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目標が消えてしまうと思った時のはなし

「夢を叶えるための道は1本ではない」という話、今まで色んなところで聞いてきたけれど、何か目標のためを思って今まで続けていたことを辞めてしまうことはとても怖いことだと思っていました。

半年ほどモヤモヤ悩んでいたことへの答えがようやく見えてきた気がするので、少し、今の自分の考えをnoteに書いてみようと思います。


私は高校2年の頃に出会った人や知り合いがきっかけで、「舞台やディスプレイなど空間に関係するアートに携わりたい」という夢を持ちました。
そこで高校生の私はまず芸術が学べる大学を目指します。
とはいえ、芸術大学は莫大なお金がかかるだろうから親に反対されるかもしれないと思っていたし、画塾も行っていなかったし、芸術を学問の方面から学ぶことが出来る一般の(芸術大学ではない)大学を目指していました。

しかし、現役生では合格することが出来ず、そして浪人をしても目標の大学には手が届きませんでした。
2年間必死で目指していた目標でしたから、届かなかったと分かったときは正直酷くショックを受けました。幸い、「受験してみるだけ」のつもりで滑り止めとして受験した芸術の大学のみ、筆記の試験で合格し、両親の理解のもと、この大学に通うことになりました。

芸術大学に通う予定が無かったのに芸術大学に来ることになった

そんな不思議な感覚で入学しました。

けれども依然として、
将来、空間の美術に関わることがやりたい!
という夢はあったので、大学入学後、授業も課外活動も(自分で言うのもなのですが)かなり頑張りました。

他の大学の授業や課題についてよく知らないけれども、私の通う大学では、課題は作品を制作することだったり、作った作品が評価をされる対象になります。(もちろん出席点や授業態度も評価される対象にはなりますが)
画塾も通ったことが無かった私にとって、作品が成績の評価対象になるというのは義務教育過程の図工や美術、そして高校での美術の授業以外で初めてのことでした。

そして、私は絵を描くことやものを作ることは子供の頃から好きだったけれども、作品作りに魂を込めるたくさんの人々に囲まれることもデザインや芸術の知識もこれまで全く無かったので、毎日が刺激的でした。

第1志望では無かったけれども、この大学に入ったことは後悔していません。

△2回生の頃作った模型作品。

△学園祭の装飾物も作ったりしました。

さて、時が経ち、現在3回生。(それももう半分が過ぎてしまいました。)

来たる就職活動という次なる進路選択大イベントに備え準備を進めています。

けれども、3回生になってから、私は高校2年の頃に持った夢を目指すことが苦しくなってしまいました。

3回生になる前の春休み、高校生の頃憧れだったお仕事のお手伝いをさせて貰えることになったのです。ディスプレイ空間を創るという、クリエイティブなお仕事を体験してきました。
ハードでしたがやりがいもあり、お仕事とはいえ楽しく貴重な時間を過ごすことが出来ました。

けれども、どこか、思っていたのと違いました。

私は、クリエイティブなお仕事に憧れを持っていたと思っていたけれど、本当はお仕事に憧れていたのではなくて、その仕事に誇りと愛をもって楽しんで取り組んでいる「人」に憧れていたんだ。

私は空間を創ったり表現をすることがしたいわけじゃないのかもしれない。

「憧れの人のような仕事がしたい」という目標を持って5年目にして、そう気づいてしまいました。

実はこのお仕事をお手伝いしに行く数ヶ月前、大学2回生の後半頃から私は、大学の授業でものをつくることが苦しくなってきていました。

他の作品との正確な比較や評価が難しい、ゼロから1を作る世界。自分の生き方や思想が形になって見える、形にしなければいけない。努力をしても、それが楽しいと思っている人には絶対適わない。
ものを作るクリエイティブな仕事に就く自信や、作品を作り出す勇気が無くなって怖くなってしまっていました。

芸術の大学で、作ることが嫌だとか怖いだなんて、なんでこの大学来たんだろうってことにならないか、なんて考えも浮かんでしまい、余計に不安になっていました。

この先、ものを作ることを仕事にしても、あの憧れの知り合いのように、楽しく愛をもって一生懸命取り組めるかどうかわからない。自信が無い。無理かもしれない。

何より1番不安で怖かったのは、高校生の頃から今まで目標としてきたことを今更になって諦めなければいけないかもしれない状況になってしまったことでした。

それでも、かつて同じ大学を2年も真剣に目指したくらいの頑固な性格の私ですから、私はなかなか簡単に諦められないのです。そもそも諦め方が分かりませんでした。

とにかく、私はもっとたくさんものを作ったり表現することをしなければいけないんじゃないか

結局がむしゃらにやるしかないのかしらとモヤモヤ考えつつも、3回生の前半も作品作りを頑張りました。

今あるものに手を加えて新しいプロダクトを考えるというような課題で、切りたいテープの長さを測ることが出来るテープカッターを考えたり

瓶のフタをコレクションするようにマンホールのフタをコレクション出来るものを提案したり

中身は薄っぺらいし、実現性が無かったり、評価は低かったりしたけれども考えたことを形にするということを自分なりに真剣に取り組んでみたつもりです。

きっと多分、ものを作ることが楽しいと思うための1歩は踏み出せたのかもしれないし、これが少しずつ重なればいつか自然と楽しいと思える日が来るかもしれない。

けれども相変わらずモヤモヤしたままの日は続きました。

大学在学中に楽しいと思える日が来るとは限らない。
どんどん周りが就職先について考え出している。
自分も現実を見なくてはいけない。
目標を諦めてしまえばいいのだろうけど、今まで目標としてきた自分の努力を無にしてしまうことになるのではないか。

半分晴れているのに大雨が降って、虹が2度見えたつい先日、やっと少しだけこれから自分がどうするべきか、考える事が出来ました。

「諦めるんじゃなくて、卒業だと思えばいい」

これは、1人で答えを出すのは限界だと思ったその時に母が言ってくれた言葉です。

言われた時は諦めるも卒業も同じなんじゃないかと思ってしまったのですが、落ち着いてその意味を自分なりに考えてみました。

多分「諦める」というのは、到達出来なかったり、到達出来ないことが分かった夢や目標に対しての言葉なんだ。
「諦める」と、自分が目標のために信じて辿った道だけが残って、進むはずだった道が無くなってしまう。
でも、これまである目標のためにと辿ってきた道を「卒業」すると考えれば、次に進む道のことを考えられるのではないだろうか。

私は頑固な性格のあまり、今まで目標のために頑張ってきたという道から外れてしまうのは良くないことだと勝手な思い込みをしていました。

憧れの人のようにならなきゃいけない、と勝手に自分で設定して信じていたことを卒業しよう。


私は何か自分の作ったもので人を喜ばせたり、自分も嬉しくなったりする感覚は趣味の消しゴムはんこで良く知っているし、今のところ、消しゴムはんこを作ることは大好きで居られています。

多分ものを作ることが完全に嫌いで出来なくなったという訳では無いと自分では思うのです。

自分が心地よいと思うことをしたり、好きだと思うことをしたり、今出来ることを1つ1つ真剣に取り組んで卒業を繰り返していれば、いつか「楽しい」「一生懸命になれる」ものに到着するかもしれない。

今はこう考えて次に進むことにしました。

この夏は、少しずつ今の自分に出来ることをやっていく時期にしたいと思っています。

まだ、就職のことは全然決めていないしまだ解決していない悩みはあるけれど、前を向いて目の前のことを一生懸命やっていきたいと思っています。


#自己分析 #芸術 #大学生 #悩み #目標

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空間デザインを学ぶ芸大生。小学3年生の頃から続けている消しゴムはんこの他、イラストを描いたりデザインしたり。好きな動物はペンギンと猫、色は虹色。Twitter・Instagramやっています。note初心者

コメント1件

すごく文章に救われました。
ありがとうございます。
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