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イノベーションを阻害する粘土層社員が生まれる理由

「育休を申請したら、部長は快諾してくれたのに、課長に嫌味を言われた」
「子どものお迎えのために定時退社を続けていたら、上司のあたりがきつくなった」
「業務効率化のためにIT導入を進言したら、上司にそのぐらいサボらずに自分でやれと叱責された」
こんな経験をお持ちの方、その課長や上司は粘土層社員かもしれません。

◆粘土層社員とは?


皆さんは「粘土層管理職」という言葉をご存じでしょうか。
2014年ごろから、特に女性の管理職登用を阻む壁を表す存在として人事・ジェンダー関連で使われるようになってきた言葉で、「粘土のように古い価値観に凝り固まっているために、企業の組織改革の妨げになりやすい40代、50代の中間管理職」を指しています。

ちょうどこの世代は、出産・育児のタイミングを抱える20-30代の上司にあたっており、その古い価値観やジェンダーバイアスによって彼ら彼女らの成長を阻害する要因の一つになっている可能性が指摘されています。
経営者が昨今の社会情勢を鑑み、女性登用や男性育休を推進しようとしても、この粘土層の管理職たちのフィルターを通すことによって上手く理念が浸透しなかったり、また一社員の革新的な意見がこの層によって握りつぶされ、イノベーションが阻害されるなどの批判が向けられている存在でもあります。

私も社労士として組織開発に参画させていただいたり、キャリアコンサルタントとして女性のキャリア相談に乗っているなかで、度々冒頭のようなことが原因で組織自体のイノベーションに対する動機が下がってしまったり、個人のモチベーションが低下・企業への不満につながる現象を見聞きしてきました。

◆彼らが粘土になる理由


しかし、彼ら彼女らはなぜ粘土になってしまうのか、ご存じでしょうか?
また、なぜその世代であっても、経営層は粘土にならずにいられるのでしょうか?

私は、その原因は「新しい価値観の変化に順応することで、うまい汁が吸えるかどうか」にあると思っています。
要するに、変化することに対するメリットを十分享受できるかどうかによって、粘土になるかどうかが決まるのではないか。

私が見聞きする範囲では、経営者、経営幹部、管理職の中でも経営層に近い方は、基本的に皆さん新しいコモンセンスを身に着けておられるように見受けられます。

男性も育休を取る時代だし、優秀な人には男女問わず活躍してほしい。
いたずらに残業するよりも、限られた時間で生産性高く働く人材を優遇したい。


このような言葉を口にされるのは、年齢を問わず経営を担う組織の上層部の方々です。
彼らは、「変わること」を実感として必要であると感じている。
変わらなければ組織のイノベーションは起こらず、魅力的な商品開発や優秀な人材の引き留めはできなくなり、じり貧でゆるやかに死に至る…このようなことを、感覚として理解しているからこそ、経営層の方々は組織のダイバーシティ化にも熱心ですし、新しい価値観、時代にフィットする価値観をどん欲に自社に導入されようとしておられるように見受けられます。
そして、それが結果的に彼らのメリットにつながるのです。企業が魅力的な商品を出し、市場で売れ、優秀な人材が生産性高く・効率よく働いてくれることで、企業に利益が生まれます。その利益が、役員報酬や給与という形で自分に跳ね返ってくることを、彼ら彼女らは体感として知っているのです。

ですが、粘土層な方々はどうか。
今までろくに休みもとらず、長時間残業で会社に尽くしてきた。理不尽なことにも耐え、育休だって取らずに働いた。家族にはいつも家にいないと詰られても、最終的に報われると信じて一生懸命やってきた。ポストには限りがあるからせいぜい課長どまりかもしれないけれど、ここでずっと奉公していれば安心な老後が待っている……彼ら彼女らはそうやって頑張ってきました。
ですが、時代が変わって価値観が変わったのだから、それは通用しなくなりました。
価値観が変わったんだから今までのような頑張りをしても評価しない。むしろ、変容しないことを責められる。上司からは部下の育休取得率や有給消化率をうるさく聞かれ、若い部下たちは当然のように権利行使を申し立て、まるでこちらの事情を考慮しない。自分たちはあんなに何もかも犠牲にして、やっと今のポジションにたどり着いたのに!約束が違うじゃないか!!

彼らは、変わるメリットが薄いのです。
変わらなければ組織の中で居場所がない。管理職としての肩書があったとしても、自分は搾取されるばっかりで、まったくいい想いをしなかった。これから価値観を変えたって、早ければ5年以内に役職定年、10年先には会社を去る時期が見えている。当然、変わったことのリターンを享受できるポジションに今から飛躍することは難しい。

また、変革を強要されることで今までの自分の努力を否定するように感じるということも在るでしょう。「今までの働き方はもう時代に合いません」と言われても、そのように働くことを強制してきたのは会社であり社会ではなかったのか。
こんな理不尽な気持ちが、変化するメリットの薄さに加えて彼ら彼女らを粘土化させていくのです。

◆配慮が欲しい粘土層vs配慮しない若者世代

なのにミレニアム世代、ゼット世代の若者たちはどうでしょう。
自分たちがあんなに我慢したことを何一つ我慢せず、当たり前のように「育休で休みます」「子どもが小さいので単身赴任は無理です」などと言ってくる。それは法で許された権利です。それは粘土たちだって知っている。頭では十分わかっている。
でも、粘土層たちは思うのです。
権利だからって、当然みたいに言うなよ!と。

頭ではわかっている、が、腹落ちしていない。
これが粘土になってしまう社員の特徴なのだと思います。
そしてまた、若手世代が粘土化を促進している側面もあります。

私が実際にお伺いしたケースでは、下記のような事例がありました。(プライバシー保護のために、話の内容や情報を一部加工してあります)

Aさん:私、ずっと子供が欲しくて、もういい歳だし妊活しなきゃ産めないんじゃないかって不安なんです。不妊治療すると毎日注射をしなくてはならないので、定時で帰らないと病院に間に合わない。治療は生理周期ごとなので予定が全然読めないし、採卵日なども前もって予定することができません。その話はしてあるのに、課長はいろいろ仕事を振ってくるんです。毎日残業できない代わりになんとか必死で仕事を終わらせているのにですよ。そのくせ私のことはプロジェクトメンバーには入れてくれないし…これってハラスメントじゃないんでしょうか?
B課長:Aさんから不妊治療をしたいと聞いたときはびっくりしたけれど、そういう時代だし、子どもが欲しいのは理解できるから協力するよと答えました。でも、毎日残業ができない、妊娠するまでずっと定時で帰りたいと言われても…。今、うちの課は複数の課にまたがる大きなプロジェクトを抱えています。だから本当に忙しいのですが、彼女は昼の時間も診察で抜けたりしているし、その分部署の他のメンバーが彼女の仕事をカバーしているのに、なんだかお礼も上っ面で言っているような気がします。私たちの時代はそのようなことはなかったし、せめて申し訳なさそうにしてくれたら、ほかのメンバーの手前かばうこともできるんですが。

皆さんはAさんとB課長、どちらの言葉に共感されますか?

Aさんからすれば、不妊治療を受ける自分への配慮は「当然」のことです。
そのような事情があるのだから、定時退社することも当然必要。会社は配慮すべき、という考えです。
B課長は、不妊治療に対しての理解はありますが、当然のようにそれを振りかざされることに違和感があるようです。
(本題からそれますが、残業自体は就業規則に記載があり、適法に36協定が届けだされていれば違法ではありません。だからAさんが毎日定時退社するのは「権利」ではないのですが、ちょっと話がずれるのでその件は置いておきます)

私は、これは一つの粘土の典型的エピソードのように思います。
課長はその時代の価値観を「理解」してはいるのです。ただ、そこに「申し訳なさそうにしてほしい」という感情的なスイッチがあり、そのスイッチが押されないことが粘土を固めてしまう原因だと考えます。

◆粘土社員の緩め方

というわけで、粘土化している社員がいる企業においては、この層をいかにして緩めて価値観をアップデートしていただくかが緊急課題になります。
このような対応が固定化してしまったら、せっかく経営層が変革を行おうとしても実際には難しくなるでしょう。女性社員が管理職になろうとしても、このような感情的軋轢があることによって管理職を目指すことをそもそも諦めてしまったり、「私たちの頃はこれぐらい我慢したんだ」的マウンティングによって若手がゲンナリして会社を去ってしまう、このようなリスクは山ほどあります。

この層は変化を本質的に厭います。メリットが薄いのですから当然です。
自分自身がレガシーシステム(負の遺産)と化してしまっていることに彼らも薄々気が付いているからこそ、業務効率化のためのIT導入やDX化による商品開発の必要性を分かっていても受け入れがたいのです。

ですが、組織としては彼ら彼女らに変わってもらわなければなりません。
乱暴に解雇する、辞めさせるという選択肢を取らないのなら、なおさらです。

では、どうやって彼ら彼女らの粘土を溶かして変化させればいいのでしょう。

極論を言えば、私は「徹底した肯定と寄り添い」が必要なのではないかと思います。
粘土となるまで頑張ってきた、必死で働いてきたことそのものをまず丸ごと肯定する。報いれないことを詫びる。そして、そのうえで、変わってほしいことを時間をかけて訴える。
このプロセスなしに、粘土と化した社員たちを緩めていくことはできません。

◆まとめ

もちろん、組織においては社員を粘土化させないことが一番重要であり、その仕組みをシステマティックに作り上げていくことが大切です。
いわゆる風通しのよい組織、全員の価値観が時代にきちんとフィットしていける組織づくりをすることで、社員の粘土化は防ぐことができます。

労働者に与えられる権利はさまざまなものがありますが、それを行使をすることは当然です。その権利を勝ち取るために、先達は戦ってきたのですから。
ですが、それだからといって、配慮をしなくてもいいことにはなりません。

働く仲間ひとりひとりが気持ちよく働くこと。そのための権利なのだということを、使う側にも気が付いてほしいなと思います。





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