第69回全国高校駅伝(男子)観戦記
昨日(2018/12/23)は、男子69回・女子30回の全国高等学校駅伝競走大会が開催されました。県予選を勝ち抜いた高校トップランナーが師走の京都・都大路を走る駅伝日本一を決める大会です。
男子はマラソンと同じ42.195Kmを7区間、女子はハーフマラソンと同じ21.0975Kmを5区間で争います。かつては「駅伝児の甲子園」(今も?)とも呼ばれていました。
今年は午前中の女子のレースは都合で観戦出来ず、午後の男子のレースだけを観ました。各校のエースが顔を揃える花の1区(10km)は難コースです。前半のだらだら上りを集団の中で余裕を持って走った選手達が、後半の下りでギアを入れ替えて、一気にスピードアップします。エースの意地とプライドをかけたつばぜり合いが最大の見所です。
2008年から外国籍の留学生ランナーの起用が禁止され、日本人選手だけがエントリーされるようになった為、その年の日本人高校生最強ランナーの称号を争うレースと考えられています。今年のシカゴマラソンで日本新記録を樹立した大迫傑選手は佐久長聖高校(長野)の3年生だった2009年の60回大会で区間賞を獲得しています。
今年の1区は、今年度の高校長距離トラックシーズンを牽引してきた九州学院(熊本)の井川選手がスタートから積極的に先頭を引きましたが、後半の下りに入ってから、連覇を目指す佐久長聖の主将、松崎選手がペースアップしてレースを動かしました。最後は埼玉栄(埼玉)の2年生、白鳥選手が見事なラストスパートで後続を引き離し、区間賞を獲得しました。2位は八千代松陰(千葉)の2年生の佐藤選手で、3位が佐久長聖の松崎選手。下り坂に入ってからのスパート合戦は見所がありました。
2区は1区の勢いのまま埼玉栄が順調にリードしますが、3区で優勝候補の一角、倉敷(岡山)のケニアからの留学生、ワールドクラスのランナーと言われる、キプラガット選手が格の違いを見せつけて、あっさりと首位を奪取します。後半やや伸びなくて区間記録更新はなりませんでしたが、圧巻の走りで後続を引き離します。ここで倉敷がレースの主導権を握りました。
4区に入ると、ここまでの各選手が好走を見せて上位につけていた名門・世羅(広島)の留学生、ムワニキ選手が快走し、区間タイ記録をマークして世羅が先頭に立ちます。これまで一度も駅伝レースを走っておらず、実力未知数だった1年生は爆発力を秘めていました。
4区で2位に下がった倉敷は、5区でその差を詰め、6区の石原選手がコース中盤で先行する世羅の北村選手に追い付き、逆転します。7区の井田選手も冷静な走りで、倉敷が2年振り2度目の優勝を果たしました。
優勝タイムは2時間2分9秒の好タイムでした。2位は後一歩追い切れなかった世羅、3位には、これまでも力のある選手を多数擁しながら京都では今一つ実力を発揮できなかった学法石川(福島)が学校最高記録をマークして入りました。優勝候補の一角で二連覇を狙った佐久長聖は、主力選手達が今一つ力を発揮出来ず、5位入賞に留まりました。今年も実力伯仲でなかなか見応えのあるレースでした。
この大会に出場して活躍した選手が、大学や社会人に進んで、今度は箱根駅伝やニューイヤー駅伝で活躍するのを観るのも楽しみの1つです。ずば抜けたトップランナーこそ年によってばらつきはありますが、大会に出場する選手の平均的な底上げは年々確実に進んでいると感じます。全国大会常連の有力校では、最早5000m14分台程度の実力ではメンバー入りすら難しいのが実情です。優勝争いをする強豪校では、短い3Km区間にも5000m14分台前半のタイムを持つ選手が起用されます。
私が駅伝好きになるきっかけは、高校駅伝です。初めてTV観戦したのは、中学1年生だった1981年大会で、兵庫代表の報徳学園が初優勝しました。アンカーは当時1年生で、現報徳学園監督の平山征志選手でした。それ以降、兵庫県勢は1985年まで五連覇を達成しています。その後、3年間優勝から遠ざかりますが、1989年には兵庫勢がワンツーを占めてします。2000年代前半頃までは「兵庫を制するものは全国を制す」と言われていました。
当時の兵庫県は、報徳学園と西脇工業の二強が君臨していました。報徳学園には今年逝去された鶴谷邦弘先生、西脇工業には渡辺公二先生という、共に全国的に名を知られた名伯楽がいました。
両校は自他ともに認めるライバル同士で、切磋琢磨しながら、毎年錚々たる選手を輩出していました。兵庫県の高校が強かった背景に、兵庫県内の中学生ランナーのレベルが非常に高かったことが挙げられます。全国トップクラスの優秀な中学生ランナーが、報徳学園あるいは西脇工業に進学して主力になる、という長距離王国としての好循環が出来上がっていました。
兵庫が駅伝王国になる前には、九州勢が断然強かった時代がありました。熱血指導者によって、厳しい走り込みで鍛えられた層の厚いチームが目白押しで、毎年全国大会の前哨戦にあたる九州大会で好記録が出ていました。今でも、大牟田、福大大濠(福岡)、小林(宮崎)、鳥栖工、白石(佐賀)、九州学院(熊本)、鶴崎工、大分東明(大分)、鹿児島実(鹿児島)等、九州には駅伝の名門、古豪、強豪校がひしめいています。
1990年代になると、ずば抜けた実力を持つケニア人留学生が登場するようになり、勢力図が一変し始めます。先駆けは仙台育英(宮城)でしょう。最初の頃は、”一発屋”的な大砲留学生が1区で大量リードを築くものの、レース中盤で実力校に抜かれずるずる後退するパターンが多かったように思います。
ところが、埼玉栄から招聘した渡辺高夫氏が監督に就任した頃から、日本人選手の強化も進み、コンスタントに優勝争いできるチームを都大路に連れてくるようになりました。現代の高校駅伝のモデルを作ったのが、この時代の仙台育英であり、今回出場チームでも、倉敷、世羅、仙台育英、大分東明、青森山田、等、ほぼこの強化パターンの踏襲と言ってよいかと思います。これらのチームでは、強力な留学生に日常的に刺激を受けることで、日本人高校生の実力向上も目覚ましいものがあります。
外国人留学生という圧倒的存在を有効活用する流れに対抗するように、複数の日本人トップランナーを育てることに徹するチームも確実に存在します。長野の佐久長聖、兵庫の西脇工業、福島の学法石川、熊本の九州学院、三重の伊賀白鳳(旧・上野工業)あたりはその代表格と言えるかもしれません。特に近年は、学法石川のチーム強化が進んでいて、有力選手を多数輩出しています。現東洋大学監督の酒井俊幸氏、中央大学出身で学生長距離界のトップランナーだった現監督の松田和宏氏の育成方法が注目されています。
現代の全国高校駅伝で優勝する為には、5000m13分台~14分一桁で走る絶対的エースの存在に加え、実力的に遜色のない準エース級の選手が他に2~3名揃えることが必要不可欠になっています。今年の大会は、2年生選手の活躍が目立ったので、来年大会も楽しみです。