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パティスリーのtarte

【写真】マクロン大統領
水曜の夜、フランスでは春に続いて2度目のロックダウンが打ち出されました。

水曜日の授業後(ロックダウンの発表前)、厳しい制限になるだろうという噂が方々で飛び交い、危険を察した私はパティスリーに駆け込みました。店が開いているうちに行こう、という魂胆です。(アナウンスの結果、飲食店は持ち帰りだけ認められています。)

ロックダウンの影響の一つとして、大学などの高等教育機関が閉鎖されます。
私が所属する料理学校は、高校生くらいの年齢の学生も、社会人の外国人もいます。しかし少なくとも調理場の授業は、これまでどおり継続されることになりました。変更点は講義形式の授業やフランス語の授業などの座学はオンラインで行われる点です。

さて、パティスリーに駆け込んだ目的は、"tarte"の土台の役割を考えてみることです。
先日のタルトの授業があった時の様子はこちら。


このとき、土台はタルトを構成する要素の一つで、それ自体としてベターな焼き上がりを求めつつ、他のフィリングや装飾とも調和する存在だといった仮説のようなことを書きました。

仮説は検証し上書きし続ければ、強固な自論になります。
この仮説をもとに、街中に出てみることにします。
もちろん"tarte"は、ちょっと齧ってすべてを語れるほどヤワなテーマではなさそうなので、街角に繰り出すことと文献に当たることを繰り返して、何とか切り崩すポイントを見つけてみたいと思います。一日ごとに実践と課題の整理をし続ける、自転車操業です。

ということで、まずはパティスリーに足を運ぶことにします。
今回は2店舗、個人的に焼き色がおいしそうだなと思ったお店を選びました。

1店目は日本でもおなじみ、ピエールエルメです。
6区に同氏のパリ1号店がありますが、その道路挟んで向かいにあるカフェに入りました。1号店に入り、拙い英語で店内で食べたい旨を伝えると、黒人女性の店員さんに「日本人のお客様ですか?カフェでしたら向かいにありますよ」と流ちょうな日本語で返され、何だか恥ずかったです。
ちなみに同氏はパリ1号店よりも前に、世界1号店を赤坂のニューオータニ内に出店しています。日本に数多く出店するだけでなく、食材を探求すべくたびたび日本を訪れています。小麦粉を求めて北海道・美瑛まで行くような姿勢は見習いたいです。

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注文した菓子の名前は"TARTE INFINIMENT PIGNON DE CÈDRE"です。

"infiniment"は公式ページよると、以下の通りです。
「どこまでも限りなく”という意味を持つInfiniment(アンフィニマン)シリーズは、複数の素材の組み合わせによって構成されるフレーバーではなく『ひとつの素材』を核にした作品のことを意味しています。...ひとつの素材を追求し、マカロンやタルト、焼き菓子などに展開することで、その素材が持つ甘味、酸味、苦味などすべての味わいが堪能できるのです。」

シリーズ化させて、各芸術分野で見られるようにコレクションとして菓子を発表し始めたところにピエールエルメの偉大さを感じます。代表作のイスパハンは"fétish"(フェチ;好きでたまらない)シリーズから生まれたものです。

"pignon de cèdre"は直訳すると杉の実です。松の実なら分かりますが、杉の実を食べるとは聞いたことが無いので、本当に杉の実の訳で合ってるのか分かりません。

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見た目は、濃いめの焼き色の土台に、艶やかで柔らかそうなクリーム、装飾にカリカリしてそうなものが乗っています。装飾に砕いたナッツのようなものがあるので、ナッツがいろいろと形を変えてこのケーキの中に登場することを期待させます。
光沢のある柔らかなフォルムは流行りなのでしょうか。街中のパティスリーでよく見かけます。

菓子屋の世界観があるので食べかけの写真は載せませんが、初めに切って層の数に驚きます。わずか3~4cmの高さの中に、少なくとも装飾以外に5層あります。
公式ページによれば、構成は"praliné"(アーモンドやヘーゼルナッツに砂糖を加えてすりつぶしたもの)、"biscuit imbibé"(たぶんシロップを含んだ生地のことです)、"crème onctueuse"(たぶんグラサージュのことです)、"crème Chantilly"(ホイップクリーム)、"nougatine"(砕いたナッツ+キャラメル)、そして土台に"pâte sablée"(パートサブレ)です。土台を除いて"pignon de cèdre"が使われているようです。

味については、一口食べてみるやいなや土台が崩れ、岩塩のようになった粒が幾層ものクリーム中に香ばしい香りをばらまきます。クリーム層の詳細は今回の主題ではないので割愛しますが、いろんな食感がありながらも、同じ食材を使っているので味に統一感があります。

このタルトの中での土台の役割を考えてみると、
1点目に骨格としての役割が挙げられます。クリーム層が土台にあったら動かすのに不都合です。
2点目に色合いが考えられます。ざらざらとした濃い茶色は、艶やかなグラサージュと対比されます。
3点目に食感です。形あるものがぼろぼろと崩れる儚さは、クリームでは表現できません。
4点目は香りです。これは今回初めて気が付いた土台の役割です。小麦の生地のしっかりと焼き上げられた香りはメイラード反応というものによるものですが、甘い生地に疲れたところにこの香りが加わると、バランスがとれて引き締まる印象があります。ときどきアイスクリームにビスキュイが添えられていることがありますが、関係するのでしょうか。今は分からないので保留にします。

比較のため、パティスリーをハシゴします。

2店目は近所のパティスリー。
以下の記事で紹介した"chausson aux pommes"のお店です。

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ダージリンティーと一緒に"JAUNE LIMONE"というケーキを注文。
"jaune"は黄色、"limone"はレモンのイタリア語でしょうか、わかりません。

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見た目は、メレンゲを除けばシンプルな構成です。濃い焼き色の土台に、レモン色のフィリング、装飾にサクサクのメレンゲです。レモンの皮が載ったメレンゲからさわやかな香りがします。見た目から柑橘のフレッシュな味わいを予感させます。

こちらも公式ページによれば、構成は"tarte crème citron jaune"(レモンタルト)、"crème d’amande"(アーモンドクリーム)、"meringue croquante aux zestes de citrons"(レモンの皮のサクサクメレンゲ)です。土台について詳細に触れていませんが、1店目と比べると、キメが細かくシャープです。生地の厚さが薄いです。

味については、レモンの目が覚めるような酸味がありながらも、底に薄く敷かれたアーモンドクリームでバランスがとられています。1店目と同様、土台はフィリングに香りをばらまきますが、さらさらと崩れるので、フィリングの滑らかな口当たりを邪魔しません。(1店目のものはフィリングが気泡を多く含むもので、土台がゴツゴツと荒く崩れるところがむしろ心地良かったです。)
驚くべきはメレンゲが一連の流れの最後に仕事をするところです。レモンの香りと土台の焼き上げられた小麦の香りとで終わるかと思いきや、メレンゲが口を潤して(ざっくりと粉糖を口に含むイメージです)シュクッと消えるとともに、レモンの後味を消してしまうのです。まるで一口で完結するショートストーリーを見せられたかのようにです。とても菓子屋らしい、夢のある瞬間でした。

さて、このタルトの土台の役割を1店目と比較して考えます。
1点目の骨格としての役割は、ここでも適用されそうです。少なくとも流動的なフィリングを入れる場合、器の形をする必要がありそうです。
2点目の色合いの役割も、適用されそうです。真っ白なメレンゲが一層映えています。
3点目の食感も当てはまりそうです。さらさらとした崩れ方でしたが、フィリングにもメレンゲにもない特徴を表しています。
4点目の香りについては、ここではさほど意識されませんでした。生地が薄かったからでしょうか。フィリングの水分を吸っていたことも関係するかもしれません。全体とのバランスにおいてレモンがしっかり感じられた以上、特に必要ない要素だったのかもしれません。
2店舗に共通していたので気が付きませんでしたが、5点目の役割に形がありそうです。四角いタルトはあまり見ませんが、形が味に与える印象の違いは侮れないのでこれもチェックしときましょう。

さて、そろそろ今回の終着点を見つけたいところですが、土台の役割はありきたりな言葉が並んでしまいました。言わなくともそりゃそうだろう、といった内容です。

ではどこから掘り下げられそうか。
土台はどんな種類があり、どう使い分けるか、ということが気になります。
実は、学校で作った"tarte aux pommes"には"pâte brisée"という生地が、今回の1店目では"pâte sablée"という生地が、そして3店目では(恐らく)"pâte sucrée"という生地が使われています。生地の種類については、用途に合わせて体系づけられているので、文献に当たりやすそうです。そして生地の違いを知ることは、フィリングとの相性を考える上で参考になりそうです。

今回食べた2店舗はいずれも芸術的な域の世界で、組み合わせの妙は真似できないものですが、一つ学んだことを挙げるとすれば、土台は単なる器に限らず、ということでしょうか。

このテーマはまた追って。

【参考】
■Piere Hermé
飲み物、ケーキ(TARTE INFINIMENT PIGNON DE CÈDRE) 13€
■KL patisserie
飲み物、ケーキ(JAUNE LIMONE) 14.8€


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