側をRuntrip Magazineで取材、執筆しました。先日登場したRuntripのオリジナルソックスこう作られてるのか!とワクワクした取材でした。 ▼記事 https://mg.runtrip.jp/archives/85299

          どうしてモテに絡め取られてしまうのだろうか

          けっこう前から、恋愛についての話を友人にするとnoteに書いてほしいと言われることが多い。最近では、マッチングアプリを通じて知り合った人ひとりひとりのことを、久しぶりに会った友人とのお茶の場で雑談として話していると恋愛小説書いてくださいなんて言われる始末。 大学生の頃は、恋愛エッセイを書こうと思ってもどうやったら甘く切ない文章を書けるのか逆立ちしても分からなかったのに、いつの間にやら恋バナの人になっている。どうしたらそうなるの。 実際、マッチングアプリで会う人にいろんな話

          どうしてモテに絡め取られてしまうのだろうか

          春|#2|小説「主役」

          あの日から2回目の3月を迎えた。石巻の高校へ通うようになったのもあの震災の直後、この街で過ごしてもう2年が経とうとしている。東北の3月は真冬に比べれば寒さが緩んできたとはいえ、まだまだ冷たい風が吹いてくる。 真琴は陸上部で長距離を走っていたので、雨が降って学校のグラウンドが使えない日は山を下りて海の近くを走ることがあった。そこはもちろん、津波の跡で道路のアスファルトはなくなり、住宅地だったはずの家々は基礎を残して跡形もなくなっていた。そこらじゅう草が生い茂る。悲惨な痕跡が残

          春|#2|小説「主役」