SFショートショート 『秘密のテスト』
ぼくのクラスメイトは人間じゃない。
彼女の名前は茉莉。もちろんうまく隠してはいるが、茉莉はアンドロイドなのだ。
ぼくが茉莉を人間じゃないと考える理由はいくつかある。その最大のものは外見だ。茉莉の顔にも体にも、とても多くの黄金比が出現している。ぼくがEB——拡張脳——にダウンロードした膨大な顔データから統計分析した結果、茉莉の顔における黄金比の出現率は人種平均の二倍以上に達している。この圧倒的な美しさを実現するには理論上は整形手術しかないはずだったが、微細な手術痕すら発見できない。
さらに、外見以上に完璧なのは成績である。EBを使った課題解決試験で茉莉はいつもダントツのトップ。その人間離れした成績は、機械知性でなければ実現不能だった。
だから、ぼくは茉莉がアンドロイドなのだと疑っている。
クラスメイトがアンドロイド。それってすごくクールなことじゃないか? ぼくは完璧な美しさを知性を持った機械知性の彼女と、もっともっと仲良くなりたいんだ。
「おーい、抜き打ちテストをするぞー」
担任の小松の一言で、クラスが騒然となる。小松はみんなをなだめるように言った。
「いいかー、お前ら。社会に出たら突発的な難題に直面することがある。その時に困らないように訓練しておくのが義務教育の役割なんだからな。文句言ってないで準備しろー」
小松はクラスを見渡して騒ぎが鎮まるのを待ってから続けた。
「よーし。今日は完全実践ルールだ。制限なし。必要だと思うEBパッケージを探して、好きにインストールして、課題をクリアしてみろ。いいなー?」
ぼくは小松の言葉を聞きながら、こっそり茉莉の様子をうかがった。相変わらず茉莉は完璧に落ち着いている。その完璧な顔は、やっぱり作りもののように見える。
「課題を言うぞー。フェルマーの最終定理をABC予想を使って解け。はーい、はじめ」
数学はぼくの得意科目だった。この課題なら、茉莉よりも先にクリアできる可能性が非常に高い。完璧な茉莉に勝つ千載一遇チャンスである。
ぼくは課題に集中することにした。
結果は惜敗だった。トップで課題をクリアしたのが茉莉。ぼくはわずかに遅れて二位。
でも、このことがぼくに確信を深めさせた。茉莉はやっぱり機械なんだ。どうやったって茉莉がぼくよりも先に課題を解けるはずはなかったのだから。
ぼくが茉莉に目を向けると、茉莉もぼくを見ていた。ぼくらの視線がからみ合い、茉莉は優雅に歩きながらぼくに近づいてきた。
「どうも、亜蘭くん」
「やあ、茉莉さん」
茉莉は完璧な笑みを浮かべた。
「抜き打ちテスト、すごかったじゃない。亜蘭くんって本当に優秀ね」
「いや。茉莉さんには負けるよ。今日の課題できみに勝てないなら、ぼくは一生きみに勝つことはできないと思う。ぼくのEBには必要なパッケージがすべて入っていたんだ。探してインストールする時間が必要なかったのに、それでもきみのほうが速かった」
ぼくが言うと、茉莉がすこし眉をひそめた。
「そうなの? EBの容量には限りがあるから、そんなにいろんなEBパッケージを入れておけないはずだけど」
「まあ、ぼくは数学が好きだからね。それよりも、いったいどうやったらきみみたいに速く課題を解けるんだ? きみは何もかも完璧すぎて、まるで機械みたいだよ」
ぼくの言葉に茉莉は声を上げて笑うと、ぼくの耳元にその完璧な顔を近づけて小声でささやいた。茉莉から甘酸っぱい花のようなにおいが香った。
「面白いことを言うのね、亜蘭くん。でも、わたしの成績には秘密があるのは事実よ。亜蘭くんは口が固いよね? 誰にも言わないって約束してくれるなら、亜蘭くんだけにわたしの秘密を教えてあげてもいいよ」
ついに彼女は機械であることを白状する気になったらしい。ぼくはうなずいた。
「約束するよ、茉莉さん。だからぼくにきみの秘密を教えてほしい」
放課後にぼくは校庭の片隅で茉莉と落ち合った。茉莉は笑顔でぼくに語りかけてくる。
「亜蘭くん。さっそくだけど、EBパッケージには知識パッケージと技術パッケージの二種類があることは知ってるよね?」
「もちろん。でも技術パッケージは役に立たないことが多いよね。たとえばEBには運動の技術をインストールしても、筋力がともなわないと実践できない」
「そうね。人類はEBの発明によって時間をかけて知識や技術を身につける苦労からは解放された。でも、EBパッケージではカバーしきれない能力がある。それが思考力や身体能力。それを学び身につけるために、わたしたちはこうして学校に通ってるの」
「そんなこと、説明してもらわなくても知ってるよ。耳タコだ」
ぼくが言うと、茉莉はなぜか楽しそうに笑った。
「あなたはずいぶんと古くさい言い回しをするのね、亜蘭くん。やっぱり亜蘭くんって変わってるね。ああ、話がそれちゃった。わたしたちが学校で学んでいる思考力。もしも、それすらEBパッケージ化できるとしたらどう?」
ありえない。そう言おうと思ったが、ぼくは茉莉の真剣な顔を見て口を閉じた。
「実は、わたしの父さんはEBパッケージ開発者なの。もう長いこと思考力のパッケージ化に取り組んでる。その試作版がわたしのEBにインストールされているのよ」
ぼくは茉莉の言葉を吟味した。娘を人体実験に使うなど、倫理的にありえない。しかし、茉莉が機械だとすれば倫理の問題も解消できる。ぼくは意を決して茉莉に告げた。
「ねえ、茉莉さん。きみはアンドロイドだ。そうだろう? 外見も成績も何もかも完璧なことも、お父さんが実の娘を実験台にする異常さも、これで説明できる」
茉莉は目を見開いたが、すぐにいたずらっぽい表情で微笑んだ。
「まさか。わたしは生身の人間。外見が完璧って言われるのはすっごくうれしいけど、アンドロイドじゃないよ。それよりも亜蘭くん、機械なのはきみのほうでしょ?」
ぼくは茉莉を見つめた。茉莉は相変わらず完璧な笑みを浮かべている。
「どうしてそんなことを言うのかな?」
「亜蘭くんはぜんぜん感情を見せないよね。内向的なだけかとも思ったけど、わたしの思考力EBを通して見るとさすがに不自然なのよ。すっごく機械っぽい。でも確信したのは今日の抜き打ちテストの後ね。今日の課題の解決にはいくつものEBパッケージをインストールしなきゃいけなかったんだけど、容量の上限があるから不要なパッケージはどんどんアンインストールしていく必要があったの。でも、亜蘭くんは必要なパッケージがすべて入っていたと言ったでしょ。それって、普通の人間のEBではありえない容量なのよ」
ぼくはうなずく。たしかにぼくのEB容量は巨大なので、EBパッケージのアンインストールなんてしたこともなかった。
「バレちゃったか。いったいいつからぼくを疑っていたんだい?」
ぼくの問いかけに、茉莉は肩をすくめてみせた。
「きみが転校してきて、最初に名前を聞いた時かな。機械知性の成熟度を調べる方法に、チューリング・テストっていうのがあるでしょう? 接した人間が機械知性と認識できないほどのものであれば、その機械知性は十分に人間的だと判断できる。そのテストの提唱者がアラン・チューリング。きみはチューリング・テストのためにわたしたちの中学校に送り込まれてきた機械知性搭載のアンドロイドなのよね、中林亜蘭くん?」
茉莉の言葉がきっかけになって、ぼくの口が勝手に動きだす。
「正解です、茉莉さん。チューリング・テストの失敗を確認しました。亜蘭八号機は回収信号を発信し、機能を停止します。テストへのご協力、ありがとうございました」
機能停止の前にぼくが感じたのは、完璧な茉莉と仲良くなれないことへの失望だった。
〈完〉