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風向きはいつか変わる?

僕の好きな曲の1つにチェット・ベイカーの『Look for the silver lining』という歌がある。


これは英語の格言の「Every cloud has a silver lining」を下地に作った曲で、”lining”とは洋服の裏地のこと。どんなにつらい状況にも必ずその裏には銀色に輝く裏地があると歌っている。個人的には、チェット・ベイカーが歌うしっとりとしたバージョンよりも、1960年代に結成されたM.F.Q(ザ・モダン・フォーク・カルテット)のほうが歌詞の持つ底抜けの明るさが弾むようなリズムとコーラスであらわれていて好きだ。無邪気な明るさが辛くなった心を温めてくれる。


でも昔からこの曲が好きだったわけじゃない。最初に聞き始めたのは高校に入った頃で、英語の授業の一貫で先生が教えてくれた。その先生は洋楽好きでいろんな曲を教えてくれて、そのうちの一つがこの『Look for the silver lining』だった。けれどそのときの僕は物事を斜めで見るようなところがあったから(今は多分そういうのは無くなりつつあると思うけど)、この曲にあまり共感できなかった。メロディーは綺麗だけど、歌詞が甘すぎる。そんな印象を持っていた。


天の啓示のように、ふっとやってくる「それ」

でもそんな僕だったけど、突然この曲のことが好きになった。きっかけはラジオでこの曲がかかったこと。そのときの僕は新入社員で会社の仕事がうまくいかず、気を紛らすように刺激を求めて今までにしたことのないような場所・行為をしていた。けれど、どれも予想の範囲内でしかなく、行き場のない靄のような何かに包まれていた。そんなとき、ラジオから流れてきたこの曲が何か光を照らしてくれたような気がして、それからずっとここ数年間、何かあるたびに聞き続けている。


僕は思うんだけど、人生の瞬間瞬間で読むべき本や聞くべき音楽、見るべき映画や出会うべき人がいるんじゃないだろうか、と。とくにこれといった理由も根拠もないけれど、あとから振り返ってみて「ああ、あれはそういう意味だったのか」と思うようなことがあると思う。

僕らはふだん、あまり意識的に物事を考えて選択しながら生きているわけじゃない(と僕は思っている)。全てを考えるのは疲れるし、大事な判断のために思考力は残しておきたい。いわば無意識の領域を意図的に脳が作り出している。そこに前触れもなくやってくるのが「それ」だ。まるで出会い頭の事故のように。誰にもそれは防げないし、予想もできない。


僕にとってみればこの『Look for the silver lining』を改めて好きになったのも、そんな天の啓示だったのかもしれない。もちろん、ラジオで聞いたときは村上春樹が神宮球場で「小説を書かなくちゃと思った」のように、明確にこの曲を聞きたいと思ったわけじゃないけれど、この数年間何かにつけて聞いているということは、僕にとって何かしら意味のある出来事だったんじゃないかと思っている。

A heart, full of joy and gladness will always banish sadness and strife.

So always look for the silver lining and try to find the sunny side of life

楽しみに満ちた心は、必ず悲しみをうち破く。だから銀の裏地を探す心で、太陽の光を探そうじゃないか。

思えば、世の中は自分の思いと逆方向に進むことが多くある。なぜ、なぜ、なぜ。そう考えても実際は特に深い理由もなく、風のように移り変わっていく。追い風が吹いてきたと思えば、すぐに逆風に変わることも、多々ある。嫌になるくらいに。

それでも、僕らはいつか太陽の光が照らしてくれると信じるしかないのかもしれない。少なくとも、チェット・ベイカーはそう言っている。かなり消極的な姿勢だけれど、多分。

だから僕は、事あるごとにこの曲を口ずさむ。いつかきっと風向きが変わって銀色の裏地を見せてくれるだろうと思いながら。暗い話が多いけれど、つくづくそう思う。

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