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雀ゴロ日記⑭ 伝説の雀荘I

 昔、地元に知る人ぞ知るIという雀荘があった。

 ある日Iのマスターが祖父と父に挨拶に来た。なぜかオーナーでも店長でもなく、マスターと呼ばれている。どうやら長年続けた店を閉めるらしい。これも時代の流れだろう。

 Iが別格扱いされているのは、そのレートに理由がある。三麻の1局精算の店なのだが、基本レートがデカピンなのだ。バブル時代は連日満卓で、ここでの負けで家を失った人もいるそうだ。

 そもそも、麻雀で使うお金と日常生活で使うお金は感覚が違う。1回15分から20分ぐらいのワンラスで1万円動くような三麻を打つ人間でも、日常生活で使う1万円は高く感じるものだ。麻雀で1回に1万円払ったとしてもそれは一時的で、そのお金は行ったり来たりするので使ったという感覚はない。現金ではなくチップを使って精算する店だと、より感覚の違いを感じるだろう。

 デカピンは特別なレートだ。1番メンタルにくるレートかもしれない。ある意味、麻雀打ちはお金の感覚が麻痺しているとも言えるが、デカピンはその麻痺を無くしてしまう。経験がある人は分かるかもしれないが、8000点が8000円に聞こえるのだ。ピンで打っていて8000点払っても、いちいち800円払ったとは思わないだろう。デカピンを打つと、どうしても日常生活のお金の感覚に引き戻されてしまう。


 知り合いのO社長が、最後にIの常連だった人達で麻雀を打とうと提案し、そうそうたる顔ぶれが集まった。祖父と父の代わりに自分が行くことになったが、自分以外はほとんどが会社の社長か会長だ。場違い感が多少あるが、幼少の頃から可愛がってもらってきた人達でもあるので、安心感もあった。久しぶりに会ったN会長が話しかけてくる。

「なんだよ、お前のとこは爺ちゃんでも親父でもなく孫が来たのか!雀ゴロ3代目だな!」

「お久しぶりです!今日はNさんと打とっかな。」

「おう、打つか!昔お前の親父には相当やられたから息子から取り返すわ!ガハハ!」

 とりあえずカモを確保した。

 Iではまず10万円を点棒に両替する。目の前にいきなり100万円以上の金が積まれた。こんなルールが毎日満卓だったなんて、店もさぞかし儲かったことだろう。すぐ入れて、いつでもやめられる手軽さが受けたのかもしれない。
 1局精算なのでウマやオカもなく、ひたすら点棒の支払いだけが行われる。昔のことで場代のシステムをあまり覚えていないが、一定の時間が経つと場代を払っていた気がする。
 

 自分はO社長とN会長と同卓になった。Iでの最後の麻雀ということもあり、全体的に和気あいあいとした雰囲気で打っている。だが、自分は社長連中と違い、このレートで笑いながら負ける余裕なんてない。1人だけ鉄火場の雰囲気で、乞食のようにアガリにいく。

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 デカピンの緊張感からか、いきなりやらかしてしまう。配牌で役牌のドラが2枚きたが、ここのルールが2翻縛りだということを忘れ、「ポン!」と声が出てしまった。
 いっそ誤ポンにしたほうがよかったが、開局早々の誤ポンは恥ずかしい。ホンイツかトイトイで無理矢理2翻にするしかない。

 こんな仕掛けが成就してしまうのだから、麻雀は何が起こるか分からないものだ。

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 このアガリをきっかけに手が入り続け、脇の2人の点棒がなだれ込んでくる。O社長もN会長も、好形のリーチは打っているがなぜか全くツモれない。対象的に、自分は愚形も簡単にツモれるので負けようがない。完全に独壇場だ。

 N会長が「流れを変える」と言ってトイレに立ち、待っている間に高レートでは絶対にやってはいけないことをしてしまった。いくら勝ってるのか数えてしまったのだ。
「勝ち額は途中で数えない」これは高レートの鉄則だ。勝ち額を数えてしまうと、どうしても押し引きに影響が出てしまいがちになる。この日もそうだった。

 自分の麻雀が狂い始め、消極的な選択が増えたことにより点棒が徐々に減っていく。このままではマズいと思っていると、この日の分岐点となる手がやってきた。

 

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 親でこんな好配牌が来た。メンホンチートイのシャンテンで、とりあえず68sを落としていく。

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 6巡目まで進むと、全体的に異様な河になっている。ピンズと字牌が1枚も出ていないのだ。最初は鳴くことも考えていたが、字牌は持ち持ちになっているかもしれない。
 ここでチートイ固定の赤5pを切ると、脇からはチートイドラドラは考えやすい。テンパイまで時間がかかると字牌は出ないだろう。南北中も残っているか怪しい。3p引きや、字牌が連続で鳴ける可能性も考え、中を打ってしまった。

 次巡のツモは1番見たくない中。そして連続で南と北がバタバタと切られる。ダマならアガリを拾えていたに違いない。

 終盤までテンパイしないのでアガリを諦めていると、自分がメンホンチートイをテンパイしていたら振り込んでいたはずのO社長からリーチが入る。(嫌な予感がする……。)

「ツモ!アガれるときはこんな待ちでもアガれるもんだなー!)

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 ラス牌の5pを力強くツモられた。アガリ逃しのあとは大抵こんなものだ。

 そこからは地獄だった。自分だけがアガれない時間が延々と続き、大量に入っていた点棒は見る見るうちになくなっていった。普段のフリーならやめるところだが、さすがに途中で帰ることはできない。

 決められていた時間になり、精算してみんなで飲みに行くことになった。自分は2500円浮き。途中まで30万以上浮いていたのが2500とは。

 精算を終えると、勝った人達が用意していた封筒に勝ち金を入れて、マスターに引退祝いとして渡していた。こういうのを粋な計らいというのだろう。
 溶かした金のことをウダウダ言っている自分とは違う社長達の余裕。惨めな気持ちでいっぱいになった。

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