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失敗できないと思っている人へ


こんにちは。まさみです。


金曜日は久しぶりによく寝ました。

夜21時過ぎに寝て、翌朝5時半に目を覚ましたから、8時間睡眠。

いつもは夜中に目を覚ましてしまうんですけど、
脳みそフル回転した心地よい疲れと、モヤモヤと抱えていたことを突破できた安心感からでしょうか。


自分の経験を言語化して、届いてほしい人に届けたいと思いつつも、その過去の経験を自分が振り返るのが怖かったので、ずっと悶々としておりました。


自分のコーチの力を借りて、辛かった過去の経験とやっと向き合うことができました。
それをこのnoteに書き記します。

これからもどしどし言語化していくけど、
今日はまずこのテーマ。



「私、失敗できないので!!」


私は、大門未知子ばりの
「私、失敗できないので!!」
に囚われてました。


今でも失敗が怖いです。

でも、失敗したら終わりじゃないと体感でわかっています。
だって、今こうして生きているし、
今が一番幸せだから。


そして、昨日コーチと話をして、
失敗したのはまさみさんだけのせいじゃないですよねと言われて、何か許してもらえた〜ってホッとしたんですよね。


当時の私は、
「失敗はしょうがない。また次頑張るか」と思ってはいたものの、何度も失敗が重なって、どんどん辛くなっていました。


大学と同時に始めた一人暮らしがうまくいかず、
過干渉が嫌で逃げ出してきたのに、母親に助けてもらう情けなさ。


大学進学したのに、
専攻した学部の内容が思ってたイメージと違ってやる気をなくし、しまいには留年。
就職も、やっとの思いで内定をもらったのに、卒業できなかったこと。


内定先には学業と両立という特例を出してもらえたのに、1年後には再留年が決まって、
それを会社に報告し、退職を申し出る時の惨めさ。


新卒採用のルートから外れて、
やりたい仕事も職場環境に合わず、
違う職を求めて転々とした日々。


うつ病の症状もこの辺りから出始めていたから、
調子も本調子じゃなくて、
思うようにできないもどかしさ。


大学時代から付き合い始めた前夫と、
同棲を始めたものの、
お互いの価値観が違っているなとわかってきた6年間。
でもここまで一緒に居たし、
もう他には選択肢が無いと思い込み、入籍。

私は心落ち着ける安心な場所が欲しかったんです。
しかし、蓋を開けてみれば、
今度はDVやセックスレスの問題があったりして、最後は身も心もボロボロになって4年間の結婚生活にもピリオドを打ちました。


こうした失敗は全て自分の責任だ!思っていたので、失敗するだけでもダメージがあるのに、
失敗を必要以上に重くとらえてしまい、辛い状態にありました。


失敗し過ぎて、私という存在が消えそうな状態。


そして、失敗を失敗と周りに思われたくなくて、必死に取り繕ってました。

私はちゃんとしてなきゃって思ってたんですね。


コーチには、まさみさんは必死に『砂の城』を作ってたんですねって言われました。


雨風で崩れやすい『砂の城』を、
何とか形にしようと、消え入りそうな存在で、
必死に取り組んでいました。

それは、きっと消えそうな私という存在を、
消してなるものかという本能みたいなものだったと思います。

本能として消えないようにと必死だったんだけど、手段を間違えてました。


『砂の城』は作らなくて良かったんです。
でも、『砂の城』を作る方法しか私にはわかりませんでした。
だから、必死にそれを信じてやってたんですね。

もし、今『砂の城』を必死に守ってしまっているとしたら、もう大丈夫だよ、十分にあなたは守ってきたよ、やってきたんだよと伝えてあげたい。


あなたはあなたのままでいい。


失敗したとしてもやり直せるし、
失敗した原因は自分の中だけにあるわけじゃないから、自分の選択や行動だけを責めないで。


失敗≠私の全否定


時に人は間違えます。
間違えても、間違えたと思ってやり直せばいいんです。
間違えることは誰にでもあります。
恥ずかしいことじゃありません。


人はパーフェクトじゃないんだし、
できないこともあります。
だから、人の力を借りてやったっていいんです。

全部自分でやりきれなくてもいいんです。


そう思って過去を振り返ると、
だいぶ心が軽くなります。

自分を大事にしてあげられます。

そこから生きやすくなると思います。


失敗は辛いけど、
そこまで自分を責めなくていいって
思えると思います。

そしたら、
過去の自分や今の自分、
頑張っている自分をよしよしと
ハグしてあげてください。


ここからは、
私が失敗を自分のせいにしてしまうようになったところを具体的に紐解いていきます。

ここまで読んで、何か感じている人は、
自分の状況につながるところがないか、
ヒントになるところを探しながら
重ねて読んでいってね。

失敗できないという強迫観念を解き放つために。


私の時代が昭和なので、
世代が違う人は自分の時代に
脳内で調整してくださいな。



失敗できない私ができあがるまで


私は中学生まではいわゆる優等生でした。

学校の成績も上位だったし、
学級委員長をやったりするような、
そういう子でした。
運動神経はなかったので、
体育とかはからっきしですけども。

高校も学校の先生が奨める、
県で1番の進学校に入学。


これ、自慢で書いているわけじゃないので、
気に障る人にはごめんなさい。

でも、ここまで読み進めている人は、
きっと何かしら通じる部分があると思うから
私がこの後何か言いたくて書いているんだなと
わかってくれていると思います。
なんで、次に行くよ。


私は、人の話を素直に聞き、
聞いたことを記憶できて、
読んだ本も無理なく記憶できるという、
そんなことが人よりちょっと得意だっただけで、頭がいいわけではなかったのです。

だから、高校、大学と進学するにつれて
壁にぶち当たっていきました。

中学校くらいまでの学校の授業は、
言われたことや教わったことを
そのままやればなんてことはなかったんですね、私の場合。

その代わり、
自分の意志というものがなかったですね。
何か強烈にやりたいとか興味があるというものがなかったから、親とか先生に言われることをそのままやっていたんだと思うんです。


小学校や中学校で学校の成績が思わしくない人は、その子の能力が低いからじゃなく、
先生の話とかに集中できない事情があるからだと思います。

家庭環境が安全な場所じゃなくて、
集中できないとか、
すごく興味がある世界を持っていて、
そっちの方が気になるから、
学校の授業はどうでもいいとかそういうこと。


話はそれましたが、
私は自分でさほど頑張っていたわけでもないのに、学校の成績は良かったんですね。

でも優等生でも、
自分に自信がありませんでした。
ずっと自分が自己肯定感が低いのは親に褒められてこなかったからと思っていました。

何かの折にそれを両親に伝えたところ、
いやいや、褒めてきたよと言われたんだけど、
成績が良かったこととかを褒められても、
褒められがいがないというか、
そこは私何も頑張ってないんだよねって
話なのです。

私が頑張っていたこと、
私が私であることを見てほしかったんだと思います。

でも、
私が私であるようなアピールをするものも
なかったのかもしれません。
だって、あれもだめこれもだめで
何が好きなのかもわからないような中で
生きていたんですから。


というのも、
私の育った家庭環境はこんな感じでした。


私は自分の父方の祖父母と
同居して暮らしていました。

父親は5人兄弟の長男です。

祖父も7人兄弟の長男です。

今や家長制度なんて消えていくものですけど、子供の頃はそれが色濃くある家庭でした。

なので、小さい頃から、お前は長女で、
○○家を将来継ぐ人間だからということを、
何かにつけて親や祖父母、
そして、親せきからも言われて育ちました。

ある程度の年齢になってからは、
親たちは直接口に出すのはやめましたが、
それは私の脳みそに強くインプットされることになりました。

家を継ぐものとして、
変な生き方はできない。失敗はできないと。


また、生活面のルールも厳しい家庭でした。

子供の時間は夜8時までと決められて、
8時には布団に入っていないといけませんでした。

見たいテレビも7時台のアニメがちょっと見れるだけです。
小学校高学年になると、世は光GENJI全盛期で、ローラースケートがブームになってました。

話題はジャニーズや女性アイドル歌手とかドラマになるけど、私はついていけませんでした。

テレビの歌番組はたいてい8時台だし、
ドラマも9時からだったので。

光GENJIのメンバーがどんな人なのかわかったのは、ブームも終わりかけの頃でした。


マンガ本はバカになると禁止されて、唯一許されたのはドラえもんの単行本。

少女マンガの『りぼん』とか『プチLemon』とかそういう雑誌は読めませんでした。


ちょうど小学校高学年には
セガやファミコンなどのゲームが出始めてましたが、うちはもちろん買ってもらえず、
友達の家で、友達がプレイするマリオをただ見ているだけ。
もちろん、ちょっとはやらせてもらえるけど、
そんなコントローラーの扱いとか、
1回触っただけじゃ、クリアなんでできないよね。
ジャンプに失敗して、落ちてゲームオーバーに。そりゃあつまらん。


家でぐだーとだらしない格好で寝そべっていると、女の子なんだからちゃんと足を閉じて座る!と怒られたり、箸の持ち方、魚の食べ方を厳しく教えられたりという家庭でした。


なので、家も心休まる場所ではなかったですね。安全だったかもしれないけど、安心ではありませんでした。


そんな私も、
高校生くらいからようやく自我が芽生えてきて、自分のやりたいことをやりたいと思うようになって、親や先生から言われたことをそのままやるという生き方に反抗しはじめました。

過干渉の母親や、厳しい家長制度の実家を飛び出して自由に生きてみたかったんです。


こうして、私の第二ステージ、
東京での生活が始まります。

最初に述べた
失敗のオンパレードにつながるわけです。

今思い返せば、自分で決めることもなく、
好きに(自由に)生きてきていなかったんだから、初めて自分でいろいろ考えて選択して行動したら、そりゃ失敗くらいあるよねと伝えたいです。



最後に


大事だからもう1回言います。
失敗したのはあなただけの責任じゃない。


失敗もする、完璧でなくていい、
ちゃんとしていない時もある、
それがわたしたち自身です。

わたしたち自身が
全部否定されることじゃないんです。


だから、失敗しても自分を責めて、
自分の存在を消していかないでください。

それをやっちゃうと、
どんどんあなたの存在が
消えてしまうことになって、
めっちゃしんどいから。

それをやっていた私は、
『砂の城』作成期(15年間)と回復期(10年間)でトータル25年も費やしてしまいました。
四半世紀と言われる期間ですよ!


あーもったいない。


そうなる前に気づいて、
もっと楽に生きましょう。
幸せになっちゃおう。


そうは言っても、
やっぱりあの失敗は自分の責任だよなぁとか、
自分しか悪いと思えないと思ってしまうなら、
人の力を借りてみてもいいと思いますよ。

私でよければ一緒に考えます。
私以外でも、価値観が同じだなと信頼できる人と一緒にその出来事を振り返ってみましょう。

自分だけでは見えないものが
他人の視点で分解できます。

きっとあなたが全部自分のことと
思っていたものが、これはあなたの課題だけど、
ここは、○○の課題だよねって、
分離していけるから。

そしたら、失敗で自分を全否定しなくてもいいんだって腹落ちしてもらえるから。

私は信頼している人から
あなたのせいじゃないよと
言ってもらえるだけでも、救われたけど、
それじゃあ足りん。
理論で納得したいと言うなら、分解してみよう。


この場合はどうなのかなぁと思っているなら、
まず聞いてみよう。


あなたが、信頼できる人を見つけて、
手伝ってって言えたら、
もう、そこで幸せになる準備が
ほぼほぼできていると思います。


私は、私と同じように辛い状況にいる人が、
一歩を踏み出せるまで、
たくさん応援する記事を書いていこうと
思っています。


だから、
また新しい記事ができたら読みに来てね。


もちろん、
私に質問をしてくれるのも嬉しいです。
持てる力を総動員して答えていきます。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 


【自己紹介】


人生でつまづいた人に寄り添い、
自立から自律へと
導いていくライフコーチです。


自分がまずは幸せに生きることを大事にしています。
自分が思うように自由に生きる。
自律(自分でコントロールする)が私のテーマです。


▶窓口は、こちら。
公式LINE https://lin.ee/MPFLraa

登録特典
1⃣「幸せについて考えるワークシート」が
受け取れます。

2⃣独立までの21日間配信
タイムラインをさかのぼって
メッセージを読むことができます。

ワークシートをやってみた感想など、
直接私とやり取りができる窓口です。


また、このnoteを読んだ感想をもらえたら嬉しいです。
個別に相談したいという方もお待ちしています。


▶日々の気づきは、twitterにつぶやいています。 https://twitter.com/12maata


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おしゃべりしています。
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”踊る”ライフコーチを応援してもらえたら嬉しいです。 私にとってのフラは、趣味というより人生の一部。 踊ることで、人生が豊かになり、また自分の人生経験が踊るフラを深くしていく… いただいたサポートは、フラを楽しむために使わせていただきます。