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買わない宝くじは当たらない─流しのMCフジモト「脚本家と膝枕する」の巻

このnoteで公開している作品は、2021年5月31日から朗読と二次創作のリレー(通称「膝枕リレー」)が続いている短編小説「膝枕」の派生作品です。「膝枕リレー2(knee)周年」蔵出し第8作として公開。

膝開きは6.2(金)20:30、藤本幸利さんにお願いしています。

MCフジモト×マダムマサコに膝を絡めて

5月の頭のある日、clubhouseで続いている「膝枕リレー」knee(2)周年に向けての盛り上げルームを下で(スピーカーに上がらず、オーディエンスで)聴いていた。

2周年を迎える5月31日前後に「膝フェス」と称して「膝枕」や派生作品を読もう、と膝枕erたちが話していた。

「ほな、俺、MCフジモト読むわ」と膝番号1の藤本幸利さんが言った。

「MCフジモトは『膝枕』作品とちゃう」と下で突っ込んだ。

そういうわけで、MCに膝を絡めた新作を書くことになった。これまで「両手にキャバ嬢の巻」「脚本家をヨイショするの巻」「政治に巻き込まれるの巻」を書いて、次が4本目。

悩める脚本家マダムマサコが「膝枕」の外伝を思いつかず、フジモトを呼びつける話はどうだろう。そうしよう。

6.2(金)夜、藤本幸利さんによる膝開きの後、clubhouseでの朗読・上演を開放します!

今井雅子作「流しのMCフジモト 脚本家と膝枕するの巻」

フジモトM「俺は流しのMCフジモト。MCとはMaster of Ceremony(マスターオブセレモニー)、司会のことだ。悩める脚本家マダムマサコから、またしても依頼があった。新作のブレストにつきあって欲しいと言う。ブレストとは、ブレーン・ストーミング。脳みそに嵐を起こすこと。つまり、アイデア出しだ」

フジモトM「床面積に対して物が多過ぎる部屋は、前回来たときよりも床が見えなくなっていた。脳みそに嵐を起こす前に、マダムマサコの部屋に嵐が吹き荒れているではないか」

マサコ「こんにちは。フジモトさん」
フジモト「ご無沙汰してますマサコさん。やっと名前を覚えてもらえて、良かったです」
マサコ「早速ですけど、フジモトさん、『膝枕』ってご存知?」
フジモト「膝枕、ですか。そりゃあもちろん」
マサコ「『膝枕』は好き?」
フジモト「どちらかといえば、まぁ、嫌いじゃないです。(ブツブツ)これって、口説かれてる? (マサコに)あの、今日って、アイデア出し、するんですよね?」
マサコ「そう。これ、読んでみて」
フジモト「(読み上げ)休日の朝。独り身で恋人もなく、打ち込める趣味もなく、その日の予定も特になかった男は、チャイムの音で目を覚ました……なんですかこれ?」
マサコ「膝枕」
フジモト「ああ、この小説みたいなのが『膝枕』ですか。(ブツブツ)口説かれてなかった」
マサコ「短編小説『膝枕』二次創作コンクール。大賞獲ったら賞金130万円」
フジモト「130万円!」
マサコ「欲しい?」
フジモト「もちろんです」
マサコ「じゃあ、頑張って」
フジモト「え? 何を?」
マサコ「『膝枕』の面白い外伝を考えるの」
フジモト「アイデア出しって、私が考えるんですか? 私、MCなんで、そう言うのはちょっと……」
マサコ「大賞取ったら、映画化して全国公開」
フジモト「全国公開!」
マサコ「出たい?」
フジモト「もちろんです」
マサコ「大賞獲ったらフジモトさんをキャスティングしてあげる。だから頑張って」
フジモト「マサコさん、もしかして、またスランプですか?」
マサコ「(スルーして)続き、読んでみて」
フジモト「はい、読んでみます。(読み上げ)カタログを隅から隅まで眺め、熟慮に熟慮を重ね、妄想に妄想を繰り広げた末に男が選んだのは、誰も触れたことのないヴァージンスノー膝が自慢の『箱入り娘膝枕』だった。『箱入り娘』の商品名に偽りはなかった。恥じらい方ひとつ取っても奥ゆかしく品がある。正座した足をもじもじと動かすのが初々しい。一人暮らしの男の部屋に初めて足を踏み入れた乙女のうれし恥ずかしが……」
マサコ「(遮り)ちょっと待って」
フジモト「はい?」
マサコ「白いご飯」
フジモト「は?」
マサコ「誰も触れたことのない、白いご飯」
フジモト「え? そんなこと書いてましたっけ」
マサコ「イメージよ」
フジモト「はぁ」
マサコ「続けて」
フジモト「(読み上げ)男と膝枕にとっての初夜となる、その夜。男は箱入り娘に手を出さず、いや、頭を出さず、そこにいる膝枕の気配を感じて眠った。やわらかなマシュマロに埋(うず)もれる……」
マサコ「(遮り)ちょっと待って」
フジモト「はい?」
マサコ「白いご飯の上に、マシュマロみたいなふわふわの卵」
フジモト「は?」
マサコ「続けて」
フジモト「(読み上げ)『ごめん。これ以上一緒にはいられないんだ。でも、君も僕の幸せを願ってくれるよね?』身勝手な言い草だと思いつつ、男は箱入り娘をダンボール箱に納め、捨てに行った。箱からは何の音もしなかった。その沈黙が男にはこたえた。自分がどうしようもない悪人に思えた。ゴミ捨て場に箱を置くと、振り返らず、走って帰った。真夜中、雨が降ってきた。箱入り娘は今頃濡れそぼろ……」
マサコ「ヌレソボロって何?」
フジモト「あ、間違えました。(読み上げ)箱入り娘は今頃濡れそぼっているだろう、ですね」
マサコ「白いご飯の上に、マシュマロみたいなふわふわの卵とヌレソボロ」
フジモト「ヌレソボロって何ですか?」
マサコ「ヌレソボロはヌレソボロでしょ」
フジモト「濡れせんべいのそぼろ版ですか? つゆだくのそぼろ、みたいな?」
マサコ「フジモトさん、注文して」
フジモト「注文?」
マサコ「ヌレソボロ丼。その、いい声で」
フジモト「ヌレソボロ丼なんて、あるんですか?」
マサコ「いいから。その、いい声でやってよ。役作りだと思って」
フジモト「どういう役作りですか?」

呼び出し音。

フジモト「すみません。ヌレソボロ丼ひとつ、お願いしたいんですけど。ありません? ですよねー。ヌレソボロというのは、ヌレ・ソボロですよ。ソボロの濡れたやつ。え? つゆだくのソボロ丼ならあります? それでお願いします! 限りなくソボロに近いヌレソボロ丼。ふわふわの卵ものせてもらえますか? ありがとうございます。お支払い? マサコさん、お支払いは現金でよろしいですか?」
マサコ「現金は今、持ち合わせが……」
フジモト「(電話に)カードでもペイでも行けます? マサコさん、カードかペイでもいいそうです」
マサコ「じゃあフジモトペイで」
フジモト「フジモトペイ? (電話に)すみません。一旦切ります。(電話を切り)マサコさん、フジモトペイってなんですか?」
マサコ「お財布がね、この部屋のどこかに……」
フジモト「お財布掘り出したら、中身入ってるんですか?」
マサコ「(誤魔化し笑い)ふふん」
フジモト「はぁー。出前に払うお金がないってことは、今日のギャラもないってことですね……」
マサコ「脚本が採用されたら130万円と映画化」 
フジモト「それって、どれくらい可能性ある話ですか?」 
マサコ「数百本応募があるとして、採用されるのは2、3本だから」
フジモト「そんなの宝くじ買うようなもんでしょう?」
マサコ「買わない宝くじは当たらない。そうでしょ?」
フジモト「そうですけど。宝くじを買ったから当たるというものでもないでしょう」
マサコ「フジモトさん。後ろ向きはダメ。あなた、接待のプロでしょ?」
フジモト「違います。声のプロです。そういうマサコさんこそ、脚本のプロでしょう。声のプロに書かせないで、自分で書いてくださいよ」
マサコ「ダメなの。お腹が空きすぎて力が入らない」
フジモト「え?」
マサコ「昨日から何も食べてない」
フジモト「そんなに困ってるんですか。思い出しました。今日の現場でお弁当もらってました。食べます?」
マサコ「いいの?」
フジモト「スタジオでお菓子たくさん食べてきたんで」
マサコ「いただきます。まぁ、そぼろ! ふわふわの卵も!」
フジモト「限りなくヌレソボロ弁当でしたね」
マサコ「おいしい。ヌレソボロ弁当。フジモトさんありがとう。書けそうな気がしてきた」
フジモト「お役に立てて良かったです」
マサコ「こういうの、どう? 真夜中、男は、ヌレソボロを食べながら、濡れそぼる箱入り娘膝枕を思い出すの。男は売れないシンガソングライターで、その夜、一気に歌をかきあげるの。タイトルは『今頃あいつはヌレソボロ』。これ、外伝のタイトルにしてもいいんじゃない?」
フジモト「あのー、言ってもいいですか?」
マサコ「どうぞ。どんどん膨らませてちょうだい!」
フジモト「いえ、これ、膨らませないほうがいいと思います」
マサコ「え?」
フジモト「私、脚本のプロではありませんけど、これ、ダメだと思います」
マサコ「ダメ? ほのぼのして、癒し系で、ほっこり。こういうの、今の時代にいいと思うんだけど」
フジモト「何百本も送られてくる中で、わざわざ映像にしたいと思いますか? ヌレソボロ」
マサコ「私は見てみたい」
フジモト「ヌレソボロって意味不明ですし、そんなに面白くないと思います」
マサコ「そうかなー。こういう切り口で書いてくる人、他にいないと思うんだけど」
フジモト「もし思いついても引っ込めると思います」
マサコ「いけると思ったんだけど」
フジモト「あの、他に相談できる人いないんですか?」
マサコ「他にって?」
フジモト「プロデューサーとか、監督とか。MCに相談してる時点で、業界に相手にしてくれる人がいないってことですよね?」
マサコ「そうね。言いにくいこと言ってくれて、ありがとう」
フジモト「いえ……ちょっと言い過ぎました」
マサコ「おかげで目が覚めた。ごめんなさい。ギャラは払えないけど……」
フジモト「いいですよそんなの」
マサコ「せめて膝枕させて」
フジモト「え?」
マサコ「お弁当もいただいちゃったし」
フジモト「いりません」
マサコ「ちょっとザラザラしてるけど、どうぞ」
フジモト「いけません。嫁さんに叱られます」
マサコ「お嫁さん、なんてお名前?」
フジモト「ユリコです」
マサコ「ユリコだと思って」
フジモト「マサコでしょう?」
マサコ「ユリコって呼んで」
フジモト「……ユリコ。ちょっと何を言わせるんですか! ますますダメです」
マサコ「『この膝があれば、もう何もいらない』って言ってたじゃない?」
フジモト「あれは物語の中のセリフです」
マサコ「……わたしの膝枕なんて、どうせ、誰も欲しくないのよね」
フジモト「そんなことないですよ」
マサコ「独り身で恋人もなく打ち込める原稿もないマサコ。あるのは体脂肪40%のぽっちゃり膝だけ。誰にも振り向いてもらえない、一人ぼっちのぽっちゃり膝」

フジモトM「足の踏み場もない床に投げ出された、ザラリとした膝。ほだされたのか、疲れていたのか、俺の頭が傾いて、膝枕される格好になった。マシュマロのようにふんわりと、マダムマサコの膝が俺を受け止める。さすが体脂肪40%の沈み心地。天にも昇る気持ちだ」

フジモトM「母に耳かきされた遠い日の思い出が蘇った。《あんたは声がいいから、みんなに聞かせてあげて》。親バカを本気にして、声の仕事についた。クライアントにダメ出しされ、ライバルに差をつけられ、AIに追い上げられ、自分はまだ世の中に必要とされているのか、わからなくなるときがある」

フジモトM「だから、俺は今日、ここに来た。ギャラを取りっぱぐれることはわかっていたのに。仕事にあぶれているマダムマサコを見て、自分はまだマシだと安心したかった。気を抜くとあんな風に食えなくなるぞと自分を戒めたかった。恩を売っておけば、いつか出演者にねじ込んでもらえるのではという下心も、もちろんあった」

フジモトM「『今頃あいつはヌレソボロ』。あんな薄っぺらい話じゃ一次審査も通らないだろう。MCを呼びつけてアイデア出しにつき合わせる、落ち目の脚本家の実話をそのまま書いたほうがマシだ。マシ? いや、いけるかもしれない。マダムマサコには申し訳ないが、ネタをいただいて、俺が書いてやろう。賞金130万。映画化して全国公開。買わない宝くじは当たらない。ならば、自分で当たりくじを書こう。あれ? どうしたんだ? 体が持ち上がらない。頭がマダムマサコの膝にくっついて離れない。起き上がらなくては。起き上がらなくては。起き上がらなくては……」

マサコ「ダメよ。私たち、離れられない運命なの❤︎」

フジモトM「夢かうつつか、マダムマサコが天女のように微笑んだ。いよいよ起き上がれなくなった俺の頭は、ますますマダムマサコの膝に沈み込む。遠のく意識の中で、誰かがパソコンを打つ音が聞こえてきた」

迷言「ヌレソボロ」

「濡れそぼる」を「ヌレソボロ」と言い間違えたのは、藤本幸利さんの実話。そのインパクトは絶大で、その後の外伝にも影響を及ぼしている。

やまねたけしさん作「実況! 膝枕ダービー」シリーズでは、出走膝に「ヌレソボロ」が登場。藤本さんが読むときは「ヌレソボロ!」の連呼に力が入る。

河崎卓也さんが七五調膝枕の挿入歌として作詞作曲した歌には「今頃あいつはヌレソボロ」と命名させてもらった。「生麦生米生卵」の4・4・3のリズムが気持ち良く、レトロな雰囲気も気に入っているので、今回のフジモト話にも登場させた。

新作を記念して、膝番号17桜井ういよさんがヌレソボロポスターを作ってくれた。

clubhouse朗読をreplayで

2023.6.2 藤本幸利さん(MCフジモト)×今井雅子(マダムマサコ)膝開き

2023.6.3 中原敦子さん×こたろんさん

2023.8.17 中原敦子さん

2023.8.21 中原敦子さん×関成孝さん



目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。