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灯油を入れに

去年の日記を見ていたら、ちょうど一年前の今日に灯油を入れにいっていたらしい。この前までこんな暑さで本当に年末が来るのかと思っていたけれど、ちゃんと季節は帳尻を合わせてくるのだからすごい。
朝、寒い寒いという息子に、
「寒ければ動けばいい」
とわたしは勝ち誇ったように言った。
「夏は動くと汗が出るから嫌やけど、冬はいくらでも動ける。動いたらあったかくなるで」
息子は聞いていないふりをすると決めたらしい。動かずに温まりたいようだ。まぁ、そりゃそうか。
「今日、灯油入れにいくわ。ファンヒーター出さんとなぁ」
押し入れの奥からわたしはファンヒーターを引っ張り出し、定位置であるソファの隣に置いた。
「あるだけであったかく感じるな。ついてないのに」
それを聞いた制服姿の娘が、
「そう、それな。わかる」
と同意してくれた。息子は黙っている。
もう10月も後半。ピアノの発表会も体育祭も合唱コンクールも終わって、秋が急いでいる。
いろいろ、決めなくてはいけない。浮いたり沈んだりしながら、日々、選んだものを手にしていく、もしくは手放していく。
本当に確かなことは、わずかだと思う。そのほんのわずかな確かさが、自分を支えているのだと最近、思う。
キンモクセイの香りが強い。大丈夫、まだ秋だ、と言い聞かせる。
胸いっぱいに吸い込んで、なんだか泣きそうになる。
悲しいのではなくて、たぶん、その反対側にあるもの。
きっとこの感情をわたしはいつまでも覚えていると思う。

#エッセイ #秋 #選択 #灯油 #ファンヒーター

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