『ホット、それとも…?』
子供の頃から人一倍汗っかきでした。冬でも鼻の頭に汗の粒を浮かべていました。
「犬みたい」とよくからかわれました。
友達もなかなかできませんでした。
近寄ると暑苦しいと手で追い払われました。「犬みたい」に。
自分ではわからなかったのですが、家電製品なみに放射熱も高かったようです。
「地球温暖化の原因はお前なんじゃないのか」と真剣な顔で言ってくるクラスメートもいました。
「そんな体質じゃ、将来寿司屋は無理だなあ。ネタが新鮮でなくなっちまう」
と先生にもからかわれました。
別に寿司屋になりたいなんて言ったことはなかったのに。
彼女もできたことはありませんでした。
バレンタインデーのチョコレートももらったことはありませんでした。
ある年の冬。
大寒波が列島を襲い、各地で被害が相次ぎました。
北の方では豪雪で家が埋まったり、高速道路も通行止めで機能不全に陥りました。
みんな携帯カイロを身体中のポケットに忍ばせて通学していました。
そんなある日の昼休み。
クラスの女子生徒が椅子に足を引っ掛けて倒れかかってきました。
「きゃあ!」という声に反応して思わず両手で受け止めようとしましたが、タイミングが遅かったのです。
しっかり抱きしめるような体勢になってしまいました。
「ごめんなさい」と言いながら、抱き起こそうとしましたが、彼女は動きません。
どころか、頬をぐいぐいと僕の胸に押し付けてくるではありませんか。
さらにうっとりした顔で、
「あったかあーい」
その日から僕のいわゆるモテ期が始まりました。
といっても毎年冬の間だけですが。
秋が深まる頃に始まり、冬が終わり春になる頃にはみんな離れていきました。
毎日僕の身体にしがみつくようにして歩いていた彼女たちも、桜の咲く頃には寄り付きもしなくなるのです。
まあ、カイロがわり、だったんですけど。
実際、クラスの男子からはやっかみもこめて「カイロ」と呼ばれるようになりました。
でも、それもいいかなと思っていました。
そんなこともこれまでなかったのですから。
僕も人の役に立てると思うだけでよかったのです。
僕の放射熱が人を幸せにすると。
ところが、その年の彼女は違ったのです。
春になってもいっこうに去ろうとはしないのです。
梅雨も終わり、夏になりました。
相変わらず、僕の腕にしがみついてきます。
逆に「暑いな」と思ったのは申し訳なかったです。
9月になっても彼女は楽しそうです。
「夏も終わりだねえ」とか、
「今年の秋はどうかなあ」と探りを入れてみました。
彼女は、
「そうだねえ」と言うばかりです。
どうして彼女は夏になっても離れていかないのでしょう。
たまらず聞いてしまいました。
「どうして?」
「夏でもホットコーヒーが好きな人もいるのよ」
あれから20年。
彼女は僕の前で湯気の立つお気に入りのカップを美味しそうに口に運びます。
「あら、もうこんな時間」
もうすぐもう一人の、将来のホットコーヒー好きが帰ってきます。
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