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『「学力」の経済学』

この1〜2年で、幼児教育の重要性ってすごく見直されるようになったのかな?と感じることが増えたのですが(たとえば記事を目にする機会が増えたり、「非認知能力」という言葉をいろんな人が知っていたりして)、その一端は2015年に出版されたこの『学力の経済学』だと思います。

著者の中室牧子さんも触れているように、教育というのは誰しもに関わりがあるため、今の日本はまるで「一億総評論家」の状態にあります。

しかし、実は多くの人が語っているのは、自分自身の経験に基づいた持論でしかないそうです。子どもの成功には多くの要因が絡み合っていて、他人の成功体験が我が子に活かせる保証はどこにもありません。

また、原因と結果が結びついた因果関係と、現象が同時に起きている相関関係がよく混同されているとも指摘があります。(例えば「読書」と「学力」が関係あるという統計は、あくまでも相関関係だそうです。「読書をしている」から「学力が高い」のか?「学力が高い」から「読書をしている」のか?もしかしたら「読書をしている」ことにも「学力が高い」ことにも影響があるような関わりを、親がしているかもしれない?など、実はその因果関係は明らかになっていません。)

科学的な根拠(エビデンス)を大切にする経済学者によって、教育で起きていることをより客観的に、因果関係を明らかにしていこうという動きが今世界で起きています。これまでエビデンスを積み上げて来なかった日本はかなり遅れている分野ですが、海外の事例を元に分かってきたことを読み解きつつ、日本でもデータを用いた教育施策をしていきましょう、というのがこの本ですね。

いくつか、本書内で紹介されている具体例を、メモとして残します。

子どもをご褒美で釣ってはいけないのか? → アウトプット(成績の結果など)へのご褒美は効果が薄いが、インプット(本を読む、宿題をするなど)へのご褒美は効果あり

子どもは褒めて育てるべき? → 自尊心の高まりが学力を上げるのではない。学力の向上が自尊心を高める → むやみに褒めすぎない。褒めるべきは元々の能力ではなく、努力したプロセスや、具体的に達成した内容。

テレビやゲームは悪影響? → 大きな因果関係はみられない。やめさせても、学習時間はほとんど増えない → 「勉強しなさい」はエネルギーの無駄

友達が影響を与える? → 学力が高い子どもは、学力が高い友達の中にいるとプラスの影響。学力が低い子どもも、習熟度別学級により学力上昇がみられる。ただし学齢が低いと格差が拡大することも。


これらのことは、今まで色んな人が色んな意見を述べていた印象がありますが、海外ではエビデンスを元にした研究で明らかになっているんですね。

そしてそれらの中で特に重要なのが、教育への投資時期。ノーベル賞を受賞したヘックマン教授らの研究業績(アメリカ・ペリー幼稚園プログラム)を元に、就学前教育(幼児教育)への人的資本投資が、人生のなかでもっとも収益率が高いと紹介されています。

社会収益率が7〜10%にものぼるということは、4歳のときに投資した100円が、65歳のときに6000円から3万円ほどになって社会に還元されているということです。現在、政府が失業保険の給付や犯罪の抑止に多額の支出を行っていることを考えると、幼児教育の財政支出は、社会全体で見ても、非常に割の良い投資であるといえるのです。

幼児期の教育で影響が大きいとされるのが「非認知能力」と呼ばれるスキルです。学力テスト等で測ることのできる「認知能力」に対しては、実は幼児教育はそれほど有意な差をつくらず、小学校以降で差が埋まっていきます。一方「自制心」「やり抜く力」「意欲」「社会性」などの「非認知能力」は幼児教育にかなり影響を受け、将来に渡って子どもの成功との因果関係を持つことが最近の研究で明らかにされています。


中室さんが訴えるのは、こうした研究が海外で出てきているにもかかわらず、日本では主観に基づいた費用対効果の検証されない教育政策が続いていることへの危機感です。

日本の公教育ではとにかく「平等」が重視され、家庭のもつ資源(教育を受ける機会・そのための予算など)に差があるにもかかわらず同じ教育を行うため、一部では格差が拡大しているという側面もあります。加えて重視されるのは世代内への平等(検証もせず全国一斉にゆとり教育を実施するなど)なので、世代間の平等が失われているのではないか、とも指摘されています。

私は、世代内の平等に固執するあまり未来につながる政策評価ができない状態を続けるよりも、なるべく不平等を作らずに実験を実施することに知恵を絞るべきではないかと思っています。


今おそらく、義務教育でない日本の幼児教育においては、この「平等」はそれほど重視されていません。それぞれの園が独自に、いろんな取り組みを行なっています。ただエビデンスに基づく手法も共有されていないので、多様性がある一方、格差も大きい面はあるでしょう(でも実は投資効果は大きい)。

幼児教育での効果が期待される「非認知能力」というのは「生きる力」とも言われ、幼児期に子どもと大人、あるいは子ども同士の日々のかかわりの中で育っていく能力です。どう伸ばしていくかの手法は確立されてはいませんが、独自に研究を積んでいる園はたくさんありますので、今後それらのデータをどうシェアしあいながら、全体の質を高めていくかという点がキモになるかな、と本を読んでいて感じました。


最後に中室さんは、教育における先生の役割について、(もちろんデータの分析を元にして)次のように書かれています。

遺伝や家庭の資源など、子ども自身にどうしようもないような問題を解決できるポテンシャルを持つのは、「教員」だということです。

その「質」をどう高めるかについては、まだ結論がありません。給与UPや研修は必ずしも効果に結びつかず、「能力が高い人に参入してもらう障壁を低くすること」が海外の事例からは有効と読み取れそうですが、日本では研究が遅れているそうです。


保育も同じかなと思います。これまで個々人の経験値が重視され、保育士自身の「質」についても、あまり言語化されてこなかった(議論も全体的なものではなかった)側面がある気がします。そこに、ものすごいポテンシャルがあるにもかかわらず。

逆に言えば、エビデンスベースの議論をもっとすることで、いろんな突破口が見えてくるのかもしれません。今回このnoteに書くにあたって読み返し、あらためてそんなことを考えました。


『「学力」の経済学(中室牧子)』


(twitter @masashis06


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