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夢を信じる─「ピザ浜」

膝屋をピザ屋にしてみたら

古典落語「芝浜」にヒザ入れした「膝浜」。2021年12月にnoteで公開して以来、年が明けてもいろんな人が演ってくれている(replayを随時noteに埋め込んでます)。

「膝浜」から「ピザ浜」のダジャレを思いつき、「ピザ屋のバイトで知り合ったカップルの話」をnoteの下書きに入れたのが2022年1月の終わり。

引用リツイートしたのが、林家つる子さんのインタビュー記事。

「“都合のいい女”なんかいない 女性落語家の挑戦」というタイトル。その中で「芝浜のおかみさんに名前をつけたい」という言葉が。たしかに、落語の中では、女は主人公の男の引き立て役になりがち。存在感が互角な夫婦ものでも、おかみさんには名前がなく、夫から「おっかあ」と呼ばれることが多い。

「膝浜」のおかみさんには名前をつけなかったが、「ピザ浜」では名前をつけよう。

としたら、あの名前。ヒサコ。

男は「ピザ浜」の「浜」にちなんで、ヒサコに「浜ちゃん」と呼ばせたい。ということで浜田という名前にした。

ピザ屋の浜田は何を売る?

脚本家を目指す浜田。ピザ屋のバイトをやめ、ヒサコのヒモになり、ヒサコの膝に溺れて一向に書き出さない……。

タイトルと主人公の設定ができたところで、そのまま熟成すること半年近く。原稿が進まない浜田にならって(⁉︎)、『ピザ浜』も止まっていた。

膝枕リレー1周年記念フェス(2022年5月30日から6月5日)の間に色んな人が演ってくれた「膝浜」を聴くたびに、「ピザ浜」も演って欲しい気持ちがムクムク。膝フェスの熱気の余熱で焼き上げた。

今回は公開前にclubhouseで校正部屋を開いて、耳で校正。まず、小羽勝也さんとわたしで読み、次にこまりさんとこたろんさんに読んでもらい、チャットの反応も見て、ちょこちょこ加筆した。

2022年6月9日に公開後、さらに加筆。浜ちゃんとヒサコの心情がうまくつながっていないところをこまりさんが指摘してくれ、「やっぱりそこ弱いですよね、さすが!」とその部分を強化したら、人情落語味が増した、気がする。

「ピザ浜」(原作:古典落語「芝浜」 膝入れ:今井雅子)

語り「東京の片隅に脚本家を目指す浜田という男がおりました。この浜田、シナリオコンクールで大賞を獲ってデビューして、売れっ子になって大河ドラマを書いてやる、と夢みたいなことばかりほざいていますが、口先だけのダメ男。ピザ屋のバイトで知り合ったヒサコの部屋に転がり込み、ヒマさえあればヒサコの膝に頭預けて膝枕。コンクールに専念すると言ってピザ屋のバイトをやめたくせに、原稿は一枚も、いや一行も書けていない。ヒサコの脛をかじり、膝に甘えるテイタラク。そうこうするうちに、年に一度のシナリオ大賞の締め切りが迫ってまいりました」

ヒサコ「浜ちゃん、いつまで私の膝でスマホいじってんの?」
浜田「充電してるんだよ」
ヒサコ「スマホを?」
浜田「俺を」
ヒサコ「膝枕してるだけでしょ?」
浜田「ヒサコの膝が俺の充電器なの」
ヒサコ「私、シフト入ってるんだけど」
浜田「今日休んじゃえよ」
ヒサコ「だったら浜ちゃんが店長に電話してよ」
浜田「店長、ヒサコに気があるよな?」
ヒサコ「私行かせたくないんだったら、浜ちゃんが行ってよ」
浜田「俺?」
ヒサコ「原稿書かないんだったら、稼いできてよ時給千円」
浜田「シケてんなー。シナリオ大賞獲ったら百万だよ」
ヒサコ「だったら書いてよ」
浜田「今充電中だから」
ヒサコ「書かないならバイト行ってよ」
浜田「やり方忘れちゃったよ」
ヒサコ「ピザ運ぶだけだし」
浜田「ピザよりもヒサコの膝がいい。デリバリーよりバッテリーチャージ」
ヒサコ「いいから行けって!」
浜田「うわ、蹴った! 充電器が蹴った!」
ヒサコ「充電器じゃねーし! 太もも充血してるし!」
浜田「ほんと? 見せて。充血した太もも」
ヒサコ「コーフンしてないで行けって!」
浜田「行くよ。行かないって言ってないだろ。大河ドラマ作家にピザのデリバリーやらせんなって」
ヒサコ「デビューしてから言えっての」
浜田「はいはい、行ってきます」
ヒサコ「おねーちゃんいる店に寄って来るんじゃないよ」
浜田「寄り道しないで帰ったら、膝枕してくれる?」
ヒサコ「いいから行けって!」

浜田
「(歩きながらブツブツ)可愛い顔して、キツイんだよなー。あんな張り切って追い出さなくても。(ハッ)まさか浮気? 俺にバイト行かせて、男連れ込むつもりじゃないだろな。店長か? はー。ヒサコが浮気してる間に、なんでピザ届けて回らなきゃいけないんだよ。時給千円。大河ドラマ1時間書いたらいくらだ? 百万? もっとか? あれ? 店暗いな。貼り紙になんか書いてる。閉店? マジか。だったら、おねーちゃんのいる店に……行く金はないし、 縁結び神社で願掛けでもしていくか。(柏手を打ち)お金にご縁がありますように。ん? なんだこの封筒?」

語り「神社に落ちていた厚みのある封筒を拾い上げた浜田。そこに『膝枕』の文字を見つけると、思わず『枕!』と叫ぶなり、封筒を小脇に抱え、一目散にヒサコの部屋へ舞い戻ります」

浜田「(ドアをバンと開けて)ヒサコ! ヒサコ!」
ヒサコ「何? もう戻ってきたの?」
浜田「お前、やっぱり連れ込んでるな?」
ヒサコ「は? 浜ちゃんがマーキングしまくりの部屋に誰連れ込むっての?」
浜田「だよな」
ヒサコ「ねえ、バイト行かなかったの?」
浜田「いいから、ちょっとこの封筒見ろ」
ヒサコ「何これ? 『膝枕カンパニー』の社封筒。浜ちゃんて、ほんと膝枕のことしか頭にないんだね」
浜田「いいから中、見て」
ヒサコ「うわ、諭吉がいっぱい! 諭吉ぃ、ひさしぶり〜。こんなところにいたんだ」
浜田「いるところにはいるんだよ。いくらあるか数えて」
ヒサコ「諭吉が一枚〜、二枚〜、三枚〜、四枚〜」
浜田「番町皿屋敷みたいに数えなくていいから」
ヒサコ「諭吉が十、二十、三十、四十……百三十枚!」
浜田「百三十万。一と三でヒ・ザ」
ヒサコ「浜ちゃん、ダメだよ。いくら賞金の百万がアテにならないからって、レジのお金くすねちゃダメ」
浜田「バカ。あのピザ屋にこんな大金あるわけないだろ。神社で拾ったんだよ」
ヒサコ「このお金どうするの?」
浜田「そりゃ使うだろ」
ヒサコ「くすねるの?」
浜田「俺が拾ったんだから」
ヒサコ「落とした人が困ってるんじゃない?」
浜田「俺たちだって困ってる。今月の家賃どうするんだよ?」
ヒサコ「もうすぐバイト代入るし」
浜田「あ、そういや店つぶれてた」
ヒサコ「マジ? 取りっぱぐれかー。またバイト探さないと」
浜田「だから、この百三十万があればバイトしなくていいんだって。久しぶりに寿司でも行っちゃう? 回らないやつ。寿司屋は膝枕できないから温泉行くか。いっそハワイで膝枕」
ヒサコ「シナリオ大賞どうするの?」
浜田「いいよ来年で。今年は百三十万入ったんだから」
ヒサコ「それ、自分で稼いだお金じゃないよね?」
浜田「わざわざピザ屋まで行って、わざわざ神社に立ち寄って、俺の足で稼いだ金だよ」
ヒサコ「浜ちゃんて、こういうヘリクツだけは天才的だよね」
浜田「ヒサコ、昔から俺の才能見抜いてたもんな」
ヒサコ「別れよ」
浜田「え?」
ヒサコ「別れたほうがいいよ。私といると、浜ちゃん、どんどんダメになる」
浜田「ダメになってないよ」
ヒサコ「自覚ないの、ますます終わってる。はー、見る目なかったな」
浜田「あるよ。俺、大河ドラマ書くし」
ヒサコ「いつ?」
浜田「いつか」
ヒサコ「私、ほんと浜ちゃんに才能あるって思ってた。バイトの休憩時間に聞かせてもらった話、すっごく面白かった。ドラマや映画になったらいいなって思った」
浜田「全部過去形」
ヒサコ「だから応援してたのに何なの? ピザ屋やめて、私の膝枕でダラダラ、ダラダラ」
浜田「ダラダラしてるように見えて、充電してるんだって」
ヒサコ「それもう聴き飽きた。人工知能内蔵の膝枕ロボットを通販で買った男が、自己肯定感爆上がりして、モテ期が来て、生身の女の膝枕と二股して揺れて、最後は膝枕廃人になっちゃう話。ほんと、どっからこんな発想出てくるんだろって感心したけど、書いてる本人が膝枕廃人じゃん」
浜田「違うよ。充電しながらシナハンしてたんだよ。シナリオハンティング」
ヒサコ「そういうセコいとこ、ほんとやだ。私、やっぱり田舎帰る」
浜田「わかったわかった。じゃあ別れる前にもう一回だけ」

語り「別れ話を切り出されても受け流し、これで最後と膝枕をせがむ、どうしようもない男、浜田。そのままヒサコの膝でぐっすり眠って、高いびき。その、あくる朝」

浜田「よく寝たー。ヒサコ、朝どこ行く?」
ヒサコ「どこって?」
浜田「モーニング。ホテルのビュッフェとか行っちゃう?  ついでに服でも買うか? ペアルック」
ヒサコ「そんなお金どこにあんの?」
浜田「あるだろ? あの百三十万」
ヒサコ「百三十万って何?」
浜田「とぼけんなって。俺が昨日神社で拾った封筒」
ヒサコ「浜ちゃん、昨日神社なんか行ってないよね?」
浜田「何言ってんの? ヒサコの代わりにバイト行ったらピザ屋がつぶれててさ」
ヒサコ「ずっと私に膝枕されて、起き上がらなかったよね?」 
浜田「そうだっけ? ううん違う。確かに拾ったもん。ヒサコも喜んでたじゃん。諭吉久しぶりって。うれしそうに一万円数えてたよ?」
ヒサコ「それ浜ちゃんの妄想だよ」
浜田「妄想?」 
ヒサコ「シナリオ大賞の百万円を獲れそうにないから、大金が落ちてたらなあって、甘いこと考えてたのが妄想になって現れたんじゃないの?」
浜田「妄想じゃないよ。はっきり覚えてる。膝枕カンパニーの社封筒」
ヒサコ「ほら。それ、膝枕のやりすぎだって。百三十万っていう中途半端な数字も、どうせ、一と三で ヒザの語呂合わせでしょ。なり損ない脚本家のダジャレセンス」
浜田「ほんとに何も覚えてないの?」 
ヒサコ「覚えてない。ヤバいよ浜ちゃん。膝枕のしすぎで脳がバグって、現実と妄想がごっちゃになってるんだよ」 
浜田「マジか。じゃあ、俺と別れて田舎に帰るって言ってた、あれも妄想だったんだ?」
ヒサコ「それは言った」
浜田「そこだけは現実なのか」
ヒサコ「さっきまでちょっと迷ってたけど、今の話で吹っ切れた。やっぱり私が浜ちゃんをダメにしちゃってる。田舎帰ってお見合いして結婚する」
浜田「またまたー」
ヒサコ「本気だよ。この部屋引き払うから、荷物まとめといて」
浜田「やだよ。ヒサコがいなくなったら、俺死んじゃうよ」
ヒサコ「浜ちゃんいっぺん死んだほうがいいかもね」
浜田「引き留めてよ」 
ヒサコ「ほんとめんどくさいね浜ちゃん。同情引くために死ぬ死ぬ言うの、やめて」 
浜田「引き留めてくれないんだ?」 
ヒサコ「好きにして。あ、でも」
浜田「でも?」
ヒサコ「浜ちゃんが死んじゃったら、浜ちゃんの頭の中にある物語も死んじゃう」
浜田「引き留めたくなった?」
ヒサコ「死ぬんだったら、それ置いて行って」
浜田「置いて行くって?」 
ヒサコ「膝枕廃人の脚本書いちゃってよ。そしたら読むから。読んで時々、浜ちゃんのこと思い出して偲ぶから」 
浜田「勝手に遺作にしないでよ」
ヒサコ「待ちくたびれちゃったんだよね。浜ちゃん、夢みたいなことばっかり言って、口先だけなんだもん」
浜田「そんなことないよ」 
ヒサコ「じゃあ浜ちゃんが拾ったっていう百三十万、原稿書いて稼いで、ホントのことにしてよ。そしたら浜ちゃんのこと信じるから」
浜田「いつまで?」
ヒサコ「そんな何年も待てないよ。一年でどう?」
浜田「一年待ってくれるの?」
ヒサコ「これで最後だからね」
浜田「わかった。俺書くよ。今日から書く。シナリオ大賞で賞金百万獲って、あと三十万、書いて稼ぐ」
ヒサコ「やっとその気になった?」
浜田「あー、でもダメだ。ずっと書いてなかったから、細かいとこ忘れちゃったと。せっかく小ネタ思いついてたのに」 
ヒサコ「あるよ」 
浜田「え?」
ヒサコ「浜ちゃんから聞いた話、メモしてある。小ネタも全部」
浜田「ヒサコ〜〜〜〜〜」 
ヒサコ「浜ちゃんの本気、見せてよ」 
浜田「わかった」 

語り「心を入れ替えた浜田、まるで人が変わったように原稿に精を出します。原稿用紙五十枚分を一気に書き上げ、シナリオ大賞の締め切り当日、日付が変わるギリギリに送信完了。タイトルは『膝枕廃人浜田』、略して『ヒザ浜』。これが一次選考、二次選考、最終選考を勝ち抜き、なんと大賞百万円、は逃したものの佳作三篇のうちの一篇に入賞。授賞式では、マネージャーを買って出たヒサコがプロデューサーにせっせと営業をかけ、仕事がドカドカと、は入らなかったもののポツポツと舞い込んではボツになり、気がつけば、あの日から一年」 

ヒサコ「諭吉が一枚〜、二枚〜、三枚〜、四枚〜、全部で十三枚」 
浜田「惜しい。あとひと桁」 
ヒサコ「シナリオ大賞で百万獲ってたら、大きい仕事が来て、超えてたかもね。百三十万」  
浜田「イロモノだからなー『膝枕廃人浜田』。佳作の賞金三万。コツコツ書いて、あと十万。合わせて十三万。これが今の俺の限界」
ヒサコ「よく書いたよね、この一年」
浜田「ほとんどボツになったけど」
ヒサコ「それでも書き続けた」
浜田「俺、なんの取り柄もないけど、ヒサコが俺の話、面白いって言ってくれて、ちょっと自信持てたんだよね。いつか大河ドラマ書いてやるなんて言ってたけど、ほんとは、俺の話がドラマとか映画になって、ヒサコが喜んでくれたらいいなって思ってた。ヒサコにいいとこ見せたかったんだよ」
ヒサコ「浜ちゃん」
浜田「大賞は取れなかったけど、佳作もらえて、賞金の三万で、ヒサコが授賞式に着ていく服買えて、受賞パーティーのビュッフェで死ぬほど食って、ヒサコ、すごい楽しそうで、すごい綺麗で。『膝枕廃人浜田』書いて良かったなぁ、書いたから、今ここにいられるんだなぁって思った。もっと書いたら、もっと違う景色が見えるんじゃないかって。そしたら、シナリオ大賞のサイトで公開された『膝枕廃人浜田』の脚本を読んで、知らない人たちが好き勝手褒めてくれたじゃん。狂ってるけど面白いとか、これ考えたヤツ頭おかしいとか、褒められてるのかけなされてるのかわかんないけど、その感想読んで、ヒサコ泣いたよね?」
ヒサコ「泣いた」
浜田「泣きながらポツリって言ってくれたの、聞こえたよ。見る目なかったことなかったなって」
ヒサコ「聞かれてたんだ?」
浜田「俺、書いてて良かったんだって思った。これからも書いてていいんだって。ヒサコのうれし涙が、大賞よりもうれしかった」
ヒサコ「浜ちゃん……」
浜田「俺が本気出せたのはヒサコのおかげだよ。約束の百三十万には届かなかったけど、『膝枕廃人浜田』を書き上げられた。膝枕してるヒマがあったら、一行でも書きたいって思えるようになった」
ヒサコ「あのね、浜ちゃん、実は」
浜田「(続けて)『膝枕廃人浜田』が映像化されなかったのは残念だけど、たしかに人工知能内蔵膝枕の見せ方が難しいんだよなー。作り物にするか、生身の人間に演じてもらってCGで腰から上を消すか、フルCGでやるか。リアルすぎるとグロテスクになるし、中途半端にやるとチープになるし」 
ヒサコ「浜ちゃん、ちょっといい?」
浜田「(続けて)あ、でも、描き方でなんとかなるかも。人形劇にするとか、影絵にするとか。自分で監督して自主映画作ろうかな。映画ができたら、完成披露試写の招待状送るよ。ヒサコの田舎の連絡先、教えといて」 
ヒサコ「そのことなんだけど、浜ちゃんに言ってないことがあって」 
浜田「俺に言ってないこと?」
ヒサコ「私たちのこれからに関わる話」
浜田「もしかして、赤ちゃん?」 
ヒサコ「赤ちゃん?」 
浜田「いや、ご無沙汰してるからそれはない。(ハッ)もしかして、他の男と⁉︎」 
ヒサコ「他の男と赤ちゃん? なんでそうなるの? ま、赤といえば赤かな」
浜田「赤んぼうじゃなくて赤帽?」 
ヒサコ「赤帽? 配達員?」 
浜田「赤帽の配達員。じゃなかったら、赤べこ?」
ヒサコ「赤べこ? 福島の?」 
浜田「赤べこの福島の男。じゃなかったら、赤福?」 
ヒサコ「赤福?」 
浜田「赤福の男。じゃなかったら、赤線か!」
ヒサコ「赤線? いつの時代の話、してんの?」 
浜田「他に赤って何がある? 赤紙?」
ヒサコ「赤紙? 私に?」 
浜田「俺に⁉︎」 
ヒサコ「すごいね。脚本家の妄想力」 
浜田「赤ちゃんでもない、赤帽でも赤べこでも赤福でも赤線でも赤紙でもない。だったらなんだ? 赤信号……赤れんが……アカレンジャー……赤の広場……赤の他人……赤いきつねと緑のたぬき……東京都知事!?」 
ヒサコ「赤から緑に色変わってるし」 
浜田「わかった、赤字か!」 
ヒサコ「どっちかっていうと、黒字、かな」 
浜田「赤だけど黒字って、なんだよ?」
ヒサコ「浜ちゃん、これに見覚えない?」
浜田「赤じゃなくて、茶色い封筒」
ヒサコ「膝枕カンパニーの社封筒」
浜田「膝枕カンパニー……」
ヒサコ「中を見て」 
浜田「諭吉がこんなに」 
ヒサコ「百三十枚ある」 
浜田「百三十万。てことは、俺が拾った封筒……?」
ヒサコ「そう。一年前のあの日、浜ちゃんは私の代わりにピザ屋のバイトに行った。その帰り、神社で、この封筒を拾った」     
浜田「やっぱり。あれが妄想なわけないよな」 
ヒサコ「あの日、私も舞い上がったよ。 このお金があれば、今月の家賃を払えるって。でも、すぐに怖くなった。 良くないお金かもしれない。浜ちゃんがいつか脚本家デビューしたとき、拾ったお金をくすねたことがバレたら、賞を取り消されちゃうんじゃないかって。それに、こんな大金手に入れちゃったら、浜ちゃん、ますます書かなくなっちゃうんじゃないかって。 だから、膝枕のしすぎで脳がバグって妄想を見ちゃったってことにして……ごめんなさい。真っ赤な嘘でした」 
浜田「なんだ、その赤かー。スッキリ〜。じゃなくて、俺がホントでヒサコが嘘で……」
ヒサコ「警察に届けたんだけど、持ち主が現れなくて、百三十万全額戻ってきた。このままじゃダメだって膝枕廃人から立ち直ろうとしてる浜ちゃんに、早く知らせてあげたかった。でも、このお金を見せたら、また膝枕に溺れて書かなくなっちゃうんじゃないかって……」 
浜田「なんで今日、話すことにしたの?」 
ヒサコ「さっき、膝枕してるヒマがあったら、一行でも書きたいって思えるようになったって言ってた。今の浜ちゃん、私の膝で充電しなくても、十分、充実してる。だから、もう大丈夫って思えた。浜ちゃん、ずっと嘘ついてて、ごめんね。妄想見るなんて終わってる、いっぺん死んだほうがいいなんて、ひどいこと言って、浜ちゃん追い込んで……怒ってる?」
浜田「サイテーだな」
ヒサコ「だよね」
浜田「ヒサコじゃなくて俺が」
ヒサコ「え?」
浜田「ヒサコに嘘つかせて、一年も抱え込ませて。何も知らなくて、ごめん」 
ヒサコ「浜ちゃん……」 
浜田「あのまま百三十万を手元に置いてたら、あっという間に使い切ってた。ヒサコの膝枕に溺れて、一行も書かないまま締め切りが過ぎてた。そしたら『膝枕廃人浜田』も生まれなかった。こんな口先ばっかりのヒモ男に愛想尽かさず、ずっと支えてくれて、 ありがとう。少ないけど、この十三万、ヒサコがもらってよ。今までの部屋代の足しにでも……」
ヒサコ「私、これからも浜ちゃんのそばにいちゃダメかな」 
浜田「でも、約束は約束だから」 
ヒサコ「あの日拾った百三十万円より、この一年で積み上げた十三万円のほうが、ずっと尊いよ」
浜田「え……」
ヒサコ「書き続ける浜ちゃんのそばにいたい。浜ちゃんのホンを私が最初に読みたい。これからも」
浜田「ヒサコ……」
ヒサコ「浜ちゃん……あー、やっと胸のつかえが取れた。お腹空いちゃったね。なんか食べに行く? 久しぶりにピザとか?」
浜田「その前に(とヒサコの膝に飛び込む)」
ヒサコ「ちょっと浜ちゃん!」 
浜田「は〜。一年ぶりのヒサコの膝。ふわふわでパンピザみたい。ピザ枕だ〜」
ヒサコ「(笑って)ピザ枕って。今日は好きなだけ甘えていいよ」
浜田「ヒサコ、俺生まれ変わったよ」
ヒサコ「うん」
浜田「もう今までの膝枕廃人浜田じゃない。これからはピザ枕廃人浜田だ」

「ピザ浜」を地で行くあの夫妻

脚本家を目指しているがまだデビューできず、ヒサコの脛をかじりつつ膝に甘える浜田。その設定が『嘘八百』シリーズの脚本を一緒に書いている足立紳さんと晃子さんの同棲時代に重なる。元々「膝浜」を地で行くような足立夫妻。「ピザ浜」になったら、ますますアテ書きみたいになり、浜田とヒサコの口調がどんどん足立夫妻っぽくなっていった。

「いいから行けって!」はわたしの脳内では晃子さんの口調で違和感がないのだが、「ここまで浜ちゃんにキツく当たらなくても」とひく人もいると思う。同じセリフでもマイルドに言うもよし、言い回しを変えるも良し、辛さ調節はご自由に。

足立夫妻については、足立さん原作・脚本・監督の『喜劇 愛妻物語』を。足立さん役を演じているのは濱田岳さん。

足立さんが連載中のブログ「後ろ向きで進む」では、現在進行中の足立夫妻そして一家が実況されている。

足立さんと晃子さんにリアリティたっぷりに掛け合いしてもらうのも面白いかもしれない。

clubhouse上演をreplayで

2022.6.9 主婦こたろん(こたろんさんと主婦子さん)が「膝浜」に続けて上演。おそらく膝開き。

2022.6.10 劇団しょこまり(膝枕リレー膝番号55さんがつ亭しょこらさんと膝番号35こまりさん)「膝浜」と2本立て

2022.6.12 劇団しょこまり焼き直し

2022.6.23 こたろんさん×中原敦子さん

2022.6.28 しょこらさん×かわたりえさん

2022.7.2 鈴蘭さん×中原敦子さん 

2022.7.26 関成孝さん×Suzuさん

2022.9.8 高坂奈々恵さん&富永理恵さん

2022.11.13 関成孝さん&Suzuさん

2022.11.17 鈴蘭さん

2023.4.12 clubがhouseになるのを待ちながら鈴蘭さん×ひろさん

2023.4.26 鈴蘭さん

2023.5.1 関成孝さん×Suzuさん 膝枕リレー700日記念

2023.6.27 高坂奈々恵さん×やまねたけしさん(タケコ)

2023.6.29 優花さん×こたろんさん

2023.9.14 鈴蘭さん×優花さん


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。