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[質問箱]49歳うつ病です。無惨な生活に全てが手遅れだと思っています。

質問者さまは、うつ病を長年患われている。周囲が年齢相応の生活をしているのを横目に、ご自身のみじめさに涙されている。悲しい。わびしい。親の介護も始まろうとしている。生きていてもつまらない――。悲嘆が、わたしの胸をうずかせます。

「こんなはずではなかった」という心中、本当におつらいと思います。人生、やり直せたらどんなにいいか。ご病気が、また環境が、今の状況をつくりだし、にっちもさっちもいかないところまで来ている。他の人たちの、年相応の活動がうらやましい。ひとかどの人間になりたかった。ささやかでもいいから活躍したかった。周囲から「いいね」と見られる自分でありたかった。わたしにも、その一分がわかるような気がします。

わたしがうつ病になったタイミングは、社会人になったばかりの出だしで、そこでズッコケて、その後の転職も絶望的になりました。周囲から「正木は終わった」といった視線も向けられました。嘘ではなく、ほんとうに100万回くらい「死にたい」と思いました。親にも心配をかけている。精神病棟にも入ってしまった。長年、家に引きこもっていたときも、何の生産もせず、飯だけ食っているわけです。社会的な存在意義のない「穀つぶし」といえば、俺のことを言うんだなあと、存在していることが社会にとってむしろ迷惑だと思っていました。

でも、わたしは、いつしか心のなかに、わずかに支えを感じることができるようになりました。「これがきっかけだった」という原点じみたものは特にありません。ただ、ほんとうにわずかな、ほんとうにわずかな喜びを感じられるようになっていったのです。何が支えになったかというと、「できないと思っていたことが、できた」という些細なことでした。うつ病の時は、顔も洗わない、歯も磨かない、髭も剃らない、髪も切らない、フロも入らない。家はごみ屋敷です。窓は布を敷き詰めて、ガムテープでとめて外の光を遮断していましたし、健忘が激しかったので、物忘れで他人に迷惑をかけないように、冷蔵庫に付箋のメモを書きなぐりました。

それが、一つ一つ、オセロのように「できない」が「できる」になっていったのです。「自分の顔をひさびさに鏡で見ることができた」「その前に、まず鏡の前に立つことができた」。やがて歯ブラシを持つこともできるようになりました。何と、歯を磨こうと思えたのです。なぜ、そうなれたのか。理由はわかりません。久々に髭を剃ったときには、自身の顔の変貌に驚くとともに、何か「まともな顔になった」ような気がして、涙がでました。その後も、フロに入れた、10分前のことをきちんと忘れなかった、約束が守れた、コンビニに行くでもなく、散歩ができるようになった、散髪に行けた――。カタツムリのようではあっても、できた! が増えました。これら全部が、徐々に「確かな喜び」として感じられるようになりました。それまでは、喜びの感性が故障していたのだと思います。むしろ「喜んではいけない」「喜ぶことは何か不純な気がする」といった観念も持っていました。そこから、少しずつ抜け出せるようになっていく、その一つ一つを、些細ではあっても喜べたのです。

「歯ブラシを持つことができた」で喜べる。もしかしたら、ふつうならそこで「こんなことで手こずっている俺は、クズだ」と思うかもしれません。でも、それが喜びに感じられる瞬間もあるのです。わたしは、そんなわずかな喜びをかみしめました。もちろん、喜びよりも「俺、存在価値なし」と思う機会のほうが多かった。でも、わずかな喜びの瞬間を、しがみつくように大事にしました。そうやって、一つ一つ、小さな積み木を重ねていくようにして、自分のなかに「生きていてもいいのかも」という気持ちを育てていきました。

理想論に聞こえるかもしれませんが、わたしは、なにごとも始めるのに「早すぎる」ということはあっても、「遅すぎる」ことはないと考えています。いろんなことがあって苦しんだとき、それらは次に始める仕事(ワーク、タスクの意ではありません)の準備なんだ、と思っています。もしズッコケたとしても、「まあ仕方ない、どう立ちあがろう」と気持ちを切り替えて、つまずいたり転んだりしている状態と、ゆるい関係が築けるようになりました。かといって「うつ病にも意味がある」なんて、そんな雑な割り切りはしません。ただ、うつ病を、次に始める仕事の入念な準備運動に「していく」ことはできます。そう意志することはできる。わたしはまだ介護世代ではありませんので、介護に喜びを見出す感覚知はもっていません。でも、もしかしたら介護にも、仕事にも、病気にも、周囲との格差にさえも、何かしらの喜びの種が植わっていて、それらを見つけられるかもしれない。無理をして探す必要はありません。生きていて「ふと気づく」、みたいなレベルのよわーいアンテナを張る程度の希望は、もっていていいと思います。希望を持つべきでない人は、この世にひとりもいないのですから。

ひとは、仲間をつくる生き物です。たとえば仕事の基本は、支え合いです。ウォーミングアップから本番へ。もし自分自身の何もかもが足がかりにならないと感じるのだとしたら、身近な人を大切に支える、そんなことから始めてみてもいいかもしれません。「支える」というのも、大げさでなくていい。いつもより大きな声であいさつをするとか、小さなことからでいいんです。あいさつだって、他人の支えなんです。他人に喜びをもたらすんです。その喜びが、伝染して、自分自身の喜びにもなっていく。

地味かもしれません。「道程は、長い」と感じるかもしれません。でも、そう考えずに(考えながらでもいいです)、着実に、「決して遅すぎるということのない一歩」をふみだしてみてください。些細なことから、ささやかな変化へ。そしてしなやかな生き方へ。変化は、だれも知ることのないところで起き始めます。どうか、信じて。一歩をふみだしてみて。49歳、遅くはありません。

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知の越境家を志す企業人ライターです。労働や生活を思想的に深堀りするのが得意。14,000冊超の読書歴もあり分野選ばず書けます。うつやパニック・精神隔離病棟から帰還したりしたので疲れないようにゆるりとやりたいです。本業はマーケター&広報。市場の思想を耕したい。とはいえ日々しんどい