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『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』 にコロサレル!

モキュメンタリー(フェイクドキュメンタリー)という映画のジャンルがある。
個人的なモキュメンタリー映画ベスト3が『スパイナル・タップ』 『容疑者ホアキン・フェニックス』そして『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』。
今回はその中から、先日14年ぶりに続編がAmazonPrimeVideoで全世界同時配信になった『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』について書きたいと思います。

※現在配信されている続編『続:ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』のネタバレは含みません。

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簡単なあらすじ

アメリカ文化をリポートする番組を作るため、カザフスタンからニューヨークにやってきた国営テレビの突撃レポーター、ボラット(サシャ・バロン・コーエン)。ある日、ホテルで『ベイウォッチ』の再放送を見た彼は、パメラ・アンダーソンに一目惚れ。彼女を自分の妻にするため、ロサンゼルスへ向かう。
ーYahoo映画より

モキュメンタリーとは?

モキュメンタリーとは、映画やテレビ番組のジャンルの1つでフィクションをドキュメンタリー映像のように見せかけて演出する表現手法。
日本では「フェイクドキュメンタリー」と呼ばれたりしているが、皆さまあまり聞き馴染みのない言葉なのではないだろうか。
このジャンル、日本ではほぼ未開(一時期テレビ東京が深夜ドラマで頑張っていたが…)で、世間に知られている作品はほとんどないと思う。
というのもこのジャンルは非常に日本人と相性が悪い。
モキュメンタリーは構造上、相手を騙すという行為が付いてくる。
そして不謹慎なことや目を背けたくなるようなことを笑い飛ばすという要素が強い。
これが日本人は大の苦手である。
今後も日本ではなかなか発展しづらいジャンルなのかな…

サシャ・バロン・コーエンの原点

本作で主演/製作/原案を務めるサシャ・バロン・コーエン。
彼はロンドンの正統派ユダヤ教徒の家(母親がイスラエル出身のペルシャ系ユダヤ人)に生まれて、大学でモンティパイソンの出身コメディサークル“ケンブリッジ・フットライツ”の公演に参加して、大学卒業後はファッションモデルとしてファッション業界に身を置くことになった。
偏見と差別の歴史を抱えるユダヤ教。
すべてを笑い飛ばすシニカルなコメディサークル。
華やかで多種多様な人々が混在するファッション業界。
彼が歩んできた道のりが彼のアイデンティティや芸風を形成している。
そして役を離れた彼は現在も相変わらず良識的で敬虔なユダヤ教徒である。
そんな彼のバックグラウンドや日常を知ると、彼が演じる破天荒で非常識で無作法なキャラクターが逆説的に笑えるようになる。
それこそが彼が仕掛けるフェイクなのかもしれない。

最強の“負け顔”俳優


本作は彼がイギリス/アメリカのコメディ番組『Da Ali G Show』で作った“ボラット・サグディエフ”というカザフスタンのジャーナリストのキャラクターを元に制作された。
途上国カザフスタンから先進国アメリカに非文明的な男“ボラット”が文化を学びにいくという設定なのだが、サシャ・バロン・コーエンはそもそもカザフスタン人ではなくイギリスの中産階級の出身でもちろん英語も話せる。
さらにユダヤ人を卑下するような発言をたびたびするが、上記の通り彼自身敬虔なユダヤ教徒である。(結婚した女優のアイラ・フィッシャーもユダヤ教に改宗した。)
つまりこれはすべてフェイク。
彼は人々とのファーストコンタクトの時にへり下りながら「私はあなたには何の害もないただの外国人ですよ」っていう顔をして近づく。
サシャ・バロン・コーエンはこの“負け顔”が絶妙にうまい。
この演技によってもれなくみんなボラットのことを見下して(もしくは憐れんで)応対する。
そして気を許して「こいつになら何言っても平気だろ」と気持ちが大きくなって、ついつい社会的に他人に言うべきではない本音を話してしまう。
最後はボラットの非礼で無作法で非文明的な対応に激怒するか、呆れるか、関わり合わないようにする。
これ実は映画には出てこないんだけど最初に、差別発言をしている方々にはもれなく撮影した映像の権利の許可を得る書類にサインさせている。
しかもカザフスタンのテレビで放送すると思わせておいてちゃんと書類を読むと「全世界での放映権」と書かれている。(ちゃんと書類にサインする時は全部読まないとね。
よってアメリカのテレビや映画で差別的な発言が放送されても、本人たちが訴えられない仕組みになっているのだ。
それでもいくつか訴訟は起こされているみたいだけど。

アイロニックなコメディ

主人公ボラットと彼に付き添う番組プロデューサー(役)のケン・デイビシャン演じるアザマットが2人だけで英語以外の言語で話す場面が幾度も登場する。
周囲の人々はもちろんカザフ語(カザフスタンの国家語)だと思っているが、実はこれはヘブライ語で話している。
「ユダヤ人なんかクソだ」と言いながらユダヤの言葉であるヘブライ語を使っているという皮肉。
もちろんアメリカの路上にカザフ語やヘブライ語がわかる人はそうそういないので(ヘブライ語がわかる正統派の人々はいても見た目ですぐにわかる)気づかれることはない。

さらに本編の中でユダヤと共に卑下されているロマ(本編ではジプシーと表記されているが差別用語とされているためロマと置き換える)の存在。
ロマは日本ではあまり知られていないが、ユダヤと共にホロコーストの対象とされ偏見と差別を持って扱われてきた集団である。
そしてそのロマの人口が最も多く、差別が繰り返されたと言われる国がルーマニア。(ちなみにルーマニア政府は「国内にロマはいないため、ロマに対する差別問題は存在しない」という公式見解を発表している。)
そしてここで映画の冒頭に戻る。
ボラットが「ここがカザフスタンの自分の故郷だ」と言って差別的で非文明的な視線で紹介する村があるのだが、ここが実はルーマニアなのだ。(ルーマニアのシンティロマ村で撮影されている。)
さらに劇中でボラットがたびたび発する「ヤグシェマシュ」(お元気ですか)と「チンクイエ」(ありがとう)はポーランド語。
第二次大戦中に大量のロマとユダヤ人がアウシュビッツを始めとする収容所に強制的に送られた場所が当時ドイツの占領下だったポーランド。

アイロニック。相手が意図することと反対の皮肉。
これはそんな種類のコメディに思える。


心に咲き狂う惡の華

ボラットが暴き出すアメリカ人の高慢や偏見や差別。
しかし彼の“負け顔”によって本音を話してしまう人々のほとんどが一般的などこにでもいる普通の人々だ。
いやヘンテコな言動をするボラットを無視しないで関わろうとし、時には心配してくれている分、普通の人々より良心的な人々かもしれない。
しかしボラットはそんなどこにでもいる普通の人々(もしくはより良心的な人々)の中にある偏見や差別の心を暴いてしまう。
もしかしたら本人すら気づいていないかもしれない自分自身の内に潜む悪。
サシャ・バロン・コーエンが最もやりたかったことは、多分これなんだと思う。
無知と無自覚によって人々の心に咲き狂う惡の華、それをより残忍で残酷な方法で炙り出してみせる。
彼の人生やアイデンティティのすべてを賭けて。
この映画で唯一くらいの“善”なる存在として登場するのがアフリカンアメリカンの半グレ集団と売春婦の女性。
彼ら彼女らはどう見てもヘンテコなボラットにも優しい。
サシャ・バロン・コーエンは心の中で信じているのだと思う。
人々の中にきっと眠っている善の心を。

馬鹿げていて、破廉恥で、非常識な映画という着ぐるみに巧妙に隠れた超社会派モキュメンタリー。
上っ面だけ観て「つまんねー」とか言ってると痛い目にあいます。

そして今回この大統領選前のタイミングでAmazonPrimeVideoで続編が配信。
今回はトランプにもマイク・ペンスにもルディ・ジュリアーニにも仕掛けています。
しかしこのタイミングでこれを配信できるということは、やはりアメリカは最低で最高の国だなと思いました。

ちなみにアメリカ事情に詳しくない方は置いていかれるシーンが多いので、ラッパーのダースレイダー×映画評論家の町山智浩のウォッチパーティー(せーの!で再生するとお二方が各シーンを解説してくれます。)のアーカイブをYouTubeに残してくれているので一緒に視聴するのがオススメです。


映画にコロサレル!
ニシダ

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