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ツボ【3】WBSに検収を定めているか

3つめのテーマは「検収」です。1回では終わりそうもないです。

検収は法律上の定義があるわけではない

法務関連の仕事をしている人には常識といえますが,「検収」という用語は,実務の現場では誰でも知っている重要単語であるものの,請負契約,準委任契約に関する法律の条文にはどこにも登場しません。たまたま手元にあった情報システムハンドブックという冊子(2011年版)には,

納入品が要求仕様に合っているかの検査のこと。システム開発においては,顧客企業がシステムインテグレータから納品されたシステムの動作を検証し,合否の判定を下す作業を指す。システムの検収が済むと,受注者に費用を支払うことになる。

と定義されているように,検収とは,実務上では報酬を支払われるかどうかと決める重要なイベントです。

そして,契約書でも,多くの場合,検収の手続が定められており,例えば経産省のモデル契約でも,

(本件ソフトウェアの検収)
第28条 納入物のうち本件ソフトウェアについては、甲は、個別契約に定める期間(以下、「検査期間」という。)内に前条の検査仕様書に基づき検査し、システム仕様書と本件ソフトウェアが合致するか否かを点検しなければならない。

などとされています。検収のやり方や期間などは,契約交渉でも重要な論点となります。

検収に関する実務と法務のギャップ

ところが,意外なことに,法務あるいは弁護士の多くは,検収をどうやってやっているのか,具体的な現場の状況を知りません。

逆に,現場は,検収という言葉を知っていても,「今,俺たちは検収をやっているぞ」と意識していることはなく,契約書に「検査仕様書」と書いてあるにもかかわらず,どこにも「検査仕様書」というドキュメントが存在していないということがよくあります。逆に私は「検査仕様書」という表題の文書が存在しているケースの方が少ないと思います。

もっといえば,現場は,開発した成果物を最終的にユーザに納品してOKをもらうということは必要だということは理解しているものの,「検収」というのは単に営業が「検収依頼書」「検収書」の文書をやり取りするだけの儀式的なものに過ぎないと考えているフシがあります。億単位の案件でもです。

さらにいえば,開発プロジェクトで必ず作成するWBSの中には,「検収」あるいは「検査」という作業項目が存在しないことが多いように感じます。現場は,WBSをもとに進捗管理をし,作業をしますし,逆にいえば,WBSに載っていないことは作業の対象外になりますから,「今,俺たちは検収をやっているぞ」と実感していることはないのは当然かもしれません。

では検収はどこにいるのか

トラブルが発生すると,検収が終わったのかどうかが重要な争点となります。例えば,請負契約では,検収の完了を以って目的物の引渡しが完了したこととする,などと契約に定められています。

そんなとき,ベンダの社内では,こういう会話がなされたりします(特定の事案を念頭に置いたものではなく,実際の事例と酷似していたとしてもそれは偶然です。)。

法務「検収は終わったのでしょうか。」
PM「検収書はもらってません。でもテストは終わっています。」
法務「テストですか。それは検収ではないのですか。契約書には,成果物を納入して検査するって書いてあります。」
PM「検査ならやっぱりテストですね。統合テストには着手しています。」
法務「待ってください。統合テストは開発の契約の次のフェーズで準委任契約の範囲のようですが。」
PM「次のフェーズに進んでるってことは,開発契約は終わってるっていうことでしょう。」
法務「でも18条に書いてある検査はやってないんですよね。テストが終わったとおっしゃってたのはどれのことですか。」
PM「結合テストまでは終わってます。」
法務「それは当社が計画して実行するテストですよね。」
PM「そうです。結合テスト結果報告書は提出しています。」
法務「契約には,検査はユーザが実施することになっていますよ。」

実務と契約がまったくリンクしていないので,報酬請求権の発生を根拠づける事実をどこに設定するのかが非常に悩ましいのです。結合テスト=検査だとするのならば,検査の主体が合わないですし,そもそも納品した後に実施する検査と,納品前の作業である結合テストというのも整合しません。次の統合テスト=検査だとするならば,その部分を別契約としていることと整合しません。

誰に聞いても「検収」はどこにもいなかったりします。

検収をWBSに。あるいは契約書から「検収」を取り除く。

必ずしも実務の進め方を変える必要はありません。契約書の記載を実務の進め方に揃えることが重要です。誰も「検収」をしないのであれば,契約書に「検収を以って報酬を請求することができる」などと定めず,「〇〇テストを実行し,その結果確認を以って報酬を請求することができる」と,実態に合致した,言い換えればWBSに沿った定め方をすればよいだけのことです。

システム開発契約の場合,検収の問題に限らず,契約書の記載と,実務が乖離しているものは多数あります。これが紛争になった場合に無駄な争点を増やし,解決を困難にしています。それはまた別の機会に。

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