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【もし新米の新規事業担当者が「起業の科学~スタートアップサイエンス~」を活用したら】ゼロから100億円の新規事業を生み出すまでの物語(4)~最終章~

収益計画の作成

山田:「田所さん、収支計画の立て方なのですが、ちゃんと作成するのが初めてなものでコツなどあれば教えていただけますか?」

田所先生:「収支計画よりもまず、事業全体のマイルストーンを設定しましょう。1週間程度あげますので、一旦、先5年間の事業計画を書いていただけますか?いきなりは難しいと思いますので、まずはターゲット市場とプロダクト/ビジネスモデルの2軸で、ビジネスロードマップの作成から始めてもらっても良いと思います」

山田:「ビジネスロードマップですか。それは事業計画を作成するための準備という位置づけでしょうか」

田所先生:「そうですね、何年目に、どのターゲット市場で、どのようなプロダクト/ビジネスモデルを展開していくかをビジネスロードマップを作成することで整理することができます。それをそのまま事業計画に活用できます。また、自分たちが一番最初に攻めるべき「センターピン」を明らかにできます。以前もご説明した通り、エントリー市場と初期市場とビジネスモデルの選定が非常に重要になります。」

山田:「Amazonのセンターピンは確か、「アメリカの西海岸×書籍」でしたよね。分かりました、少しお時間をください!」

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1週間後
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山田:「こんな感じで宜しいでしょうか。」

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田所先生:「なるほど、フィッシュマンの事業のセンターピンは、沼津をエントリー市場とした、装置・設備のマーケットプレイス型モデルということですね。その後、ターゲット市場を拡大していくにつれ、取り扱いアイテムとして単価の高い漁船を追加し、全国の漁師をターゲットとする段階で広告ビジネスを開始する、とても良いビジネスロードマップだと思います。それでは、これに具体的なターゲットユーザー数と開発マイルストーンを追加してみましょう」

山田:「ターゲットユーザー数というのは、各ターゲット市場で具体的に何人の漁師がいるのかということでしょうか」

田所先生:「はい、あと開発マイルストーンとしては、どの段階でどのようなプロダクトを作るのか、あるいは追加開発が必要になりそうかを考えて記載していきます」

山田:「承知しました。ところで漁師数は調べたら分かるのでしょうか。全国の漁師数は分かってるのですが・・・」

田所先生:「ちゃんとフェルミ推定しても良いですが、今回は人口と漁師数の比率で算出すれば十分だと思います。厳密には内陸の県には漁師は少ないなどを反映したほうが良いとは思いますが。」

山田:「ということは、沼津、静岡、東海地方の人口を調べれば漁師数が算出できるということですね。ということは、こんな感じでしょうか。」

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【人口】
沼津市:195,600人
静岡県:3,638,000人
東海地方:14,896,518人
全国:127,094,745人

【漁師数】
漁師数:200,000人
沼津市:308人
静岡県:5,725人
東海地方:23,442人
全国:200,000

田所先生:「ありがとうございます。これを踏まえた上で、事業が進む中で、どんな競合優位性を確立していくのかを考えてみましょう」

(ここポイントは少し難易度が高くなるので、PXXまで読み飛ばしても構いません)

山田:「競合優位性の確立?また難しい言葉が出てきましたね。それはどういう意味なのでしょうか?」

田所先生:「他社がこの事業を模倣したり、似たようなモデルで追随してきたときに、有利なポジションをキープするために必要な要素を作り上げることです。では、名著を参照しながら簡単に競争戦略や競合優位性についてみていきましょう」

「マイケルポーターの競争戦略」によると、競合優位性に関する重要なポイントは下記の通り

【競争の目的】
競合の主眼は、ライバル企業を負かすことではなく、利益を上げることだ。
競争して頂点に立つことを目指すのではなく、独自の価値を提供し、ユニークな存在になることが重要。例えば、フェラーリはトヨタと競争することなく、高級スポーツカーという独自な路線で競争優位を作り、営業利益率20%以上をたたき出している
【持続的競争優位の条件】
①特徴ある価値提案
②特別に調整されたバリューチェーン
③トレードオフ
④適合性
⑤継続性
この5つの条件の中でも最も重要なポイントの一つは、トレードオフだ。トレードオフとは、一方を選択することで他を選択しないことを示すが、何をやるかではなく、何をやらないかこそ競合優位性の源泉となる

【補足:マイケルポーターの5要因分析(ファイブフォース)】
・5要因分析は企業を取り巻く外部環境分析に用いるフレームワークであり、企業内部を分析するものではない。そのため、企業の実力を上げ、長期的に成長していくための戦略ではなく、短期的に業績をV字回復させるときに最も効果を発揮するもの
・5つの分析は、大きく3つと2つに分かれる。まず、①新規参入、②競合、③代替品の3つのどれに最も顧客を奪われているかについては考え、大きな問題を特定する
・その後、売り手(パートナー)⇒自社⇒買い手(顧客)間での価値の取り合いを考えてみる。商品の価値は買い手、自社、売り手の3社で取り合っている。

山田:「名著の内容がとてもよく理解できたのですが、なんというか・・・もう少し競争優位性について具体的に教えていただけますでしょうか。身近な例がないとやはりイメージがわかず・・・」

田所先生:「例えば、Amazonで買ったこともない新しい商品を買うときって何を重視しますか?」

山田:「新しいものですよね、勿論価格は気にしますが、商品レビューは必ず見ますね。失敗したくないので」

田所先生:「まさにそれですよ」

山田:「それ?」

田所先生:「仮にAmazonと全く同じサービスをやり始めた企業がAmazonに勝てるかというと無理でしょう。なぜなら、レビューがないからです。」

山田:「なるほど!」

田所先生:「ただ、競合優位性というのは短期的には効果は表れないことが多いです。Amazonの場合、1995年にレビューを実装しましたが、すぐに売上増加に貢献するようなものではありません。

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ただ、Amazonは『人々が何かものを買う時の判断を助ける』という価値提案を最上位においており、このAmazonレビューがAmazonにとって最も重要な資産(無形資産)になっており、既に世界で200億以上のAmazonレビューがあると言われています。この無形資産は、100兆を超えるAmazonの時価総額(2021年2月192兆円)に大きく貢献しています。

【Amazon レビュー】

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初期のころ(1995年)から、「自分たちの競争優位性をどうやって高めるか」という議論をし、長期的目線での投資を行っていたため、Amazonの今の地位があるといっても過言ではないでしょう」

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山田:「レビュー以外にも競合優位性を構築する方法ってあるのでしょうか。」

田所先生:「そうですね。まさに今やっているコミュニティビジネスも競合優位性を築くことのできるビジネスモデルです。Winner takes all(勝者1人が市場全てを支配する)モデルともいいます。同じようなコミュニティはいくつもいらないですよね?一度ちゃんとしたコミュニティを作ってしまえば、ユーザーも新しくできたコミュニティに移ろうなんて思わなくなります。さらにコミュニティーの人数が増えてくると外部性ネットワークというのが効き出してきて、ユーザーがユーザーを呼び込む状態になります。そうなったら、そのコミュニティーは一人勝ちします。まさにTwitter/Facebook/Instagramなどはそういう状態ですね。これも、持続的競合優位性(Defensiblity)の重要の要素の1つです」

山田:「なるほど、勉強になります」

田所先生:「Amazonの例に話を戻すと、Amazonは1996年に「Amazonアフィリエイターモデル」を作り上げます。これによってAmazonの顧客は、アフィリエイターのオススメの本から購入できるようになり、「顧客の購買体験」は劇的に向上しました」

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【Amazon アソシエイトプログラム】

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https://affiliate.amazon.co.jp/

山田:「なるほど。Amazonの事例はとても勉強になりますね」

田所先生:「では、この事業における競合優位性を追記してみてください」

山田:「こんな感じでしょうか」

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田所先生:「さらに大事なこととして、ビジネスモデルを静的と動的に表現することです」

山田:「静的?動的?どういうことですか?」

田所先生:「静的とはいわゆるよく見るビジネスモデルの図です」

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山田:「確かにとても単純ですね」

田所先生:「重要なのは「動的」のほうです。この事業を継続していく中で、それぞれの要素がどうやってお互いの要素を補完しあって強化していくのか?そのループ構造を確立できるのか?ということに着目した図です。」

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山田「なるほど!こうやって動的に表現するとどの要素が、どの要素と補完し合っているのかが、可視化されますね」

田所「そうです。これを可視化すると、逆に全体の流れ/ダイナミクスの中で、どこがボトルネックで注力すべきかが、明らかになってきます。では、山田さんが書いているFishmanレビューが実装されると、どうなるのかみてみましょう。静的なモデルで表現するとこうなります」

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田所先生:「重要なのは、動的(ダイナミック) に表現した時に、顧客にとってどんな価値が生まれるのかを表現することです。fishmanレビューが増えることによって、『顧客が選択する際のミスマッチが減る』と言うことですね。Amazonレビュー同様に、顧客のUXが向上して、顧客の定着率が上がり、LTVが向上し、事業の取引高/売り上げも向上する、と言う仮説を立てることができます」

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ここから想像を膨らまして、どのように事業が、伸長していくのかを考えてみましょう。

3年目にはターゲット市場を東海エリアまで広げると同時に、取扱商品として新たに漁船を追加します。ご存知の通り、漁船は単価は高いですがマッチング率が低いので、アクティブユーザー数が纏まった数集まってからが良いです。

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漁船を取扱商品として加えることにより、Fishmanレビューが増え、結果として、顧客のUXが向上し、顧客の選択肢が増えることになります。勿論、顧客の選択肢が増えることでさらにレビュー数が増えるというポジティブループが回ります。

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4年目には全国へターゲット市場を広げ、5年目には広告ビジネスを開始します。全国20万人の漁師をターゲットにしたビジネスとなるため、漁師向け広告を掲載することにより、掲載料を広告主からもらうビジネスモデルです。

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掲載する広告を厳選することにより、顧客の選択肢を増やし、UX向上にも寄与するため、下記のようなポジティブループを回すことが可能となります。

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【名著まとめ:ストーリーとしての競争戦略】
・戦略とは?
違いを作って繋げること
。他社との違いをつくり、因果論理で結びつけることで、流れと動きを作っていくことこそが競争戦略の本質
・優れた戦略とは?

思わず人に話したくなるような面白いストーリーがある戦略のこと。①誰に何を売っているのかというコンセプトが優れているか、②一見して非合理なポイントが盛り込まれているかの2点が重要。
・違いとは?
「程度の違い」と「種類の違い」の2種類ある。程度の違いとは、その違いを定量的に示せるもの。例えば、身長、年齢、体重など。一方、種類の違い
とは、違いを示す物差しがないもの。例えば、性別、職業、趣味など。
・違いの作り方は?
程度の違いと種類の違いを作るためには「ポジショニング」と「組織能力」が重要。ポジショニングにおいては、ある一貫したコンセプトの中で、何をやるかではなく、何をやらないかというトレードオフの考え方が重要。
・つなげるとは?
打ち手を繋げること。単につなげるのではなく、因果関係が重要。結果としてコスト優位を獲得できる。

多くの人は部分的にも全体的にも合理的で正しい戦略を選択肢がちであるが、それは模倣と熾烈な競争を生み、結局のところ価格競争になり、Bad Endを迎えることになる。他社が真似できない戦略なんてないのだ。そのため、模倣したくないような一見変な戦略を目指す。勿論、ただの非合理な戦略ではダメで、一見非合理だが全体的には合理な戦略を立てる必要がある。

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スターバックスはフランチャイズ方式ではなく、直営店方式で店舗を増やしていった。フランチャイズとは、お店や土地を既に持っている人に仕入から店舗運営まで全て任せ、売上の一部をもらうという方式だ。自ら土地やオーナーを見つけてくる必要がないため、出店スピードが早く、リスクも少ない。一方、直営店方式は土地もオーナーも自分たちで用意し店舗運営も自ら行うため、リスクが大きい。そのため、スタバの出店戦略は部分的に見ると非合理なものだった。だが、スタバはご存知の通り、コーヒーではなく、安らげる空間、「サードプレイス」を提供する企業であり、その全体の戦略から見れば、直営店方式は合理的な戦略であった。

田所先生:「このモデルとマイルストーンをベースにして、5年間のPL及び人員計画を書いてみましょう。ただ、その前に大事なこととして、まずビジネスモデルを因数分解してみることです」

山田:「因数分解ですか・・・なんとなくわかるのですが、そもそもなぜ分解する必要があるのでしょうか。」

田所先生:「「売上高をあげる」、「流通総額をあげる」というレベルのままだと、「じゃあどうすればいいの?」というHowが見えてこなくないですか?何をやるべきか明確になりますか?」

山田:「確かに・・・なりませんね」

田所先生:「何をすべきか、すなわち、最も効果的な施策を考えるためには、問題の「ツボ(ボトルネック)」を特定する必要があり、そのためにMECEになるよに要素分解していく必要があるのです」

山田:「要素分解というのはロジックツリーのことですよね?あれって自分で作ろうとすると手が止まってしまいます・・・」

田所先生:「MECE(ミーシー)って分かりますか?」

山田:「もれなくダブりなく、ですよね。ただ、MECEで分けようと思えば思うほど、どうやって分解してよいか分からなくなるんですよね・・・」

【用語解説】
MECE(ミーシー:Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)の略で、「漏れなく、ダブりなく」と訳される

田所先生:「フレームワークを使えるところは使ってサクッと分け、頭をひねるところは時間をかけて考えるという具合に濃淡をつけると良いです。CtoCマーケットプレイス売上は『取扱高×テイクレート』に分けられますが、これはフレームワークの一種です。覚えておくとよいでしょう」

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山田:「すいません、テイクレートとはなんでしょうか」

田所先生:「取引手数料率のことです。メルカリの場合でも、商品が売れたら10%の手数料を取られますよね?売れた金額×10%が取引手数料となり、これがメルカリの売上になります」

【田所先生のワンポイントアドバイス】
ECビジネスのKPI
ECには大きく分けて2つのビジネスモデルが存在する。①直販型、②マーケットプレイス型の2つだ。直販型とはAmazonをイメージしてもらえれば分かりやすい。一方、マーケットプレイス型は買い手と売り手のマッチングだけを行うモデルで、まさにFishmanのビジネスモデルと同様だ。ECビジネスでは、下記の公式は必須なのでぜひ覚えてほしい。

ネット売上=取扱高×テイクレート

ちなみにネット売上高とは、サービス運営側が得る取り分のことであり、実際に売買が行われた総額である取引総額とは異なる。ちなみに取引総額のことをグロス売上高という。


山田:「取引手数料はこれ以上分けられない気がします。一方、取扱高は取引数量×取引価格ですね。」


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山田:「次に、取引数量はマーケットプレイス内でどれだけものが売買されたかなので・・・マッチング率が関係しそうですが」

田所先生:「そうですね、マッチング率と、商品掲載数に分けみると良いと思います。結局、取引数の上限は売り手が商品を掲載した数で決まるという点もポイントですね」

山田:「なるほど。この式だと、買い手の数が出てこない気がするのですが、これはこれで大丈夫なんですよね?」

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田所先生:「とても良いポイントです。買い手の数は、マッチング率に影響を及ぼします。たくさんいたほうが良いですが、因数分解の要素の一部ではなく、マッチング率を上げるための施策のうちの一つですね。」

山田:「なるほど!とてもよく理解できました。次は商品掲載数をさらに分解してみました」

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田所先生:「いい感じですね。次にユーザー数(売り手)ですが、下記のように転換率を用いて書き直すこともできます」

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山田:「転換率?」

田所先生:「転換率は、マッチングビジネスにおいてとても重要な指標の一つですね。売り手と買い手がどれだけ入れ替わる可能性があるかを示し、仮に転換率が0の場合、売り手は売り手、買い手は買い手で別々に集めてこないといけなくなるので、マッチングビジネスとしてのハードルが上がります。」

山田:「なるほど、転換率が0というとどんなマッチングビジネスなんでしょうか。」

田所先生:「例えば、会計士と会計士に相談したい人のマッチングビジネスとかですね。可能性として0ではないですが、会計士が相談者になったり、相談者だった人が会計士になって相談を受ける立場になる可能性は限りなく0に近いですよね。このようなビジネスの場合、会計士は会計士、相談者は相談者で別々で集客を行う必要があるのでビジネスとしては難易度が高いです。」

山田:「なるほど、今回の場合は漁師さんが買い手にも売り手にもなるので、転換率は高いビジネスということになりますね」

田所先生:「このように、各要素を分解していって、分解仕切れない単位/もしくは『アクション可能』な単位にしていくことにより、必要な施策/オペレーションや人員/スキルの解像度が上がります。例えば、マッチング率をどうやって向上させるかを考えてみると、あくまでも一例ですが、下記の要素があります。」

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田所先生:「例えば、今回の漁船や装置・機械なので、場所があまりに遠いとマッチング率が下がると思います。なので、最初は地域を絞って沼津港からスタートすることは、マッチング率をあげることに寄与しますよね」

山田:「なるほど!ボトルネックを見つけた後は、そのようにその指標を伸ばしていくかを考えていくということですね。とても勉強になりました。」

田所「起業家/新規事業担当者は基本的に行動力がある人が多いので Doをやりがちです。結果として、PDCAサイクルではなくDDDDサイクルになってしまいます。ただ、前にも言ったように、初期のスタートアップ(スタートアップ)型事業のおいて大事なのはPMFを見つけるために、仮説構築して仮説検証することです。検証つまりPDCAのCheckが大事になるのです。山田さんがこのように要素分解をして、事業の重要な因子(KPI)を明らかにすることは、PDCAのCを設計していることに他ならないのです」

山田「なるほど」

田所「それでは、これをベースにして、まずはざっくりとPLと人員計画を作ってみましょう」

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【シェア率】
ターゲット市場に対するシェア率。各フェーズでターゲット市場が異なる

【広告ビジネス】
広告を見たユーザーが買い物して支払った金額の一部が、フィッシュマンの収入源となるため、
広告売上 = ARPU × コミュニティユーザー数

田所先生:「今やったことをまとめるとこんな感じです。最初から完璧なものを作ろうとしないことが重要です。」

①まず全体のマイルストーンを立てる。
②そこから事業の競争優位性を生み出していくための要素を考える。
③その要素を生み出すための静的モデル/動的モデルを可視化してみる
④事業要素の因数分解(ロジックツリー)を作ってみる
⑤1~4を踏まえて、PL/人員計画を立てる
⑥全体をみて、微調整する

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こうして私は田所先生からのアドバイスをもとに様々な資料を作成し、鮪谷社長へのプレゼンテーションの準備を行った。

社長プレゼン本番1ヶ月前

田所先生:「山田さん、では総仕上げをしましょうか。起業家として大事なことの1つに「ステークホルダーを巻き込むこと」が上げられます。そのために、プレゼンいわゆる「ピッチ」が非常に重要になります。これはスタートアップ用語なのですが、いわゆるプレゼンのことですね」

山田:「ピッチ、なるほど、これまで、ほとんどやったことがないので、あまり自信がありません」

田所先生:「心配しないでください。ピッチで大事なことは、どれくらい深く考えて、仮説構築と仮説検証を繰り返してきたかです。山田さんは顧客との対話を通じてさまざまな仮説検証をしましたし、ユーザーからのフィードバックをベースに事業のピポットもしました。大丈夫です、材料はそろっています。それでは、上手くいくためのピッチのフォーマットがあるので、それを解説しますね」

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田所先生:「ピッチとしては大きく4つのパターンがあります。①ワンセンテンスピッチ、②エレベーターピッチ、③ショートピッチ、④インベスターピッチです。それぞれ時間が異なり、ワンセンテンスピッチは10秒程度ですが、インベスターピッチとなると15分以上になるケースもあります。」

山田:「いろいろな種類があるんですね」

田所「プレゼンに盛り込むべきポイントを纏めました。最初は以下に聞き手に興味を持たせるか、すなわち、AIDMA(アイドマ)の流れに乗れるかが重要です。」

山田:「アイドマとはなんでしょうか?」

田所先生:「AIDMA(アイドマ)とは、Attention(注意)、Interest(関心)、Desire(欲求)、Memory(記憶)、Action(行動)の頭文字をとって作られた言葉です。一般消費者が商品やサービスの購入を決めるまでのプロセスを表しています。これにより、消費者が商品やサービスを見た瞬間からどのように購入にまで至るのかというプロセスを細かく考えることができます。」

山田:「なるほど、ということは、ピッチにおいても、鮪谷社長に承認してもらうというAction(行動)をさせないといけないので、この流れがとても重要だということですね」

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【用語解説】
アイドマ(AIDMA)
- Attention(注意)
消費者が商品やサービスについて知る段階  (ピッチでは最初の2-3ページで聞き手の注意を低こと)
- Interest(関心)
知った商品やサービスに対して消費者が興味や関心を抱く段階  (ピッチでは序盤に聞き手の関心を高めるポイントを伝えること)
- Desire(欲求)
気になっている商品やサービスを実際に使ってみたいと思う段階 (ピッチではソリューションデモを通じて、もっと知りたい、使ってみたいと思わせること)
- Memory(記憶)
消費者が実際に購入しようと思うまでのリマインドの段階 (ピッチでは、インパクトのある数字や、顧客のストーリーを伝えることで、聞き手の記憶に内容を刻むこと)
- Action(行動)
商品やサービスを購入する最終段階 (ピッチでのクロージングで、次のアクションを明確にして、聞き手にアクションを起こさせること)

田所先生:「そうですね、ではピッチでカバーすべき内容を見ていきましょう。」

ピッチでカバーすべき内容
◆Title/Summary
・一言でいうとどういうサービスか、一言で言って何のか、聞き手の注意を引き付けられるかがポイント
◆Problem(課題)
・問題に対する理解、どういった問題を解決しようとしているのか
・検証した結果、根本的な原因は何か、代替案に不があるといえるか
・本質の見抜く力が如実に現れる
◆Solution(解決策)
・どういうソリューションを提供するのか、なぜこの解決策なのか
・機能を説明するのではなく、UXを説明したほうが良い
◆Market/Scalability(市場規模)
・どれくらいの潜在マーケットがあるか
・今後どのくらいのサイズになりそうか
・事業のセンターピンは何で、今後どのように展開していくのか(ビジネスモデルロードマップなども有効)
◆Team(メンバー)
・実績、専門分野など
・Founder Issue Fitしているのか(原体験を用いて説明)
◆Traction/KPI
・現在ウォッチしているKPIは何か
・現在のトラクションは?
・今後、ウォッチしているKPIはどのように変わっていくのか
・ビジネスモデルをロジカルに要素分解し、アクション可能な指標として考えられているかが現れる
◆Business Model
・静的/動的の両方のビジネスモデル図を用いて説明できると良い
・Amazonの例のように、ビジネスモデルはフェーズによって変化するため、時系列に示せると良い
◆Unique insight
・他の人が気づいていない起業家だけが知っている事実・視点
・顧客との対話の中で得られたインサイトを盛り込むべき

【ピッチを成功させる13のポイント】
・何をしているかを最初に説明する
・ゆっくり明快に話す/堂々とする
・話すのは一人
・文字を多く書かない
・素早くデモにもっていく
・投資家の頭に残ることをいう
・ソリューションではなく、課題にフォーカスする
・テクノロジーではなく、UXを語る
・未来ではなく現状のトラクションやカスタマーインサイト/ストーリーの話をする
・ビジネスモデルは深入りしない
・収益計画ではなく、顧客獲得コストを話す
・自分たちを実際よりもよく見せない
・具体的な数字(KPI)を語る

田所「これに加えて、社内の新規事業で重要なこととしては、なぜ我々がこの事業をやるべきなのか、会社のビジョン/戦略との繋がりが、非常に大事になります。会社の中期計画やビジョンを改めて見直してみて、表紙の次のページに掲載しましょう」

山田:「田所先生、ありがとうございます!確かに既に材料はそろっていますね。今まで私がやってきたことで作成できそうです。なんとか頑張ってきます!」


エピローグ

最後までお読みいただいていかがだっただろうか。この後、見事に社内承認され、予算が下りることとなった。こうして山田さんは新規事業担当者としてさまざまな困難を乗り越えながら新規事業を立派な事業へと成長させることができたのだ。

いくら事業を成功させても多少ボーナスがアップする程度のインセンティブしかない、これが社内の新規事業担当者の現状なのだ。

何も山田さんも初めからやる気に満ち溢れていたわけではなく、漁業の課題にはじめて触れ、漁師の方々と重ねた大量の対話によって、自分がなんとかしなければという当事者意識が高まっていったのだ。

新規事業は「せんみつ(3/1000)」といわれるように、99.7%失敗するといわれている。つまり、ほとんど成功させることはできないものなのだ。この点は覚えておいてほしい。成功しなくて当たり前なのだ。だからこそ、成功確率をあげようと一つの仮説の磨きこみに時間を費やすのではなく、少しでも打席に立つ回数を多くすべきだ。せんみつであっても1000回打席に立てば3回は当たるのだ。一つのアイデアを磨きこみ、その確率を倍の6%にあげたところであまり効果はないのはご理解いただけるだろう。

本書では、起業の科学に詰め込んだ新規事業開発を行う上で最も重要な要素をもっともらしい分析論や他人事のような評論ではなく、なまなましいリアルな新規事業開発の現場で奮闘する物語を通じ、お伝えしたつもりだ。

本書は一度読んで終わりというようなものではなく、常に側において、日々の業務を実行していく中で様々な壁にぶつかったときに再度本書を開いて確認してもらいたい。きっとフィッシュマンの山田さんと同じ壁にぶつかっているはずだし、山田さんに共感できるポイントがたくさんあるはずだ。

私は本書を通じて新規事業担当者の皆様が一皮も二皮も向けてレベルアップし、次の市場の発見や新産業創造の担い手となっていただけることを本気で期待しているし、その力を十分にお持ちだと考えている。

本書を手に取った方々が新規事業を大きく成長させるきっかけをつかむことができたら、こんなに嬉しいことはない。







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