英日ゲーム翻訳講座を受けてみた

 ゲーム翻訳に興味がある方からのご質問で「ゲーム翻訳の講座をあまり見かけないんですが、どうやって学習されましたか?」というのを見かけたので、私が質問されたわけではないのですが、こういう記事を書いてみました。志望者のため、ゲーム翻訳界隈のためになれば幸いです。


注意書き

 英日翻訳(E→J)を扱います。中日翻訳や韓日翻訳ではありません。
 当然ですが、講座で教わったノウハウをここに書くわけにはいきません。主にフェロー・アカデミーのオンライン講座について書きます。ただ自分の受講した翻訳学校のことを書いているだけで、他の翻訳学校のことは調べていません、ごめんなさい。
 私は兼業なので単科の講座を受けていますが、翻訳学校で一から学んで将来翻訳者として生計を立てていきたい人は、予算と時間が許すなら、約一年受講して実務、出版、映像翻訳の三大分野をバランスよく学べるコースなどもご検討ください。そこから翻訳会社やゲームパブリッシャーに就職したというゲーム翻訳者さんもおられます。
 プロのゲーム翻訳者になるために翻訳学校が必須というわけではありません。翻訳学校に行かなくてもデビューできた人もいて、自分なりのスキルアップ方法を持っておられるようです。

【前編】雑誌のゲーム翻訳特集とゲーム翻訳講座

 私が買った雑誌はイカロス出版の『通訳翻訳ジャーナル 2021年夏号』です。リンクは出版社サイトの商品ページ。品切れで、中古価格が高騰しているようです。

 最近発売されたものだと、同じ出版社の『出版&映像翻訳完全ガイドブック』(2022年6月10日発行)もおすすめです。

 まずは、前者の『通訳翻訳ジャーナル 2021年夏号』の特集「ゲーム翻訳者になりたい!」で取材を受けている方々について。

 Part.1 「現役翻訳者インタビュー」は、大江昌道さんのお話が掲載されています。大江さんはキーワーズ・インターナショナルの社内翻訳者で、同社の東京オフィスでリードリングイストを務めておられ、フェロー・アカデミーでゲーム翻訳講座の講師もなさっています。

 Part.2 「ローカライズの手順を学ぶ」には、架け橋ゲームズのローカライゼーションマネージャーの桑原頼子さんが、ご自身で翻訳を担当なさった『A Short Hike』の事例をご紹介しておられます。日本語版がリリースされるまでのスケジュールや、ゲーム翻訳用のExcelファイルの中身が掲載されています。A列にID、B列に原文、C列に訳文、そのあとの列に話者や文脈情報が載っているというもの。こういう実例はゲーム翻訳未経験の人がすごく知りたいのではないでしょうか。なお、この記事は『出版&映像翻訳完全ガイドブック』にも再掲されていますので、どちらを買っても読めます。

 Part3. 誌上翻訳講座「ゲームの英日翻訳に挑戦!」では、株式会社インピタス代表の長尾龍介さんが出題を担当なさっていて、ゲーム内の文章を想定した課題、訳例、解説が掲載されています。

 この特集との連動企画で、「SIEローカライズチームの翻訳現場に迫る」という記事が巻頭に近いページにあります。ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)のローカライズチームの4名の方が取材に応じておられ、谷口新菜さん大島陸さんは、2022年1月にフェロー・アカデミーで開講されたゲーム翻訳講座の講師も務めておられました。同内容の講座が2022年9月にも開講予定です。

 で、私がやっていったことは、ただ雑誌を買って読むだけではなくて、掲載されている翻訳者さんのことを調べて、ゲーム翻訳を学べる場があれば、どんどん参加していくということです。

 2021年の夏、まず私は大江さんのゲーム翻訳講座(オンライン)をフェロー・アカデミーで受講することにしました。翻訳学校で学んだことがなかったので少し不安もありましたが(なんとかついていけた?)、2021年8月からの講座を受講。土曜・隔週×3回、1回120分、受講料33,000円(税込)、定員20名。

 受講した感想としては、オリジナル教材が貴重で、添削が細かくて的確で、自分で訳してみたあとに訳例を見るとすごく学びがあると思いました。翻訳学校で講座を受けること自体が初めてで衝撃が大きかったというのもありますが、この講座をきっかけに他の講座も受けようと決心したので、良いきっかけをいただけたと思います。教材は、ゲームによくある状況を再現した英文が新規に書かれたもので、モバイルゲーム、ファンタジー、ミリタリー/SFといったジャンルがバランスよく出題されます。このオリジナル教材を作る労力を考えるだけでも頭が下がります。課題文と添削済みの答案は受講者にとって貴重な財産になると思います。

 この3回の講座のあと、基礎から学びたいと思ったので、同じフェロー・アカデミーで「翻訳入門(オンライン)」、そのあとは「出版翻訳基礎」というように、週1回受講を続けています。兼業なので受講ペースはゆっくりです。

 その後、大江さんのゲーム翻訳講座はマスターコース「海外ゲーム」という添削の通信講座も開講されました。6回/月1回(2022年2月~7月)。受講するには選抜試験に合格する必要があって、私も課題を訳して提出しましたが、残念ながら合格できなかったので、またの機会があればチャレンジしてみたいと思います。

 2021年11月5日に、フェロー・アカデミーで新企画の講座の受付が始まりました。前述の、SIEローカライズチームの谷口新菜さんと大島陸さんが講師のAAAタイトルゲーム翻訳講座(オンライン)です。2022年1月から月1×5回。私は受付開始日を知っていたので12:00に受付開始してすぐ申込みましたが、その日の夕方には定員20名に達してキャンセル待ちになるほどの勢いでした。

同内容の講座(2022年9月開講)は定員25名になり、7月1日正午に受付開始。14:00には満席キャンセル待ちになりました。【追記】第3回は2023年5/1の正午すぎに受付開始して21:00までに満席キャンセル待ちになりました。【追記】第4回は定員20名、2024年3/1の正午に受付開始、3/3の23:00までに満席キャンセル待ち

 ゲーム翻訳にあまり詳しくない志望者から見ると、どの講座がいいのかわからないかもしれませんが、このSIEローカライズチームが提供する講座というのは、ものすごく貴重なんです。
 SIEのローカライズチームは、SIEワールドワイド・スタジオに加わっている海外ゲームスタジオのタイトルに関わります。SIE Santa Monica Studioの『ゴッド・オブ・ウォー』、Sucker Punch Productionsの『Ghost of Tsushima』、Insomniac Gamesの『Marvel's Spider-Man』などです。SIEの社内翻訳者数名だけで翻訳する場合もありますし、外部の翻訳会社に発注する場合もあります(そのまま使うというわけではなく、音声の尺合わせなどで、かなり社内翻訳者が手を加えるようです)。
 パブリッシャーの社内翻訳者は、ローカライズチームが長年築き上げてきたノウハウを継承しています。音声収録に立ち合って演者や音響監督の意見を聞いて、収録の現場で学ぶことが多かったりと、フリーランスがなかなかできない経験もしておられます。とにかくゲームへの関わり方が深く、こういった立場でしか見えてこない部分が、ゲーム翻訳志望者にとって貴重なアドバイスになるにちがいありません。私は、こんな貴重な機会は二度とないかもしれないと思って受講しましたし、期待以上のものが学べたと思っています。

 『通訳翻訳ジャーナル 2021年夏号』に話を戻しますが、『A Short Hike』の翻訳を担当なさった、架け橋ゲームズのローカライゼーションマネージャーの桑原頼子さんは、先日、武藤陽生さんのYouTubeチャンネルでの対談に出演して、『Trek to Yomi』のローカライズについて語っておられました。番組後編では、視聴者から寄せられた質問、架け橋ゲームズの業務や求められる翻訳者像などについてもお答えくださっています。ローカライズやマーケティングの会社、つまりフリーランス翻訳者にとってはクライアントにあたる会社のスタッフからお話が聞けるという、こちらもすごく貴重な機会です。

 『2021年夏号』Part3. 誌上翻訳講座の出題者・長尾龍介さんは、雑誌のプロフィールに、英日ゲームローカライズのベテラン3名で株式会社インピタスを旗揚げしたと紹介されています。

 ホームページはこちら。「お問い合わせ」からフリーランス翻訳者として応募、トライアル受験希望、フルタイム採用希望など、申し込みが可能です。

 『出版&映像翻訳完全ガイドブック』のほうには、出版翻訳とゲーム翻訳の両方で活躍なさっている武藤陽生さんのインタビューが載っています。武藤さんはご自分のYouTubeチャンネルで、ゲーム翻訳に関する動画をたくさん公開してくださっているので、これも必見です。入門者向けの「2分でわかる!」的な動画もあります。他には「観るだけでゲーム翻訳がうまくなる!」と題した原文と訳文の比較動画や、ベテランゲーム翻訳者さんをお招きした対談動画もあって、わたし的には神回でした。

 武藤さんが講師の翻訳ワークショップ「ゲーム翻訳のエッセンス」が2022年8月にあります。日本会議通訳者協会(JACI)が毎夏主催する、日本通訳翻訳フォーラムのチケットを購入すると、他の講演なども聞けて、こちらの翻訳ワークショップにも参加できるようです。


 ここまででかなりの情報量になりましたが、雑誌ひとつの情報からでも、このようにゲーム翻訳者さんのことを調べていくと、講師を務めておられたり、SNSなどで情報発信をしてくださっていて、志望者がゲーム翻訳について知ることができます。紹介した以外にも、1日だけの単発の講座がいくつかありました。

・2021年12月11日、朝日カルチャーセンターでの武藤陽生さんの講座「ゲーム翻訳の世界」。
・2022年3月20日、船橋市西図書館での「ゲーム・ローカライズの魅力に迫る!」。講師はSIEローカライズチームの関根麗子さんと大島陸さん
・2022年4月23日、JAT(日本翻訳者協会)の「のぞいてみよう!ゲームローカライズ舞台裏」。中日ゲーム翻訳者の張玥 (ちょう・ゆえ)さんSIEローカライズチームの谷口新菜さんが登壇。

 こういった講座があることを知らなかった方は、告知を見逃さないように、講師の方々のTwitterアカウントをフォローするか、あるいはゲーム翻訳者や志望者が集まっているコミュニティに参加するといいかもしれません。


【後編】有志翻訳(許可ありのものを推奨)

 有志翻訳でおすすめしたいのは、年に何度か開催されているLocJAMというゲームローカライズ・イベントへの参加です。世界同時開催で、課題のゲームを数日で翻訳します。LocJAMは個人でも自由に参加できますが、LocJAM日本語有志チームがDiscordサーバーを用意していて、イベント開催が近づくと告知して参加者を募っていますので、そこにいる翻訳者さんと情報共有したりチームを組んだりしながらイベントに参加するのがいいでしょう。会期が終わったあとでも原文のデータをダウンロードすることはできますので、学習に役立てることができます。
 特に2022年LocJAM5のポイント・アンド・クリック・アドベンチャーゲームの回は盛況で、現役のゲーム翻訳者さんが何名も参加しておられて、ゲーム翻訳未経験の方も気軽に参加できて、5つのチームと、個人での参加者数名が、それぞれ異なるバージョンの翻訳を作りました。実際に日本語を組み込んでテストプレイ(LQA)することもできるので、いい経験になります。ただし、課題はデジタルゲームとは限りませんが…過去にテーブルトークRPGやボードゲームの回もありました。
 私はこのイベントを通じて現役のゲーム翻訳者さんたちにすごくお世話になりましたので、次の機会もできるだけ参加してイベントを盛り上げていきたいと思っています。

itch.ioにあるLocJAM日本語有志チームのページ

このページにDiscordサーバーの招待リンクがあります。
https://discord.gg/2nKDM6xcfG

 このLocJAMはもちろん権利的な問題をクリアしていて、だからプロのゲーム翻訳者も参加しているわけですが、有志翻訳というと、権利者の許可を得ているものと、得ていないものがあるわけです。

 将来、プロの翻訳者として活動していくつもりの人は、許可を得ていない有志翻訳に関わっているとSNSなどで言及するのは控えたほうがいいです。将来、クライアントになる関係者(開発者、パブリッシャー、翻訳会社)に見られている可能性があるからです。

※ 以下、長くなりますので、有志翻訳をするつもりがない方は読みとばしてください。

 私自身は、許可を得て有志翻訳したものを紹介するときに、誤解されないように「許諾を得て有志翻訳しました」と明記するようにしています。

 ゲーム翻訳以外で言うと、海外サイトの記事を日本語に翻訳して自分のブログに載せる行為は、権利者の許可がなければ権利侵害のはずです。ゲームの無断翻訳で逮捕者が出たという例は知りませんが、未公開海外映画のセリフを無断で翻訳し、日本語字幕データをインターネットで公開したとして、著作権違法の容疑で逮捕したというニュースは見たことがあります。それとゲーム翻訳が同じ性質のものかどうかはここではおいといて、事例を知っているかということを私は書いただけです。あとは各自で判断してください。

 無許可かどうかは、翻訳した人と権利者にしかわからないことで、第3者が横から口を出すことではないと個人的には思います。この記事を見たのをきっかけに、「無断での翻訳は権利侵害ですよ」と、有志翻訳者を攻撃するのだけは絶対にやめてください
 ゲーム本体に収録されない「非公式日本語化ファイル」として公開されていても、開発者に相談にのってもらいながら作成されたという、許可の有無が見分けにくいものもあります。無許可の場合も、わざわざ「私は無許可で翻訳しました」と公言しているわけではないでしょう。

 許可を得ていないとしても、開発者に連絡して「有志翻訳をしたい」という要望を伝えている人もいますし、権利者から何か言われたら日本語化ファイルの公開を中止するという前提でやっている人もいます。もし自分の翻訳と無関係に公式日本語対応が実現したら、自分の日本語化ファイルは公開を控えるという人もいますし、発売から何年も経っていて公式日本語対応の見込みがなさそうなゲームをあえて選んでいる人もいます。ただ、こうした配慮をしていても、無許可であることに変わりはなく、私が「こういうやりかたならやってもいいだろう」と思っているわけではありません。上記のようなことをまったく知らないまま、有志翻訳の場に飛び込んでしまうプロ志望者がいたらまずいと思って、書いているだけです。

 ネットメディアGame*Sparkの特集「有志日本語化の現場から」に、有志日本語化の法的な位置づけについて弁護士に訊いた記事があります。

 ここに書いてあることを私が勝手に解釈して広めないように注意しなければなりませんが、私が読んだ限り、原文のテキストデータをゲーム本体から抜き出すためのリバースエンジニアリング(ソフトウェアの解析)が多くのゲームで禁じられているので、許可がなければ翻訳作業に着手できないと思いました。記事によれば、翻訳、改変、配布の許可だけでなく、下記の引用部分についても許諾が必要とのことです。原文と訳文をGoogleスプレッドシートなどで複数人で共有して作業すること自体にも許可が必要というのがポイントだと思いました。

翻訳の過程で有志内でデータをやりとりすること(公衆送信)、翻訳物を媒体に記録すること(複製)、翻訳物を配布するためにウェブサーバー等の媒体に蔵置すること(複製)についても、著作権者の許諾が必要です。また、著作者の意に反するおそれがある改変を行う場合には、著作者の同意を得ておく必要があります。

"「有志翻訳を合法的に進めるヒントは著作権者の許諾をもらいに行くことに尽きます」―著作権法の専門家・小倉秀夫弁護士インタビュー【有志日本語化の現場から】", Game*Spark, 2021.4.4,
https://www.gamespark.jp/article/2021/04/04/107520.html

 そうは言っても、志望者はどこかでゲーム翻訳の経験を積みたいだろうと思います。この「有志日本語化の現場から」の他の記事で紹介されているように、有志日本語化を経てプロのゲーム翻訳者になった方を何名か私も知っています。その方々と同じように、さまざまな点に注意しながら活動して経験を積んでプロデビューにつなげるパターンも「なくはない」と思いますが、それができる人はリサーチ能力が高く、必要なことを自分で調べられると思います。ですから、これから有志翻訳をやろうという人を対象に、私がここで説明する必要はないでしょう。
 私が気をつけていることとして、あまり自分で調べていない人に、「有志翻訳で経験を積めますよ」と気軽に勧めないようにしています。多少教わっても、やってみると、わからないことがもっと出てくるでしょう。志望者にとって関心のある「プロになりたい人が有志翻訳をどのようにやっていけばいいか」ということは、私が説明しきれるものではありません。
 有志翻訳の経験はプロデビューに必須ではありません。交流のある翻訳者さんのなかに、フェロー・アカデミーのカレッジコースを1年ほどかけて受講し、修了前後に就職活動をした方が何名かおられて、ほぼ有志翻訳の経験がなくても、ゲーム翻訳会社に就職した方もおられますし、フリーランスとしてゲーム翻訳の案件を受け始めた人もおられます。有志翻訳で鍛えたという人はレアな存在だと思います。ゲーム翻訳講座を受けてみたときの印象として、他の受講者さんたちはそういう感じに見えませんでした。ゲーム翻訳といえど、普通の仕事ですので、デビュー前から有志翻訳で鍛えた人じゃないと対処できないようなものを依頼するのはおかしいはずで、それは発注側にも責任があることです。不安を感じる志望者は、ゲーム翻訳講座を受けておけば、どの講座でも、タグの処理や、UI/チュートリアル/ミッション/実績といった台詞以外のテキストの特徴はある程度教えてもらえるので、あとは実務をこなしながら経験を積めばいいと個人的には思います。

 私自身は、韓国のインディーゲーム『Hotel Sowls』の開発者が翻訳を手伝ってくれる人を募集していたところに参加して、その後、Nintendo Switch版移植を手がけたパブリッシャーから仕事をいただくようになりました。経緯にご興味がある方はリンク先をご覧ください。ただし、こういうケースは事例が少なく、デビューを狙ってやるものではないと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?