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不完全燃焼の出口─制服のシンデレラ

最終選考で最初に落とされた作品

第51回創作ラジオドラマ大賞の最終選考に選考委員の一人として参加した。

《私は修行時代にこのコンクールに応募して、最終選考に残ったのですが、真っ先に落とされました。その作品についても選考委員の皆さんが意見を言ってくださって、「ここに上がってくるだけでもすごいことなんだ」と言っていただき、励まされ、力をいただきましたので、今回の方々も同じように思ってもらえればいいなと思います》

「月刊ドラマ」5月号に掲載された選考委員座談会でのわたしの発言。今回は選ぶ側だったが、以前は選ばれる(かもしれない)側だった。

NHK地方局主催のラジオドラマ脚本コンクールもあるなかで、創作ラジオドラマ大賞は総本山のようにそびえる存在だった。振り向いてもらえて舞い上がり、結局振られた。束の間の夢を見せてくれた、ほろ苦い思い出のある賞だ。

最終選考に関わったのは2度目だが、前回から時間が経っているので、初めてのように新鮮に感じた。「わたしの作品も、こんな風に読まれて、話し合われたんだな」と前回も思ったかもしれないことを思う。

最初に落とされたということは、もう少しこの作品について話そうよと引き留めてくれる誰かがいなかったということだ。それだけこの作品にチカラがなかったということだ。

《当時「ラストが弱い」ということで選外になったのですが、今回の最終選考対象作品もラストが弱い作品から外れていった印象がありました。何を残せるか、何を残したいかという思い、それを表す技術が必要だなと改めて感じました》

最終選考では脚本家とNHKのディレクターが5人ずつ、あわせて10人の選考委員が、勝ち上がってきた10篇を読み、話し合いで「大賞」と「佳作」を選ぶ。

今回は、まず各選考委員が推したい作品を3篇ずつ投票し、得票の少ない作品から議論し、残すかどうかを吟味した。話の流れで生き残る作品もあれば、あっさり「ここまで」となる作品もある。最初の得票が少ない作品が受賞をつかむこともある。

座談会で選考委員10人それぞれ言っていることは違うのだが、より多く、より強く、選考委員を引きつけた作品が勝ち残る。何が作品の力になるのか、のヒントが発言に詰まっていて、わたしも大いに刺激をもらった。コンクールに応募する人は、書く前にぜひ読んで欲しい。

キズがかえって愛おしい

最終で真っ先に落とされた応募作品のタイトルは「制服のシンデレラ」。

手元に残っている原稿のファイル名は「制服のシンデレラ 20050816微妙改訂」となっている。微妙に手直しして、どこかに出したのだろうか。選考委員の顔ぶれが変われば拾ってくれる人がいるかという期待もあったかもしれない。

書いたのは1999年頃だと思う。初めて書いたラジオドラマ脚本がNHK札幌放送局のコンクールで入選し、FMシアター枠で放送されたのが1999年。その受賞がきっかけで「タカラジマ」というFMシアターを書かせてもらい、「雪だるまの詩」よりも前に放送されたので、そちらがデビュー作となった。デビューしてからもしばらくはコンクール応募を続けていたから、その頃に書いて出したのだと思う。

今読み返すと、「ここが弱い」がハイライトされたようにくっきりと見える。

当時の選考会でも言われたように、ラストが弱い。コンクールでは特につかみとラストが大事だが、読み終えて、「で?」となるようなラストになっているのは致命的だ。

着地点を決めず、勢いで書き出し、書きながら続きを考えている。これは「プロットから箱書きに進んで脚本にする」という王道の道筋を知らなかったせいだが、全体的に行き当たりばったりになっている。

放火する女子高生と、火災現場を嬉々として撮りに来るカメラ小僧が、ほんのりと心を通わせる話。登場人物の行動にも必然性がないし、共感し辛い。ラストの手前ですでについて行けなくなった選考委員もいただろうと思う。

選ばれなかった理由はいくつもある。けれど、そのキズの一つ一つが魅力的にも映る。足りないところがある分、はみ出しているところがある。そのいびつさが、未成年の不安定さを表しているようでもある。今より20歳あまり若く、その分、主人公に近かったわたしだから書けたのだと思う。

スマホもなく、場所や個人をあっという間に特定されてSNSで拡散されることもなかった時代でしか成立しない話でもある。いろんな意味で登場人物だけでなく作品そのものが不器用で生き下手なのだが、そこも愛おしい。

前回最終選考に参加したときも「制服のシンデレラ」のことを思い出したはずなのだが、公開しようと思わなかったのは、たぶんnoteもclubhouseも始めていなかったから。今ならnoteを読んだ誰かがclubhouseで読んでくれるかもしれない。

今井雅子作「制服のシンデレラ」

家の中。
テレビのニュースが流れている。
スナックをボリボリかじる音。
洗い物の音がOFFで聞こえている。

お母さん(OFF)「あかね。空いたお皿、持ってきて」 
あかね「(けだるく)ちょっと待って」

アナウンサー(テレビ)「続いて、火事のニュースです。今日午後4時10分頃、墨田区緑1丁目の木造アパートの1階玄関部分より火が出て、建物ひと棟が全焼しました。アパートは3年前より居住者がおらず、この火事による死傷者はありません。火の気のない空き家から火が出たことについて、警察では、墨田区内で相次いでいる連続放火事件と同一犯人によるものとの可能性も考えられるとして、現場周辺で不審な人物を見かけなかったかどうか、聞き込みを行っています」

洗い物の音、止まる。
足音、近づいてきて、

お母さん「また放火? 角曲がったとこの空き家、狙われないかしら? あんな草ボーボーじゃ、買い手つかないわよね。あかね、気をつけなさいよ。あんた、ぼんやりしてるから。火事に巻き込まれて火傷したりしないでよ」

スナックかじる音が止み、

あかね「(けだるく)そんなドジしないって」  

再びスナックをかじる。

あかねM「だって、連続放火事件の犯人は、あたしなんだもの」

タイトル『制服のシンデレラ』。

学校(女子校)の教室。
「おはよう」「宿題やった?」などとおしゃべりしている女生徒たち。

女生徒A「ねえねえ。マリエ、タバコ吸ったことないんだって」
女生徒B「いーじゃん、別に」
女生徒C「意外。とっくにやってると思ってた」
女生徒B「だって、肌に悪いって言うしー」

あかねM「連続放火事件のきっかけは、偶然だった。その日、あたしは、生まれて初めて、タバコを買った。クラスメートたちの話題に入っていけないあたしは、せめて、彼女たちと同じ冒険をしたかったのかもしれない。なんとなく立ち止まった目の前に、自動販売機があった」

回想。自動販売機にお金を入れ、たばこを買う。

あかねM「人生で最初の1本を吸う場所に、あたしが選んだのは、さびれた印刷所の跡地だった。背伸びしたくても、クラスの女の子たちみたいに大胆になれない。先生の目が怖くて口紅さえ塗れないあたしには、駅のトイレで隠れて吸う勇気なんてなかった。……誰も来ない、誰の声も届かない、光も差さないような幽霊ビルに忍び込み、震える手でライターの火を灯した」

回想。ライターが点火する。
タバコに火をつけ、ひと口吸った途端、激しくむせる。

あかね(回想)「(咳込み)うわっ、なんなの? (咳込み続ける)」

回想。火が燃える気配。

あかね(回想)「あ、やだ!」

あかねM「あたしの手を離れたタバコが、誰かが捨てていった布団を燃やしていた」

回想。火を消そうと布団を叩く。

あかね(回想)「消えて! 消えて! お願い!」

回想。炎が大きくなっていく。
煙りにむせる。

あかね(回想)「だめだ……」

回想。逃げ出す靴音。荒い息。

あかねM「あたしは、タバコ1本ちゃんと吸えないダメなヤツだ」

回想。「火事だ!」「誰か通報したのか?」「119番だ!」などの怒号。
集まってくる野次馬。
近づいてくる消防車のサイレン。

あかねM「火が消えるまで、タバコを買った自動販売機の陰で見てた。そのときは、怖くて、怖くて、こんなことになるならタバコなんかに手を出すんじゃなかったって、死ぬほど後悔した。あたしのタバコの火で火事になったってバレたら、警察につかまるんだろうか。新聞に目隠しした写真が載るんだろうか。……その夜は、眠れなかった。でも、眠れなかった理由は、それだけじゃない」

回想。火事現場の興奮と熱気。
燃え上がる火。鎮める水。
野次馬の怒号。
渋滞した車のクラクション。

あかねM「あたしは、興奮してた。クラスでいちばん目立たないあたしが、新聞に載るようなすごいことをやってしまったことに。子どもの頃からお母さんに『いけません』と口酸っぱく言われてきた火遊びを、こんなにも派手にやってしまったことに。あたしのつけた火が、消防車を走らせ、渋滞を引き起こし、人だかりをつくったことに。……あたしの中で火事が続いているみたいに、体が熱くなっていた」

授業中の教室。
黒板をすべるチョークの音。

数学教師(OFF)「はい、教科書51ページ例題3。サイコロを2つ同時に振ったとき、奇数の目の出る確率は……」

あかねM「数学の時間。あたしは確率を計算する。放火がバレて、つかまる確率。つかまらない確率。印刷所を燃やしてから2週間の間に、つぶれたクリーニング屋とボロアパートを灰にした。火をつけるたび、誰かに見つかる確率は高くなる。あたしが安全でいられる確率は低くなる。だけど、火遊びはスリルがなきゃ、つまんない」

英語教師(OFF)「ヒー ウィル カム スーン。彼はすぐ来ます。これを付加疑問文にしてください。大石さん」

あかねM「英語の時間。heが『火』に聞こえて、赤い炎のイメージがあたしを誘惑する。彼氏は、いない。恋なんか、いらない。クラスの女の子たちが自慢してるラブブな話なんて、今じゃ、ちっともうらやましくない。恋愛よりも熱くてドキドキするものを、あたしは知ってる」

英語教師「大石さん。大石あかねさん」 
あかね「あ……はい」 
英語教師「ヒー ウィル カム スーンを付加疑問文にすると、どうなりますか?」
あかね「ヒー……ヒー ウィル カム スーン……ウォント ヒー?」
英語教師「はい、そうですね。ヒー ウィル を否定形ヒーウォントにして、ひっくり返すと…(FO)」

あかねM「勉強は好きじゃないのに、みんなの前でわかりませんと開き直る勇気がなくて、毎日ちゃんと予習復習してしまう。そんな自分がキライ。あたしが連続放火事件の犯人だと知ったら、学校の先生たちは、きっと口をそろえてこう言う。『大石さんはおとなしくて目立たない、いい子でした。放火なんてするような生徒には見えませんでした』。先生ともクラスメートともほとんど口をきかない生徒が、いい子だなんて、どうして言えるんだろう。何も言わない人間がどんなことを考えているか、少しは警戒したほうがいい。ヒー ウィル カム スーン。火はすぐにやってくる。その火を灯すのは、あたし」

終業のチャイム。「起立、礼」の号令。
休み時間のざわめき。

あかねM「あと1時間、あと1時間ガマンしたら放課後になる」

女生徒たちのざわめきを擦り抜け、
アスファルトを駆ける靴音。

あかねM「放課後、あたしの放火タイムが始まる」

車道脇を駆ける靴音。車の急ブレーキ。
「バカヤロー!」のどなり声。

あかねM「今日の標的は、学校と家の中間にある、腐りかけた倉庫。昔は建物の前まで鉄クズが積み上げてあったけど、あたしが小学校の5年生のとき、会社が倒産して、今では近所のゴミ捨て場になってる」

すれ違う人々の気配。靴音や声。
廃品回収車のアナウンスなど。

あかねM「倉庫に近づくあたしを怪しむ人は、いない。放課後に街をうろつく制服姿の高校生は、あまりにも当たり前だから」

あかねM「誰かが持ち去ったのか、空洞になったドアから、あたしは薄暗がりに滑り込む」

ビンや缶が転がる床をザクザク歩く。
捨てられたギターが蹴られて音を立てる。
通りから人の声が小さく聞こえる。

あかねM「倉庫の中身を引き上げたばかりの頃は、お金のないカップルがしけこんだりしてた。ランドセルをしょったあたしは、腕を組んで中へ消える男女を見かけるたび、見てはいけないものを見てしまった気がした。でも今、この倉庫で愛を語り合うカップルなんていない。気をきかせた誰かが何年も前に持ち込んだ布団に寝転んだりしたら、体じゅうに割れたガラス瓶の棘が突き刺さる」

ライターで火をつける。

あかねM「カラカラに乾いた雑誌と布団と木の床は、炎の大好物だ」

炎が燃え上がる。急いで立ち去る。

あかねM「初めてのときは、膝が震えてた。……今は、胸が震える」

「あれ、臭くない?」「火が出てる!」「火事だ!」「電話、電話」「早く!」と人々の声、緊迫していく。
駆け寄る野次馬たちの慌ただしい靴音。
燃えさかる火。はぜる音。

あかねM「あたしがつけた火に、みんなが集まってくる。干しかけの洗濯物や晩ご飯の支度をほったらかしにして、お母さんたちが押しかける。背広の背中を丸め、自分の影を見つめて歩いていたセールスマンが目を輝かせてやってくる。犬に引っ張られてよぼよぼ歩いているおじいさんが、炎に吸い寄せられるように走り出す。サイレンを鳴らした消防車が回りの車を蹴散らして駆けつける」

消防車のサイレン、近づいてくる。
犬が一斉に吠える。
野次馬の数が膨れ上がっていく。

あかねM「エキストラがそろったら、あたしはさりげなくその中に紛れ込む。あたしがこのショーの仕掛け人だってことは、誰も知らない」

野次馬たち、「また放火かな」「同じ犯人?」「警察は、この倉庫、マークしてなかったのか」などと噂。
放水するが、火の勢いは弱まらない。

あかね「(独り言)あれ? アイツ、こないだも、いた」

シャッターを切る連続音、OFFで。

野次馬A(OFF)「お兄さん、新聞社の人なの?」
野次馬B(OFF)「そんなにバシャバシャ撮って、どうすんの?」
燐太郎(OFF)「すいません。ちょっと邪魔なんですけど」

あかね「(独り言)覚えてる。あのボサボサ頭とニキビ面。フィルムを何本も取り替えて、写真撮りまくってた。カメラ小僧ってやつかなあ。……あ、目が合っちゃった」

燐太郎「(近づき)あれ? 君……」
あかね「あ……(駆け出す)」
燐太郎「(追って)ねえ。こないだも、いたよね? ちょっと、待ってよ」

駆け出す靴音。追う靴音。

あかねM「誰かに見つかったら、ゲームオーバー。火遊びは、おしまい」

走る。走る。息が上がってくる。
2人、続いて立ち止まる。
ハアハアと荒い息。

あかね「(ハアハア)何で追いかけてくるのよ」
燐太郎「(ハアハア)君が逃げるから。……(息を整え)先週、空き家が燃えたとき、いたよね?」
あかね「何のこと?」
燐太郎「ほら、連続放火事件の……そうだよ、印刷所が燃えたときも、クリーニング屋が燃えたときも、いた。その制服、覚えているんだ。昔、ボクのお気に入りだった子が行ってた高校だから」
あかね「だから?」
燐太郎「あ、いい顔。その、ちょっとすねた感じ、いいね」

バシャッとシャッターを切る。

あかね「撮らないでよ!」

シャッターを続けて切りながら、

燐太郎「今の表情も、いいなあ。君の高校、可愛い子が多いよね。それとも、制服が可愛いのかな」

ガシッとカメラをおさえ、

あかね「撮るなってば!」
燐太郎「おっと、気をつけてよ。いいカメラなんだから。消防車のサイレンが聞こえたら、こいつを持ってバイクで追いかけるんだ。そのために消防署のすぐ隣に引っ越したんだからさ。そういや、君、いつもボクより先に現場に着いてるよね。今日も、こないだも。どうやって……」
あかね「(遮り)あたし、カメラ小僧につきあってるほどヒマじゃないんだけど」燐太郎「ヒマじゃないけど火マニア、なんじゃないの?」
あかね「ヒマニア?」
燐太郎「火を見るとゾクゾクするタイプ。ほらね、図星? なんたって火はセクシーだよね。ボク、高校生のとき、目の前でビル火災を見て、しびれちゃってさ。初めてヌード写真見たとき以上の衝撃だったな。この世にしがみついてるものを有無を言わさず断ち切る潔(いさぎよ)さ。社長室も札束も容赦なく灰にしてしまう残酷さ。滅びの美学っていうのかな。身終わったとき、憑き物が落ちたみたいにすっきりした。それ以来、虜になっちゃって……」
あかね「(遮り)女の子に相手にされないから、火事の追っかけしてるわけ? バッカみたい」
燐太郎「君だって、そうなんでしょ? 火を見てるときの君の目……」
あかね「一緒にしないでよ! あたしは、みんながあたしのいたずらで大騒ぎするのがユカイなだけ!」
燐太郎「え? 君が火を……つけたの?」
あかね「あ!(言っちゃった!)」
燐太郎「君が連続放火事件の……」
あかね「だったら、どうなの?」
燐太郎「どうって? す、すごいよ! 君みたいな可愛い子が……」
あかね「警察に言う?」
燐太郎「言わないよ。絶対、言わない」
あかね「なんで?」
燐太郎「言ったら、火事が減ってしまうじゃないか」
あかね「バカ(立ち去る)」
燐太郎(OFF)「今日は、ありがとー! いい写真が撮れたよー」
あかね「何なの、アイツ?」

あかねM「見たこともないバカ。2度と見たくない気色悪いヤツ。だけど、カメラ小僧に言われた言葉が引っかかってた」

燐太郎(回想)「火はセクシーだよね……この世にしがみついてるものを有無を言わさず断ち切る潔さ……滅びの美学っていうのかな……憑き物が落ちたみたいにすっきりした……君だって、そうなんだろ?」

あかねM「あたしが火遊びをやめられない本当の理由は、そこなのかもしれない。いくじなしのあたしは、炎の中で、ウジウジした自分が燃える幻を見てるのかもしれない。誰にも住んでもらえず、みっともない姿で年を取っていく家。お金がなくて取り壊してもらえないお店。窓ガラスを全部割られても、ゴミ捨て場にされても、ヘラヘラして立っているビル。用もないのに、この世にしがみついてる建物たちにケジメをつけさせるために、あたしは火をつけて回る。いらないものは、灰になって消えればいい。……だけど、いちばん未練ったらしいのは、このあたしなんだ。友だちもいない、勉強も面白くない、何のために学校に行くのかわからない。だけど、仮病で休む勇気もないから、毎日決まった時間に家を出て、授業をきっちり受けてしまう。飛び下りる度胸も手首を切る覚悟もないから生きてるだけのあたしは、抜け殻になった自分の身代わりに、空っぽの建物を燃やしているのかもしれない」

食事のテーブル。黙々と食べる。
テレビのニュースが流れている。

アナウンサー(テレビ)「連続放火事件を警戒し、警察では無人の建物周辺を交替でパトロールするなど……」

お母さん「犯人、まだつかまってないのよね。この近所もパトロールしてくれないかしら。角曲がったとこの空き家が心配で、買い物ものんびり行けないわ。ねえ、あなた。聞いてる?」
お父さん「(生返事)そうだな」
お母さん「あかねも、学校から真っ直ぐ帰ってくるのよ。放火魔って、追い詰められると何するかわからないから」
あかね「(けだるく)テレビの声、大きくして」

テレビの音、大きくなる。

アナウンサー(テレビ)「これまでの4つの放火を結びつける決定的な証拠はなく、同一犯人によるものかどうかも断定できない状況です。また、今のところ犯人を特定する有力な情報も得られていません」

テレビの音、FO。

お母さん(OFF)「警察は何やってるのかしら。目撃者くらい、いるでしょう。ほっといたら、墨田区が焼け野原になっちゃうわ。ねえ、あなた」
お父さん(OFF)「(生返事)ああ」

あかねM「あたしが犯人だよと言ったら、お父さんとお母さんは、どんな顔をするだろう。お父さんは、ひと言くらいまともなことを言うだろうか。お母さんは、黙り込むだろうか」

学校のチャイム。
下校する女生徒たちのざわめき。
「ねえねえ、うちでお茶していかない?」
「行く行く!」「いいねー」
などと明るい声が通り過ぎていく。

あかねM「警察が諦めてくれないから、あたしは長い長い放課後を持て余した」

消防車のサイレン、近づいてくる。
女生徒たち、「火事だ」「また放火?」「犯人つかまらないよねー」「でも、ボロい建物ばっかりなんでしょ」などと噂。
サイレン、すぐ近くを過ぎる。
とぼとぼ歩いていた靴音、駆け足になる。

あかねM「あたしの体が、火を呼んでた」

火事現場の興奮と熱気。燃える火。
鎮める水。野次馬のざわめき。
「下がってください。危ないですよ」とがなるマイク。
野次馬たちの声、とぎれとぎれに、

野次馬C「80才のおじいちゃんと78才のおばあちゃんが……」
野次馬D「おばあちゃんのほうが寝たきりだったでしょう? おじいちゃんが運び出そうとしたらしいんだけど、間に合わなかったみたいで……」
野次馬E「娘さん夫婦が一緒に住もうって言ってくれてたらしいけどねえ……」

靴音が近づき、

燐太郎「今日は遅かったじゃないか、シンデレラ」
あかね「(びくっ)な、何よ」
燐太郎「シンデレラの意味は灰かぶり姫。君にぴったりだよね」
あかね「声が大きいよ」
燐太郎「これも君がやったの?」
あかね「声が大きいって」
燐太郎「君じゃないのはわかってる。この建物は、地球にしがみついている理由があった。必要とされていたんだ」
あかね「……」
燐太郎「火の不始末なんだろね。年寄りの2人暮らしだっていうから」
あかね「いい写真撮れた?」
燐太郎「ダメだね。こういう湿っぽい火事は。カメラ向ける気になれない」
あかね「ふーん。意外とマトモなんだ」
燐太郎「君が仕掛けるやつは、思い切りがよくて、いいよ。この世での最後のひと仕事って感じで派手に燃えて、フォトジェニックな火になる」
あかね「シーッ。声が大きいって!」
燐太郎「(声を落とし)次、いつやるの?」
あかね「(声を落とし)そんなのわかんないよ。……そうだ!」

あかねM「燃やしたいものがあったのを思い出した。火をつけて、ケジメをつけたいもの」

土手を下りながら、

あかね「(わざと明るく歌う)は~るの うら~ら~の 隅田川~。あ、足元、気をつけてね。滑りやすいから」
燐太郎「ねえ、河原で何やるの?」
あかね「いいから、ついてきて」

河原。水の音。
鞄の中身をバサバサッと空ける。

燐太郎「教科書、どうすんの?」
あかね「いい写真、撮らせてあげるよ」
燐太郎「燃やす気?」
あかね「もう、いらないんだ」

ライターの火をつける。

燐太郎「なんで数学の教科書から燃やすの?」
あかね「いちばんムカつくから。世の中割り切れないものだらけなのに、割り切った答え出さなきゃいけない。いちばんいらない科目だと思う。数字で会話することなんか、ないんだもん。……(独り言)風きついなあ。すぐ消えちゃう」火がつく。勢いはない。

あかね「ぼーっと立ってないで、カメラ構えないの? 教科書燃やすとこなんて、なかなか撮れないよ」

火が少し大きくなる。

あかね「アングル決めるのにぐずぐずしてると、全部灰になっちゃうよ」

火がさらに大きくなる。

あかね「ねえ、早く撮ってよ! 数学、英語、国語、地理、化学……こいつらがあると、あたし、予習復習しちゃうから。重たいのに、全部持って家と学校を往復しちゃうから。コイツらがあたしの前から消えるとこ、ちゃんと撮ってよ!(泣きそうに)」
燐太郎「(叫び声)」

火に駆け寄り、踏みつける。

あかね「ちょっと、何すんの! せっかくつけたのに、消さないでよ!」

火を踏みつけ、勢いを弱めていく。

燐太郎「こんなの、いい写真にならないよ! ウジウジしてて、全然ふっきれてないじゃないか! 君は教科書が燃えるとこじゃなくて、ここに存在した証を撮って欲しいだけなんだ! そんなつまらない記念写真なんか、ボクのカメラに撮らせないでよ! 自分の気持ち確かめるために火をつけないでよ! 一人じゃ踏ん切りつかないからって、ボクを巻き込まないでよ!」

あかねM「学校をやめる勇気も続ける気力もない中途半端なあたしの教科書は、中途半端に焦げて、残った。……自分にケジメをつけるのって難しい」

川に石を投げ入れながら、

あかね「やんなっちゃう。なんでカメラ小僧に説教されなきゃいけないんだろ」音燐太郎「ボクのほうが大人だから」
あかね「あんたみたいな大人にだけは、なりたくない」
燐太郎「高校生の頃、早く大人になりたかった。でも、ボクがなりたかったのは、こんな大人じゃなかった」
あかね「どんなのに、なりたかったの?」
燐太郎「酒とタバコとバイクが似合う男」
あかね「(鼻で笑う)」
燐太郎「酒は飲めないし、タバコはサマになんないし、免許は落ちた」
あかね「仕事は?」
燐太郎「2年だけ会社員やって、1か月前にやめた。会社ってヘンなところだよ。ヤル気なくても、給料もらえるんだ。ぼーっと座っているだけでも、1日7時間で1万4千円。1時間あたり2千円」
あかね「ラクショー」
燐太郎「でも、自分の時間を1時間2千円で切り売りしてるって思ったら、急にイヤになった。20代の1時間は、年取ってからの1時間より高いんじゃないかって気がして」
あかね「だったら、あたしも学校やめていいんじゃない? 10代の1時間は……」燐太郎「(遮り)学校やめて何するの?」
あかね「そんなの、まだわかんない」
燐太郎「使い道のない1時間は、価値ないよ。他にやることないなら、学校行きなよ。やりたいこと見つけるのも高校生の仕事だよ」
あかね「1時間目から6時間目まで机の前に座ってたって、賢くなった気がしないんだもん」
燐太郎「学校に行けば、友だちに会えるじゃない」
あかね「あたし、クラスで浮いてるんだ。誰とも話合わないし。家でも浮いてるけど。人間嫌いなの」

自転車のブレーキ音、OFFで。

お母さん(OFF)「あれ? あかねじゃないの?」
燐太郎「誰か呼んでるよ。土手の上」
あかね「ほっときゃ、いいんだよ」
燐太郎「お母さん?」
あかね「そっち見ないで」
お母さん(OFF)「あかね? あら、違うのかな」

自転車、去る。

燐太郎「『人間嫌い』じゃなくて、『人間怖い』なんじゃないの?」
あかね「怖くなんか……」
燐太郎「人とうまく距離を取れないんだ。ほんとは仲よくしたいのに、うまくいかなくて傷つくのが怖くて、自分から距離を置いてしまう」
あかね「人のこと、わかったみたいに言わないでよ」
燐太郎「ボクは、そうだった。今も、そうかもしれない。……高校生の頃、あのビル火災を見るまでは、気に入った女の子の隠し撮りやってたんだ。君の高校の子とか。望遠レンズで、少し離れたとこから撮るんだけど。あくびしたり、くしゃみしたり、髪をかき上げたり。自分しか知らない一瞬の彼女をとらえるのが面白くてさ。……シャッターを切る瞬間、ドキドキするんだ。今の音、聞かれなかったかなって。一方的な追っかけだし、ストーカーみたいなもんだから、気づかれたら、やめてくださいって言われるに決まってる。風でスカートがふわり、みたいなヤバい写真もあったし。……でも、見つかりませんようにって祈る一方で、心のどこかで、彼女に見つけて欲しいって願ってたりするんだ」
あかね「カメラ小僧の昔話なんか、聞きたくない……」
燐太郎「(遮り)君が火をつけるときの気持ちに、似てない?」

ポケットをごそごそ探り、

燐太郎「この写真、覚えてる? 倉庫の火事現場で見かけた君を追いかけて、追いついたときに撮ったやつ」

燐太郎(回想)「その制服、覚えているんだ。昔、ボクのお気に入りだった子が行ってた高校だから」
あかね(回想)「だから?」
燐太郎(回想)「あ、いい顔」

回想。バシャッとシャッターを切る。

燐太郎「見知らぬ怪しい兄ちゃんに追い詰められて、さあこれからどうなるってところ。放火のことがバレたら、警察に突き出されるかもしれない。強請られて体を要求されるかもしれない。なのに、この君の顔には悲壮感がないんだな。台詞をつけるとしたら、『ちぇっ』って舌打ちしてる感じなんだよね。隠れんぼで見つかったとか、鬼ごっこでつかまったとか、そういう軽いノリ」

あかね「何が言いたいの?」
燐太郎「君にとって放火は、隠れんぼや鬼ごっこと同じ。誰かに見つけてつかまえてもらうための火遊びなんじゃないの? たとえば、さっき通りがかったお母さんとか」

あかねM「なんであたしは、コイツの話を聞いてるんだろ。生理的に絶対受けつけない、近寄るのもイヤなタイプ。ボサボサの髪とニキビだらけの白い顔。白目がちのいやらしい目つき。ときどき裏返る高い声。ねちねちした喋りかた。興奮すると早口になるのも気持ち悪い。なのに、コイツは、家族より、学校の先生より、クラスメートより、あたしに近い。あたしたちが世の中から浮いてる距離が近いのかもしれない」

カラスが鳴く。
子どもたちが遊ぶ声、遠くに聞こえる。

燐太郎「今、何才?」
あかね「15」
燐太郎「15かあ。若いなあ。まだ焦ることはないね」
あかね「焦る?」

燐太郎「君、焦ってるでしょ。自分にイライラしてる。15のとき、ボクもそうだった。1日24時間使っても全然成長してない自分がイヤだった。友だちの数も増えない。成績も伸びない。家と学校の間を往復するだけで、世界は半径5百メートルから永遠に広がらない。毎日が同じ色、同じトーンの繰り返し。だけど、それを変える勇気もない自分が歯がゆくて、なのにその苛立ちをどこにぶつけていいかもわからなくて」
あかね「(聞いている)」
燐太郎「でも、今から思えばさ、15才なんて、まだまだ未完成品なんだ。ごつごつ、でこぼこ、ぎざぎざしてて当たり前。君のその、ちょっとトゲトゲしたとこも若さなんだと思う。これからいろんな人やいろんな出来ごとにぶつかって、カドが取れたり、ならされたりして、少しずついい感じの大人になっていくんだよ」
あかね「それで?」
燐太郎「こんな話知ってる? 世界的に有名な彫刻家がすべり台の制作を頼まれたんだって。ところが、出来上がった大理石のすべり台は表面が粗削りで、お世辞にも完成品とは言えないものだった」
あかね「ふーん。手ぇ抜いたんだ」
燐太郎「そうじゃなくて。彫刻家はこう言ったんだ。『このすべり台で遊ぶ子どもたちのおしりが石を磨き、作品を完成させる』って」
あかね「だから?」
燐太郎「君が学校で出会う友達とか先生とか知識ってのは、君っていう人間を磨くおしりみたいなもので……ま、一人で強がってても、大人になれないってことを言いたかったわけ」
あかね「話まどろっこしいけど、ほんとに会社員してた?」
燐太郎「うん。電話で教育関係の本を売ってた」
あかね「全然向いてない」
燐太郎「言われなくたって……あ! 燃えてる!」
あかね「え、何?」

バシャバシャッとシャッターを切る。

あかねM「カメラを向けた空が、真っ赤に燃えていた」

燐太郎「ちょっと、そこ立ってて。夕日を背中に受ける感じで」

バシャバシャッとシャッターを切る。

燐太郎「火事のときも空が赤く染まるけど、比べものにならないね。こっちの赤のほうがゴージャスでフォトジェニックだよ」

シャッターを切り続ける。 

あかね「ねえ、もういい?」
燐太郎「そのまま、そのまま。いいねえ。君、名前、なんだっけ」
あかね「やだよ、教えない」
燐太郎「調べちゃうよ。君の学校の名簿で」
あかね「きったねー」
燐太郎「ついでに住所も電話番号も調べて、いたずら電話かけるから」
あかね「マジでやめて」
燐太郎「じゃあ教えなさい」
あかね「そっちから言ったら?」
燐太郎「田中燐太郎」
あかね「リンタロウ?」
燐太郎「リンはさ、火偏に隣っていう字の右側くっつけた字。名前の中に火が入ってる。いい名前でしょ。君は?」
あかね「大石あかね」
燐太郎「『あかね色の空』のあかねちゃん? 燐太郎とあかね。ボクたち、赤い色つながりだね。……あ、フィルム終わっちゃった」
あかね「あたしの写真、変なことに使わないでよ」
燐太郎「変なこと?」
あかね「売ったりとか、ヌード写真と合成したりとか」
燐太郎「(吹き出し)現像したら、フィルム回収していいよ。次の火事で会おう」

ドアを開け、慌ただしく家に上がり込みながら、

お母さん「ただいまあ。すっかり遅くなっちゃった。このところ、連続放火事件が一段落してるから、ゆっくり買い物しちゃって。……あら、あかね、いたの? いつ帰ってきた?」
あかね「いつって?」
お母さん「さっき、あかねに似た人を見かけたの。隅田川の河原に座ってたんだけど。髪の長い男の人と一緒だった」
あかね「それ、あたしじゃないよ」
お母さん「やっぱり? だったら、いいんだけど。制服同じだし、横顔がよく似てたから。隣にいた人、不潔な感じだったし、あかねだったら注意しようと思ったの。この頃、また目が悪くなったみたい」
あかね「メガネかけたほうがいいんじゃないの」
お母さん「老眼鏡? やだあ(と言いつつ去る)」

あかねM「ああ、あれ、あたしだよ。横にいた不潔そうなロン毛が彼氏……って言ったら、どうなるんだろう。プー太郎でカメラ小僧で火事の写真ばっかり撮ってて、どうしようもないヤツだけど、誰とつき合おうと、あたしの勝手でしょ。ちなみに、彼とは、あたしが火をつけた火事の現場で知り合ったの……そう言ったときのお母さんの反応を見てみたい。お母さんがお父さんに何て報告するか、知りたい。……だけど、あたしには、そんな勇気もない」

学校。授業中の教室。
黒板をすべるチョークの音。

数学教師(OFF)「教科書63ページ、例題1。10本のうち当たりが3本入っているくじを2本同時に引いたとき、当たりが出る確率は……」

燐太郎(回想)「君が学校で出会う友達とか先生とか知識ってのは、君っていう人間を磨くおしりみたいなもので……」

あかねM「あたしは、おしりたちに会いに、焦げた教科書を持って学校に行く」

チャイムが鳴る。

数学教師「はい、今日はこれまで。64ページの練習問題は宿題にします」

「起立、礼」の号令。
休み時間。教室が騒がしくなる。

女生徒A「ねえねえ、大石さんの教科書、なんで焦げてんの?」
女生徒B「あたしも気になってた」
あかね「ぼーっと歩いてたら、放火事件に巻き込まれてさ」
女生徒A「(吹き出し)大石さんって、天然?」
女生徒B「とっつきにくい人かと思ってたけど……」
あかね「あ……あかねでいいよ」
女生徒A「中のページは大丈夫なの?」
あかね「端っこがちょっと焦げてるけど」
女生徒B「ほんとだ。必要なページがあったら、あたしの教科書コピーする?」
あかね「あ、助かる」あかね「あ、助かる」

あかねM「自分でもびっくりするくらい、言葉がすらすら出てきた。毎日顔を合わせるのに、机はほんの50センチしか離れてないのに、何を話せばいいのかわからなかったクラスメートたち。あたしと彼女たちの間には、見えないけれど決定的な隔たりがあると思ってた。その壁を、焦げた教科書がひらりと飛び越えて、あたしと学校との距離をちょっとだけ縮めた。……そして、世の中とあたしの距離をもっと縮める事件が起きた」

バタバタと駆けるスリッパ。
乱暴にドアを開け、

お母さん「あかね! あかね! 起きて!」
あかね「(寝ぼけて)日曜日ぐらい、ゆっくり寝かせてよ」

新聞をバサッと広げ、

あかね「目の前で新聞バサバサ広げないでよ」
お母さん「見て! これ、あかねじゃないの? ほら、この写真」
あかね「もう、うっとうしいなあ」

ゴソゴソと起き上がり、

お母さん「新聞社の写真コンクールで入選してる。1席賞金50万円だって」
あかね「……あ! 貸して!」

新聞を奪う。

お母さん「破らないでよ。額に入れて飾るんだから」

あかねM「真っ赤に燃える夕日の前に、あたしがいた。写真のタイトルは、『あかね』。『赤々と燃える夕日と冷めた少女の表情との対比が面白い。微妙で傷つきやすい年頃の少女。その小さな背中をあかね色の空が力強く押しているようにも見える』と審査員のコメントが添えられていた」

お母さん「田中燐太郎って誰? プロのカメラマン? 何才くらいの人? 知り合いなの?」
あかね「知らない人」

あかねM「燐太郎を見かけなくなってから、ひと月以上が経っていた。その間、あたしは消防車のサイレンを聞かなかった。消防署の隣に住んでる燐太郎は、どうだか知らないけど」

学校の登校風景。
女生徒たち、口々に「おはよう」。
駆け寄ってくる靴音。

女生徒A・B「あかね、おはよー!」
あかね「あ、おはよ」
女生徒A「ちょっと! 見たよ、新聞」
女生徒B「あたしも! びっくりしたー」
女生徒A「家族に自慢しちゃった。あたしの友だちなんだよって」
女生徒B「ほら、みんなちらちら見てる。でかでかと載ってたからね」
燐太郎(OFF)「おい、シンデレラ」
あかね「え?」
燐太郎「(近づきつつ)ひさしぶり」
女生徒A「あかねの彼氏?」
あかね「あ……先、行ってて」
女生徒B(OFF)「首からカメラぶら下げてるよ」
女生徒A(OFF)「カメラマン?」
女生徒B(OFF)「じゃあ、彼が撮ったんじゃないの?」
燐太郎「迷惑だった?」
あかね「当たり前でしょ。なんで学校まで来るのよ?」
燐太郎「次の火事まで待てなくてさ。……明日、出発なんだ」
あかね「どこに?」
燐太郎「世界中の夕焼けを撮りに行こうと思って」
あかね「火事じゃなくて?」 
燐太郎「火マニアから夕日マニアに路線変更したんだ。写真撮ってて涙出てきたのは、あれが初めてだったから」
あかね「そうだ、おめでと。新聞見たよ」
燐太郎「モデルがよかったからね。賞金、山分けしよう。これで新しい教科書買いなよ」
あかね「いらない」
燐太郎「なんで?」
あかね「もらう理由ないもん」
燐太郎「だけど、教科書……」
あかね「端が焦げてるけど、中は大丈夫だから。あれ見てるとね、説教臭いカメラ小僧の偉そうな台詞をいろいろ思い出すんだ。たいがいムカつくんだけど、たまにいいこと言ってたから……お金は、いいよ。あたしの分も夕焼け撮ってきてよ」
燐太郎「じゃあ、撮った写真、送るよ。住所教えて」
あかね「いいよ……これっきりにしよう」
燐太郎「そっか。じゃあ、これ。こないだの君の写真のポジ。あと、新聞社が引き伸ばしてパネルにしてくれたんだけど、これもあげるよ」あかね「こんなでかいの、恥ずかしいよ。記念に持ってなよ」
燐太郎「荷物になるから」
あかね「いつ帰ってくんの?」
燐太郎「気になる?」
あかね「社交辞令」
燐太郎「何にも決めてない。適当な町に住みついて、飽きたら次の町に移って、夕焼けを撮りまくってくる。そうだな、おしりで完成するすべり台と夕焼けの写真が撮れたら、帰ってこようかな」
あかね「どこにあるか知ってんの?」
燐太郎「地球のどこか。行った先々で聞いて回ったら、誰か知ってるよ」
あかね「おしりで完成するすべり台て言ったって……」
燐太郎「簡単に見つからないから、面白いんだって。世界を股にかけた宝探しゲームなんだから。旅先で知り合ったヤツらと、すべり台の話を肴に飲むのも悪くない」
あかね「お酒、飲めないんじゃなかった?」
燐太郎「少しくらいなら、いけるよ。言葉は通じなくても、1杯の酒で距離がぐっと縮まることもあるし」
燐太郎「年の差を感じるな。あたし、お酒飲まないもん」
燐太郎「ボクが帰ってくる頃には、飲める年になってたりして。しっかり人間を磨いときなよ。いい女になってたら、このカメラで撮ってあげるから」
あかね「これっきりにしようって言ったじゃない」
燐太郎「……そうだったね。じゃ、最後に1枚」

バシャッとシャッターを切る。
バイク、発車する。
学校の黒板をすべるチョーク。

英語教師(OFF)「ヒー ハズ レフト ジャパン フォー ア ロング タイム。彼は長い間、日本を去ったままです」

あかねM「燐太郎は行ってしまった。これっきりにしようと言っておきながら、あたしはアイツのことが引っかかってる。あたしの秘密を持ったまま、消えてしまったバカ。ひとりきりで抱えるバクダンは、重い」

地理教師(OFF)「メルカトル図法の世界地図の特長は……」

あかねM「地理の時間。あたしは地図帳を開いて、カメラをぶら下げた燐太郎が地球のどこにいるか想像してみる。テキサスのだだっぴろいジャガイモ畑。コートダジュールの海岸。干し草のにおいがするモンゴルの高原。そして、どこかの国で、子どもたちの人気者になってるすべり台」

想像。外国のいろんな町。
例えば山。鳥の鳴き声。
例えば海。寄せては返す波。
すべり台で遊ぶ子どもたちの歓声。
シャッターを切る音。

あかねM「何の悩みも隠しごともなくて、フォトジェニックな夕日を追っかけ回してるバカ。……あたしは、赤いものを見るたび、胸の奥にしまい込んだ秘密がうずいて、チクチクするというのに」

燐太郎(想像)「いいね、いいね、最高の夕日だねえ」

想像の音、FO。
家の中。テレビ、流れている。。
スナックをポリポリかじる。

お母さん「あかね。手紙が来てるわよ。タイランド……タイからだって。田中燐太郎……田中燐太郎って、あの写真の?」

スナックをかじる音、止み、

あかね「貸して!」

あかねM「住所を教えなかったのに、燐太郎からエアメールが届いた。あたしの学校の名簿使って調べたんだろうか。しつこいヤツだ」

慌ただしく封を開け、便箋を取り出す。

燐太郎の声「シンデレラへ 元気に学校行ってますか? こっちは毎日、日替わり弁当みたいにいろんなことが起きてます。夕焼けの表情も日によって全然違う。赤道が近いから、太陽がとんでもなく大きくて、火の玉みたいです。君はいやがるだろうけど、夕日を見ると、あかねという名前を思い出してしまうのは、しょうがないよね。タイでも火事はあるけど、写真を撮りたいとは思いません。そのかわり、焼け跡の復旧作業が面白い。灰をかきまわして売れそうな物を探し当てる人の傍らで、もう新しい家を建て始めていたり。そのエネルギーには思わずカメラを向けてしまいます。写真を何枚か同封します。僕が写ってるやつは、仲よくなった宿屋の兄ちゃんが撮ってくれました」

想像。タイの風景。
舗装されていない道を走る車。
物売りの声。子どもたちの笑い声。

あかねM「カメラ小僧が日焼けして、ニキビが目立たなくなってた。写真の中の燐太郎は、まわりを囲んだタイの人たちと同じように白い歯を見せて、ニカッと笑ってた。覚えたばかりのタイのお酒を飲みながら、覚えたばかりのカタコトですべり台の話をしてる姿が目に浮かんだ。タイの夕日は日本のとは比べものにならないくらい赤くて大きくて、それがアイツの余裕みたいで、あたしは、燐太郎に嫉妬した」

お母さん「なんでシンデレラなの?」
あかね「横から読まないでよ」
お母さん「なんだかロマンチックね。夕日を見ると、あかねという名前を思い出してしまう……だって。この人、あかねのこと……」
あかね「そんなんじゃないって」

手紙を畳む。

お母さん「隠すことないでしょ。見せてくれても、減るものじゃないのに」

あかねM「あたしは突然、秘密を打ち明けたくなった。燐太郎以外の誰かに。ひとりで支えるのが重くなってよろけそうになったときに、目の前に、受け止めてくれそうな人がいた」

あかね「お母さん」
お母さん「どうしたの? あらたまっちゃって」
あかね「一緒に来て欲しいとこ、あるんだけど」
お母さん「どこどこ?」
あかね「お父さんも」
お母さん「あなた。ねえ、あかねが一緒に来てって」
お父さん「あん?」
あかね「……お願い」
お父さん「ああ」
お母さん「今すぐ出かける?」
あかね「うん。早いほうが、いいかな」
お母さん(OFF)「あなた、上だけでも着替えたら? ねえ」

あかねM「家族3人そろって出かけるのは、何か月ぶりだろう。お母さんはウキウキと買ったばかりのヒールを引っかけ、お父さんは面倒くさそうに革靴を履き、あたしは白いスニーカーの靴紐をギュッと結んだ」

ドアが開き、外へ出る。

お母さん「まあ、きれいな夕焼け。家の中にいたら、気づかなかったわね。ねえ、あなた」
お父さん「ああ」
お母さん「ああじゃなくて。何か言ってよ」
お父さん「いいあかね色だ」

あかねM「近所の派出所に続く道の向こうに、日が沈もうとしていた。燐太郎がタイの夕日を差し入れしたんじゃないかと思うくらい、赤くて大きな太陽だった。あかね色に燃えた空が、あたしの背中を力強く押してくれた。15才の未完成人間のちっぽけな勇気が、途中でくじけてしまわないように」

連載小説「漂うわたし」にだぶらせて

「noteを読んだ誰かがclubhouseで読んでくれるかも」と書いたが、原稿をnoteに公開する前に「制服のシンデレラ」を別な作品に登場させている。

saitaというサイトで連載中の小説「漂うわたし」。3人のヒロインの物語を2話ずつリレー形式でつないでいるが、3人目のヒロイン、多賀麻希が最後につきあっていた恋人のツカサ君が脚本家志望の青年で、彼がコンクールで最終選考に残ったものの真っ先に落とされた脚本のタイトルが「制服のシンデレラ」という設定。

教科書を燃やす女子高生は上京する前の麻希の実話が元になっていて、現在の恋人のモリゾウは演劇仲間から渡されたツカサ君の脚本を読んでいた……と埋蔵していた「制服のシンデレラ」の脚本から話を広げている。

「制服のシンデレラ」が登場する多賀麻希回の22回から26回をこちらに。

clubhouse朗読をreplayで

2023.5.6 こたろんさん

2023.5.12 鈴木順子さん

2023.5.15 おもにゃんさん

2023.5.19 鈴木順子さん×こたろんさん

2024.1.12 おもにゃん


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。