こぼれ落ちた夏
夏の終わり。
読みっぱなしの本。
まばらになった蝉の声。
突然の夕立ち。
薄くなった空の色。
夏の終わり。
色づきはじめる稲穂。
手に触れる水の温度。
移ろい始めた空気。
車の前に乾いた蝉の死骸。
色褪せていくあの人の声。
かすかに鼻に残る匂い。
手のぬくみ。
わたしに頬を寄せた遠いあの人の記憶。
錆びついたブリキ缶のように歪になってしまったわたしの内側をなぞるように
たしかめるように
そっと触れたあの人の指先。
こぼれ落ちたのは愛と呼ぶにはあまりにも
欠けすぎていて
それはわたしの胸の稜線を辿りながら
音もなく沈んでいく。
網戸にぶつかる虫の音。
夏の残骸を拾い集めながら
わたしはひとり、夜の声を聞いている。
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