Anti Heroes(アンチ・ヒーローズ)

 ヒーローになんてなれないさ。
 犬より速く走れない。
 魚より速く泳げない。
 はばたきたくても翼がない。

 ヒーローになんてなれないさ。
 けれど
 ハンドルを握れば、
 犬なんて簡単に追い越せる。
 先回りして蹴散らすことだってできる。
 面舵いっぱい!船首を傾ければ、
 魚の群れを掻き分け水平線の彼方まで進撃、
 コックピットに乗り込み酸素マスクを装着、
 操縦桿を握れば、
 鳥が巣に帰るあいだ地球を二周りもできるんだ。
 なるほど人間は合理的で機能的らしいが、
 本当に合理的で機能的なのは、
 闇に紛れ畝から畝を駆け抜ける犬よ、
 鱗をきらめかせ日の光を追いかける魚よ、
 流れる星をついばみ子午線を渡る鳥よ、
 きみたちの方なのではないか?
 人間は人間でもとりわけ合理的でも機能的でもない、
 詩なんか書いているおれが言うのだから間違いない。

 なるほどおれは劣等で
 ヒーローになれるわけなどないが、
 車は追いかけて来る犬を蹴散らし、
 船はきらめく魚の梯子を打ち砕き、
 ジェット機は地球を幾重にも蹂躙したあげく墜落。
 自由は自由の名の下抑圧され、
 人権の名の下あきらかな人殺しも正義と呼ばれ、
 お祭り騒ぎのクリスマスには何万羽の鳥が殺され、
 大晦日だ正月だと何万頭の牛が枝肉にされ、
 ハッピーバースデーと何万匹の豚が肉も脂も骨も悉くミンチにされ、
 カウントダウンとハッピーニューイヤーで賑わうテーマパークでは、
 一時間当たり何万リットルの糞尿が垂れ流されたあげく、
 得体の知れぬ高速タービンは永久運動を開始。
 そこに道があるかの如くネズミの群れは海へと突っ込み、
 高速タービンの心臓部では青く冷たい猛毒の火が無限に分裂、
 信仰のないハロウィンはネオンきらめく不夜城の街のコスプレ大会と化し、
 左は人権をふりかざし狂犬の如く牙を剥き、
 右は名ばかりの自由を餌にして狂犬を飼い馴らし、
 左は溺死したネズミの死骸に群がる魚の如く跳ね飛び、
 右は死骸に群がる魚をさらに肥え太らせ波打ち際へと追いやり、
 左の翼は右を煽り、
 右の翼は左を煽り、
 左が戦争反対!と拳を振り上げ声高に叫ぶほど
 右は鉄面皮をさらし数の力で押し切るだけ、
 あべこべな世界のどこにヒーローなんているのだろう。

 ヒーローになんてなれないさ。
 おれは車の運転免許ぐらいしか持ってないが、
 わざわざ先回りして尻尾を振る犬を蹴散らそうとは思わない。
 おれは一等航海士でも空軍のパイロットでもなければ、
 おれは菜食主義でもないから肉だって喰うさ。
 クリスマスには指をべとつかせフライドチキンにかぶりつき、
 大晦日には王道のスキヤキか、
 意表をついてラムチョップか、
 正月にはあっさり馬刺しもいいが、
 冷たいおせちに飽きたらジュージュー鉄板で湯気をたてるハンバーグもいいな。
 ハッピーバースデートゥユー虫唾が走る歌声に耳を塞ぎ、
 おれにはカウントダウンもハッピーニューイヤーも関係ないが、
 人気アトラクションの長い行列にも並んだことがあるし、
 おれはFUKUSHIMAに住んでいるがエアコンもパソコンも点けっ放し、
 毒がなくなるのに十万年もかかる高速タービンにさよならもできず、
 汚染された土を庭に放置しながらそこに道があるかの如く予定調和し、
 コスプレというほどでないが、
 とうに五十を過ぎているのに安物の革ジャンに穴のあいたジーンズ、
 ロックシンガーでもないのにぼさぼさの長髪に派手なスニーカー、
 おれは鎖がちぎれた狂犬と身内に忌み嫌われ、
 おれは首輪を噛み切れなかった負け犬と世間から蔑まれ、
 放置された汚染土には雑草が生え、
 まったく以ってありがたくもない花が咲き、
 毎朝歯ブラシ片手に鏡に映る己の顔に目を背け、
 飛べない鳥は翼に煽られることもなく、
 左を向けば吐き気をおぼえ、
 右を向いても吐き気をおぼえ、
 戦争反対!テレビから垂れ流される映像に思わずチャンネルを変え、
 あべこべな国のヒーローが映し出されれば迷うことなく電源を切る。

 ヒーローになんてなれないさ。
「汝の隣人を愛せ汝の敵を愛せ」と説いて歩いた男は、
「汝の隣人は敵だ汝の敵を殺せ」とあきらかな人殺しも
 正義と呼んで止まない政治的言語の槍に脇腹を深く刺されて死んだ。
 彼岸の貧しき病める者たちをならず者と呼び自作自演の戦闘を仕掛け、
 さんざん足蹴りにしたあげくただ水を飲むためだけ、
 ならず者たちがようやく立ち上がればさらにテロリストと呼んで鞭打ち、
 此岸の貧しき病める者たちに自由と人権を保障するとアメをちらつかせ、
 猜疑心と被害妄想をとめどなく膨らませ警官は少年を殺し、
 暴動と略奪の火の手は消えず、
「この戦いは正義の戦いである」此岸のヒーローが得意げにテレビ演説すれば、
「ならず者を殺せテロリストを殺せ」此岸の警官も少年もともに声を張り上げ、
 腐臭がおくびを垂れる血と肉と脂と膿の河を越え、
 差別と迫害によって彼岸にでっちあげられた悪と、
 自由と人権によって此岸にでっちあげられた正義は、
 互いに拳を振り上げ刺し違え、
 血と暴力は飽くことない血と暴力を生み、
 たとえ最後のひとりになろうとも憎しみの連鎖はとどまらず、
 貧しき病める者たち同士殺し合いさせ、
 数千年来搾取を繰り返す政治的言語の槍 ――
「汝の隣人は敵だ汝の敵を殺せ」ヒーローが繰り出す殺し文句とは真逆に、
「汝の隣人を愛せ汝の敵を愛せ」と説いて歩いた男も当然永久革命論者として、
 或いはテロリストとして標的にされ、
 裸にされ、
 腰にちっぽけな布きれ一枚、
 呪われた意味の鎖に両の手足を蹂躙され、
 呪われた意味の十字架を背負わされ、
 彼岸の貧しき病める者たちと此岸の貧しき病める者たち、
 双方から罵詈雑言の礫をこれでもかと浴びせ掛けられ、
 ああ言えばこう言うディベートの鞭に容赦なくさらされ、
 ようやく辿り着いた夥しい屍が重なる丘の上 ――
 核と原子力の太い杭に両の手足を打ち抜かれ、
 呪われた意味の十字架に磔にされ、
「この戦いは正義の戦いである」あきらかな人殺しも正義と呼んで止まない政治的言語、
 ロンギヌスの槍を
 まるで重力を断ち切るかの如く
 脇腹に向かってこれでもかとぐいぐい突き上げられ、
 男は死んだ。

 ヒーローになんてなれないさ。
 犬であれば足を引きずり、
 魚であれば鱗が剥がれ、
 鳥であれば翼が折れ、
 人間は人間でもとりわけ劣等で、
 何ら合理的でも機能的でもないおれは、
 ヒーローになんてなれないさ。
 隣人を愛することもない、
 敵を愛することもない、
 おれは永久革命論者でもなければテロリストでもない、
 鎖がちぎれた狂犬と忌み嫌われ、
 首輪を噛み切れなかった負け犬と蔑まれても、
 隣人を敵だと欺き、
 敵を殺せと己を奮い立たすこともできないおれは、
 ヒーローになんてなれないさ。
 へっ、
 ならず者だって?
 それは、
 ロンギヌスの槍とは真逆の
 詩なんか書いているおれのことさ。
 へっ、
 詩人だって?
 ああそうとも、
 十字架に磔にされて死んだあの男のことさ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?