見出し画像

「天城山からの手紙」32話

画像1

何年も天城に通っていると、感情が慣れてくるのだろうか、純粋なトキメキも少なくなっていく。日常の中でも、人間の”慣れ”とは誠に恐ろしいもので、喉元すぎればなんとやらという様に、どんどん忘れ去っていってしまう。私は、そんな時、なるべく自分をリセットし、初心を思い出すようにしている。撮り始めた頃の写真を見ては考え、自分が天城を撮影する意味を想い直す。もう歩くのが嫌で、暗い中も行きたくなくて、寒いのも嫌で・・・。何回、そんなことを考えては、しばらく森から離れただろうか。それでも、何とか気持ちを整理しては又森に向かうのだ。そして、それを繰り返し、また自然から心のもちようを学ぶ。きっと人間は、進むだけではなく、たまには1歩だけ止まり後ろを振り返る事くらいは必要なのだろう。森で命の循環を見ていて、何百年と生きた木が突如として倒れる事がある。その光景は、とても痛烈で、しばし言葉を失う。この時、始まりがあれば、終わりがやってくるのだと認識する。そして、自分もその例外ではないと自然から教わるのだ。この日、私は久しぶりに心を打ちぬかれた。このブナの終わり方は、壮絶で、細い血管のような枝先さえも形を残し、地面一杯に生きた痕跡を残す。その向こう側には、折れた根元が無念そうに立っていて、この場所には確かに感情という渦が存在していた。私はその渦に完全に飲み込まれ、溺れそうになるが、撮影という行為が引き戻した。そして、この出合いも、森が私に引き合わせた意味がきっとあるのだ。何時も、必要な時に必要な出合いを森はくれるのだから。今、私は、文を書きながら、もう一度会いに行こうと思っている。


掲載写真 題名:「確かな痕跡」
撮影地:手引頭
カメラ:ソニー α7RⅢ FE 24-105mm F4 G OSS
撮影データ:焦点距離30mm F14 SS 1/6 ISO400 WB太陽光 モードAV
日付:2019年4月23日AM5:23


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?