硝子の手紙
君にどうしても伝えたい事があるんだ。
どうしたって、伝わらない事なんだ。
だから俺は今日、此処に置いていく。
君だけに宛てた思いだ。きっとこれだって伝わることはないのだろう。
でもどうか、ほんの一欠片だっていい。
此処に置いていく俺の思いが届くのなら。
君は小さな身体でいつも大きな荷物を持っていた。
君は小さな手を一生懸命俺に振ってくれた。
君の小さなその口から大きな声が出たときは、本当に驚いてしまったからさ、急に飛び立ってごめんな。
「あっ!おはようございます」
辿々しい喋り方に似つかわしくない丁寧な言葉で挨拶をしてくれるのが、君の日課だったね。柔らかそうな髪の毛をなびかせ小さくお辞儀をする君はなんていうかほんとうに可愛らしかったんだ。
最初の出会いは何だっけか。どうも忘れっぽい俺の頭の中には散りばめられた記憶しかなくて。でも君の声を聞くとその記憶が一つに纏まってくれるような気がしたんだ。
「今日は寒いよね〜」
時々君は友達にするような世間話をする。
それがあんまりにも自然なもんだから俺はいつのまにか人間になったのかなって思ったくらいだよ。
本当にそうなる事が出来たのなら良かったのに。
そう思い始めたのはいつからだっけなぁ。
俺は、君とは違う。
俺は君の友達にも恋人にも知り合いにだって家族にだってなれない。せめて嫌いな人にだってなれたら良かったけれど、どうしたって君とはこれ以上近付くことは出来ない。
あの日、君が笑顔でお別れを言いに来てくれた日。
「この街を出るの」と輝いていた眼を思わずつつきそうになった俺の汚い心を、どうかゆるしてほしい。
何時の間にか大きくなった君の手。
あの時せっかく握手をするように俺に差し出してくれたのにな。握り返すことが出来なくてごめん。
人間だったら良かったのにな。
君の手の温もりさえ今も知らないままなんだ。
ほんとうに悲しかったんだ。
ほんとうに辛かったんだ。
大きな声で鳴きたいのに俺の嘴はカチカチと音を立てるばかりだった。
何でだろうな。
あの日から君の声が聞きたくて仕方ないのだ。
君の姿が見たくて仕方ないのだ。
もっと鳴けば良かった。
もっと、君の側に飛んでいけば良かった。
君の好きな人になれなくても、俺が君の事を好きだということを知って欲しかった。
忘れないように君の事を毎日思い出すようにしているけれど、いつか忘れてしまうのかもしれない。
もしかしたらその方が幸せなのかもな、なんて思ったりもしてるよ。
それでも君が昔を惜しむ時に、そういえばすごく懐いてくれた鴉がいたな、なんて思い返してくれたらやっぱり、うん。すごく嬉しいなって思うんだ。
順当に進めば俺の方が早く命は尽きていく。
君に出会ってからの日々が俺の命をきっと空高く運んでくれるだろう。俺の羽根では到底届かない、その先へ。
ありがとう。ほんとうに。
だいすきだよ。ほんとうに。
置いていくこれはきみとってはただの硝子の欠片かもしれない。でも初めて見つけた時、空がそのまま溶けたように見えてさ。俺にとってはすごく綺麗だったから、君に渡したいと思ったんだ。
だから君宛に、置いていくよ。
いつかまたこの場所に帰ってきた日の為に。
君宛に、伝えるよ。
君だけに、伝わってくれないか。
そう、これは俺なりの恋文。
喋る事も文字を書くことだって出来ない俺だけど、代わりにこの硝子の欠片にすべての気持ちを置いていくよ。
どうか見つけて。叶うのならば触れて欲しい。
そうしたらやっと、
きみにこの想いが伝わる気がして。
◎コンテストに参加させて頂きました。
素敵なお題で書く機会を下さりありがとうございます。以前書いたカラスの話に似てはいるのですが、いつかあのカラスの想いを伝える機会を作りたいと思っていたのでこの作品がかけてとても嬉しかったです。
ここまで読んでくださりありがとうございます。