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生活のなかの実験から市民に生成される、プロセスとしてのリビングラボ

市民に委ねる個からはじまる小さな変化、それが大きな変化や新しい民主主義の可能性になりうる、といった生活者が社会の営みをかたちづくっていく事例を紹介してきました。今回は、日本でも多くの取組みがみられるリビングラボについて考察を交え、論じていきたいとおもいます。

リビングラボとはなにか

リビングラボとはなんでしょう。直訳するとLiving=生活が営まれる/ Lab=実験場、となります。ここから、どこかの一室に閉じた日常と切り離されている「実験室」ではなく、生活の場に開かれている、むしろ生活の中で実験が進んでいく。そんなニュアンスを感じ取れます。
少し、定義をみていきましょう。

利用者が他のステークホルダーと同等に扱われるオープンイノベーションの哲学に基づいたイノベーションのネットワーク
What Is a Living Lab and How Can It Be Used for Open Innovation?より

先ほどの「開かれた」実験場というのは、あながち間違っていないようです。利用者の立ち位置にも述べられており、「実験対象」としての位置付け、対等の主体だと見直しが行われています。
またEuropean Network of Living Labsでは、現実の生活・コミュニティが強調された定義がなされています。

体系的な共創アプローチに基づく、ユーザー中心のオープンイノベーションエコシステム。研究とイノベーションのプロセスを、現実のコミュニティや環境に統合していくことを意図する
European Network of Living Labsより

まとめると、新しく何かを生み出す活動・プロセスを、企業や研究機関に閉じず、実際の生活者とともに、実生活の中で進んでいくイノベーションの仕組みとまとめられます。しかし、「イノベーションラボ」はこれまでも多く取り上げてきました。これらとなにが異なるのでしょうか。

リビングラボでは、利用者は日々の生活環境の中で、新しい活動をかたちづくる一方で、従来のイノベーションラボでは、利用者は専門家によって調査・観察・分析される
ーActor roles and role patterns influencing innovation in living labsより

と述べられています。これは、非常におおきな違いです。以前も述べたような「人々のためのデザイン」から「人々とともに/人々の手によったデザイン」のシフトがあり、根本的に依拠するアプローチが異なります。

リビングラボの類型

とはいえ、この「人々とともに/人々の手によった」アプローチにもグラデーションが存在します。論文"Living Labs as Open-Innovation Networks"では、リビングラボの主だった4つの類型: 事業主導型・地域主導型・アカデミア主導型・生活者主導型を整理しています。

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Living Labs as Open-Innovation Networksより

このなかで生活者主導型は現在ではかなり珍しいものであり、特定の誰かの管理下におかれずインフォーマル(組織化されていない)なものである、とされています。ゆえに、実質的なリビングラボといえるのかは、難しいところ。

リビングラボは一般的に、企業・自治体・アカデミア・生活者など異なるステークホルダーが協働しますが、誰が全体のリードをするのかによって、重要視される目的やそれぞれがもつ力配分が変わってきます。どれがいい・悪いではありません。たとえば、生活者主導のものは取組の規模やスケール性は生まれないでしょう。しかし、自ら「やりたい!」を実現して空虚なフィクションになってしまった"社会"に手触りを感じたり、身近な生活を自分たちで潤していく"愉しさ"は、まったくスケールや規模的インパクトでは測れない別様の価値があるはずです。一方で、よりシステミックな変化を生み出したいなら、生活者だけではリソースが足りない可能性もあるでしょう。

さて、この類型に沿って、ふたつほど事例を見ていきます。

Care(e)rs Rally|アカデミア主導型

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Living Lab Methodology Handbook. p.36

「Care(e)rs Rally」は、「在宅介護の専門家のためのキャリアパス」の研究から派生したプロジェクト。目的は高齢者や障害者に提供される、在宅ケアサービスの質を向上させること。プロジェクトの焦点はこうした仕事に興味のある人たちが、ロールプレイのワークショップや、経験豊富な専門家とのディスカッションを通じて、職業の現実を知ってもらうことでした。

まず高齢者の自宅での自立を維持する上で重要な役割を果たしているため、在宅介護士のキャリアパスについて詳細なリサーチや分析を行い、この仕事をより魅力的なものにするために、在宅介護者の労働実態やボトルネックを理解し、取り組みの道筋を明らかにしました。そこからアイデアやプロトタイプを研究チームが介護士たちとともに作っていきました。

生活者の関わり方

本プロジェクトは、プロジェクトの枠組みをつくる・リサーチ・分析と共有・アイデアの協働デザイン・実験・評価から成り立ちます。この過程で、とくにプロセスを通じた在宅福祉士・ホームヘルパー・介護を要する高齢者との関わりが重要になります。

しかし実際には仕事の忙しさにより時間の確保も難しく、介護福祉士たちはたびたび雇用主による代弁されたり、福祉士に職業訓練をおこなった企業からも話をきくことで、視点を補ったそうです。福祉士やホームヘルパーの他に、介助士、職業セラピストなどもリサーチ段階には関わり、インタビューが行われました。全体で10人へのインタビュー(うち2人は仕事の行動観察まで行う)、20人でのグループ・ディスカッション、在宅支援における意味や困難をさぐるワークショップ、4人の高齢者たちへの介護にまつわる期待や困難をさぐるインタビューが行われました。

コ・デザインのフェーズでは参加者は5つのグループに分かれて、インタビューリサーチをもとにした3人の在宅支援専門家のそれぞれの人生シナリオから、職業の現実を知るためのアイデアをともに発想していきました。とりわけ、参加した介護福祉士たちは提案された人生シナリオに向き合うなかで、自分自身の意見がどのように反映されているのかを知ったり、働き方や生を見つめ直しが起きたと述べられています。これは、ひとりひとりが仕事の意味に向き合う上でも重要な副次効果だと感じました。

その他のステークホルダー

在宅介護に関わる研究機関は、いかに求職者に介護・福祉への興味を向上させられるか、に関心がありプロジェクト自体が研究対象として関わっていました。また自治体の福祉部門などを中心に公的機関も関わり、彼らとしての取組みの現状を知としてもちよる・政策にアイデアをつなげる可能性をひらくなどの役割を担います。最後に企業としては、福祉士を雇用している会社の人々が、知をもちよったり、アイデアをより実現可能なかたちに適応させたり、と貢献をしました。

実験されたアイデア

実験されたアイデアの1つがCare(e)rs Rally。介護の仕事に応募する人は、その実態や困難さを知らないことが多かったそうで、当然ながらミスマッチもそれに応じて増えます。また、雇用主は適応した応募者を見つけるために多くの時間をかけていました。

こまつしまリビングラボ|生活者主導に近い地域ーアカデミア連携型

日本でもリビングラボの取組みは盛りあがってきており、たとえば鎌倉市は東京大学の高齢化にまつわる研究チームと協働し、鎌倉リビングラボをはじめていたり、大牟田未来共創センターという認知症ケアにおける「パーソンセンタード」という考えをもとに立ち上がったものも存在します。すでにいくつものラボがあるなか、今回は徳島の「こまつしまリビングラボ」を取り上げます。徳島県小松島市において、助成金をうけながら徳島大学と小松島市が共同運営という形式をとり、2018年に立ち上がりました。

このラボの非常に特徴的な部分としては、自治体や研究者がアジェンダ設定やアイデアを生み出すのではなく生活者が大きな決定権をもって進めているところです。おそらくですが、研究チームとしてはリビングラボへの関与が与える個人への影響・態度変容や地域への影響などを研究している模様です(参照)。

2018年にはいくつかのワークショップを開催して、アイデアを生み出すまでのプロセスなどを試しつつ、10年後の未来像などを描いていました。2019年から、ビジョンの実現にむけて本格的に始動をして、それぞれの生活者が知る地域資源に関する知を共有しあい、アイデアを生み出します。

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画像: こまつしまリビングラボ2019、始動!|後編|より

その後、アイデアのブラッシュアップを経て、参加者おのおのが最も実現したいアイデアごとにチームをつくりました。ひとりひとりの衝動が重要なことはこれまでも述べてきました。この生活者の衝動が生まれてくるプロセス自体を、運営主体である自治体・大学が外部のファシリテーターの協力を得ながらかたちづくっているのが、素晴らしいところ。以下のように、大きなプロセスも公開されています。

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画像: 2019年 新チャレンジプログラムより

実際に下記のプロジェクトは生活者が主体となり実験を行っています。たとえば実際にレンタルサイクル(シェアサイクル?)を街中に置いてみたり、と小さな規模で試してみたり、子育て支援の仕組み作りのプロトタイプとして、カレーを親子たちが交流しながらつくるワークショップを実施しています

・人が集う海岸に「横須海岸をきらきらひかる砂浜に」
・小松島を自転車の街に!「小松島サイクルシティプロジェクト
・地域の子育て支援の充実を「やまももこども園プロジェクト」
・面白いこと・人が集まるコミュニティの場作り「酒蔵ホテルプロジェクト」

2019年の実験を経て、プロトタイプでの学びの共有を行うなど、各チームの交流の場などを運営が積極的にもうけることで、関わっている生活者のつながりを強めつつ、実践知をわかちあえるように促しています。

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画像: こまつしまリビングラボ2020キックオフを開催しましたより

本事例は、プロセスを通じて生活者の衝動をはぐくみ、それを実現する考え方やスキルを構築するために運営が足場をかける好事例ではないでしょうか。

一方、3年間を経て、それぞれのプロジェクトは進んでいますが、途中から関わっていきたい生活者へどのくらいひらけているのか、柔軟な参加方法の設計をどうしているのか、などより知りたいと思いました。この3年自体がこまつしまリビングラボの構想を検証している期間だといえますが、今後特に助成金が活動資源であるゆえにどのように持続的に運営していくのか、どうスキームを発展させていくのか、など非常に気になります。

またStrandbergは、「パイロットプログラムは、ファシリテーションによる行為主体は形成されても、それが必ずしも自ずからわく行為主体性にはつながらない」と述べます。旗があげられるからそこに人が集まり、サポートがあるから行える。もちろん、これは最初の段階としては必要な取組です。一方、重要な問いは、リビングラボといってもハレ的性質をはらんでいるため、その外、つまりケに接続された継続的な行為主体性をサポートしてくのか、と問いかけています。

人々の変容プロセスとしてのリビングラボ

個人的に素晴らしいと感じた事例をふたつ紹介しました。一方で、調べていくなかで出会った事例で「仮説を検証する」際に市民にテストに参加してもらうような関わり方も多く見受けられました。

それでは、従来のラボとなんら変わらないでしょう。つまり、多くのリビングラボという名だけのラボに成り下がっているのが現状なのかもしれません。もちろん、プロジェクトの予算や時間的な制約もあるでしょう。しかし、それ以上に生活者を検証して情報を得たいがための「実験対象」だと見なしてはいないか。そこをもう一度考えなければいけないかと思います。

リビングラボでは市民は能動的な市民ー主体へと変容します。市民はリビングラボの参加者でもあり、主体なのです。この考えは、たとえば参加と関与の仕方について、倫理的な問いを投げかけます。
ーThe ethics of living labs on citizenship transformationより

リビングラボに限らず市民参加にはいくつもの形式があります。有名なのはArnsteinの「市民参加のはしご」です。これに照らすと、多くが形式的な参加やプロセスに影響を与える実際的な力をもたない存在になっているのではないでしょうか。論文に述べられるプロジェクトでも、当初は専門家の視点から活動が組織だてられ、市民は規定された「箱」に閉じ込められ、真に参加するちからを持ち得ていなかったと、提起されています。

生活者以外の主導によるものでも、力の分配やどういう役割としてみなすのか。"リビングラボ"を謳うのであれば、本当に生活の中で生活者も主体となって実験が行われている。それが生活者の変容につながっていく。そこなしでは、リビングラボとは呼べないのかもしれません。
日本におけるリビングラボ研究で著名な安岡美佳さんは下のように述べます。

3~5年の長期的なタイムスパンで、考える参加型デザインの手法「リビングラボ」のキモは、関わる人の意識を変えることだ。つまり、一般に言われるように、単にコミュニティを社会実験の場にすることが本質なのではないし、時間を短縮するためであればマニュアル化することには、意味がない
リビングラボの肝より

通常のプロジェクト単位での参加は、短期間で終わってしまうことが多い。それに比べ、リビングラボは拠点をもち、中長期で人々のかかわりが生まれてくる場として機能しうる。ゆえに、それだけ人々が、かかわりの中で、つくる過程のなかで、実験のなかで、「変わっていく」ことに重きを置く。その意義には非常に共感できます。

The Negotiation of Hopeにも「変容的な参加」ということばも出てきいます。また、ビースタは著書「民主主義を学習する」において、"市民"とは最初から存在するものではない、と述べます。シティズンシップ教育をしたから市民になるわけでもありません。日常の実践のなかで、プロセスの中で徐々に市民に変容していく・生成されていく。そう述べています。リビングラボは、はびこる消費者マインドから、ともにつくり実験する過程を通じて生活者・市民への生成するアプローチといえるでしょう。

おわりに

単発のプロジェクトではなく、また単にアイデア創出の場ではなく、長期的なインフラストラクチャとして、人々が市民に生成されるリビングラボ。ぜひ、公共とデザインでも取り組んでいきたい営みだなと思いました。

・どのように地域や自治体として、人々のポジティブな変化の可能性が育まれる機会を提供できるでしょうか?
・生活者として、日々の生活から出てきた関心やもやもやからプロジェクトに落とし込むとしたら?

今回のように行政×デザインの話題についてもし興味をもっていただけたら、本マガジンのフォローをお願いします。また、このようなリビングラボの構想・支援、その他なにかご一緒に模索していきたい行政・自治体関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にTwitterDMまたはアドレス📩publicanddesign.pad@gmail.com宛にご連絡ください。

Reference

Biesta, G. 2014. 民主主義を学習する: 教育・生涯学習・シティズンシップ
https://amzn.to/31fKyG5

Leminen, S., Westerlund, M., Nystrom. 2013. Actor roles and role patterns influencing innovation in living labs

Leminen, S., Westerlund, M., Nystrom, A: Living Labs as Open-Innovation Networks; Technology Innovation Management Review

Pop, O. 2018. What Is a Living Lab and How Can It Be Used for Open Innovation?
https://blog.hypeinnovation.com/living-labs-and-open-innovation

Strandberg, V. 2019. Promoting citizen agency in living labs - what still needs to be done?
https://kennoconsulting.com/en/journal/promoting-citizen-agency-in-living-labs-what-still-needs-to-be-done

Tsui, S. 2019. Empowerment of the New Citizen-Subject: The ethics of living labs on citizenship transformation

Till, J. 2005. THE NEGOTIATION OF HOPE

U4IoT. 2017. Living Lab Methodology Handbook
https://u4iot.eu/pdf/U4IoT_LivingLabMethodology_Handbook.pdf

安岡美佳. 2017. リビングラボの肝https://jensens.hatenablog.com/entry/2017/03/22/020633

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