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#100 草原を駆け抜けるポニートレッキング@レソト王国・マレアレア

2001年12月9日

レソト王国は南アフリカ共和国に囲まれた人口200万人の小国である。16世紀以降、ドラケンスバーグ山脈の一角に住み着いたソト人は、イギリスの保護領時代を経て1966年、南アフリカ共和国から独立した。高地で特に産業もなく、アフリカ最貧国の一つである。

犯罪都市ヨハネスブルグから一刻も早く立ち去りたい一心で、長距離移動の疲れも癒えぬまま、一泊してすぐに次の目的地レソトに向かうことにした。朝食後、街の中心部、ダウンタウンにあるミニバス乗り場まで宿の車で送ってもらった。「日曜はバスも乗客も少なくて、下手すると1日中待った挙句、出発できない可能性があるよ」と宿のオーナーから聞いていたから物凄く不安だった。黒人だらけの街で日本人はとにかく目立つので、待っている間に強盗に襲われかねない。ミニバスに乗り込んだ時点で乗客は2,3人しかおらず、ドキドキしながら身を潜めるようにじっと待っていたが、30分も経たずに満員となり出発して一安心した。

フリーウェイに乗って市街地を離れると、広い空、どこまでも緑の広がる丘陵地帯をミニバスは快走。大きな丘を越えるとまた次の丘が現れて、道が真っすぐと地平線に向かって伸びていく。道路に穴があることが当たり前だったこれまでのアフリカ諸国とは違い、舗装道路がきちんと整備されて、実に快適で滑るような走り。インフラに国力の違いが如実に現れるものだ。広大な草原で牛や羊がのんびりと草を食み、ひまわり畑では絨毯を敷き詰めたように、黄色の大輪が一面に咲いていた。

バスはT字路を曲がり、遠くで雨を降らせている灰色の雨雲に向かって進んだ。案の定、雨に突入して15時半に国境に到着。簡単な手続ですぐにレソト王国へ入国した。バス乗り場へ歩いていると車に乗った中国人が「どこに行くの?」と声を掛けてきた。アジアから遠く離れた土地では、同じアジア人というだけで同朋意識が芽生えるものだ。残念ながら目的地マレアレアには行かないようで、タダ乗りのチャンスを逃した。

人口10万人の小さな首都マセルは、のんびりして首都らしくないし、観光客も見当たらなかった。一泊する予定だったがマレアレア方面のバスを見つけたので、一気に向うことに変更した。

途中の小さな町で、バスの乗り換えで1時間の待ちぼうけ。近くのバーでビール瓶片手に踊っていた若者が近寄ってくるなり「金くれよ」とせがんできた。穴の開いた服を当たり前に着ている人々を見れば、この国が豊かでないことはすぐに分かったが、施しもキリがない。「お金は貰うものではなく、働いて手に入れるものだよ」と役に立たない正論を返して断った。

草の緑に覆われた山々が彼方まで続く雄大な景色を車窓から眺めながら日が暮れて、2000m級の山岳地帯にある静かな村マレアレアに到着。ポニートレッキングの拠点として知られ、白人夫妻が環境に配慮した運営をしているマレアレアロッジに投宿した。 

翌朝、絶景を期待して起床したが、霧雨が降って何も見えない。目的のポニートレッキングは翌日に持ち越された。
午後に晴れたので散策に出て、案内役を買ってでた少年たちと土壁と藁葺き屋根のバーに入った。薄暗い店内では村人たちが昼間からレモン色のローカルビールを飲んでいた。音楽もかかっていないのに踊っていた黒人女性は、顔だけ真っ白でギョッとした。後から聞いたところによれば、レソトの文化で、オシャレと美容のために白い粉を塗っているそうだが、日本人の目には不気味にしか見えなかった。

少年たちと別れて、牛や馬が放牧されている谷へ散策。雨雲が迫ってきたので、村へ引き返したが次第に雨足が強くなった。服はびしょ濡れで体も冷えてきた。村に戻ると、円形の民家の前に佇んでいたおばさんから手招きされて雨宿り。4人家族だというが、家財道具はマットレスが1つ、小さい棚に置かれた食器とコップ、鍋、そしてプラスチックの衣装ケースのみ。床はコンクリートで、水道もお風呂も無く、窓際の鉢植えが唯一のインテリア。あまりに質素な暮らしぶりに驚いた。

珍客の来訪に近所の子どもたちがワイワイ集まってきた。年頃の娘を指差して、おばさんが「あの子がお前をボーイフレンドにしたいって」とからかうと女の子は逃げていった。夕方に雨は上がり、太陽の光が雲間から差し込んだ。空気も澄んで清々しく、丘の上から眼下に草原と畑が広がり、雲の帯をまとった緑の山々が連なる景色が鮮やかに浮かびあがった。

翌朝、目が覚めると窓から日が差し込んでいた。白雲が浮かぶ快晴の青空の下、欧米人たちと6人で半日のポニートレッキングに参加した。レソトの馬はバソトポニーと呼ばれ、17世紀にオランダ東インド会社によってケープタウンに持ち込まれた馬に起源を持つ。入植者たちと戦う中でソト人が手に入れた馬が世代を経て山岳地帯に適応し、バソトポニーと呼ばれるようになった。

黒い目で茶毛の僕の馬はガイドのムチの音を聞くと慌てて小走りするが、いつも隊列の最後尾にいる落ちこぼれだった。足で腹を蹴ってもケツを叩いても言うことを聞かず、命令することを早々に諦めざるを得なかった。そのうち手綱を引っ張ることも面倒になって、草を食べたかったら食べるに任せた。

連なる山々が視界の果てまで広がる絶景の中、丘をゆっくりと下りながら村をいくつも通り過ぎ、素朴な暮らしぶりを垣間見た。村人たちは、子供も大人も笑顔で挨拶してくれて嬉しい。草原には色とりどりの花が咲き乱れて、白い蝶が乱舞していた。馬が道を踏み外したり、恐怖で立ち止まったり、道を間違えたりしながらも、急な坂道をゆっくりと下って谷底へと降りた。

上着を振り回す少年に追われて、山羊の群れがメェメェ鳴く声とカラカラと鈴の音を響かせながら、一斉に谷の反対側から降りてきた。昨夜の雨で茶色く濁った小川を渡り、しばらく進むと目的地ボツォエラの滝が現れた。馬を降りて、村の少年たちの案内で滝へ到着。仲間は子どもたちと水浴びして、僕は少年から手作りの弦楽器を習って遊んだ。

帰り道、谷を登り切った後の草原がトレッキングのクライマックスだった。宿まで誰が一番早く着くか馬で競争になったのだ。この時とばかりに懸命に落ちこぼれ馬の尻を叩くと、前半のやる気のなさは何処へやら。ぐんぐん加速して、時速40km越えのスピードで駆けてくれた。馬の群れは約1kmの草原を一気に駆け抜けて、あっという間にロッジに戻った。揺れに体を合わせるのが精一杯だったが、爽快感と体感スピードは車やバイクと全く違い、解放感に満ち溢れていた。この馬で走る時間だけでもトレッキングに参加した甲斐があったというものだ。

(旅はつづく・・・アフリカ縦断終了まであと3日)
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