明けたのはいつ?
日付が変われば、地球が回れば、23:59から0:00に移動すれば、自動的に明けるものだと思っていた
ゴールテープを持った二人の優しい鬼が、ほれほれあっちに行くんだよ、日付を越えるんだよ、とマイルドににじり寄ってくる
ピンと張られてもない、飛び越えようと思えば越えられてしまう高さの白い線に追い込められて、我々はテープを切る方向に進むのではなく、テープに背を向け地の割れ目の方に歩かされる
といってもその割れ目は幅3cmくらいで、どう頑張ってもその中に落ちるのは難しい
踏んづけていても気が付かない、普通に歩いていれば越えてしまっている類の亀裂で、犬に追われる羊のように続々とそこを越えていく
優しい鬼は優しいから
もたもたしていて割れ目を越えていなくても怒鳴ったりしない
さらに0:00になるときれいに消える
あ、消えたな、と思って足元を見ると、すでに割れ目を越えていた自分にも気づく
越えたつもりもなかったのに
2021年末も例によって鬼がやってくる
いつものように優しくて、去年よりちょっと肥えていた
ひたひたと歩いてくるその手には使い込んだ白のテープ 仄かに蛍の光が聞こえていた気がする
しゃがんで何かをしていた私は鬼たちの柔らかい声に気がついて、あぁもうそんな時間かと空を見る
今ここでしていた何かに特段の名残惜しさもなく、スッと立って割れ目の方に身体を向けた
歩き出す前にちょっぴり気になる鬼の向こうのこと
振り返るとテープの向こうは一面セピア色だった
昨日までいた場所も全部ムラなく染まっている
はい、わかりました
鬼に追われながら、というか鬼に見守られながら、今年も時間通りに割れ目を越えた
・
寝て起きて、寝て起きて
1月2日
日没に近づき昨日の夜から用意していた水出しの玉露のことを思い出す
ガラスの急須からガラスの器に半分量をゆっくり注ぎ、透けた緑を目線に上げる
いい色
暮れゆく空でも眺めながら
明けたと思ってももう暮れる、結局この繰り返しなんだろうな、なーんてことを反芻しつつのんびり口にしたかったのに
あまりの緑に唆されて、台所からソファーに到着する前に一口のフライング
その瞬間 年が明けた
猛烈な勢いで噴き上がる爽やかな風に外も内も脱がされて破線を引いた輪郭だけになる
目を開けているのか閉じているのか分からない
我が家のダイニングテーブルを越えたあたりにあった
巨大な巨大な年の割れ目
知らなかったよ、こんなところに
・
日付が変わった瞬間に人々があげた歓声や
続々届いたHappy New Yearのメッセージたちや
敷き詰まるお節エビカニの投稿に押し流されるように
私は確かに新年にいたはずだ
鬼のお陰で今年も無事に移行できたはずだ
そうだと思っていたけれど
・
人が持つ生のリズムはそれぞれ違う
ならば明けるタイミングだって違ってもおかしくない
あぁ、明けた
今、明けたわ
あの吹き飛ばされる爽快感が病みつきで、きっと今年は何度も明かす
明けて明かして繰り返して
めくってひらいて繰り返して
またあの鬼が寄ってきたときに言ってみたい
「もう、昨日も、明けたんです」
無言で、うんと頷かれ
私もテープを持つ側になるかもしれない
明かしてくれたお茶
明けたいときに水出しでどうぞ