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【もし新米の新規事業担当者が「起業の科学~スタートアップサイエンス~」を活用したら】ゼロから100億円の新規事業を生み出すまでの物語(2)〜ソリューション仮説の検証(Problem Solution Fitを目指して)〜

新たな仲間

なんとか佐藤部長を現場へ足を運ばせることに成功し、漁師間での「漁船のシェアリングビジネス(マッチングビジネス)」について検討を進める承認を得ることができた。

私は早速、世の中のマッチングサービスについて調べてみた。
すると、ある共通点に気がついた。

山田「どのサービスもアプリがあるな・・・そうか!まずアプリ制作から始めれば良いんだ!」

私はすぐにフィッシュマンで同期の魚械(ぎょかい)に連絡した。
彼はフィッシュマンのIT部門にエンジニアとして勤めており、IT部門のエースとして社内で絶大な信頼を得ている。

魚械:「おー山田、急にどうしたんだ?」

山田:「少し相談があるんだけど今日一杯どう?」

魚械:「いいねーいこういこう!」

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@居酒屋
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山田:「早速本題なんだけどさ、マッチングアプリを作って欲しいんだ」

魚械:「そんなに出会いを求めてるのか?それだったら作るより利用した方が」

山田:「そっちじゃなくて、フィッシュマンの新規事業の話なんだ」

魚械:「新規事業?魚群探知機付の釣竿じゃなかったのか?」

山田:「あ、それは色々あって上手くいかなくてさ。新しく漁船を貸したい漁師と、漁船を借りたい漁師をマッチングするサービスを考えいて、サービスをローンチするにはアプリが必要なんだ」

魚械:「とても面白そうじゃん!ただ、俺一人ではリソースが足りないから、俺の大学の先輩がいる株式会社Manbow(以下、マンボウ社)に頼めば、安く作ってもらえるかも。ちょっと聞いてみるよ」

山田:「心強いよ、ありがとう!」

魚械:「なんか久しぶりにワクワクしてきたわ!ずっとアプリを制作に関わってみたかったんだ。じゃあ俺の方で社内の稟議書作成して、鮪谷社長と佐藤部長に話しておくよ」

山田:「さ、さすが社内のエース候補は違うな。ところで、一番大事なのが漁師の人たちが抱える課題なんだけど、その課題っていうのが・・」

魚械:「わかってるわかってる!全てを解決するパーフェクトなアプリを作ってやるぜ!じゃあ、この辺で俺帰るわ」

山田:「ちょちょっとまってよ!」

魚械:「じゃあなーー楽しみにしとけよ」

魚械は全く漁師の課題には興味がなそうだったが、味方が一人増えた気がしてとても心強かった。

【田所先生のワンポイントアドバイス】
新規事業メンバーの選定はとても重要だ。「課題に全く共感していないが、スキルフィットしている人がメンバーになること」が後々になって大きな問題に発展することが多い。

1週間後、佐藤部長から連絡があり、アプリ開発(総制作費用:1,000万円)をマンボウ社へ依頼することになり、前工程の開発費用である200万円を支払ったようだ。

佐藤部長:「鮪谷社長、先日ご相談した新規事業の件ですが、早速アプリ開発に着手しました。必ず弊社の柱となるような新規事業を作って見せますので、宜しくお願いします!」

鮪谷社長:「もうそんなに進んでいるのか。さすがだよ佐藤くん」

佐藤部長:「ありがとうございます。社長にもっといい報告ができるように頑張ります!」

【田所先生のワンポイントアドバイス】
新規事業で重要なのは「仮説構築→仮説検証」というサイクルを回すことであり、何度もこのサイクルを回すことで仮説の精度が上がっていき、新規事業としては前に進んでいると考えるべきなのだが、多くの会社ではこれをやっているだけでは評価されない。むしろ、何も形になっていないことを理由に、マイナス評価を受ける担当者も少なくないだろう。こういった状況においては、「評価されたい」という気持ちが先行してしまい、佐藤部長のように、プロダクトを作り急いでしまうということが起こるのだ。

佐藤部長:「山田くん、あとは魚械くんと協力して頼んだよ」

山田:「はい!」

これでやっと漁師さんに喜んでもらえるプロダクトができる、とてもワクワクする気持ちでいっぱいだった

田所先生のおかげで顧客インタビューの重要性を理解していたので、さっそく以前からお世話になっている漁師さんのもとへ顧客インタビューをしにいくことにした。

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@以前からインタビューでお世話になっている漁師の石井さんのもとへ
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山田:「石井さん、お世話になってます!」

石井さん:「お!山田くん、よく来たね!新規事業頑張ってるか?」

山田:「頑張ってますよ!今日はその件で少しお伺いしたいことが」

石井さん:「そうかそうか!なんでも協力するよ!」

山田:「いつもありがとうございます!実は、今、漁師さん向けに画期的なアプリを作っています。それは、石井さんの船を他の漁師さんにシェアリングできるサービスなんです。こちらなんですが。」

私は実際にスマホを取り出し、アプリを見せながら熱意を込めて説明を進めた。

石井さん(心の声):「アプリ?シェアリング?なんかよくわからんが、山田くんが一生懸命作ったみたいだし、ここは背中を押してあげよう

石井さん:「なんだかとても良さそうやな。漁師にとっても新たな収入源になるのはありがたい。さすが山田くんだ。ぜひこれからも頑張ってくれ、応援してるよ」

山田:「ありがとうございます!」

他にも以前からお世話になっている漁師さんへインタビューを行い、このアプリが漁師さんは必ずこのアプリを使ってくれるだろうという確信を深めていった。

【山田振り返りメモ】
「意思ではなく、行動を訪ねろ」という重要ポイントは以前メモにも書いたが、新規事業開発における顧客インタビューはとても難しい。その理由の一つに、「顧客のファン化」がある。課題仮説の検証から付き合ってくれる顧客を見つけることはとても重要だ。それ故、新規事業を推進する人たちは、仮説検証に協力してくれる顧客を見つけようと自分たちの思いを熱く語り、ビジョンに共感してもらおうとする。これはとても重要なのだが、これには問題点もある。石井さんのように親身になってインタビューに付き合ってくれる顧客は、良くも悪くも、私をなんとしても応援しようという「山田ファン」になってしまっているという点だ。今回のように、実際にはスマホも使わないし、シェアリングの言葉の意味がわからなくても、正直にその思いを口に出してくれなくなるのだ。これは顧客と親しくなるなという意味でなく、意識的に新規の顧客にもインタビューをするようにする等、「親しくなる=バイアスがかかる可能性がある」という点を頭にいれておくべきである。


プロダクトの開発

このヒアリングを終えて、アプリのことは魚械に任せておけば良いという安心感と、業務が繁忙期を迎えたこともあり、魚械とちゃんと話し合うタイミングもないまま、3ヶ月が経過した。

山田自身も、アプリやエンジニアについては、素人同然だったので、自分が口出しするのは、おこがましいと思い、特に干渉しなかった。(これがこのプロジェクトが頓挫しかかった理由になるが、これはあとで解説する) 

アプリ開発前半の途中報告があり、マンボウ社の担当者と魚械、佐藤部長、私の4名でミーティングが行われた。

マンボウ社担当:「現時点のアプリについてご説明させていただきます。魚械様とご相談させていただきまして、漁師と漁師のマッチング機能に加え、漁師が釣竿について話すためのコミュニティ機能(投稿、いいね、スタンプ)、漁師へ御社として発信できるようなメディア機能、近くにいる漁師が分かるGPS機能、がついております。」

佐藤部長:「これだけの機能があれば、漁師は喜ぶに違いない。素晴らしい。この魚のアイコンなんかは、ピチピチ跳ねているような動きをつけると良いかもしれないな」

山田:「今流行のフリーツ機能(24時間で投稿が消える仕組み)も入れると面白いかもしれません」

佐藤部長:「それは面白いかもしれないな。あとボタンの色なんだが、弊社のコーポレートカラーの色にするなんてどうかな。あとは、漁師を検索して友達申請できる機能なんかも良いかもしれないな」

魚械:「ナイスアイデアですね、部長!ではそれらも加えていただけますか?」

マンボウ社担当:「承知しました!では1週間以内に追加の機能があれば、なんでもお申し付けください。追加費用を頂戴することになってしまいますが、見積書については再度お送りさせていただきます。」

佐藤部長:「わかりました、よろしくお願いします!」

佐藤部長:「山田、社内ルールがあるから稟議書を書いておいてくれ。俺から社長に説明するときに必要だからな」

山田:「わかりました!」

【山田メモ】
・みんな物作りが大好きだ。特にエンジニアやデザイナー、プログラマーなどの専門職の人たちは、プロダクトを作りたくてしょうがない。エンジニアはプロダクトを作りたいし、デザイナーはデザインを磨きたい、プログラマーはコードを書きたいのだ。なので、いつしかソリューション仮説を検証するという本来の目的を忘れ、楽しくて楽しくてしょうがないプロダクト作りに勤しんてしまう。本当はマッチングビジネスというソリューションが漁師に刺さるかどうかを検証できさえすれば良いのだ。

スクリーンショット 2020-11-27 午後7.09.28

無事開発が進んでいたこともあり、田所先生のところへ報告に行くことにした。

MVPの重要性

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@ユニコーンファーム
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山田:「田所先生、聞いてくださいよ!無事漁船のシェアリングビジネスの社内承認が取れたので、今マッチングアプリの開発に取り組んでいるのですが、開発は順調に進んでます。これも田所先生のおかげですよ。部長も上機嫌で、新規事業をやっている感がやっと出てきました」

田所「なるほど、どんな感じで進めていますか?」

山田「僕と、社内エンジニアの魚械と、魚械のよく知っている開発会社で進めています。僕は、アプリやエンジニアに関しては、全くのド素人なんで、魚械にイメージを伝えて要件定義してもらって、開発会社のディレクションをしています。あ、そうだ、ちょうどiphoneアプリのプロトタイプができたので見てください!」

私は田所先生に対して、アプリの多種多様な機能について力説した。

山田:「どうですか?なかなか上出来ではないでしょうか」

田所先生:「共有ありがとうございます。ところで顧客へのインタビューはしましたか?」

山田「やりましたよ!以前からお世話になっている漁師さん4人にヒアリングに行きました。みんな応援してくれてました!」

田所先生「どんな感じでヒアリングしましたか?」

山田「我々が考えているアプリのアイディアを伝えて、使いたいかどうか、を聞いたら、みんな使いたいっていってましたね。」

田所先生:「山田さん、以前と同じミスをしてしまったことに気付いてますか?」

山田:「・・・ミスですか。」

田所先生:「はい。私は以前、顧客インタビューでは「意思ではなく、行動を尋ねよ」といったはずです。」

山田:「そ、そうでした・・・使いたいですか?というインタビューはまずかったということでしょうか」

田所先生:「特に漁師のみなさんは既に山田さんの熱い思いを理解してくださっている方々ですよね?」

山田:「はい、以前からお世話になっていて私の新規事業を応援してくれています」

田所先生:「だからこそ、意思を尋ねてはダメなんですよ。漁師さんたちは良くも悪くも山田さんのファンになっているんです」

山田:「私のファン?」

田所先生:「はい。みなさん、本音をいうというよりは、山田さんを応援しようという思いになっているはずです。以前も言いましたが、顧客は空気を読んで嘘をつくんですよ。」

山田:「そ、そうでしたね・・・」

田所先生:「顧客を巻き込み味方にするというのはとても大切なことですが、よりバイアスがかかるようになるという点も忘れてはいけません。」

山田:「顧客インタビューって本当に難しいですね。」

田所先生:「そうですね、新規事業は仮説を顧客にぶつけて修正するということの繰り返しであると言っても過言ではありません。つまり、顧客インタビューが成功の鍵を握るのです。」

山田:「肝に命じておきます。」

田所先生:「あと、そもそも作りすぎです。なぜ顧客ニーズを確認する前にそんな多機能なアプリを作ってしまったのですか?」

山田:「確認する前にアプリを作るのは当たり前なのではないでしょうか。なんというか、ものがないとそもそも顧客ニーズなんて確認できないと思うのですが」

田所先生:「それは大きな間違いです。アプリ開発にどのくらいのコストをかけたのですか?」

山田:「今のところ200万円ですが、合計1000万円を超える予定です」

田所先生:「仮説は覆されるためにあります。その点は理解していただいてますよね?」

山田:「はい、それはよく理解してます」

田所先生:「では、なぜいきなり1,000万円もかけて、ほぼ確実に覆されるであろう仮説を検証しに行くのでしょうか?そこまでコストをかけて作り込んだもので検証する必要がありますかね?」

山田:「確かにそうですね・・・」

田所先生:「MVPってどういう意味だったか覚えてますか?」

山田:「最小限で実行可能な製品ですよね?」

田所先生:「直訳するとそうなんですが、最小限で仮説検証可能な製品というところが最も重要です。アプリをこの段階で作るなんて明らかに作りすぎです」

山田:「仮説検証することが目的でしたね・・」

田所先生:「MVPと一言で言っても、様々な形のMVPがあります。」

【MVPの種類】
事業コンセプト・欲しい機能に関するフィードバックが得られるMVP
① 事業コンセプトを説明した紙一枚
② 事業コンセプトを伝えるイメージデザイン・動画
③ 既存サービスの活用(宣伝)(Google、Youtube)

実際の体験に基づくフィードバックが得られるMVP
④ 人力によるサービス提供
⑤ 既存サービスの活用(ツール)(Facebook、LINE、Instagram等)

プロダクトの見た目(UI)に関するフィードバックが得られるMVP
⑥ プロトタイプの作成(サイトであればTOPページのみ、アプリであればその側の見た目だけを作る)

プロダクトを顧客体験(UX)に関するフィードバックが得られるMVP
⑦ プロトタイプの作成(ノーコードなどを活用して、実際に動かせるものをコストと時間をかけずに作る)

本番用プロダクトに近いMVP

⑧ エンジニアによる開発

山田:「なるほど。私はいきなり最終段階のMVPを作ろうとしてしまっていたということですね」

田所先生:「そうです。漁師がスマホを使うかどうかなんてMVPを作らなくても分かりますし、「漁船のシェアリング」というコンセプトが漁師に刺さるかどうかは①のMVPで確認することはできますよね」

山田:「ただ、巷のマッチングサービスを調べてみると、アプリが必須のようでしたので。」

田所先生:「よく考えてみてください。検索して出てくるサービスはすでに成功していて有名なサービスばかりですよね。有名なサービスの今だけを見るだけでは全く参考になりません。」

山田:「AirbnbやUberなどを見てました・・・」

田所先生:「Airbnbなんかは、今はとても綺麗なサイトが出来上がっていますが、最初はこんな感じ事業をスタートしています。」

スクリーンショット 2020-11-22 午前9.44.26

             2021年のAirbnbのサイト


スクリーンショット 2020-11-21 午後8.39.38

                   立ち上げ当時(2008年)のAirbnb


山田:「え!!!これだけですか?」

田所先生:「『私の家に泊まりませんか?』というコンセプトを示したたった1ページだけのウェブサイトだけです。他人の家に泊まるというアイデアが本当に顧客に喜ばれるかを検証するにはこの1ページで十分だったわけです。」

山田:「まさにMVPですね」

田所先生:「あと、クラウドワークスってご存知ですか?」

山田:「勿論知ってますよ、CtoCマッチングのスキルシェアサービスですよね」

スクリーンショット 2020-11-21 午後10.20.05

田所先生:「クラウドワークスも最初からシステムを作って集客したわけではないんですよ。」

山田:「そ、そうなんですか・・今じゃ想像もつかない・・」

田所先生:「まず優秀なエンジニアを集めるために、ハッカソンという優秀なエンジニアが集まるイベントに参加してピザを差し入れ、『クラウドワークスに登録してください』と呼びかけたんです。そして、集まった優秀なエンジニアのリストを持って、企業へ営業して買い手を集めたんです」

スクリーンショット 2020-11-27 午後7.14.08

山田:「そんな泥臭いことをしてたんですね」

田所先生:「今はユニコーンと呼ばれる企業でも、最初は今じゃ想像もつかないほど小さく初めて仮説検証を繰り返すことからスタートしています」

田所「あと、山田さん、先ほど自分はど素人なので、エンジニアに丸投げをしているとおっしゃいました。実際に実装段階に入ったら、そういった形になるかもしれませんが、現在のMVPを通じた仮説検証段階では、高度なエンジニアスキルは必要ありません。最近ですと、NoCode(ノーコード )と言ってコードを1行も書かなくても作れるツールまで出てきていますので、是非、身に付けていただきたいと思っています。これは、また別の機会に解説します」

山田:「MVPの重要性は理解できたのですが、もう既に作ってしまっている場合はどうすれば良いのでしょうか」

田所先生:「そうですね、既に作ってしまった分はしょうがないので、今の現状版のプロダクトを持って、新しい漁師へインタビューしてみましょう。次回は「行動」を尋ねてください。あと、ユーザー観察も行ってみるとよいですよ」

山田:「ユーザー観察?」

田所先生:「ユーザー観察とは、実際に現場に行ってみて、行動を観察してみて、ありのままを記録することです。インタビューではわからない普段ユーザーが意識していないことがわかったりします。」

山田:「なるほど・・・なんとなくイメージできるのですが、あまり具体的にイメージが湧かないのですが」

田所先生:「山田さん、普段、本ってどうやって読まれますか?」

山田:「本ですか?最近Kindleばかりですね。Kindle以外で読むことはないです」

田所先生:「では、そのカバンに入っている本はなぜKindleじゃないんですか?」

山田:「確かにこれは紙ですね。言われてみて気付いたのですが、精読したいと思った本は紙で買うことが多い気がします」

田所先生:「なるほど。これでわかりましたかね?」

山田:「何がですか?」

田所先生:「山田さんが紙の本を持っているという事実(行動)から、精読したい本は紙の本で読みたいというニーズが分かりましたよね。『普段本ってどうやって読まれます?』という行動を尋ねる質問でも分からないニーズもあるのです」

山田:「なるほど。だからユーザー観察が必要なんですね」

田所先生:「そうですね。顧客が思っていることと、実際に行動していることが矛盾しているケースは珍しくなく、これは嘘をついているのではなく、顧客自身も気付いていないんですよ」

山田:「とてもよく理解できました。顧客インタビューに加え、ユーザー観察もしてきます!」

ユーザーインタビュー・ユーザー観察での新たな気付き

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@漁師インタビュー(杉浦さん)
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山田:「初めまして、よろしくお願いします!」

杉浦さん:「漁師向けの新製品とやらはどれだ?」

山田:「こちらです!」

私はアプリを見せながら説明した。

杉浦さん:「収入が増えるなら最高やな。すごい便利そうじゃな」

山田:「杉浦さんはスマホは普段お使いになられますか?」

杉浦さん:「勿論!孫と連絡するときには必須だからね」

山田:「そうですよね、ありがとうございます!あ、えっと、本日事前にご連絡させていただいておりましたが、少しの間ご自宅にお邪魔させていただいてもよろしいでしょうか。漁師さんの日常を観察させていただきたいのですが」

杉浦さん:「勿論ええよ。女房にはもう説明してあるからね」

山田:「ありがとうございます!」

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@杉浦さんの自宅
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杉浦さんの奥さん:「よくきてくれたね」

山田:「こんにちは。家族水入らずの時間にお邪魔してすいません。」

杉浦さん:「漁業組合からFAX来てなかった?」

杉浦さんの奥さん:「先ほど来てたから机の上においたよ。あと、良ちゃん(孫)がおじいちゃんの携帯に電話してもでないって私に連絡が来たよ」

杉浦さん:「良ちゃんから?そうかそうか!携帯?どこに置いてあったかな」

杉浦さんの奥さん:「おじいちゃんはラインしても返ってこないって悲しんでたみたいよ。早く連絡してあげたら?」

杉浦さん:「ライン?よく分からん。家の電話からかけるから電話番号教えてくれ。あと、誕生日におもちゃを買ってあげようと思うから、このおもちゃ屋のチラシをFAXで送ってあげようと思う」

杉浦さんの奥さん:「良ちゃんの番号は手帳に書いてあったでしょ?あと、チラシなんて送らなくてもネットで調べられますよ」

杉浦さん:「そうだったそうだった。チラシをとにかく送ってあげてくれ。俺は携帯なんてよく分からんもん使いたくない」

杉浦さんの奥さん:「いつもこうなのよ。山田さん、お茶でよろしい?」

山田:「は、はい!ありがとうございます!」

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@漁師インタビュー(松田さん)
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山田:「初めまして、本日はよろしくお願いします」

松田さん:「よろしくよろしく」

山田:「松田さんは普段誰かと連絡を取るときは何を使われてますか?」

松田さん:「そんなこと意識したことないけど、ここ30年ずっと、電話だな、ここ10年はFaxっていう便利なものが発明されたんで、発注書はFaxを使っている」

山田:「faxと電話ですか・・・なるほど、こちらで不便に感じたこととかはないですか?」

松田さん:「電話だと忘れちゃうんで、faxがとても便利やわ。faxやとそのまま競馬新聞と同じで赤鉛筆で書き込んで、大事なことを忘れずにすむしな」

山田:「な、なるほど」

プロダクト開発の中断

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@ユニコーンファーム
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インタビュー後、田所先生へインタビュー結果を報告するため、ユニコーンファームを訪れた。

山田:「という感じで、ユーザーインタビューとユーザー観察の結果、スマホを使っている方は一人もいませんでした。もう絶望です・・・」

田所先生:「これが作りたいものを作ることの怖さです。ユーザーインタビューやユーザー観察をすればわかることを、わざわざ1,000万円かけて検証するほど費用対効果の低い検証方法はありませんよ。」

山田:「これからどうすれば良いのでしょうか。もう同期を巻き込んでしまったし、社内承認をとって既にお金も払ってしまったので、なんとかこのアプリを使ってくれる漁師さんを探したいのですが・・・」

田所先生:「これでわかったんじゃないでしょうか。多くの企業で新規事業がうまくいかない理由が」

山田:「え?」

田所先生:「他部署にお願いしたり、まとまったコストをかけてプロダクトを作ってしまうと、引くに引けなくなるんですよ。今の山田さんのように。これをサンクコスト効果と言います」

山田:「サンクコスト?」

田所先生:「サンクコストとは、どう頑張っても回収できない費用のことで、合理的に考えるとすぐに事業から撤退するべきなのに、既にコストを投下しているため、人はそれを完全に無駄にする行為=撤退という判断をとることができないのです。例えば、株式投資やFXで損失が膨らんでいくのが明らかな場合であってもなかなか損切りできず、強制ロスカットされて口座残高が0になるまで指をくわえて見ている状況と同じです」

山田:「なるほど。どんな形であれ事業を続けていれば、サンクコストにはならず、損失を確定せずに済むということか。仮にその事業が成功する可能性が0%だとしても。」

田所先生:「はい、なので必死になって顧客が求めていないものを自社のネットワークを使ってなんとか売ろうとするんですが、結局売れずに会社の黒歴史となるんです。」

山田:「引くに引けない・・・まさに今の私ですね。」

田所先生:「なので、ここは損失をこれ以上大きくしないためにも、開発を中止してください。まぁ考え方によっては、200万円ですんで良かったですよ。ただ、上司は山田さん以上に引くに引けない状態だと思うので、説得頑張ってください。」

山田:「わかりました。なんとか説得してみます。」

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次の日
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山田:「佐藤部長、少しご相談が」

佐藤部長:「なんだ?そういえば、アプリの追加機能連絡期限は明後日だったよな?魚械と相談してまとめておいてくれよ」

山田:「えっと、その件なんですが、漁師にインタビューに行ったところ、スマホを使っている漁師はほとんどおらず・・・200万円を既に払ってしまっているのですが、ここで開発を中止すれば残りの800万円を無駄にせずに済むかと思いますがいかがでしょうか。」

佐藤部長:「何!?そんなこと無理に決まってるだろ!もう鮪谷社長の承認を得たプロジェクトなんだぞ。俺の顔に泥を塗る気か!途中でやめるなんていったら全てがパーになってしまう。なんとしても売るんだよ。我が社の営業を使ってな」

山田(心の声):「まさにサンクコスト効果だ・・・ただ、いずれ回収できるというのは幻想で、いつかは損失を確定しなければいけないタイミングを先送りにしているだけでしかないのに」

山田:「ただ、1,000万円以上を投じ、営業リソースを活用した結果、本件が失敗に終わった場合、会社にとっての損害は計り知れません。」

佐藤部長:「会社全体の話は私には関係ないんだ。新規事業開発部の責任者として、自ら社長へ起案したプロジェクトをこんな中途半端な形で終わらせることはできない」

山田:「部長、少し説明が不足していました。決して本件を終わらせるわけではございません。ちゃんと漁師にシェアリングというコンセプトが受け入れられるのかを確認し、可能な限りコストをかけない形で仮説検証を行なっていきたいんです。なので、本件を終わらせるわけではなく、一旦アプリ開発は保留にしていただきたいということです。」

佐藤部長:「本件を終わらせるってことではないんだな?ならわかった。じゃあアプリ開発は一旦中断するように俺から業者へ伝えておくから。」

山田:「承知しました!お時間いただきましてありがとうございます」

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佐藤部長「しゃ、社長、今日もお時間いただきましてありがとうございます」

鮪谷「佐藤くんか、どうだ、先日報告してもらったプロジェクトは?順調に行っているか?あのプロジェクトには期待しているよ。5年後には売り上げを100億を目指せると思ったからね」

佐藤部長「大変、申し訳にくいのですが、一旦、プロダクトの開発をとめたいと考えています。あの業者への依頼も一旦白紙に戻したいと思います」

鮪谷「何!既に、予算を稟議で通しているぞ。白紙に戻すと言っても、うちの都合なんで、先方に支払った金額は帰ってこないぞ。マンボー社との社長も、学生時代からの友達で、この前も、大学の会食で、うちとのプロジェクトをよろしくと言われたぞ。私の面目を潰す気か?」

佐藤部長「申し訳ありません。きちんと課題を検証する前に、プロダクトを作ってしまった、私たちの責任です。ただし、このまま進めてしまうと、数千万費やたけど、誰も欲しがらないモノができてしまうリスクが高まってしまいます。一旦、現時点で、プロダクト開発を止めることが最小に食い止めることができます」

鮪谷「なるほど、それは何かの根拠を持って言っているのか?」

佐藤部長「この起業の科学という本にも書いていますが、新規事業/スタートアップの失敗の74%は時期尚早の拡大が原因ということです。まさに我々が陥っている状況です」

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鮪谷「時期尚早の拡大、、なるほど、わかった。では、手を打とう。ただし、今回は特別だぞ。次に私の顔に泥を塗るようなことがあれば、それなりの対応をするので、留意しておくように」

佐藤部長「ありがとうございます!」

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田所先生のもとへ
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山田:「田所先生、なんとか部長を説得できました・・・」

田所先生:「それはお疲れ様でした。」

山田:「次は何をすれば良いのでしょうか。プロダクトがない今、漁船のシェアリングというアイデアが漁師さんに受け入れてもらえるかを確かめることすらできなくなってしまいました」

田所先生:「それは大きな勘違いです。プロダクトなんかなくても顧客に漁船のシェアリングはアリかナシかは確認できますよね?凝ったデザインのGPS機能付のアプリなんかこの段階では不要です。前回お話したMVPの種類を思い出してください。」

【MVPの種類】
事業コンセプト・欲しい機能に関するフィードバックが得られるMVP
① 事業コンセプトを説明した紙一枚
② 事業コンセプトを伝えるイメージデザイン・動画
③ 既存サービスの活用(宣伝)(Google、Youtube)

実際の体験に基づくフィードバックが得られるMVP
④ 人力によるサービス提供
⑤ 既存サービスの活用(ツール)(Facebook、LINE、Instagram等)

プロダクトの見た目(UI)に関するフィードバックが得られるMVP
⑥ プロトタイプの作成(サイトであればTOPページのみ、アプリであればその側の見た目だけを作る)

プロダクトを顧客体験(UX)に関するフィードバックが得られるMVP
⑦ プロトタイプの作成(ノーコードなどを活用して、実際に動かせるものをコストと時間をかけずに作る)

本番用プロダクトに近いMVP

⑧ エンジニアによる開発

山田:「MVPの種類があったことをすっかり忘れていました・・・今は漁船のシェアリングという事業コンセプトに対するフィードバックを得たいので、MVPとしては紙一枚を作成する感じでしょうか」

田所先生:「その通りです。」

山田:「でもなんだが紙一枚で文字だけだと心許ない気もしますが。」

田所先生:「②のイメージデザインなどを入れて、視覚的にも分かりやすく書くのはどうでしょうか」

山田:「そうですね。じゃあ、社外のデザイン会社に頼んでみます!」

田所先生:「ちょっと待ってください。社外に頼んでしまうと、検証スピードが落ちてしまいますし、そんなところにコストをかけるべきではありません。MVPであることを忘れないでください。」

山田:「なるほど。では、Power Pointなどで作成するようにします。でも、まだプロダクトがないまま紙だけ持ってヒアリングに行くというのがしっくりきません。」

田所先生:「今意識すべきことは作りすぎないことです。今、検証すべきことは何か、検証するために適切なMVPは何かを問い続けるようにしてください。」

山田:「はい。分かりました。作りすぎることは良くないと頭ではわかっているんですが、なんというか、物を作ると新規事業が進んでる感もでますし、何より楽しいんですよね・・・部長も評価してくれるし」

田所先生:「だからこそ、多くの人がその落とし穴にハマってしまうのです。」

山田:「わかりました。では、漁船のシェアリングというコンセプトを紙一枚に纏めて漁師にヒアリングをすれば良いということですよね?」

田所先生:「はい。それで少なくともシェアリングビジネスというコンセプトが漁師に刺さるか否かは分かりますので、刺さらなければ、また別の案を考えましょう」

山田:「仮説は覆されるためにある、ですよね。では、またインタビュー後にご相談させてください!」

田所先生:「ビジネスモデルはこんな感じになるかと思いますので、適宜お使いください」

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山田:「ありがとうございます!」

歓喜と挫折

その後、コンセプトが伝わる一枚のチラシを作成し、漁師へインタビューを実施したところ、とても良い反応が得られた。

紙一枚でコンセプトを伝えるMVP(例)
※PPT(パワーポイント)で作成

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田所先生のもとへ
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山田:「とても良い反応でした!20人ほどにインタビューしたのですが、インタビューした17人がぜひこのサービスを使いたいとの回答でした」

田所先生:「それはよかったですね。これで理解していただけたかと思いますが、最初からアプリなんて必要ないんですよ」

山田:「よく分かりました。まさか紙一枚で顧客のニーズを検証できるなんて思いませんでした。」

田所先生:「次は、何を調べるためにどんなMVPを選べば良いでしょうか」

山田:「そうですね・・・もう一度MVPの種類を見せていただけますか?」

田所先生:「こちらになります」

【MVPの種類】
事業コンセプト・欲しい機能に関するフィードバックが得られるMVP
① 事業コンセプトを説明した紙一枚
② 事業コンセプトを伝えるイメージデザイン・動画
③ 既存サービスの活用(宣伝)(Google、Youtube)

実際の体験に基づくフィードバックが得られるMVP
④ 人力によるサービス提供
⑤ 既存サービスの活用(ツール)(Facebook、LINE、Instagram等)

プロダクトの見た目(UI)に関するフィードバックが得られるMVP
⑥ プロトタイプの作成(サイトであればTOPページのみ、アプリであればその側の見た目だけを作る)

プロダクトを顧客体験(UX)に関するフィードバックが得られるMVP
⑦ プロトタイプの作成(ノーコードなどを活用して、実際に動かせるものをコストと時間をかけずに作る)

本番用プロダクトに近いMVP

⑧ エンジニアによる開発

山田:「そうですね。まだ実際に漁船のシェアリングを体験してもらったわけではないので、その体験を顧客にしてもらった上でフィードバックを得ることが次の目的になると思います。MVPとしては④の人力でしょうか。」

田所先生:「そうですね。既存のサービスを用いて人力で漁船のシェアリングを行うことができるか、すなわち、漁船を貸したい人と借りたい人のマッチングできるかを検証してみましょう。」

山田:「既存のサービス?」

田所先生:「この場合は、漁師さんとの連絡には電話とFaxを用い、漁船の空き状況やレンタルニーズの管理はExcelやスプレッドシートで行うという具合です。」

山田:「なるほど!では早速やってみます!」

私は早速漁師さん電話をかけ、漁船を貸したい漁師さんにはこの先一週間の漁船の空き状況、漁船を借りたい漁師さんには借りたい日程を記入したスケジュール表を送ってもらい、私がそれをみてExcelで管理するという方法でなんともアナログなMVPを用いた検証を開始した。

スケジュール表(Aさん)

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https://docs.google.com/spreadsheets/d/1YWrQnF2-LqrglaV7yvFT8G6o17ckX930zjI9IiUeClc/edit?usp=sharing

しかし、予想もしなかった状態に陥る。
貸したい人も借りたい人も全て6:00-10:00の早朝にニーズが集中しており、マッチングビジネスで最も重要な3要素である「時✖️ニーズ✖️場所」のニーズの部分が合致しなかったのだ。

漁港の場所を変え、合計50人ほどからスケジュールを集めてマッチングを試みたものの、結果、一件もマッチングしなかった。漁師同士のマッチングは厳しい。そう判断せざるを得なかった。

【山田振り返りメモ】
マッチングビジネスは供給者サイドと需要サイドの両方の欲求を満たす必要があり、ニワトリタマゴジレンマがあるため、非常に難易度が高いビジネスモデルであり、2つの会社を同時に起業するようなもの。ニワトリタマゴジレンマを解消するための方法としては、パイプライン型から始めるなどがある

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@フィッシュマン社内
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山田:「部長、漁船のマッチングビジネスなんですが、電話とFaxとExcelでやってみたんですが、一件もマッチングしませんでした。漁船のマッチングビジネスはダメかもしれません。」

佐藤部長:「じゃあどうするんだ?鮪谷社長へはどう説明するんだ。既にアプリの開発もしてしまったというのに。社長への説明は俺がするが、新たな案を考えろ。ダメでしたという報告だけで良いと思ってるのか?」

山田:「はい、承知しました。少し時間をください。」

佐藤部長:「漁師向けのビジネスなんかではなく、もっと最新のテクノロジーを使ったビジネスを考えてくれ。社内がわっと驚くような新しいアイデアを」

山田:「承知しました。」

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@魚械へ報告に
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魚械:「おう、山田!アプリに追加したい機能決まったか?」

山田:「その件なんだけど、開発は一旦中止することになって」

魚械:「え?なんで?せっかくここまで作ったのにやめるのかよ」

山田:「漁師さんはスマホを使わないことがわかってさ。ごめんな、協力してくれたのに。まずはいきなりシステムを作らず小さく仮説検証をやりたいと思う。」

魚械:「システムを作らないのか?じゃあ俺はやめさせてもらうよ」

山田:「わ、わかったよ。ここまで頑張ってくれてありがとう」

【山田振り返りメモ】
魚械さんはFounder-issue-fitしていなかった。新規事業立ち上げにおいて、当然プロダクトを磨き上げていくプロセスが軸になるが、もう1つ忘れてはいけない軸として、「適切なチームの組成」がある。少しの挫折や、ピボットなどのイベントがあったときに、すぐに離れたり、コミットが弱まるメンバーは、そもそも「カルチャーフィット」していない。そういうメンバーは、早いタイミングで、プロジェクトから抜けてもらう方が、お互いにとって良い。一番ダメなのが、「カルチャーフィット」していないのに、「スキルがあるから」「実績があるから」という理由だけめメンバーを残留させることだ。こういうメンバーを放置していると、土台と魂のない「ゾンビプロジェクト」になる

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その夜
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山田:「まさかマッチングしないとは思ってもみなかった・・・新しい案と言われても・・・」

新しい新規事業アイデアについて様々調べては見るものの、心の中がモヤモヤして思うように進まなかった。

山田:「雨の日も風の日も漁港に向かい漁師にインタビューし、社内では部長に怒鳴られながら、必死にもがきながら進めてきたけど、何でこんなに頑張れたのだろうか。なぜここまで漁師向けの新規事業にこだわってきたのだろうか。」

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【回想】
先日の漁師である浅井さんへのインタビュー後
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山田:「お時間いただきましてありがとうございました!」

浅井さん:「山田くん、もう帰るのかい?」

山田:「はい!お聞きしたいことは全て確認させていただきましたので!」

浅井さん:「今日、漁師の集まりがあってね。山田くんも一杯どうかね。今日とった魚が食べれるぞ」

山田:「私なんかがお邪魔して宜しいんでしょうか。」

浅井さん:「勿論だよ!もう家族みたいなもんじゃないか」
山田:「ありがとうございます!」

@宴会にて

浅井さん:「息子が大学進学したいっていいだしてね。なんとか行かせてあげたいんだが、なんせ俺は甲斐性がないから」

田村さん:「山田くん、我々漁師の未来があんたにかかってるんだよ。頼むよ」

小林さん:「今使っている漁船がボロボロでさ。買い換えないといけないんだが、お袋が体壊して入院してるから、入院費用がバカにならないんだわ」

山田:「漁師さんのため・・・そうだよな。そうだ。俺がなんとかしないと。なんとか漁師さんの生活を向上させてあげないといけないんだ!」

【山田振り返りメモ】
起業家にとって、プロダクトの磨き込みと同じくらい大事なことが「セルフアウェアネス」を高めること、「なぜ、他の誰でもない自分がこのプロジェクトをやる必然性があるのか」それを言語化することができなければ、実行力も上がらないし、様々なステークホルダー(一緒に働くメンバー、リソースをアロケーションする役員、取引先) を強力に巻き込むことができない。逆にいうと、新規事業において、この実行力/巻き込み力以外の武器はほとんどない。それを生かせないプロジェクトの失敗は必至

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@田所先生
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田所先生:「それはまさにFounder Issue Fitと言います。顧客課題が自分ごとになっている状態で、新規事業を行う担当者が熱量を持って進めるために必須な状態です。自分が本当に助けたい顧客と向き合えている証拠ですよ。」

山田:「そうなんですね。このプロジェクトを始めた当初は、正直にいうと今ほど熱い思いもなく、新しく任された仕事だからという気持ちでやっていましたが、漁師さんへのインタビューをしたり、一緒にお酒を飲んでたわいもない話をしていると、なんというか、自分が漁師さんを助けないといけないう使命感みたいなものが芽生えてきまして。私がいうのもなんですが。」

田所先生:「それはとても大切な感情です。まさに顧客と直接接しているからこそ生まれるもので、その熱い思いがあるからこそ壁にぶつかってもそれを乗り越えることができるんです。そういえば、魚械さんには伝えましたか?」

山田:「伝えたらもうやめるって・・・同じビジョンをもって頑張っていけると信じていた仲間だったのでとてもショックで。勿論、私が悪いのですが。」

田所先生:「新規事業において、チームメンバーの熱量がどこに向いているかがとても重要です。魚械さんの場合は、顧客の課題ではなく、ソリューションへ熱量が向いていたんですよ。言って終えば、漁師の課題なんてどうでもよく、多機能なアプリケーションというソリューションを提供したかっただけでのように思えますが、ちゃんと漁師の課題などについて説明されましたか?」

山田:「言われてみるとちゃんと共有できていませんでしたね。漁師の課題について説明しようとしたら全く興味がなさそうだったので。その時はどうしてもアプリを作らないといけなかったので、「ITスキル・知識を持った人」という観点で魚械にお願いしたのですが。」

田所先生:「そこが実は落とし穴なんです。勿論、スキルが高いに越したことはないのですが、新規事業開発において最も重要なのは、カルチャーフィット、つまり、顧客の課題を解決したいという思いに共感できるかなんです」

画像14

山田:「なるほど・・・それは全く意識していませんでした・・」

田所先生:「何度も言っていますが、顧客の課題解決が最も重要なんです。つまり、顧客の課題を解決できればソリューションは問わないわけです。ソリューションは仮説をぶつけたときの顧客の反応によって修正していく必要があります。なので、いくらスキルがあっても一つのソリューションを提供することだけにこだわりを持った人は、新規事業メンバーとしては相応しくありません。こだわりがあればあるほど、そのソリューションを否定されたくないという思いになり、顧客に仮説をぶつけて修正するというサイクルをスムーズに回せなくなります。それは新規事業開発にとっては致命的です。」

山田:「大変勉強になりました。ただ、なかなかビジョンに共感できる人を探すのは難しい気がするのですが。」

田所先生:「勿論、簡単ではありませんが、例えば、社内公募をかえてみるのはどうでしょうか。社長や部長の承認を得ないといけないとは思いますが。」

山田:「なるほど。とりあえずやってみないと分からないのでチャレンジしてみます!あ、あと、次の事業アイデアなのですが、また振り出しに戻って考えないといけないんですよね。せっかく苦労して見つけた漁師さんの課題だったのに・・・」

田所先生:「いえ、顧客課題はもう既に見つかっているので、ソリューション仮説を修正するだけで良いです。このように事業アイデアの大きな軌道修正を余儀なくされたり、全く別のアイデアに取り組んだりすることをピボット(Pivot)するといいます。」

山田:「ピボット・・・あのバスケで使う技でありましたよね?」

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田所先生:「そうですね。まさにそのピボットです。軸足を固定したままくるくると方向転換する、つまり、今回の場合、顧客の課題解決という主軸は固定したまま、それをどのように解決するかというソリューションを変えていくことだと考えてください」

山田:「とてもわかりやすいです。」

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田所先生:「スタートアップ型事業では、仮説検証を繰り返しながらpivotをして何回pivotできるかが成功を左右します。つまり、顧客に仮説をぶつけて修正するというサイクルを何度も何度も回す、いうのは簡単なんですが、これが本当に難しいことなんです。」

山田:「次のアイデアなんですが、漁師さんが毎月支払っている固定費を下げるためのアプローチとして、漁船のセカンダリーマーケットプレイスを作るというのはどうでしょうか。漁師さんのインタビューの中で分かったのですが、その漁師さんはお金がなく船を新しく買い替えることができずに困っていたようなのですが、たまたま知り合いの漁師さんから中古で船を譲ってもらったらしく、毎月の支払額が減って生活が楽になったようです。」

田所先生:「中古船の売買ですね。面白いところに目をつけましたね。」

山田:「では早速アプリを・・・ではないですね。まずはMVPとして、チラシを作って文字とイメージ図だけでヒアリングをし、反応が良ければExcelと電話とFaxでマッチングですね。

田所先生:「そうですね、ただ、最初に実験を行う対象をもう少し明確したほうがよいです。以前お話ししましたよね、Go To Marketです。」

山田:「あ、そうでした。近所の漁港には知り合いの漁師さんもいますし、行きやすいのでそこの漁師さんたちを対象に仮説検証をしようとおもっていましたが・・」

田所先生:「最初に攻めるべき領域と、自分の得意領域は関係ないですよね。Amazonの場合も、CEOのジェフ・ベゾスはもともと金融出身ですが、最初に攻めるべきセンターピンとして書籍を選びました。」

スクリーンショット 2020-11-21 午後1.23.17

山田:「なるほど。適当に自分が手をつけやすい領域から始めるというのはダメなんですね。よく考えれば当たり前ですね。」

田所先生:「では、いつものGo To Marketを書いてみましょうか。マッチングサービスなので、どの地域で、どの漁港を最初のセンターピンにするかという視点で書いてみてください。」

山田:「こんな感じでしょうか、正しいGo To Marketの図になっているか不安ですが。私が最初に行こうとしていた金山港は比較的組合の人数も少なく、遠洋漁業の漁師さんが多いため、収入が多いので、今回のセンターピンにすべきではなさそうです。」

スクリーンショット 2020-11-21 午後1.25.47

田所先生:「素晴らしいですね。Go To Marketの書き方に正解はありません。重要なのは、様々な視点で顧客を分解してみようとすることです。」

山田:「そうなんですね、よかったです。ということで、静岡県の沼津港の漁師さんたちを対象にしたいと思います」

田所先生:「次は何をすべきでしょうか?」

山田:「アプリ開発なんて言わないですよ(笑)まず紙で中古船の売買プラットフォームというコンセプトについてユーザーインタビューをしたいと思います。その後は、「人力」✖️「エクセル」✖️「Fax」で行きたいと思います。」

田所先生:「すばらしいです。では頑張ってくださいね」

漁師へのインタビューを重ね、人力とExcelとFAXの組み合わせであるMVPを用いて仮説検証を開始したところ、次から次へと中古漁船を売りたいという漁師が現れ、私のExcelのリストには、50隻もの中古船の画像と売却したい漁師さんの名前が記載されるようになった。

そんなある日、中古船が書いたいという漁師がいるとの連絡をもらい、電話で話を聞くと、息子が漁師になり、もう一隻購入を考えているので、中古船のリストを見せて欲しいとのことだった。

「初めてマッチングするかもしれない!!」

心を躍らせ、静岡の沼津港へ向かい、購入したい漁師と会った。

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@漁師の倉田さん(買い手)との面談
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山田:「初めまして。株式会社フィッシュマンの山田と申します」

倉田さん:「初めまして。400万円程度で中古漁船を購入したいのですが」

山田:「ありがとうございます!リストとしては現在50隻ほどありますので、こちらから選んでいただければと思います」

倉田さん:「この船が良いのですが、売主の方と直接会いに行けますか?」

山田:「勿論です!」

こうして400万円の中古漁船の売買は成立した。

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@漁師の村田さん(売り手)へのインタビュー
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村田さん:「山田さん、とても嬉しいよ。もう処分するしかないと考えていたからね。」

山田:「喜んでいただいて何よりです!ところで、今回はお試しということで無料でやらせていただいておりますが、今後は20%ほど手数料を取ろうと考えております」

村田さん:「まぁお金が入ってくる話だから、良いんじゃないかな。勿論、手数料なしが一番望ましいけどね」

その後も無料ではあったものの数件マッチングをし、佐藤部長へ報告することにした。

佐藤部長:「10件近くマッチングするとはすごいな。確実にニーズはありそうだな」

山田:「新聞広告を打ってもよろしいでしょうか。もっと多くの漁師さんにしってもらいたいんです。」

佐藤部長:「アプリ開発を中止したことで予算はまだあるから、広告を打って漁師の反応をみようか」

山田:「ありがとうございます!」

結果、約300万円ほど広告費をかけたことで、10件電話があり、3件商談し、1件成立(600万円✖️20% = 120万円の利益)という結果となった。

初めての利益がでたことが嬉しかったし、やっと自分の仮説の正しさが証明されたと思うと、いてもたってもいられなくなり、田所先生のもとを訪れ結果を報告した。

新規事業にとって最も大事な要素は「戦略的泥臭さ」である

「戦略性」とは、Go-to-marketで構造化するように、どこで戦うのか(どこで戦わないのか、どの戦を略すのか)の仮説を立てて、検証していくこと。一方で、戦略が決まったら、何がなんでもやり抜いていく「泥臭さ」が非常に重要になる。この2つの要素を高いレベルで持ち合わせているかどうかが、新規事業の成否を決める

(次章へ続く)

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