原発よさらば
†
原発よさらば。
流された家に。
原発よさらば。
屑鉄となった車に。
原発よさらば。
打ち上げられた船に。
原発よさらば。
瓦礫に閉ざされた道に。
原発よさらば。
崩れた橋に。
原発よさらば。
陥没した道路に。
原発よさらば。
水が噴き出した配水管に。
原発よさらば。
倒れた柱に。
原発よさらば。
投げ出されたままの送電線に。
原発よさらば。
配給の水と食糧に。
原発よさらば。
薬と毛布に。
原発よさらば。
物資を運ぶための燃料に。
原発よさらば。
暖をとるための燃料に。
原発よさらば。
水も食糧も灯りもない孤立した人びとに。
原発よさらば。
瓦礫に閉ざされ冷え切った闇に。
原発よさらば。
打ち上げられた船にとり残された人びとに。
原発よさらば。
屑鉄となった車に閉じ込められた人びとに。
原発よさらば。
家とともに流された人びとに。
原発よさらば。
瓦礫に埋もれた人びとに。
原発よさらば。
この痛みと悲しみに。
原発よさらば。
瓦礫を押しやり道を開いた人びとに。
原発よさらば。
橋を架け直し、配水管を、送電線をつないだ人びとに。
原発よさらば。
水と食糧を、薬と毛布と燃料を運んだ人びとに。
原発よさらば。
冷え切った闇に手を差し延べた人びとに。
原発よさらば。
流された家に、屑鉄となった車に手を差し延べた人びとに。
原発よさらば。
打ち上げられた船に、瓦礫の下に手を差し延べた人びとに。
原発よさらば。
いくら泥と傷にまみれても、手を差し延べ続けた名もなき人びとに。
原発よさらば。
遺体を引き揚げ、家族の元へと返した名もなき人びとに。
原発よさらば。
ニュースにもならない、テレビにも映らない、名もなき人びとに。
原発よさらば。
物語の外、ヒーローでもヒロインでもなかった名もなき人びとに。
原発よさらば。
人であることの温もりをつないだすべての名もなき人びとに。
†
原発よさらば。
底を尽いたガソリンに。
原発よさらば。
棚から食糧が消えた丘の上のスーパーマーケットに。
原発よさらば。
自給自足を始めようにも放射能が滞留している空に。
原発よさらば。
飲み水さえままならない汚染された故郷の土に。
原発よさらば。
まだ瓦礫の下にとり残されている沢山の人びとに。
原発よさらば。
放射能が降り、助けは来ない避難指示区域に。
原発よさらば。
老いも若きも関係ない、自力で瓦礫を片付ける誰も無口な男たちに。
原発よさらば。
泣き濡れて涙も枯れ、人知れず身内を探す女たちに。
原発よさらば。
互いに声を掛けようにも、食糧も水もない声なき声に。
原発よさらば。
放射能測定とは名ばかりの、四六時中飛んでいるヘリコプターに。
原発よさらば。
気休めと体裁だけのモニタリングのヘリコプターに。
原発よさらば。
内閣支持率を維持するため、ただそれだけに飛んでいるヘリコプターに。
原発よさらば。
チビ、デブ、ヤセ、ハゲ、ブス、バカ、カス……そして、デクノボウに。
原発よさらば。
誰もが一度はどれかと呼ばれ、誰もがどんなに愛おしかったこの街に。
原発よさらば。
誰もがどんなに美しく、誰もがかけがえのなかったこの街に。
原発よさらば。
誰ひとりいなくていい者はいなかったこの街に。
原発よさらば。
傘もなく雨に打たれ、海辺にひとり立っている妊婦に。
原発よさらば。
遥か沖、横たわり、漂う船に。
原発よさらば。
白い息をはずませ、妊婦がさする臨月のお腹に。
原発よさらば。
真夜中、体育館の片隅ですすり泣く声に。
原発よさらば。
突然、孤児となってしまった子どもたちに。
原発よさらば。
昼間、寂しさを紛らわせ、体育館を駆け回る子どもたちの足音に。
原発よさらば。
明けない夜に爪を立て、声を殺してすすり泣く子どもたちに。
原発よさらば。
体育館に敷き詰められた青いビニールシートに。
原発よさらば。
亡き夫の位牌に向かって手を合わせる老婆に。
原発よさらば。
東京の大学に行っていて無事だった老婆の孫に。
原発よさらば。
波に呑み込まれ、帰って来ない老婆の息子と嫁に。
原発よさらば。
位牌に捧げられ、手をつけられぬまま冷え切った配給のおにぎりに。
原発よさらば。
息子と嫁の無事を祈り、硬く合わされた老婆のしわくちゃな手に。
原発よさらば。
悲しみ、怒り、憎しみ、涙、祈り……そして、沈黙に。
原発よさらば。
誰もが胸に傷を負ったこの街に。
原発よさらば。
誰もが声にならない叫びを抱くこの街に。
原発よさらば。
誰もが眠れぬ夜を過ごすこの街に。
原発よさらば。
放射能の雨が降り、瓦礫に埋もれたこの街に。
原発よさらば。
誰ひとり感情を露わにする者がいないこの街に。
原発よさらば。
先生をバカにしていた生徒たちに。
原発よさらば。
腫れものに触れるよう生徒と接していた先生に。
原発よさらば。
海辺の教習所の流された車に。
原発よさらば。
車から引き揚げられた、仮免許練習中だった生徒三人の遺体に。
原発よさらば。
高校のグラウンド、やけに目に染みる炊き出しの煙に。
原発よさらば。
三人の生徒を失った先生と、三人のクラスメイトを失った生徒たちに。
原発よさらば。
どこへぶつけていいかわからない怒りに。
原発よさらば。
抱き合って泣くしかなかった先生と生徒たちに。
原発よさらば。
すりきれた影をひきずる泥まみれの犬に。
原発よさらば。
犬がさまよう煙が立ち上る瓦礫の畝、そしてまた畝に。
原発よさらば。
泣き濡れて、くんくん鼻を鳴らす、犬の垂れた尻尾に。
原発よさらば。
ちぎれ、ひきずる、泥まみれのリードに。
原発よさらば。
犬が探している帰らぬ主人とその家族に。
原発よさらば。
差別がないはずの社会で差別があったこの街に。
原発よさらば。
いじめがないはずの学校でいじめがあったこの街に。
原発よさらば。
虐待がないはずの家で虐待があったこの街に。
原発よさらば。
差別も、いじめも、虐待も、すべては瓦礫の下に埋もれたこの街に。
原発よさらば。
もはや、謝ることも赦しを乞うこともできないこの街に。
原発よさらば。
男、女、子供、老人、先生、生徒……そして、犬に。
原発よさらば。
自然の猛威によって、ずたずたに引き裂かれた日常に。
原発よさらば。
核と原子力の脅威によって、恐怖と差別と風評が渦巻く日常に。
原発よさらば。
崩れたコンクリートのように重い景色に。
原発よさらば。
剥き出しの鉄骨のように歪んだ景色に。
原発よさらば。
割れたガラスのように鋭い景色に。
原発よさらば。
折れた柱のようにのしかかる景色に。
原発よさらば。
流された衣服のようにまとわりつく景色に。
原発よさらば。
立ち上る煙のように目に沁みる景色に。
原発よさらば。
すべてがつなぎようのない断片となってしまった瓦礫の街に。
†
原発よさらば。
食べられなくなった牛に。
原発よさらば。
あの日、トラックに乗せられ、悲しい目をして夜の高速道路を運ばれていた牛たちに。
原発よさらば。
家をなくした犬に。
原発よさらば。
あの日、主人に連れられ、尻尾を振って海辺を、田んぼの畦道を散歩していた犬に。
原発よさらば。
空を行く鳥に。
原発よさらば。
あの日、顔を背け合っていた人びとに。
原発よさらば。
あの日、人びとの心の隙間を埋め、拡がりつつあった青空に飛んでいた鳥に。
原発よさらば。
遊べなくなった子どもたちに。
原発よさらば。
あの日、校庭を駆け回り、転んで、泣いて、痛みを、土の温もりを知った子どもたちに。
原発よさらば。
靴をなくした少女に。
原発よさらば。
あの日、自転車を押し、遠回りした学校帰りの道に。
原発よさらば。
あの日、崩れた橋の袂、踏み出すこともできず、裸足のまま友を待っていた少女に。
原発よさらば。
怒れる青年に。
原発よさらば。
あの日、全速力で断崖を突っ走った物言わぬ友、ドゥガティに。
原発よさらば。
あの日、断崖を突っ切り、遥か虹の彼方へと爆音だけ残し、風となった青年に。
原発よさらば。
長い黒髪を濡らした雨に。
原発よさらば。
あの日、無言のまま帰還したあなたに。
原発よさらば。
あの日、あなたの蒼ざめた頬を叩いていた雨に。
原発よさらば。
あの日、目覚めろ、目覚めろ、といつまでも呼びとめていた雨に。
原発よさらば。
生き残った人びとに。
原発よさらば。
あの日、全身ずぶ濡れて、ガタガタ震えながら、爪を立てていた冷たい闇に。
原発よさらば。
あの日、拭いようのない悲しみを抱いていた人びとに。
原発よさらば。
あの日、ジュージュー鉄板で音を立てていたステーキに。
原発よさらば。
あの日、今日はごちそう!と、家族みんなで囲んだスキヤキに。
原発よさらば。
あの日、トラックに乗せられ、悲しい目をした牛たちに。
原発よさらば。
あの日、ぐいぐいリードを引っ張っていた犬に。
原発よさらば。
あの日、尻尾を振って、我が物顔で歩いていた田んぼの畦道に。
原発よさらば。
あの日、憎み合い傷つけ合っていた人びとが、見上げていた空に。
原発よさらば。
あの日、海に呑み込まれた空に。
原発よさらば。
あの日、空行く鳥を見失った人びとに。
原発よさらば。
あの日、校庭で鬼ごっこをしていた子どもたちに。
原発よさらば。
あの日、足音もなくやって来た見えない鬼に。
原発よさらば。
あの日、一斉に消えた子どもたちの声に。
原発よさらば。
あの日、買ったばかりの靴を履き、自転車を押し、友を待っていた少女に。
原発よさらば。
あの日、現れなかった友に。
原発よさらば。
あの日、崩れた橋の袂に残された自転車に。
原発よさらば。
あの日、恋人に裏切られ、人生という断崖に立たされていた青年に。
原発よさらば。
あの日、ともに人生という断崖を駆け抜けて行った相棒ドゥガティに。
原発よさらば。
あの日、青年が風となって散った水平線に。
原発よさらば。
あの日、長い黒髪を濡らしていた雨に。
原発よさらば。
あの日、目覚めろ、目覚めろと、蒼ざめた頬を叩いていた雨に。
原発よさらば。
あの日、ずぶ濡れになりながら、ガタガタ震えながら、身を寄せ合っていた人びとに。
原発よさらば。
あの日、明けない夜に爪を立て、ぬくもりと悲しみを分かち合っていた人びとに。
原発よさらば。
あの日、逆転した空と海に。
原発よさらば。
あの日、波に呑み込まれた鳥に。
原発よさらば。
あの日、制御不能となった福島第一原子力発電所に。
原発よさらば。
あの日、白煙を上げ、轟音とともに吹き飛んだ原子炉建屋に。
原発よさらば。
あの日、飛散した放射能に。
原発よさらば。
あの日、突然強制退去を強いられた人びとに。
原発よさらば。
あの日、誰もいなくなった街に。
原発よさらば。
あの日、瓦礫とともにとり残された牛と犬に。
原発よさらば。
食べられなくなった牛に。
原発よさらば。
家をなくした犬に。
原発よさらば。
遊べなくなった子どもに。
原発よさらば。
靴をなくした少女に。
原発よさらば。
怒れる青年に。
原発よさらば。
後ろ髪引く雨に。
原発よさらば。
あの日、時計の針が止まったままの二時四十六分に。
原発よさらば。
あの日、未だ帰らぬ人びとに。
†
原発よさらば。
「誰だ?」ビリー・ザ・キッド最後の言葉に。
原発よさらば。
「お墓に避難します」そう言い残して、自ら命を絶った九十三歳の老婆に。
原発よさらば。
「法の外で生きるには正直でなければならない」ボブ・ディランの言葉に。
原発よさらば。
左利き、二丁拳銃の悪童、ビリー・ザ・キッドに。
原発よさらば。
虫を踏み潰すように人殺しを重ねていったキッドに。
原発よさらば。
キッドを射殺した友人の保安官パット・ギャレットに。
原発よさらば。
わずか二十一歳の生涯を閉じた悪童に。
原発よさらば。
九十三歳まで正直であり続けた老婆に。
原発よさらば。
たかが二十一歳で正直であるがゆえ伝説となった青年に。
原発よさらば。
まざまざと思い知らされた女という実体に。
原発よさらば。
いつの時代も愚行と蛮行を繰り返す男という現象に。
原発よさらば。
手術台の上でのミシンとコウモリ傘の偶然だが美しくもない出会いに。
原発よさらば。
2011年現在の老婆と1881年約百三十年前の青年に。
原発よさらば。
「誰だ?」
原発よさらば。
汝姦淫する勿れ、盗む勿れ、殺す勿れ。
原発よさらば。
姦淫しながら、盗みながら、殺し合いながら。
原発よさらば。
自然を破壊し、文明を築き上げて行ったのは、いったい、
「誰だ?」!
原発よさらば。
「お墓に避難します」そう言い残して、自ら命を絶った九十三歳の老婆に。
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