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闇の住む家

夜景に心が動かない。ライトアップにもあまり興味が湧かない。
どうしてだろうなと思っていたその謎が解けた。
『陰翳礼賛』、この本を読んで。
私は闇の生きている家で育ったからかもしれない。
土でできた真っ暗な蔵の中で、わずかにドアの隙間からのぞく光は圧倒的な闇にのまれて、入ってこようとはしなかった。
長く続く廊下は、壁につけられた電気のスイッチがどこにあるかわからないほどの闇だった。怖いのを我慢しながらざらつく壁を触り、壁のスイッチを探す。
見てはいけないと思うけれど、吸い込まれるように闇に目がいってしまう。
闇がじっとこちらを見ているようだった。
怖いと感じながらも、私は闇と対峙していたんだと思う。目の眩むような闇の正体を知りたかった。
闇は朝になると、ただの障子だったり、畳だったり、積んである座布団だったりした。

ぴかぴかのものより、ざらっとした感触のものが好き。磁器よりも陶器の方が好き。
前に使っていた腕時計もマットな艶消しのステンレスを選んだ。指輪も色の変化する真鍮やシルバーのものしか持っていない。
全部ばらばらのようでいて、一枚の薄い膜で繋がっていた。
おそらく私の中に潜む闇がそんなものを選ばせていたのだ。
あの砂壁もきしむ階段も座敷の暗がりも、今はもう私の記憶にしかない。
そんなものを懐かしむ秋の夜にはぴったりな本なのかもしれない。

#エッセイ #闇 #読書の秋2020 #陰翳礼賛 #谷崎潤一郎

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