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漁師のリカコさん別居狂騒曲(仮題)

Clubhouseで5回にわたって開いた「漁師のリカコさん×脚本家・今井雅子 自分で書ける力をつける塾」(noteをまとめたマガジンはこちら)。

あらすじは第1回「入口と出口を作る」に。シーン1は第2回「入口で引きつけて引きこむ」、シーン2は第3回「上げて落として引っ張る」、シーン3は第4回「押して引いてシーソーゲーム、シーン4は第5回「溜めて溜めて溜めてドカン」にて、リカコさんが宿題で提出した脚本と講師今井の加筆版を読める。

リカコさんの実話から膨らませた創作なので、事実や実在の人物を脚色しているわけだが、「素材が良いと、どう料理しても美味しい」を実感できる作品となった。

シーン1から4をつないでシーンの始まりと終わりに「語り(ナレーション)」をつけた完結版を公開。Clubhouse「ものがたり交差点」clubにて上演予定なので、参加したい聴き手、読み手さんはclubをフォローしてお待ちください。

リカコ&今井雅子作「漁師のリカコさん別居狂想曲」(仮)

リカコさんが最初に書いたあらすじにあった「仲良し別居」というタイトルはネタバレになっているので、もっと良いタイトルがあればつけ直しましょうとなった。脚本を読んでひらめいた方はコメント欄またはTwitterにてお知らせください。

登場人物

シーン1 浜の家・表
リカコ(57)
ヒデちゃん(58)リカコの夫 漁師
タカシ(56)ヒデちゃんの弟
ヒロミ(54)ヒデちゃんの妹

シーン2 リカコの家・居間
リカコ(57)
ユカリ 近所の主婦

シーン3 リカコの家・居間
リカコ(57)
健太郎(33)リカコの長男 医師
あずさ(31)リカコの長女 税理士
裕次郎(29)リカコの次男 ダンサー
福三郎 (28)リカコの三男 漁師

シーン4 リカコの家・納屋の前
リカコ(57)
ヒデちゃん(58)リカコの夫 漁師
健太郎(33)リカコの長男 医師
あずさ(31)リカコの長女 税理士
裕次郎(29)リカコの次男 ダンサー
福三郎 (28)リカコの三男 漁師

シーン1 浜の家・表

語り「漁師町に住むリカコさんの夫ヒデちゃんの父が死んだ。ワシのことや。葬儀は、ワシの介護のためにヒデちゃんが住み込んでいた実家、通称『浜の家』で営まれた」

ヒデちゃん「遠いとこから、ありがとう。親父も喜んでるやろ」
タカシ「ええ葬式やった。兄ちゃん、何から何までありがとう」
ヒデちゃん「長男やから当然や」
タカシ「兄ちゃんが跡ついでくれたから、親父、八十まで沖に出れた。ええ人生やったな」
ヒロミ「ちい兄ちゃん、そればっかり」
タカシ「弱ってからも、最後まで親父のこと兄ちゃん一人に押しつけてしもて」
ヒロミ「リカコさんもやで」
リカコ「いえ。私はなんも。ヒデちゃんが住み込みでお世話して、私はご飯作って、ヒデちゃんに運んでもろてただけです」
ヒロミ「お兄ちゃん、これからはリカコさんに甘えてゆっくりさせてもろてね」
タカシ「やっとまた夫婦一緒に暮らせるな」
ヒロミ「リカコさん、お兄ちゃんをよろしく頼みます」
リカコ「はい。また寄ってください。さようならー。(見送り終えて)はー、良かったー。晩ご飯食べて行くて言われたらどないしよ思た」
ヒデちゃん「聞いてくれるん待ってたんちゃうん」
リカコ「聞くわけないやん。子どもも孫も先帰したのに。(唐突に)お骨どないしよ」
ヒデちゃん「お骨?」
リカコ「海にまこか」
ヒデちゃん「まいてええん?」
リカコ「海やったら、お義父さん、淋しないかなーて。あちこちのガールフレンドに会いに行けるやん」
ヒデちゃん「それ幽霊ちゃうん」
リカコ「ヒデちゃんの船から、まいたげて。今日は一旦うちに持って帰ろか」
ヒデちゃん「なんで? ここ置いといたらええやん」
リカコ「なんで? お義父さん一人きりになるやん」
ヒデちゃん「なんで?」
リカコ「なんで、て。ヒデちゃん、うち戻って来るやろ? もうお義父さんの世話せんでええんやから」
ヒデちゃん「そのことやけどな……あの、もうちょっとま、こっちで暮らそかな、思て」
リカコ「は? なんで?」
ヒデちゃん「あの、仏壇の守りもせなあかんし……あの、町内会の役も当たってるし」
リカコ「それ、実家に住み込まんかて、できるやん」
ヒデちゃん「とにかく、このまま別々に暮らそ。な!」
リカコ「せやから、なんで?」

語り「え? なんで? ワシが死んで、やっとヒデちゃんをリカコさんに返せると思ったのに。どないしよ、ワシ、成仏でけへんで」

シーン2 リカコの家・居間

語り「初七日が過ぎても、ヒデちゃんが戻って来ん家で、リカコさんは悶々としとった」

リカコ 「(電話の相手に)私、何かしたかなあ。お葬式のとき? いや、いつもと変わらんかったで。棺に水着の写真集入れたん、やり過ぎやったかなぁ。けど、そんなん、別居の理由になる?」

ピンポーン。

リカコ 「あ、誰か来たわ。ごめん、またかける」
ユカリ 「(近づいて)リカちゃーん、おめでとう!」
リカコ 「ユカリちゃん。何このお花?」
ユカリ「ついにやったなー。長男の嫁35年目の反乱! お目付役のお父さんが亡くなって、ようやくリカちゃんの天下や!」
リカコ 「は? 何それ?」
ユカリ「ヒデちゃん、あっちの家で布団パンパンしよったで。港に響き渡る一人暮らしのせんべい布団のうっすい音。哀愁やわあ。お灸、効いてるで」
リカコ「お灸て。なんでそんな話になってるん?」
ユカリ「みんな言うとる。お父さんの介護が終わったのに、リカちゃんが家に入れてくれへん。かわいそうにて」
リカコ「なんでいっつも私が悪もんなん? 逆や。ヒデちゃんが言うてきたんや。なんか知らんけど、別々のままがええんやて。大体、介護別居の理由かて、あの嫁のワガママや、いうことになってるやろ?」
ユカリ「うん。みんな言うとる」
リカコ 「みんなに言うといて。私が同居せんかった理由は、オジンの色ボケです。私がおったら、いちいちどこ行くんて聞くから、カノジョと会うのに邪魔やったんやて」
ユカリ「カノジョ?」
リカコ「姑さんがまだ生きとる間からゴチャゴチャしてたミナミの女。女で嫁泣かせるんはこの家の血筋や。(ハッ)血筋! (ぽつり)ひょっとして、女?」
ユカリ「どの女? いつの女?」
リカコ「新顔かも知らん。しばらく浮いた話なかったけど、寝たきりになっても、アソコだけは起きとったあのお義父さんの子ぉやからな」
ユカリ「別居の原因はヒデちゃんの浮気かぁ」
リカコ「そうなんかも」
ユカリ「何遍も泣かされてきたけど、全部水に流して、夫婦で手を取り合って穏やかに暮らそと思った矢先に、また女作りやがって! ええ加減にせぇ! 積年の恨み辛みがバクハツ! タコが墨吐くリカコが毒吐く! 二度とこの家の敷居またぐな!」
リカコ「なんで私が悪者になるん? 逆やん! うちに戻りたない言うてるんはヒデちゃんやで」
ユカリ「(聞いてない)熟年離婚秒読みや! (去りながら)はよみんなに知らせんと!」
リカコ 「ちょー待って! あかん。光ファイバーより早いユカリネットワーク。エライコッチャ。子供らに連絡や!」

語り「アカン。ワシの色ボケのせいで話がますますややこしなってしもた。ワシ、ますます成仏できんわ」

シーン3 リカコの家・居間

語り「リカコさんは4人の子どもたち、いうても大人になったワシの孫たちを呼びつけて、緊急対策会議を開いた。長男で医者の健太郎、長女で税理士のあずさ、次男でダンサーの裕次郎。三男の福三郎だけは明石に残って漁師を継いどる」

リカコ「お茶淹れて来よか」
あずさ「お母さん、ええから座っとって」
健太郎「とにかく今更離婚とか、めんどくさいことやめてや。早いとこ火ぃ消さんと、あっという間に噂広まるで」
リカコ「せやからあんたら呼んだんやん」
あずさ「ほんまに浮気なん?」
リカコ「わからんけど、お父さん、やましいことあるとき、『あの、あの』て口ごもるやん」
あずさ「覚えてる。お父さんが『あの、あの』言うたび、お母さんが目ぇ吊り上げて、落とし前にエアコン買わせとった」
リカコ「あずさ、鬼みたいに言わんといて」
福三郎「(近づいて)うちのエアコン3台、そんな歴史があったん?」
健太郎「別居の理由、福三郎も聞いてないん? 親父と漁に出てるんやろ?」
福三郎「知らんわ。あのタコ、オカン泣かせやがって。離婚して慰謝料踏んだくったったれ!」
健太郎「エアコンは電気代食うで。夫婦別々に暮らしたら、光熱費も倍かかる。浜の家はサッサと壊して駐車場にでもしたらどうなん?」
リカコ「健太郎、それお父さんに言うたって」
あずさ「ちょう待って。相続が終わるまでは、お父さんには浜の家に住んどってもらわなあかん。そないせんと300万くらい損するねん」
一同「300万!」
あずさ「お父さんに不自由させるん悪いなぁて思っとったら、自分からあっちで一人暮らししたい言うてくれて、良かったわ。私にも手数料入るし」
福三郎「身内からも手数料取るん? 悪徳税理士」
あずさ「敏腕て言うてくれる?」
健太郎「そしたら、手続き済んだら浜の家引き払って、こっち戻って来てもらお。かあさん、駐車場、考えといて」
福三郎「いや、あの土地空くんやったら、わし、そこに新居建てるわ」
あずさ「さっきは慰謝料踏んだくったれ言うとったくせに」
健太郎「現金やなあ」
福三郎「それくらいさせてもろたかてええやろ。わしが漁師継いだんやから」
裕次郎「(ぽつり)お金で買えないもの、それが愛」
リカコ「裕ちゃん」
健太郎「裕次郎、やっと口きいたな」
裕次郎「ひとつ屋根の下でママを裏切れない。別居はパパの優しさなんだよ」
あずさ「やっぱり浮気なん?」
福三郎「裕兄、なんで東京弁なん?」
健太郎「ていうか、なんで俺ら通り越して、庭見てしゃべってるねん?」
裕次郎「咲き誇る命は美しい。ママもパパから自由になって、恋をしたらいいんだよ。今だって綺麗なんだから」
リカコ「裕ちゃん。そんな歯ぁ浮くようなことよう言うわ」
あずさ「そらダンサーやもん。バラくわえて踊ってるんやから」
福三郎「タコ踊りしてる漁師とは見てる世界がちゃうわ」
あずさ「健兄も見習ったら?」
健太郎「こんな浮かれたこと言う医者、不安になるやろ」
裕次郎「ママ、僕、好きな人がいます。おつき合いしてます」
リカコ「裕ちゃん、そうなん? どんな人?」
裕次郎「ママみたいな素敵な人。歳もママと同じだよ」
リカコ「はあっ?」
あずさ「ママと同い年て、何歳違い?」
裕次郎「人類が誕生して何万年の時の流れの中で、この星に居合わせた。それだけで奇跡だよね」
健太郎「せやから庭やなくて、こっち見ろや」
あずさ「なんで兄弟でこんな性格違うん? ひょっとして、裕次郎だけ、タネ違い?」
リカコ「はあ? あずさ、あんた何言い出すの!」
裕次郎「ママ、幸せになってね。僕だけ幸せになるわけには、いかないから」
リカコ「ちょっとこれ一人で抱えきれんわ。あれ? ヒデちゃん? ヒデちゃんどこ?」
福三郎「納屋から洗濯機の音してる」
一同「洗濯機?」
福三郎「タコがタコ洗っとる」

語り「アカンアカン。一向に収集つかん。ワシ、いつになったら成仏できるんやろか」

シーン4 リカコの家・納屋の前

語り「さあ、早いとこヒデちゃんを納屋から引っ張り出すで」

リカコ 「(戸の外から)ヒデちゃーん、問題噴き出しまくりやでー。浜の家を駐車場にするか福三郎の新居建てるか問題、裕次郎が有閑マダムのヒモになってる問題、どっちから聞きたい?」
あずさ「裕次郎のタネ違い問題もあるでー」
リカコ「あずさ、話ややこしせんといて」
あずさ「お父さんを納屋からおびき出す作戦やん」
裕次郎「パパー、ママに恋人ができたんだって。僕と同い年の」
リカコ「裕ちゃん、自分の話と混ぜんといて」
福三郎「もう熟年離婚でええやん」
健太郎「離婚はアカン。父さんにはこの家に戻って来てもらう」
福三郎「健兄は更地にして駐車場にしたいだけやろ」
健太郎「福三郎は新居建てたいだけやろ」
リカコ 「問題多すぎて酸欠や。大きく息吸って、ゆっくり吐いて、ハイッ、ひっひっふ~。ひっひっふ~」
あずさ 「どないしたん急に?」
裕次郎「ママ、もしかして、僕たちの妹か弟が?」
福三郎「まさかの5人目?」
健太郎「妊婦の腹の出方とちゃう。ただの中年太りや」
リカコ 「ひっひっふ~。ひっひっふ~(ずっと続けて)」
健太郎「あかん。母さんウロ来てる」
福三郎「オトン、出て来んかい! タコ洗ってる場合ちゃうで」
あずさ「どないして引っ張り出す?」
裕次郎 「いつの時代も、人の心を動かすのは、歌」
あずさ「は?」
裕次郎「歌おう。僕たちきょうだい4人が表に出て、漁から帰って来たパパを待ち受けた、あの歌を」
健太郎「納屋の向こうの庭やなくて、こっち見ろや」
あずさ「久しぶりに歌ってみる?」
健太郎「歌でドアが開くか?」
福三郎「やってみな、わからんやん」
裕次郎 「ワン、ツー、ワンツースリーフォー」
あずさ・裕次郎・福三郎「♪いいね焼き肉、いいね焼き肉、今夜は焼き肉だ」
あずさ「健兄も」
子全員「♪いいね焼き肉、いいね焼き肉、今夜は焼き肉だ」
リカコ「この歌、あんたらが小さい頃、よう歌っとった」
ヒデちゃん 「(ドア開けて)今日焼き肉?」
リカコ「ヒデちゃん」
健太郎「父さん」
あずさ「お父さん」
裕次郎「パパ」
福三郎「オトン」
ヒデちゃん「焼き肉行こっ。お腹すいて死にそうや」
リカコ「ヒデちゃん、私、今の歌聞いて、吹っ切れたわ」
ヒデちゃん「え?」
リカコ「陸でモテるときは、海でもモテる。ヒデちゃんがよその女釣ったときは、魚も釣れた。大漁のお祝いに、家族6人で焼き肉行ったなぁ」
健太郎 「最初は塩タン」
あずさ「サンチュで包んで」
福三郎「健兄は塩で、俺はタレで」
リカコ「ようケンカしとったけど、食べたらニコニコになって」
裕次郎「僕はキュウリとトマトとキムチ専門」
ヒデちゃん「裕次郎、肉も食べな、大きなられへんでー」
一同「楽しかったなあ」
リカコ「せやからもうええわ。このまま別居して、別れよ。一人暮らしやと、テレビのチャンネル途中で変えられることないし、歯磨き粉のチューブ、ブチューって真ん中押されて、キーッてなることもないし」
ヒデちゃん「イヤや。別れたない」
リカコ「え?」
ヒデちゃん「寝るときだけ別々やったらええ」
リカコ「どういうこと?」
ヒデちゃん「それは……あの……あの……やっぱり言われへん」
福三郎「オトン、言わな焼き肉お預けやで」
裕次郎 「ワン、ツー、ワンツースリーフォー」
ヒデちゃん「わかった、言う! ……イビキ」
リカコ「イビキ?」
ヒデちゃん「……イビキと歯ぎしりうるさくて寝れんから」
リカコ「そんなん気にせんでええよ。私、ちゃんと寝れてるし」
ヒデちゃん「……そうやなくて、あの……」
福三郎「あのイビキと歯ぎしり、俺もオトンやと思とった」
リカコ「え?」
福三郎「オトンがよう船の上であくびしとって、オカンが一晩中寝させてくれんかった言うとったん、ノロケやなかったんか」
リカコ「私がイビキと歯ぎしり?」
あずさ「そら本人は眠れるわ」
リカコ「ヒデちゃん、今までずっと黙って我慢しててくれたん?」
ヒデちゃん「……言うたら気ぃ悪するかな、思て」
裕次郎「やっぱりパパはジェントルマンだね。レディーのママを気遣って、ほんとのことが言えなかったんだ」
ヒデちゃん「こっち戻って来ても、ええかな」
リカコ「ええに決まってるやん。なんぼでも部屋余ってるし」
健太郎 「よっしゃ一件落着や!」
あずさ「相続の手続き進めるわ!」
福三郎「浜の家が空く!」
裕次郎「僕も幸せになれる!」
ヒデちゃん「子どもら、あんなに嬉しそうにしてくれて。心配してくれてたんやなあ。リカちゃん、4人とも、ええ子に育ってくれたな」
リカコ「ほんまヒデちゃんは何も知らんと、おめでたいわ」
ヒデちゃん「え?」
リカコ 「ううん。めでたいときは焼き肉や! ♪いいね焼き肉、いいね焼き肉」
リカコ・ヒデちゃん 「♪今夜は焼き肉だ」
一家全員「♪いいね焼き肉、いいね焼き肉、今夜は焼き肉だ」

語り「なーんや。ワシに似て、女心がわかっとるやないけ。もう安心や。これでワシ、やっと成仏できる……あれ? なんでや? まだなんか未練があるんか?」

一家全員「♪いいね焼き肉、いいね焼き肉、今夜は焼き肉だ」

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