収録は踊る─流しのMCフジモト「政治に巻き込まれる」の巻
お知らせ。
✔︎「流しのMCフジモト」シリーズTapNovel版公開
✔︎9/15(木)22時よりclubhouseにて3部作一挙上演
シリーズ第3作の現場は政見放送収録
Clubhouseで出会った藤本幸利さん(『嘘八百 京町ロワイヤル』にも出演)にあて書きした短編シリーズ「流しのMCフジモト」。「両手にキャバ嬢の巻」「悩める脚本家をヨイショするの巻」に続いて第三弾。
今回フジモトが呼ばれた現場は政見放送の事前収録。コロコロ変わる原稿。まとまらない方向性。やり直しに次ぐやり直し。OKが出てからのひっくり返し。コピーライター時代の収録現場のドタバタを誇張してネタに。「MCが何読まされてるかわからんものが、生活者の心をつかめるわけないやないか!」というセリフが気に入っている。
登場人物
フジモト 流しのMC
ディレクター 政見放送の収録担当
羽振良男 スキャンダルで引退した元衆議院議員
縁ノ下忍 羽振の後釜候補者
アケミ キャバ嬢
今井雅子作「流しのMCフジモト 政治に巻き込まれるの巻」
フジモトM「俺は流しのMCフジモト。MCとはMaster of Ceremony(マスターオブセレモニー)、つまり司会者」
フジモトM「今日の現場は政見放送の事前収録。引退が決まった大物国会議員の後釜として立候補する男性を、俺のいい声で紹介することになっている。政治の世界は縁起を担ぐらしい。俺の声で候補者が当選したら、他の候補者からも指名が来るかもしれない。取らぬ狸の皮算用でニヤけた顔を引き締め、スタジオのドアを開けた」
フジモト「おはようございます。フジモトです」
ディレクター「羽振センセイ、フジモトさん到着されました」
羽振「おお。君かね。マムシのフジモト君」
フジモト「いえ。マムシではなくMCです」
羽振「マムシーフジモト君。精がつきそうな名前だ。ガハハ」
フジモトM「マムシの生き血を飲んでいそうなこの男が、依頼主の大物国会議員、羽振良男(はぶりよしお)。企業献金を受け取って、料亭に通っていそうなにおいがする」
羽振「マムシー君。ひとつよろしく頼むよ」
フジモト「こちらこそよろしくお願いします」
羽振「うん。いい声だね。その無駄にいい声で、おばちゃんたちのハートをグッとつかんでよ。選挙なんてものはイメージ合戦なんだから。有権者を騙したもん勝ちだ。ガハハハハ」
フジモト「……ご期待に添えるよう頑張らせていただきます」
フジモトM「発言のどこを切り取っても失礼な羽振良男。失言問題で引退に追い込まれたというのも納得だ」
羽振「ちょっと、何突っ立ってんの? 君の政見放送だよ!」
縁ノ下「……はい」
フジモトM「羽振良男に呼ばれて、灰色の壁と一体化しているグレーのスーツの男が返事した。この男が羽振の後釜なのか? 影が薄すぎる」
縁ノ下「はじめまして。クラハマ3区から立候補いたします縁ノ下です。よろしくお願いします」
フジモト「こちらこそ。縁ノ下さん、いいお名前ですね。下のお名前は力持ちさん?」
縁ノ下「忍です」
フジモトM「縁ノ下忍は鶏ガラのように痩せ細った体をいっそう縮こまらせた。長年、羽振良男の秘書を務める間に吸い取られてしまったらしい。国会議員になって、やっていけるのだろうか」
羽振「押しが弱いんで、しっかりアッピールしてやってよマムシー君。その無駄にいい声で。ガハハ」
ディレクター「では、フジモトさん、まずは原稿の確認がてら、テストで読んでいただけますか」
フジモト「わかりました。経歴から読み上げます。(原稿読み上げ)縁ノ下忍は、クラハマ市出身。ケンブリッジ大学に留学し」
縁ノ下「(遮り)してません」
フジモト「え?」
縁ノ下「ケンブリッジ大学なんて行ってません」
フジモト「あれ? 原稿間違ってます?」
ディレクター「羽振センセイ、こちらの原稿は……」
羽振「君、ケンブリッジに留学してたって言ってなかったかな?」
縁ノ下「ケンブリッジ大学のそばの英会話スクールに通ってました」
フジモト「語学留学ですか」
縁ノ下「2週間だけ」
ディレクター「では、『ケンブリッジ大学に留学し』を、『ケンブリッジで学び』に変更しましょうか」
フジモト「(ブツブツ)あかんやろ、そんなセコいゴマカシ」
羽振「いいね。それで行こう」
フジモト「ええっ」
羽振「ケンブリッジはケンブリッジだよ」
縁ノ下「大丈夫ですかね。経歴詐称になりませんか」
フジモト「ですよね。後から問題になりますよ」
羽振「マムシー君、『東京で学んだ』と言われて、『東京大学で学んだ』と思うかね?」
フジモト「いえ。東京だけでは、東京大学とはならないですね」
羽振「それと同じだよ。ケンブリッジだけならただの地名だ」
縁ノ下「なるほど。さすが先生」
フジモト「ですが、この文脈ですと……」
羽振「文句言われたら押し切ればいい。グレーだけど黒じゃない。庶民は好きだよケンブリッジ。これで千票変わるよ」
フジモト「いや、しかし……」
ディレクター「フジモトさん、私からもお願いします」
フジモト「わかりました。では、もう一度頭から読み上げます。(原稿読み上げ)縁ノ下忍候補は、ケンブリッジで学び、身につけた英語力を活かして」
縁ノ下「(遮り)英語、話せません」
フジモト「2週間、ですからね。語学留学」
縁ノ下「はい」
ディレクター「『英語力』を『国際感覚』にしましょう」
フジモト「(ブツブツ)またセッコイな」
羽振「いいね。それでいこう」
フジモト「は?」
羽振「国際感覚。感覚は点数で測れないからね」
縁ノ下「そうですね、羽振先生」
フジモト「いや、2週間の語学留学で身につきますかね、国際感覚」
羽振「いいんだよ。感覚なんだから」
ディレクター「(ヒソヒソ)フジモトさん、ちょっといいですか」
フジモト「なんですか?」
ディレクター「実は、縁ノ下さん、当落ラインぎりぎりなんです」
フジモト「ギリギリなんですか」
ディレクター「勝たせたくないですか」
フジモト「そりゃあ勝たせたいです」
ディレクター「もし縁ノ下さんが当選したら打ち上げしましょう」
フジモト「打ち上げ?」
ディレクター「(ささやき)二人きりで」
フジモト「二人きり?……わかりました」
フジモト「(張り切って)はい、では、喜んで『国際感覚』で行きましょう!」
羽振「わかってくれたかねマムシー君。では、次、公約のところ、読んでもらおうか」
フジモト「わかりました。(読み上げ)公約その1 市民の悲願であるカジノ誘致を必ず実現させます!」
縁ノ下「反対です」
フジモト「はい?」
縁ノ下「僕はカジノには反対です」
羽振「そういうわけにはいかないよ縁ノ下君。私の支持者は9割方カジノ賛成派だよ。地盤看板カバンだけ引き継いで支持者置いてけぼりとは行かないよ」
縁ノ下「僕の同級生が取りまとめてくれている消費者団体は反対派です」
羽振「あの署名大好き団体だろ? あんなの数のうちに入らないよ」
縁ノ下「反対派の票を取り込まないと勝てません」
フジモト「あのー。こういうの事前にまとめておいていただきたいんですが……」
ディレクター「『カジノ誘致については、検討会を重ね、慎重に進めます』というのはいかがでしょう」
縁ノ下「そのようにできるとありがたいです」
フジモト「では、それで行きましょう」
羽振「いや、『慎重に』だと、反対派におもねっている感じだな。『積極的に』でどうだろう」
ディレクター「『カジノ誘致については、検討会を重ね、積極的に進めます』ですか?」
縁ノ下「それだと賛成しているように聞こえます」
フジモト「まとめてもらえます?」
ディレクター「『カジノ誘致については、検討会を重ね、市民にとって良い形で進めます』で、いかがでしょう」
羽振「市民にとって良い形に。ふむ」
縁ノ下「どちらとも取れますね」
羽振「そこを落としどころにするか」
フジモト「では、その形でよろしいですか?」
ディレクター「フジモトさん、どちらとも取れるニュアンスで読んでみてください」
フジモト「はい。なんとかやってみます。(読み上げ)カジノ誘致については、検討会を重ね、市民にとって良い形で進めます」
ディレクター「いかがですか」
縁ノ下「ちょっと、乗り気に聞こえました」
フジモト「乗り気、ですか」
縁ノ下「もう少し慎重さが欲しいです」
フジモト「ではもう一度。(読み上げ)カジノ誘致については、検討会を重ね、市民にとって良い形で進めます」
ディレクター「いかがですか」
縁ノ下「いい感じです」
フジモト「ありがとうございます」
羽振「ダメだよ。今のだと腰が引けて、カジノやらないって聞こえる」
フジモト「腰が引けてますか」
羽振「反対派に気を遣って、こうは言っているものの本心はやりたい、やりますよ。そういうハラを見せて欲しいね」
フジモト「ハラ、ですか」
ディレクター「フジモトさん、できそうですか」
フジモト「おっしゃってることの意味がよくわかりません」
ディレクター「羽振センセイ、お手本を見せてもらえますか」
羽振「手本?」
ディレクター「センセ、お願いします」
羽振「ミサキちゃんにお願いされたら、断れないね。(読み上げ)カジノ誘致については、検討会を重ね、市民にとって良い形で進めます」
フジモト「なるほど。悪徳政治家らしい玉虫色の口八丁、いえ、敏腕政治家らしい説得力。方向性がつかめました!」
羽振「よかったよマムシー君。この調子で進めてくれたまえ」
フジモトM「俺は羽振良夫のモノマネで行くことにした」
ディレクター「ではレコーディングしていきます。本番5秒前。4、3、2、1」
フジモト「縁ノ下忍は、クラハマ市出身。ケンブリッジ大学に留学し、身につけた国際感覚を活かし、政治に新しい風を吹き込みます」
フジモト「カジノ誘致については、検討会を重ね、市民にとって良い形で進めます」
フジモト「公共事業を臨機応変に進めたり進めなかったりしながら、高齢者はもちろんのこと子育て世代も高齢者も若者もネコもシャクシも住みやすい街を作ります」
羽振「いいねマムシー君。当選が見えたよ」
縁ノ下「難しい注文に応えていただき、ありがとうございます」
フジモト「プロですから」
羽振「その無駄にいい声。長いつきあいになりそうだな。ガハハ」
ディレクター「フジモトさん、お疲れ様でした」
フジモト「(ささやき)打ち上げ、よろしくお願いします」
ディレクター「打ち上げ? 何のことですか?」
フジモト「え? さっき、二人きりで打ち上げしようって……(ブツブツ)とぼけられてるのか?」
アケミ「(駆け寄り)探したよ、よっちゃん!」
羽振「! アケミ! なんでここに!」
フジモト「アケミ?」
アケミ(回想)「み・み・た・ぶ」
フジモト「(思い出して)ああっ! キャバクラ勇猫(ユーニャン)のアケミさん!」
アケミ「その節はどうも」
ディレクター「すみません。関係者以外立ち入りはご遠慮しています」
アケミ「関係者です。この人の赤ちゃんがおなかに」
羽振「アケミと俺の愛の結晶が!」
フジモト「はめられてるかもしれませんよ。彼女、俺の耳たぶなめましたからね。俺を買収するために」
アケミ「余計なこと言わないでよ!」
羽振「アケミ、そんなことしたのか!」
アケミ「昔の話だって」
羽振「否定しないんだな?」
アケミ「よっちゃんに会えなくて、さみしくて、つい目の前にあった耳たぶをペロンって」
羽振「アケミ……」
アケミ「よっちゃん……」
フジモト「はいはい。どうぞお幸せに。ではお先に失礼します」
羽振「待ちたまえマムシー君。原稿差し替えだ!」
フジモト「差し替え?」
ディレクター「今からですか?」
羽振「俺とアケミの子が生まれて来る街にカジノはいらない。子育てに優しい街を作る!」
フジモト「いや、もうオッケーいただきましたから。録り直すなら、誰か他の人に頼んでください」
ディレクター「そしたらギャラはお支払いできませんよ。いいんですか?」
フジモト「良くないですよ。喉から手ぇ出るくらい欲しいですよ。せやから今の今まで文句言わんと、付き合ってたんやないですか。寿限無みたいなええとこどり盛り込みまくりのわけわからん原稿読ませやがって」
ディレクター「フジモトさん、怒ってます?」
フジモト「MCが何読まされてるかわからんものが、生活者の心をつかめるわけないやないか!」
縁ノ下「おっしゃる通りです」
羽振「だから録り直そうと言っているんじゃないか」
フジモト「今週入っている仕事はこれだけ。今日のギャラで家賃を払うつもりでした。けど、俺にかて意地がある。あんたら金は受け取らん! そのかわり、この仕事、降ります!」
ディレクター「(ささやき)フジモトさん。打・ち・上・げ」
フジモト「は? さっきはとぼけやがったくせに、都合のええときだけシッポ振りやがって。もう懲り懲りや! That's enough. I can’t take it anymore!」
縁ノ下「英語ペラペラ」
羽振「ケンブリッジか?」
フジモト「アメリカ村のライブハウス仕込みじゃ」
羽振「アメリカで身につけた活きた英語! 押しも強いし、声も無駄にいい。マムシー君、政治家に向いてるよ。うちの幹事長に紹介してあげよう!」
フジモト「あんたらの世話にはなりません。ほなサイナラ」
フジモトM「俺はケツをまくってスタジオを出た。俺の声で庶民の心の叫びを届けて政治を変えてやる。受付ギリギリ、消費者金融で金を借りて立候補を届け出て、縁ノ下忍の対抗馬の3人目に名乗りを上げた」
フジモトM「投票日まであと3日。俺のツイッターのフォロワー数は135人で止まっている」
2日連続clubhouseで
2022.2.9「両手にキャバ嬢の巻」に続いてお披露目。翌日「エロボおじさん」roomにて「両手にキャバ嬢の巻」「悩める脚本家をヨイショするの巻」とともに再演。
2022.3.12 うきさん朗読部屋二次会にて「両手にキャバ嬢の巻」と二本立て(replayあり)
2024.3.9 藤本幸利さん誕生日記念
こもにゃん×ひろさん×おもにゃん×順子さん×こたろんさん
なまあしのMCフジモト
2023.3.15
「今日は足のモデルに呼ばれてるんです」と藤本さん。「毛を剃ってきてくださいて言われました」
「ながしのMCフジモト」が「なまあしのMCフジモト」に⁉︎
目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。