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小さな虹

キャプロア出版100人共著プロジェクトの「色」編のときに書いた作品。少し手直ししました。あちゃーやってもうた!と思いましたが、本当に小説は難しいと心から思いました。
766字

小さな虹

ママが買ってきたケーキは、2人で食べるには大きすぎた。私の10歳の誕生日にパパはいないのだから。3ケ月前に交通事故で死んでしまったパパ。私は急にママと2人になって心にぽっかり空いた穴をどうしていいのかわからないままだった。10本の揺れるろうそくを眺めながらため息をつく。
ママは、買い物に行ってくるねと立ち上がった。私はケーキを少し食べて階段を上がり、2階の部屋の窓から外をのぞいた。ママが自転車で出て行くのが見える。ママは少し痩せたみたい。雨上がりの午後の空はどんよりと重かった。
左手の甲にギュっと爪をたてる。泣きそうなとき、こうすると涙がひっこんでいく。爪のあとがたくさんついていた。
涙のかわりに出るのはいつもため息ばかりだ。

ふいに目の前に虹色が浮かんだ。しゃぼん玉だった。窓の外にしゃぼん玉がいくつも浮かんでいる。小さい頃、パパとよく遊んだのを思い出した。思わず窓を開けて手を伸ばし、しゃぼん玉に触れる。はじけると同時に声が聞こえた。
ーーみーちゃん。
びっくりして振り返った。誰もいない。パパそっくりの声で私を呼んだのは誰?
もうひとつしゃぼん玉に手を伸ばす。はじけた。
ーー誕生日、おめでとう。
やっぱりパパの声だ。どこにいるの。窓から顔を出してのぞいた。誰もいないのにしゃぼん玉はどんどん上がってきて、灰色の空に小さな虹がいくつも浮かんでいるようだった。
もつれる足で階段をかけおり、外へ飛び出した。空を見上げる。しゃぼん玉はどこにもない。
アスファルトの濡れた匂いが鼻につく。
目の前がにじんだ。手をつねったけどダメだった。
ママが帰ってきて自転車を降りた。
「みーちゃん」
私はママの胸にとびこんだ。ママのあったかい手が私の背中をつつみこんで、何かが溶けてゆくのがわかった。
目の裏でしゃぼん玉がいくつもはじけては消えていく。

#100人共著プロジェクト #色 #小説 #虹 #しゃぼん玉

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