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【もし新米の新規事業担当者が「起業の科学~スタートアップサイエンス~」を活用したら】ゼロから100億円の新規事業を生み出すまでの物語(3)〜PMF〜

ユニットエコノミクス

山田:「というわけで、ちゃんと利益がでました!」

田所先生:「おめでとうございます。ところで、CPAとLTVはどの程度でしょうか。」

山田:「CPAとLTV?」

【用語解説】
CPA(Cost Per Acquisition)
顧客獲得コスト。新規の顧客を獲得し、有料子顧客へと育てていくためにどれだけのコストをかけることができるかを判断するための指標

LTV(Life Time Value)
顧客生涯価値。顧客が生涯にわたって総額でどれだけの利益を生み出すかを予測するための指標

田所先生:「教科書的には上の通りで、LTV>CPAを満たせば採算の取れた事業であるといえます。また、LTC/CPA≧3であれば事業の存続もしくは拡大・成長が可能な状態であると言われています」

山田:「すいません。ちょっと用語の説明が理解できず、簡単に説明していただけないでしょうか」

田所先生:「そうですね。山田さんはガチャガチャをご存知ですか?」

山田:「勿論知ってますよ。子供のころいっぱいやりましたからね」

田所先生:「では、カプセルの中に10円が入った100円のガチャガチャがあったらやりますか?」

山田:「田所さん、そんなのやるわけないじゃないですか。」

田所先生:「では、200円が入っていたら?」

山田:「勿論、やります!やればやるほど儲かりますからね」

田所先生:「そうですよね。馬鹿みたいな話だと思うと思いますが、新規事業になると、みなさんこの判断するできなくなるんです。」

山田:「・・・どういうことでしょうか」

田所先生:「CPAはガチャガチャを1回やる際の値段です。LTVは中に入っているお金です。これを中古船のビジネスに置き換えてみましょう。CPAは買い手である漁師さんを連れてくるための費用です。LTVはその連れてきた漁師さんが中古船を買うことでフィッシュマンが得られる利益です。」

山田:「ここまでは理解しました。ということは、今回のCPAは広告費になるということですね」

田所先生:「そうですね、ちなみに広告費としていくら使って何人漁師さんを連れてこれましたか?」

山田:「だいたい300万円の広告費を使って漁師さん1人ですね。その漁師さんから得られる利益は200万円ということは・・・」

田所先生:「300万円払ってガチャガチャをして、中に入っているのが200万円ということなので、やればやるほど損をしますね」

山田:「そんなあり得ないガチャガチャを回し続けていたということなんですね・・・」

田所先生:「事業を成立させる上で必要なのは、LTV>CPAとなることなんです。なので、仮に損益計算書(PL)が赤字だからといって、事業がダメかというとそうではありません。将来の顧客獲得のためにかけたコストも含まれていたりしますからね。」

山田:「赤字だったら事業がダメな気がするんですが、その辺りもう少し詳しく教えていただけますか。」

田所先生:「例えば、500円のガチャガチャの中に、植物のタネが入っていたとします。これはタネの状態だと0円です。やりますか?」

山田:「やるわけないですよ。さっきと一緒でやればやるほど損をするガチャガチャですよね」

田所先生:「ではこれならどうでしょうか。もしこの植物のタネが1玉150万円もする最高級メロンのタネだったとしたら」

山田:「150万円ですか??それは買わない手はないですね!ただ、育てるのにもコストがかかりますよね。」

田所先生:「その通りです。育てるのにコストがかかります。ということは考えてみてください。ガチャガチャをした瞬間は勿論、メロンが育って売れるまでの間は当然赤字ですよね?」

山田:「確かにそうですね・・・当分はPLで赤字が続きそうです」

田所先生:「でも、このメロンが3玉実り出荷できることになったらどうでしょうか。150万円が3玉で450万円の売上になります。この事業を誰も失敗とは言わないですよね」

山田:「そうですね。最初のガチャガチャの500円なんて気にならなくなりましたね」

田所先生:「以上の理由から、事業を適切に評価するためには、PLではなく、CPCとLTVをみる必要があるのです。これをユニットエコノミクスといいます」

山田:「なるほど。とりあえずLTV - CPA>0になれば良いということですよね?」

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田所先生:「はい、LTV>CPAとなるような方法で顧客を集めてくるというのが定石です。」

山田:「おっしゃっていることはとてもよく分かるのですが、LTV>CPAとなるような方法で顧客を集めてこれるのであれば苦労しない気がします。今回の中古船の事業もそうですが、なかなかLTV>CPAとなるような形で顧客を集めてくるのがそもそも難しい気がするのですが。」

【田所先生のワンポイントアドバイス】
顧客一人当たりの採算(ユニットエコノミクス)が黒字になっているかどうかはとても重要なポイントであり、ユニットエコノミクスが赤字のままで拡大を目指してしまうと、ますます赤字が膨らむばかりで、資金が一気に枯渇してしまう。最も重要なのは、バケツの穴をふさぐこと、すなわち、LTV>CPAの数式が成り立つようにすることだ。
LTVを増加させるためには、ユーザーに長く定着してもらう必要があるため、付加価値を提供し、ユーザーを熱狂させることで、ユーザーに可能な限りお金を払ってもらうことが重要となる。また、顧客獲得コストを抑えるためにもやはり熱狂的なファンを作り、口コミによって広めてもらうことが最も有効である。一方、既に顧客が集まる場所を利用する方法もある。通常、様々な場所に散らばっている顧客を一か所に集めてくるためには、多額のマーケティング費用が費用となる。しかし、既に顧客が集まっている場所があるとどうだろうか。例えば、家電量販店でパソコンを購入する際に、一緒にネット回線を契約すると、パソコン代金が2万円引きになるなんていうプロモーションを見たことはないだろうか。これはまさにインターネット回線の業者が自社の潜在顧客が既に集まっている場所はないかという点に着目し、効率よくマーケティングを行っている例なのだ。営業人員を増やし、売上という数字を追いかける前に、LTV>CPAとなるよう様々な施策を行い、ユニットエコノミクスを改善することが最も優先すべきことなのだ。

ユニットエコノミクスの改善〜CPAを下げる〜

田所先生:「そうですね。方法としては、①CPAを下げる、もしくは、②LTVをあげるのどちらかがあります」

山田:「CPAを下げるというのは、今打っている広告なしで顧客が来てくれるようにするというイメージでしょうか」

田所先生:「そうですね、顧客に顧客を呼んでもらえる状態を作るということです。いわゆる「口コミ」ですね」

山田:「口コミというとわかりやすいです。紹介したら無料キャンペーンとかやればよいのでしょうか」

田所先生:「もっと本質的なところから改善していくべきです。考えてみてください。山田さんが知り合いや友人につい勧めたくなるサービスってどんなものですか?」

山田:「勧めたくなる、ですか。それは勿論、私自身が心から本当に良いと思っているサービスですね」

田所先生:「そうですよね。それはつまり、山田さんがそのサービスの熱狂的なファンになっているかがポイントです。」

山田:「熱狂的なファン・・・」

田所先生:「つまり、本当に顧客の心を掴んで離さないサービスを作り上げることができれば、広告なんていらないんですよ。つまり、バイラル係数が高い状態を目指すべきです。」

山田:「バイラル係数?」

田所先生:「バイラル係数とは、一人の既存顧客が新しく連れてきてくれる顧客の数を表します。バイラル係数が1であれば、既存顧客が新たに新規顧客を1人連れてきてくるということになるので、単純に倍々で顧客数が増加していきます。」

山田:「バイラル係数が高ければ高いほど良いということはわかったのですが、先ほどのユニットエコノミクスの話とどういう関係があるのでしょうか。」

田所先生:「少し考えてみてください。広告5万円を出すことによって、5人の新規顧客を獲得できる場合、CPA=1万円/人ですよね」

山田:「はい。そこまではわかります」

田所先生:「仮にバイラル係数が1だったらどうでしょうか。その5人がまた新たな5人を連れてきてくれるんですよ?」

山田:「ということは、5万円の広告費で10人獲得できたことになるということですね!」

田所先生:「その通りです。なので、CPAが半分の0.5万円となります。」

山田:「ようやく理解できました。だからユニットエコノミクスの改善につながるんですね」

田所先生:「あとは、単純に広告を出す媒体を変えるという方法もありますね。」

山田:「今は漁師さんはWEB広告なんかみないと思ったので、新聞広告にしてますが、他に何か良い媒体があるのでしょうか」

田所先生:「漁師さんが読んでいる専門誌などがあれば良いですね。」

山田:「以前漁師さんのご自宅にお邪魔した際、「月刊海の男」という専門誌が置いてありました。それに出してみるというのも面白いかもしれませんね!」

ユニットエコノミクスの改善〜LTVを上げる〜

山田:「CPAを下げる方法は理解できたのですが、②のLTVを上げる方法がなかなかイメージがつきません」

田所先生:「現在は中古船を売りたい人と、買いたい人をマッチングしたらそれで終わりですよね」

山田:「はい、中古船の売買プラットフォームなのでそれで良いと思ってましたが」

田所先生:「従来はUXを含んだ製品を販売すればよかったのですが、現在の製品はUXの一部にすぎません。つまり、製品を売るだけでは不十分です」

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山田:「なんとなくイメージはできるのですが、もう少し具体的に説明していただけないでしょうか。」

田所先生:「昔は顧客が製品にお金を払っていましたが、今は体験にお金を払う時代になってきていて、製品を提供するだけでは不十分ということです。山田さんは株式会社小松製作所(以下、コマツ)をご存知ですか?コマツはこのUXに着目したビジネスモデルの変革により、大きく成功した企業のうちの一社なんです。」

山田:「コマツってあの建機メーカーのコマツですよね。でも、重厚長大なイメージの企業で、それこそ売ったら終わりのビジネスモデルな気がしますが。」

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田所先生:「コマツはコムトラックスというITシステムを活用し、世界中で稼働台数約50万台ともいわれるコマツの建機が発信する情報を、通信衛星回線や携帯電話回線を通して集め、それぞれの建機が今どこでどのように稼働しているか、燃料はどれくらい残っているか、故障した場合は、どこが故障したかなどの情報が逐一、コマツに送られてくるようになっています。」

山田:「それはすごいですね。でも、それがUXとどう関係があるのでしょうか。」

田所先生:「考えてみてください。顧客にとっては、故障やトラブルで建機が稼働できない状態になると、作業ができなくなります。つまり、なるべく未然に防ぎたいし、万が一壊れたとしてもなるべく早く修理してほしいわけです。また、建機は、本体価格そのものより、メンテナンス費用やランニングコストのほうが高く、時に本体価格の10倍にもなることもあるのでなおさらです。」

山田:「なるほど。たしかに建機を売るだけでは不十分ですね。むしろ、買った後にこそ顧客の課題があるので、購入後もフォローしてあげないと顧客は満足しないということですね。」

田所先生:「単に建機というモノの販売で終わることなく、モノから集まった膨大な情報、ビッグデータを活用して顧客満足度を高め、自社の収益につなげる素晴らしいビジネスモデルです。

もっというと、顧客の欲しいものは建機ではなく、『建設プロジェクトを成功させること』です。そこにフォーカスしたので、この事業はうまく行きました。ただ、そういった『顧客の本当の成功』を見つけて、フォーカスしているサービス/プロダクトはほんの一部です。なので、そこに軸をおいてやりきると勝ち筋が見えてきます」

山田:「この考え方は中古船販売においても重要になってくるということでしょうか。」

田所先生:「はい、要は中古船を提供する売り切りモデルでは、熱狂的なファンを作ることはほぼ不可能だということです。中古船を販売するだけなら誰でもできますよね。付加価値を作ることが重要なんです。」

山田:「熱狂的なファンを作るためには、付加価値が重要で、中古船を提供しているだけではダメということですね。言われてみると当たり前ですね。」

田所先生:「付加価値を考える際のコツは、購入時に顧客の満足度をピークに持ってこないことです。「購入」という行為はあくまでも企業と顧客の関係性ができたタイミングにすぎません。重要なのは、購入後も顧客と関係性を持ち続け、顧客の満足度を高められているかを確認すると良いです。」

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田所先生:「ユーザーが定着することによって、世界を席巻したNetflixを知っていますか?」

山田:「はい!大好きで毎日見ています。」

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田所先生:「ネットフリックスはユーザー一人あたり毎月980円ですが、月額見放題でコンテンツも豊富で、ユーザーの好みにあったコンテンツをレコメンドする機能も優れているため、初期のころは10%近くあった解約率が、最近では2019年の時点ではたったの2%未満といわれています。今やトヨタの時価総額を追い抜いてますからね。NPSもとても高く、このグラフだとアマゾンに次いで2位です。」

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山田:「ネットフリックス恐るべしですね。ところで、NPSとは何を意味しているのでしょうか。」

田所先生:「外資系コンサルティングファームのベイン・アンド・カンパニーが開発した顧客の満足度を表す指標であり、ネット・プロモーター・スコアの略です。「あなたはこのサービスを友人や同僚に薦めたいと思いますか?」という質問を行い、0~10の11段階で評価をしてもらうことで算出します」

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山田:「普通に満足してますかって聞いて、星を5段階評価で付けてもらえばよいのではないでしょうか。」

田所先生:「満足していますか?という質問はバイアスがかかってしまい、上手く顧客の満足度を計測できない場合が多いです。そこで有効なのが、友人や同僚などの第三者に勧めたいと思うかという聞き方です。」

山田:「なるほど・・・勉強になります。早速、今まで中古船を購入していただいた漁師さんへインタビューしてきます!」

【田所先生のワンポイントアドバイス】
「売り切り型」から「サブスクリプション型」へ
クリエイターツールのPhotoshopやIllustratorで有名なアドビは、2011年以前はツール単体、もしくはスイートと呼ばれる複数ツールをセットにした形でボックス売りし、これがアドビのビジネスの柱であったが、スマートフォンの普及によりイノベーションの速度が一気に加速したことを受け、サブスクリプション型へ移行。その結果、売り切り型の時代には数百万の規模だったユーザ数が、数千万の規模へと桁が1つ上がったことに加え、LTVも増加する形となった。

NPS(ネット・プロモーター・スコア)の測定

NPSを測定した結果、平均値は6.8となった。つまり、友人や同僚に紹介したサービスではないということがわかった。

現在まで中古船は20隻売れたが、広告費をかけて獲得した新規顧客ばかりで紹介は0件だったのだが、その理由がわかった気がした。

NPS(ネット・プロモーター・スコア)の改善策の検討

田所先生:「なるほど、NPS = 6.8は低いですね。」

山田:「顧客満足度を上げるためにはどうすればよいのでしょうか」

田所先生:「付加価値を提供することで、熱狂的なファンを作る施策を考えるしかないです。」

山田:「漁師を熱狂させるべきということは分かっているのですが、じゃあ実際どうすればよいのでしょうか。中古船売買における付加価値といってもなかなか思いつきません。」

田所先生:「UXは時間軸に沿って、製品への期待を盛り上げる「利用前U」、製品使用時の「利用中UX」、再び使ってもらえるように盛り上げる「利用後UX」、利用全体を通じて感じ取る「累積的UX」の4つから成り立っており、PMF前の事業にとっては、②~⑥が最も重要です。」

付加価値を高める方法
① 【利用前UX】出会い
② 【利用中UX】期待に答える
③ 【利用中UX】負担を減らす
④ 【利用中UX】目的を達成する
⑤ 【利用後UX】おもてなし
⑥ 【利用後UX】再利用のきっかけ

⑦ 【利用後UX】ユーザーが熟達していく
⑧ ユーザーにリソースを投資させる
⑨ ユーザーの行動に対して報酬を与える
⑩ ユーザーに安心安全を与える
11 パーソナライゼーション
12. なりたい自分になる

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「起業の科学」より

山田:「すいません、少し思ったのですが、付加価値を高めるというのはあとで良い気がするのですがいかがでしょうか。元営業なので、まずはガンガン売っていくスタイルが得意なのですが。」

田所先生:「PMF達成前の状態で大事なことは、まずバケツの穴を閉じることです。」

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山田:「バケツの穴?急にバケツといわれましても・・・」

田所先生:「バケツの中にある水が利益だとすると、多くの企業はなるべく多くの水をバケツの中にいれようと頑張ります。これは既存事業では間違っていないのですが、新規事業ではこれではダメです。」

山田:「なぜ既存事業では良くて、新規事業ではダメなんでしょうか」

田所先生:「新規事業は例えるなら穴の開いたバケツで、水を入れても入れても穴から漏れていくんです。」

山田:「なるほど、その穴を塞いで水を漏れなくすることから始めなければならないのが新規事業で、穴を塞ぐ作業が熱狂的な顧客を作って定着率を上げるということですね」

田所先生:「なので、具体的に中古船を購入した顧客に対し、売って終わりにならないような施策を考えましょう。」

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山田:「これもやはりユーザーインタビューをしたほうがよいのですよね?」

田所先生:「そうですね。でもNPSの計測する際にインタビューされてましたよね?その内容にヒントが隠されているかもしれませんよ」

山田:「特に多かったのが、中古船の買ってすぐに不具合が生じたという声ですね。何か会社で補償してあげるなどが必要かもしれません。」

田所先生:「補償できれば勿論ベストですが、フィッシュマンが補償するは難しいのではないでしょうか。例えば、購入額に少し上乗せすることで船舶点検を販売するのはいかがでしょうか。いわゆるアップセルになりますしね」

山田:「なるほど!船舶点検の会社と提携すれば簡単にできますね」

田所先生:「他には何かありましたか?」

山田:「全く操縦方法がわからず放置しているという漁師さんもいましたね。その人は結局新しい漁船を購入したそうです。とても怒ってました」

田所先生:「マニュアルなどを前の所有者に確認して作るとか、購入後に直接売り手から買い手へ教えてもらえる時間を設けるなどが必要そうですね」

山田:「では、①船舶点検、②マニュアル作成、③受け渡しフォロー、の3つの施策を実施し、ユーザーの満足度を高めていきます!」

私は上記の3つの施策を実施することにより、ユーザー体験(UX)を改善し、ユニットエコノミクスの健全化を目指すこととなった。

UX/ユニットエコノミクスの改善はいわゆるJカーブの角度に影響を及ぼし、離陸せずに終わるか、グロースするかはこれらの改善にかかっている。つまり、PMFを達成するために必須といえる。

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付加価値の提供

ユーザーの満足度向上には貢献したものの、熱狂的な顧客を作り出す状態を作り出すには至らなかった。私は再度、田所先生のもとを訪れた。

山田:「というわけで、3つの施策を試しては見たのですが、なかなかユーザーの満足度が高まりません。もうダメかもしれません。」

田所先生:「仮説を検証して仮に上手くいかなくても大丈夫です。上手くいかないということを知ることで、仮説を一つ潰すことができた、一歩前に進めたということになります。つまり、学習したということです。また異なる仮説を立てて、検証すれば良いだけです。新規事業においては、仮説を何回検証できるかがプロセス進捗状況をあらわします」

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田所先生:「ユーザーの満足度を高めることは一筋縄では行きません。NPSが高い人はどのような点を評価しているのですか?熱狂的な顧客がいるようであれば、なぜ熱狂的になったのかを考えることはとても重要です」

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山田:「NPSが高い人の特徴としては、中古船を購入した人や売却した人たちでつながりができていて、普段は会うことのできない漁師間の交流がオンライン上で増え、とても満足しているという回答でした。まぁ中古船に関係はないですが。」

田所先生:「それはとても面白いですね。つまり、中古船の売買を通じ、自らコミュニティを作ることのできた人は満足しているということになります。つまり、漁師にはコミュニティのニーズがあるのかもしれません。」

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山田:「すいません。「コミュニティ」というもののイメージがさっぱり湧きません。」

田所先生:「コミュニティというのは、「交流の場」を作ってあげるイメージです。そういえば、どんなツールでコミュニケーションしているのでしょうか。漁師はスマホは使わないはずでしたよね?」

山田:「そうだったんですが、ラインみたいですね。ラインしか使わないと言ってましたが。実際に、100人の漁師さんの利用状況を見ると、仕事ではほとんどLineは使わないのですが、平均60才オーバーの漁師の皆さんもLineは便利で活用しているみたいです」

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田所先生:「なるほど。それならば、ラインをコミュニティビジネスのMVPとするのはどうでしょうか?」

山田:「ラインをMVPに?そんなことができるんでしょうか。全くイメージがわきません。」

田所先生:「ラインは公式アカウントの他に、オープンチャットという機能があります。公式アカウントは、企業とユーザーのコミュニケーションに用いられる一方、オープンチャットは、ユーザー同士、すなわちN対Nのコミュニケーションが可能で、そのトークルーム内で禁止するワードなども設定でき、コミュニティ運営には最適です。」

山田:「それは知りませんでした。。早速公式アカウントを作ってみます!」

@1週間後

山田:「公式アカウントの承認に結構時間がかかるようなので、少しデザインについてご相談させてください。調べてみると、画面下にリッチメニューと呼ばれるメニューを設定できます。パワポで簡単に作成したみたのですが、いかがでしょうか。」

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田所先生:「良い感じですね。それでは、これでしばらくコミュニティを運営してみましょう」

漁師コミュニティ「Fishman Owners Club」

LINEのOpenchatにて作成した簡易的なコミュニティであったが、漁師界隈で話題となり、広告を打たずとも、漁師間の口コミで広がり、あっという間に会員数は100人になった。

山田:「おかげさまでコミュニティはかなり盛り上がっており、中古船の売買取引も増えてきました。」

田所先生:「素晴らしいですね、次は、公式ラインから中古船のマーケットプレイスへ誘導したいですね。公式サイトへのリンクは不要なので、それを中古船のマーケットプレイスに変えましょう」

山田:「こんなイメージでしょうか。」

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田所先生:「いい感じですね。これで公式アカウントに登録してもらえば、他の漁師とコミュニケーションをしたいという場合は「漁師コミュニティ」、中古船の売買をしたい場合は「フィッシュマンマーケット」をクリックすれば、該当ページへ遷移する形になります。」

山田:「ところで、フィッシュマンマーケットのリンク先って中古船を売買するアプリになるかと思いますが、また開発しないといけないのでしょうか。前回のこともあるので、アプリ開発の承認を取るのは難しいと思います・・・」

田所先生:「ノーコードツールを使えば簡単に作成できます。ツールは何でもよいですが、携帯でみるWebアプリが良いので、Adalo(アダロ)でサクッと作ってしまいましょう。」

山田:「ノーコード?アダロ?それは美味しいのでしょうか?」

田所先生:「いえ、美味しくないですし、食べ物ではありません。ノーコードツールとは、コードを一切書かずにアプリケーションを開発することができるツールで、Bubble、Adalo、Glideなど、さまざまなノーコードツールがあります。」

山田:「本当にコードを一切書かずにアプリ開発なんかできるんですか?」

田所先生:「はい、できます。ノーコードツールには各々特徴があるのですが、今回はスマホで動くアプリケーションで、CtoCマッチングサービス用なので、Adaloが良いかと思います。1週間ほど勉強すればすぐに作れるようになれますよ」

山田:「1週間ですか?それはすごいですね!」

田所先生:「MVP作成とノーコードの相性はかなり良いので、ぜひノーコードでアプリケーション開発に取り組んでみてください。」

@1週間後

山田:「田所先生、なんとかメルカリのようなCtoCマッチングのアプリができました。」

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田所先生:「すごいですね。決済機能はどうしてますか?」

山田:「AdaloにはデフォルトでStripeでの決済機能がついていましたので、そちらを利用しました」

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田所先生:「もうノーコードを使いこなせてますね。それでは、ラインのリッチメニューを押すと遷移するように、リンクを設定しておいてください」

田中:「はい、これで一旦、MVPは完成ですね!」

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注釈:コミュニティー運営にかかる費用をCPAとして捉え直す。有料広告の出稿や、有料展示会への出展では、投資した獲得費用に対する獲得顧客数がCPAになる。コミュニティー運営においても、コミュニティーマネージャーの人件費や、間接費用(DMを作成するコスト、ユーザーと話をしたりするコストなど)がかかるので、それを、CPAとして勘案する必要がある。

【顧客フェーズごとにおける獲得施策】

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→「起業の科学」5章より


【オーガニックチャネルと非オーガニック(広告) チャネル】

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ユーザーアンケートで気づいた新規事業の可能性

田所先生:「最近、コミュニティはどんな感じですか?」

山田:「最近は、運営側としてコンテンツ提供を頑張ってます。世界の漁師ネタや論文の紹介、大学教授へのインタビューなどの記事をコミュニティ向けに書いているのですが、意外と大変ですね」

田所先生:「それは大変そうですね。ところで、ユーザーの反響はどうですか?」

山田:「おそらく喜んでくれていると思いますよ。だってなかなか手に入らない情報ですからね」

田所先生:「ユーザーアンケートはちゃんと取ったほういいです。運営側の思いなどコミュニティには不要ですからね。コミュニティをどういう方向に運営していくかを決めるのはユーザーです。」

山田:「なるほど。ユーザーインタビューでは、どんな投稿が良いか、コミュニティにどんなことを求めているかなどを聞くのでしょうか?」

田所先生:「内容としてはそうですね、ユーザーインタビューを行うことで、ユーザーの望んでいない方向に運営側が頑張ってしまうことを防ぐことができます。」

山田:「承知しました!ユーザーアンケートを実施してきます!」

@ユーザーインタビュー後

山田:「私が頑張って書いていた記事はあってもなくても良いという評価でした・・・」

田所先生:「ユーザーはどんな投稿を求めていたのでしょうか」

山田:「他の漁師のどんな魚を釣ったかとか、今日の晩御飯など、他愛もない投稿みたいです。これはとても意外でした。」

田所先生:「早い段階でユーザーのニーズに気づくことができてよかったですね。他に何か発見はありましたか?」

山田:「とても多かったのは、中古船に加え、漁業船舶装置や漁船用機械の売買を行いたいというニーズです。既に個別に売買している漁師さんもたくさんいました。」

田所先生:「漁船の売買はマッチング率は低いですが、単価が高い。一方、機械や装置は単価は低いですが、マッチング率が高い。扱う商材としては、とても良いバランスかもしれませんね。」

山田:「あと、「こんな素晴らしい無料のコミュニティがあって嬉しい」という声も多数ありました。この際、有料コミュニティにしてしまうというのはどうでしょうか。月額3000円とかにすれば結構儲かりますね!」

田所先生:「フィッシュマンの目標はあくまでも中古船や機器・設備の売買手数料を収益として得るモデルですよね?マッチングする前に支払いというハードルを設けてしまうのは良くありません。マッチングビジネスでは売り手の確保がマストですし。」

山田:「なるほど・・・そこまで考えていませんでした」

田所先生:「とりあえず、コミュニティは無料のままにし、商材として機器・設備を加えましょう。ノーコードで山田さん自身にアプリ開発を行っていただいたので、簡単に修正できますよね。」

山田:「勿論です!エンジニアに頼まなくて良いのはとても便利ですね。頑張ります!」

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PMF(プロダクト・マーケット・フィット)の達成

山田:「ユーザーインタビューの結果を反映したことで、マーケットプレイスにおける漁師さんたちのNPSは高くなってきたのですが、PMFに達しているかを判断する指標ってあるのでしょうか」

田所先生:「米Qualarooの創業者であるショーン・エリス氏が考案した「ショーン・エリス・テスト」というものがあります。プロダクトを使っている顧客に対し、「このプロダクトがなくなったらどう思うか」を尋ね、40%以上のユーザーが「非常に残念」と答えたのであれば、そのプロダクトは今後も継続的に顧客を獲得できると判断する方法です」

山田:「なるほど。やはりNPS測定のときもそうですが、PMF達成したか否かはユーザーにインタビューして確認することが重要ということなんでしょうか。」

田所先生:「おっしゃる通りです。高い定着率を保てているか、ユーザーの獲得から売上を得るまでの流れが出来ているか等も重要なのですが、PMF達成には数値による明確な条件があるわけではないので、やはり、ユーザーの声を実施に集めて判断することが重要です」

山田:「では早速ユーザーの声を聞いてきますね!」

【田所先生のワンポイントアドバイス】
MVPが評価されているか、すわなち熱狂的なファンがいるかどうかを判定することは簡単そうで実は難しい。どうしても様々な指標の中から、右肩上がりの指標を探して満足してしまう人が多い。顧客が熱狂的かどうかを判定する際に陥りやすい間違いとしては、「見るべき指標を間違える」ことだ。
例えば、Webサービスの場合のページビューなどが分かりやすいだろう。ページビューは「あなたのウェブサイトが何回見られたか」という指標だが、なぜダメなのか。それは、広告収入型のモデルでなければ、全く収入に結びつかず、本来の目的である顧客が熱狂しているかどうかを計測することはできないからだ。SNSのいいねも同様だ。勿論、相関がある場合もあるが、その相関と因果関係を見誤ってはならない。熱狂的だからいいねを押すのか?と考えれば簡単だろう。

ユーザーインタビューの結果、漁師の半数以上が熱狂的な顧客であることが分かり、これにより、私の事業はPMFを達成できる見込みがたった。

田所:自信が確信に変わりつつありますね。すばらしい。では、収益計画を立ててみましょう。このプロダクトを使いハッピーになったユーザー像の解像度がはっきりしてきました。多くの収益計画は「仏を彫って、魂入れず」の状況です。ただ、山田さんはターゲットユーザーがどのようにしたらハッピーになるか、そのインサイトを掴むことができました。この初期ユーザーを起点にして、どのように拡大再生産/スケールできるのか、マイルストーンと収益計画を立ててみましょう。

【Founder Issueーfitの達成】

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【感情グラフ】
新規事業は企業にとって、社運をかけたプロジェクトであり、新規事業担当者は新規事業にサラリーマン人生をかける覚悟が必要だ。顧客の課題仮説の検証をやりつつ、創業メンバー自身も、「自分は人生をかけてこの課題を解決したいのか?」と質問を投げかけることになる。創業メンバーと課題が一致しているかがとても重要であり、Founder Issue Fitしていること、すなわち、課題に対して初期メンバー全員が腹落ちし、非常に強い共感を持っていることが成功への必須条件となる。そのため、魚介のように社内メンバーの入れ替えが起きるというのは自然なことなのだが、担当者にとっては大きくモチベーションが低下する要因になる。ときには今までの人間関係がこじれてしまうこともあるだろう。また、新規事業開発というのは、自分が最も確からしいと考える仮説をどれだけ覆されるかが重要だ。つまり、覆された回数がプロセスの進捗を表す指標になるのだが、一見、同じことの繰り返しで、プロセスとして一行に前に進んでいないように見えてしまうこともあるだろう。フィッシュマンのように、何度もピポットが必要になることも珍しくない。そんなときに、担当者の原動力になるのは、「自分は人生をかけてこの課題を解決するのだ」という強い気持ちだ。感情グラフを見れば明らかだが、感情グラフが下がったときに、もう一度自身を奮い立たせて上昇へ転じさせることができるかが、新規事業を成功させる最も重要なポイントであるといっても過言はない。

なぜ自己認識力が重要なのか?
起業家にとって、最も重要な能力の1つが「自己認識力」であると考える。スタートアップ起業という極めて不確実性の高い状況で、意思決定を繰り返していく必要がある。自分自身も腹落ちしていない意思決定をすると、周りりを巻き込んだり、動かすことが困難になる。意思決定の前提となる「なぜ他の誰でもなく自分はこの事業をやるのか?どういった世界/ビジョンを実現したいのか?」という問いを自ら立てて、明らかにしていく必要がある。自分の自己理解を高めることによって、他人から自分がどう見えているのかの認識も高めていく。そうすることによって、お互いの強み/弱みを認識できたり、チームの心理的安全性を高めたり、補完的になるにはどうすればいいかを考えるようになる。

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【山田振り返りメモ】
魚械さんとの取り組みがうまく行かなかった理由は、自分自身が、このプロジェクトにかける思いが、中途半端だったこと。結果として、魚械さんに依頼する時に、「スキル」「プロジェクトの面白さ」という側面でしか、訴求できていなかったことが大きい。

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佐藤部長への定期報告会
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佐藤部長:「そうか、よくわからんが、順調そうだね」
山田:「はい、でもさらにこの事業を成長させるためには、より多くの社内予算を付けていただく必要があります。」

佐藤部長「なるほど、わかった。それなら役員会に通す必要があるから、今後5年間の収支計画を立ててくれ」

山田「収支計画?わ、わかりました」(やったことないので不安で一杯)

(最終章へ続く)


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