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変化に適応できる行政へ。未来洞察をもちいたガバナンス

これまで、未来の行政のありかたを想像するEUの研究プロジェクト2050年の福祉のあり方を体験できるDanish Design Centerの取り組みを取り上げてきました。

本記事では、未来を想像しかたちにしてみるこれらプロジェクトの背景にある行政の諸問題を照らしつつ、それをAnticipatory Governance=先見的なガバナンスというコンセプトでまとめていきます。

計画主義という行政のあり方と、その問題

現代は何が起こるか分からないし、今まで以上のスピードで変わりゆく時代だ、というのは誰しもが感じていることでしょう。高齢化社会、人工知能、コロナウイルス 、気候危機など、あらゆる要因がつながりあい、社会、そして、ぼくたちの生活のありかたに影響します。

そして、これらはたくさんの要素が関連しあい、因果関係が複雑すぎることから「厄介な問題」とよばれ、ホルスト・リッテルとメルヴィン・ウェバーらが提唱したものです。今までの科学やエンジニアリングは基本的にひとつのたしかな答えがある問題に取り組んできましたが、この「厄介な問題」ではたくさんの答えがあり、人によっても見出される答えがちがってきます。

これをふまえ、行政の管理・計画主義という性質を考えてみましょう。これはカッチリ計画に基づいて、それを効率的に運用していくガバナンスです。明確な答えのある問題には有効ですが、以下の点から「厄介な問題」に対応するのはとても難しくなります。

・各部署が分断されているので、パーツに切り取られた目に見える問題しか扱えず、全体的な理解をつくることができない
・あらかじめ「何にどう取り組むか」を計画しないと予算がでないため、問題と答えを決め打ちするしかない
・答えありきで業務が決まるため、不確実で新しいこと/実験をする余白がない
・計画から外れたことは、「ルール」を破ることになり、時間も予算つけられない。周りからの反発も起こる

管理・計画主義にもとづく困難をはらむシステム・プロセスは、そこではたらく職員たちの考え方や働き方にも悪い影響を引き起こしかねません。

・新しいことをやるのは難しいから、やらなくてもいい
・答えが分からないことは怖いから、関わらないほうがいい
・自分が働きかけても仕方がないから、放っておいていい

徹底的なリスクと実験の回避・自発性の低下・現状の無批判な受容などへインセンティブが自然とはたらくシステムなので、避けられないのも事実です。

見えない問題をつかみとるAnticipatory Governance

こうした計画主義は計画できることだけ、極端にいえば「今、わかる・見えることだけ」を取り扱うという課題があります。裏を返せば「分からないこと・見えないこと」には取り組まないともいえます。

この「今、わかる・見えることだけ」のロジックは、①見えない問題は取り扱わない②成果が分からないアプローチには乗っからない、という課題と方針の両方に対して「厄介な問題」への対処を不可能にします。

②に関しては、各国が新しい方法論やアプローチを政策や公共サービスに応用させることを目的とした実験機関としてのイノベーションラボをつくる流れが見てとれます。今までも、ヘルシンキニューヨークオークランドなどのラボを取り上げてきました。筆者のかよっていたフィンランド・アールト大学でも、Design for Governmentという政府と協働プロジェクトを行う授業で、過去のテーマとして実験を政策プロセスに導入するフレームワークをシンクタンクとともに開発していました

そして、①の見えない問題に対峙するためのひとつの考え方が、Anticipatory Governance(先見的なガバナンス)という概念です。

Anticipatoryの意味をみていくと、anti-は未来を予行演習するというニュアンスをもち、capereはつかむというニュアンスです。ここから、Anticipatory Governanceとは未来を予行演習してつかむふるまいに基づく統治のあり方といえます。

Anticipatory governanceとは、未来洞察・相互のつながり・フィードバックを活用する方法につながる、制度、ルール、規範からなるシステムである。それは、未来のリスクを引き下げ、手遅れになる前に事態に対応する能力を向上させることを目的とする。
ーFuerth, L. Operationalising Anticipatory Governance. p.36

社会や経済・技術・政治といったあらゆる観点で起きていることに目を凝らし、つながりあいを見出し、潜在的な影響を想像し、素早く適応していく。そのために、企業や市民との集合知をもちいながら、複雑さという荒波にうまく乗っていく。このアプローチでは、特に以下のポイントが重要だと指摘されます。

1. 変化の全体像を読みとく未来洞察の能力と組織的な活用が必要
2. 複雑さへの全体性を保つため、システム思考と組織内の領域横断的なコラボレーションが必要
3. 学びを加速しインパクトを拡げられる実験を支援するための、文化的および制度的な変革が必要
ーRamos, J. 2020. Anticipatory Governance — A Primer. 

このポイントには、いくつかの前提があります。まず短期的な視点で政治上の選択を行うのは、とても危険であること。環境危機はよい例です。たとえば、一つの問題であるプラスチックゴミによる海洋汚染、2050年には海に魚を上回る量のゴミがあふれると予測されます。これまで長期的にこの問題がどういう意味をもつのか?を想像し対策をしてこなかった結果として、早急の行動がもとめられています。

また、もし問題を単純なものと見なしていたら、何が起きているのか本当に理解することはできません。海ゴミの話を再度あげましょう。どのように陸や河川から海へゴミが流れ込んでいるのか?という調査から明らかになったのは、単に街のポイ捨てだけではありませんでした。生活苦でゴミ袋が買えないため河川敷に捨てる、ゴミ収集の時間と生活リズムのずれ、なども絡み合っているのです。ゆえに、ひとつひとつ繋がりを見出すこと。そして、そのためには個人の視点・ひとつの部署・いち行政を超えた集合知が必要になってきます。

集合知という点に関して、Anticipatory Governanceが"Anticipatory Government"ではない、というのも重要です。ガバナンスは"行政府のみ"で行うわけではなく、市民も企業もふくめた社会全体でガバナンスをしていかなければならないからです。

さて、Anticipatory Governanceの実践をすこし見ていきましょう。

事例1|イギリス政府の未来洞察チーム

イギリス政府には未来洞察を専門とするチームがあります。

"公務員の誰もが、仕事をする上で将来のことを考える責任がある。今日行われた政策決定は、長期的な結果をもたらします。しかし、これらの決定が影響を及ぼす将来は不確実であり、これらの決定を行うことは困難です。"
ーGOV.UK. Futures, Foresight and Horizon Scanning

こうした考えの元、イギリス政府のGovernment Office for Science (GOS)は公的サービスから政策デザインにわたり、未来の兆しを捉えるツールや技法を埋め込む手助けをしています。

「すべての課のすべての職員が、あらゆるレベルの責任において、未来を想定した考え方を活用するべきだ」として、GOSはツールの作成やスキル開発・アドバイザーとしてプロジェクトに関わっています。

そのひとつ、The Futures Toolkitには、未来についての知をあつめる・変化のダイナミクスを探索する・未来がどのようになりうるかを描く、政策と戦略をつくり試す、という用途ごとに12のツールが紹介されています。

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引用: The Futures Toolkit, p.9

各ツールが、政策デザインのどのステップにおいて用いるとよいのか、の視点で位置付けられ、それぞれのツールを活用して何を得られるか、それをどう次に活かすか、という情報もまとまっています。これをみて初見で職員がみずから実施するのは難しいでしょうが、専門チームに併走してもらい一定の経験を得たのちの自走への手助けとなりそうです。

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引用: The Futures Toolkit, p.27

その他、あらゆる分野においての未来洞察のレポートを提言し、政策への活用につなげています。

STEEP(社会・技術・環境・経済・政治)というカテゴリごとの視点で、大きなトレンドを集め、それが自国の経済の各産業・グローバル規模・惑星規模でどういう示唆や影響をもちうるかをまとめています。

トレンドの例では、海面上昇・漁獲できる魚の限界や、輸送のための新しい燃料資源などがあげられています。それに対して、漁業者への示唆として、漁業活動のデジタル管理とモニタリングの可能性などが示されています。

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引用: 左(市民データシステムの未来)右(海洋の未来)

また、Futures Procurement Frameworkと称し、政府省庁や公共セクターが未来について考える際に役立つサービスを提供する専門家や企業、研究者などを「調達」することに役立つ情報をまとめています。具体的に、発注に必要な書類の整備や、発注先の候補リストをつくることで、あるプロジェクトにおいて必要なタイミングで円滑にサポートを受けられることを可能にしています。

事例2|UK Policy Lab: 未来の正義を想像する

続いても、イギリス政府。先の事例は、Anticipatory Governanceの土台を整えるために、政府内の活用ツールを整備したり、政策提言を行うことでした。先述したようにガバナンスは行政だけでおこなうものでは、ありません。この事例ではより市民とともに未来をどう考えていくのか、に光が当てられます。

司法制度は多くの場合、わたしたち生活者にとってブラックボックスでしょう。Open Justice=ひらかれた正義、とは「透明性とオープンさ」という原則に基づきます(参照: wikipedia)。たとえば、法廷でわたしたちがリアルタイムで裁判を見聞きできる、裁判の様子をテレビで放映すること、後で見られるように議事録をビデオ撮影すること、法廷ファイルの内容や文書を公開すること、など。いかにブラックボックスをなくすか?が大事な問いとなります。

一方で、新しいデジタルツールやアプローチは、潜在的なチャンスと課題につながり、この問いの再考を促します。このような状況の中で、HMCourtts & Tribunal Service(HMCTS)は、裁判官、法廷スタッフ、法律専門家のみならず、一般の人々の意見を理解し、将来的にひらかれた司法の原則がどのように提供されるべきかを検討したいと考えていました。そこでHMCTSは、多様な視点からの意見を収集し、幅広い会話に火をつけることができるような方法論を作成するよう、Policy Lab依頼しました。

"私たちは仕事についてもっとオープンに関わりをつくりたいと考えており、Policy Labの専門知識は、より広く一般の人々と関わるための新しい革新的な方法をもたらしてくれると感じました。また、政府機関を横断して仕事をし、新しい働き方を学ぶ機会にも興奮していました。"
ーUsing speculative design to explore the future of Open Justice

市民と一緒に可能で望ましい未来を探求するために、スペキュラティヴ・デザイン(起こりうる未来を生活レベルの物語を想像できるように具現化する手法)を使用してこの課題に取り組みました。

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引用: Using speculative design to explore the future of Open Justice

市民対話のワークショップをひらき、10-12人ずつの参加者で4つのグループを作成。最初の30分は、参加者が現在の司法の透明性について何を理解し、何を考えているかを議論しました。その後の90分間は、様々なデジタル・プラットフォームを通じて司法制度にアクセスするという、様々なフィクションである未来の物語を提示して、対話を促します。

結果として、参加者が将来について考えるきっかけとなるような挑発的なものを用いることで、以下のような発見が得られ、HMCTSが具体的な司法のメカニズムを設計する際に使える原則を生み出すことへとつながりました。

司法制度へのアクセス/理解へのハードルがあることは悪いことではないと思われがちだった
・司法制度の信頼度は高く、信頼と透明性の必要性についてはほとんど言及されていない
・限られた公的資金を司法制度へ活用することへの懸念があり、参加者は、架空のシナリオの中にはお金をかける価値があるものがあるのかどうかを疑問視していた。

おわりに

事例で少しイメージがわいた上で、問うべきはどうしたらこのようなガバナンスを実現できるのか?です。Operationalizing Anticipatory Governanceという論文で提言されているうち、いくつかをピックアップしてみます。

インセンティブの再設計: ミッションを軸に、単一分野の境界を越えて情報共有・協働する動き方を促すインセンティブの設計をする
協働的な未来洞察を教育/訓練する: 部署を超えて考える公務員を養成していないため、次世代の公務員に複雑な状況下で活動できる能力を与える
未来洞察の専任チームを組成する: 小さなチームを使って、未来のインサイトを生み出す専門家と政策立案者のあいだを仲介し、政策に利用可能なように、情報を整理する

そうはいっても、結局すべては「実験文化」「新しいものへの許容」がなければこの行政論も実現しえないのは、冒頭の悪循環からみても間違いないでしょう。今まで紹介してきたようなイノベーションラボを筆頭として、小さき実験をおこなうチームがまず必要なのかもしれません。
以下の問いで本文を、終えたいとおもいます。

・どうしたら、行政ひいてはわたしたち市民は、今みえていないことに対して、より広いまなざしを向けられるようになるでしょうか?
・実験や新しいものへの許容を促すための動機をどのように、かたちづくればよいでしょうか?

行政×デザインの話題についてもし興味をもっていただけたら、本マガジンのフォローをお願いします。また、このような次世代に必要なガバナンスやその取り組み、その他なにかご一緒に模索していきたい行政・自治体関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にTwitterDMまたはアドレス📩publicanddesign.pad@gmail.com宛にご連絡ください

Reference

Collection Foresight projects
https://www.gov.uk/government/collections/foresight-projects

Evidence and scenarios for global data systems
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/927547/GOS_The_Future_of_Citizen_Data_Systems_Report__2_.pdf

Fuerth, L. Operationalising Anticipatory Governance 
https://cco.ndu.edu/Portals/96/Documents/prism/prism_2-4/Prism_31-46_Fuerth.pdf

Foresight Future of the Sea
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/706956/foresight-future-of-the-sea-report.pdf

GOV.UK. Futures, Foresight and Horizon Scanning https://www.gov.uk/government/groups/futures-and-foresight

Rittel, H. & Webbe, M. 1973. Dilemmas in a General Theory of Planning.
http://www.sympoetic.net/Managing_Complexity/complexity_files/1973%20Rittel%20and%20Webber%20Wicked%20Problems.pdf

Ramos, J. 2020. Anticipatory Governance — A Primer. 
https://our-better-selves.medium.com/anticipatory-governance-some-starting-points-f16ae2fb6d06

The Futures Toolkits. 
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/674209/futures-toolkit-edition-1.pdf

Using speculative design to explore the future of Open Justice
https://openpolicy.blog.gov.uk/2019/11/01/using-speculative-design-to-explore-the-future-of-open-justice/

Wikipedia, Open Justice
https://en.wikipedia.org/wiki/Open_justice


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