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時の流れと日記

光陰矢の如し、、、気づけば、あれから一年、数年、いや、数十年が経っている、という感覚になることがある。その時、若さへの喪失感、もしくは積み上げた経験に対する満足感を同時に感じたりしている。

こんなとき、時間がサーっっ、と流れている感覚、なんだかむなしくなる事が、特に、20代は多かった。歳をとるにつれ、時の流れは速くなると聞くが、ここ数年の時間は、逆に少しゆっくり流れるようになった。

原因として第一に思い付くのは、日記を付け始めたことかもしれない。一日を振り返り、出来事のみならず、食べたもの、いただいたもの、感じたこと、考えたこと、悩み、愚痴、天気、ちょっとした発見、アイディア、なんでも書く。くだらないと思うことでも、後で見返すと面白いし、自分の一歩一歩の足跡が見えてくる。つまり、いっきに一年たったと粗く感じるのではなく、いろいろ食べたり、考えたり、悩んだり、人にものをもらったりしてる、細々したことの上に、今日があることを実感できる。

日記は、とても奥深い作業だ。最初は一言日記や体のいい言葉が多かったが、だんだん人や後々の自分に見せたくない胸のうちや、どうでもいいようなありふれた事も書くようにした。そうすると、大きな出来事だけじゃなく、小さな出来事にも、出来事と呼べないことにも気が付き始める。日記を書き、たまに読み返す作業は、漫然と流れる時に、点を打っていくようなものだと思う。

ちなみに、日記習慣が付くようになったのは、『ほぼ日手帳』を使い始めてから。紙質やレイアウトが、なぜか日記を書く心を自由にしてくれる。

こんな簡単で些細なことが、時の流れをゆっくりになるという感覚を産み出すことが不思議だ。簡単でささいな事柄こそ、真実が見えてくる。

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