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ツボ【5】債権法改正とシステム開発契約(JISAモデル契約を例に)

今回は,かなりリーガルに寄せたテーマを取り扱います。

モデル契約改訂の動き

周知のとおり,改正民法(債権法部分)が施行されるまで1年を切りました(施行は2020年4月1日から)。システム開発ベンダは,自社の雛形を改正法に対応させるために改訂作業を行っている時期かと思われますし,いくつかの改正法対策本でも,システム開発契約について触れられています。

もっとも,2007年4月にリリースされた,いわゆる経産省モデル契約書は,現在までのところ,改正民法に対応した改訂は行われていません。これに対し,JISA(一般社団法人情報サービス産業協会)は,2018年5月14日に,経産省モデル契約書に対する改正要望を提出していました。
https://www.jisa.or.jp/Portals/0/resource/opnion/20180514.pdf

参考までに,同年9月7日には,経産省がリリースした「デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会」によるDXレポートの40頁以下には,改正債権法への対応という観点ではないのですが,DXの推進という観点から,現在のモデル契約書の改訂が必要であろうと述べています。

https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/pdf/20180907_03.pdf

JISAの改正民法対応版

そんな中,経産省モデル契約の改訂に先立って,2019年3月28日,JISAは,自らのモデル契約書の2020年版をリリースしました(旧版は2008年リリース)。

このタイミングにおけるバージョンアップなので,当然,見直しのポイントは改正民法への対応ですが,そのほかにも,ここ10年程度で相次いで出された大型システム開発紛争の裁判例で登場する「プロジェクト・マネジメント義務/協力義務」や,特許法・著作権法の改正による微修正も行われています。本稿では取り扱いませんが,プロジェクト・マネジメント義務と契約書の関係は大変重要なテーマなので,別途取り上げたいと思います。

以下では,JISAモデル契約書2020年版(以下「JISA2020版」)において,改正民法に合わせた修正箇所のうち,重要な部分を取り上げます。

成果報酬型委任契約の明文化による影響

改正法648条の2では,委任(準委任)の中でも,成果に対して報酬を支払う形態について明文化されました。モデル契約において,上流工程(要件定義)では,一般的に準委任契約で行われていることから,この準委任契約が,履行割合型なのか成果報酬型なのか解釈の疑義が生じるおそれがあります。

JISA2020版では,従来のモデル契約における準委任契約は履行割合型を前提としたものであり,それが法改正によって性質が変わったわけではないことから,履行割合型を維持することとし,「準委任形態で行う」という趣旨の条項には「準委任形態(履行割合型)で行う」というように修正されています。

一般に,請負より準委任のほうがベンダの負担が軽い,準委任の中でも成果報酬型より履行割合型のほうが負担が軽いと考えられていることに照らしても,JISAのモデル契約書が,「履行割合型」であるとの立場を取ることはごく自然だと考えられます。もちろん,あらゆる要件定義が履行割合型でなければ実施できないということはなく,業務の実態に合わせて選択していけばよいでしょう。

瑕疵担保責任と契約不適合責任

今回の改正法で,システム開発契約に一番インパクトを与えるとすれば,請負人の「瑕疵担保責任」の規定が削除され,売買等の「契約不適合責任」に統合されたことでしょう。それにより,改正前であれば「目的物の引渡しから1年」の期間制限であったところ(改正前637条1項),「注文者がその不適合を知った時から1年」へと変わりました(改正法637条1項)。この起算点の変更が実務上の影響が大きく,ユーザとしては,消滅時効が完成するまでは担保責任を問えると解釈されます。

当然,ベンダとしてはそれが過大な負担となり,そのことがリソース確保のコスト,リスクを考慮せざるを得ず,そのコストがユーザに転嫁されれば,ユーザへの負担にもつながるとされています。もっとも,従来の実務では,不具合の修正は,瑕疵担保責任に基づいて無償で行われるというよりは,改善要望・不具合の区別することなく,保守契約を別途締結して,その中で行われてきていました。

JISA2020版では,民法の改正によって法律関係の早期安定を図ることや,保守契約を通じてシステムのメンテナンスを行うという実務が変わるわけではないとしたうえで,「瑕疵」を「不適合」の用語に置き換えてはいるものの,起算点については「検収完了時」を維持し,改正法の影響を受けないようにしています。

解除された場合の割合的報酬請求

改正法634条では,請負契約において,仕事の完成前に契約が解除された安倍であっても,注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求できるという規定が追加されました。これは,改正前の最高裁判例(最判昭56.2.17)を踏まえたものであり,システム開発の事例でもこの判断に倣うものがありましたので,それを明文化しただけだといえます。

JISA2020版では,この規定を取り込むこととしつつも,「注文者が受ける利益」や「過分な部分」という要件の判断が容易ではないとして,一律にベンダが「解除の時点までに遂行した個別業務についての委託料」を請求できるとしています。

これはユーザからの異論がでることは必定でしょう。従前も,システム開発が途中で終了してしまった場合,たとえ8割,9割進捗していたとしても実態的には,その後別のベンダが完成させることが困難であることが多いため,ユーザの感覚としては「価値ゼロ」であることが多いので,無条件に履行割合で請求できるということになれば,反発は避けられません。(しかも,この規定は,ユーザの責任による解除の場合には当然に報酬を請求できることを前提としており,ベンダの責任による解除の場合でも請求できるとしています。)

定型約款

改正法では,定型約款に関する規定が追加されましたが(548条の2以下),JISA2020版では,これが適用される開発委託契約は,定型約款の要件を満たさないとしており,特にそこへの手当てはされていません。確かに,よほど特殊なものでない限り,システム開発取引は個別的なものであって,定型約款とされる可能性は低いので,私もその考えには同意です。

各種モデル契約を使う際には

JISAは,IT業界,ベンダがメンバーとなる業界団体なので,そのモデル契約書は,経産省モデル契約書以上にベンダ側に有利な内容になることは当然のことだといえます。今後も各種の雛形が登場しますが,その作成者の立場や個別の取引事情に合わせて採否を検討し,採用したモデル契約もカスタマイズが必要になることは言うまでもありません。

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