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『「現金給付」の経済学』を読む

本日は、井上智洋『「現金給付」の経済学:反緊縮で日本はよみがえる』(NHK出版新書2021)の読書感想文です。深く読み込めたという手応えは獲得できなかったものの、割と読み進め易い本でした。


その意見に共感を感じた人

著者の井上氏は、現在駒澤大学経済学部准教授で、マクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論が専門(著者あとがきより)です。人工知能、ベーシックインカム、MMTなど、最近話題になるテーマについて著作があります。

私が井上氏を知るきっかけは、齋藤元章氏との共著『人工知能は資本主義を終焉させるか 経済的特異点と社会的特異点』(PHP新書2017)です。第2部の「社会的特異点」は、人工知能エンジニアの齋藤氏の独壇場で、最新のテクノロジーでは、私の想像が全く及ばないことが、どんどん可能になっていくことが紹介されています。

第1部の「経済的特異点」編では、齊藤氏が繰り出す疑問・質問・意見に、斬れ味よくコメントを返されていて、「小気味いいなあ……」と思いながら読み進めていくと

そもそも私は、小学校で通信簿をつけること自体に反対です。現実にはなかなかそうはいきませんが、できれば大学の成績評価もなくしたいし、くたばれGPA(各学生の成績を総合して0~4点で表した評価値)と思っています。要するに、人の能力や成果を数値で評価すること自体が、残酷で品のない卑しい営みだと思っているわけです。いまの社会では所得の額が、本人がどれだけ頑張って働いたかとか、本人にどれだけ能力があるのかを示す通信簿のようになっている面があります。

P117

と書かれていました。まるっきり同意したい意見です。他にも、問題の捉え方や焦点の当て方に共感する部分が多かったです。

反緊縮加速主義

井上氏は、経済学者としての自分の立場について、

私が志向しているのは、言わば「反緊縮加速主義」だ。これは、国民にお金をばらまくような政策によって、需要の喚起とイノベーションを促進し、資本主義のダイナミズムを加速させて、資本主義を乗り越えようとする立場だ。

P213

と書いています。

本書を読み終わるまでは、「反緊縮」には、財政的規律は不要で、野放図なばらまきを容認する乱暴な立場ではないのか、という疑問がありました。「加速主義」には、技術至上主義によって、少数精鋭の資本主義を極限まで推し進める過激思想、という穿った見方を持っていました。

本書を読み終えた後も、「資本主義のダイナミズムを加速させて、資本主義を乗り越える」ことが実現可能なものなのか、心底肯定できる確信はないものの、論考には、納得できると感じたものが多かったのは確かです。

MMTへの架け橋

MMT(Modern Monetary Theory/ Modern Money Theory 現代貨幣理論)に対しては、とんでも理論?という偏見があり、学んできませんでした。MMTは、井上氏の専門研究分野の一つです。本書でも触れられていて、非常に取っ付き易く説明されています。

MMTの理解を難しくし、納得を妨げているのは、私たちが幼少期から刷り込まれている「借りたものは必ず返さなければならない」「収入と支出はバランスさせないといけない」という価値観(道徳?)かもしれません。

日常生活や人間関係は持ちつ、持たれつで成り立っていて、誰かから受けた恩や庇護、借りたものは、「いつかは」「相応に」返す義務がある、と教えられて育ってきました。恩を踏み倒すのは恩知らず、義理を弁えないのは不義理者、借りたものを返さないのは盗っ人と言われ、非難・軽蔑の対象となります。公的債務についても、同じ土俵で捉える思考からは簡単に逃れられません。

井上氏の説明によって、
●「マネーストック」と「マネタリーベース」の違いを知る、
●民間銀行に対する誤解を知る、
●「統合政府」という考え方を知る、
ことで、特定条件下でのMMTは真っ当な政策という考えに至っています。

まだまだ理解が不十分で、深く腹落ちしていない部分はあるし、財政規律論者の主張内容にも、一定の理があるような気がしています。統合政府によって自由自在にお金が産み出される仕組みがOKで、悪性インフレを引き起こさない限り、巨額の財政赤字も心配ないのなら安心ですが、何となく怪しさも消えません。

ベーシックインカムは導入不可避

ベーシックインカムという用語が日常会話レベルでも知られるようになり、数年前の、導入すべきか/すべきでないか、という入口の議論から、徐々に具体的な制度設計をどうするか、法的根拠、価値観設定をどう形作るか、という次元へと進化してきている感触を持っています。

ベーシックインカムということばの是非は別として、人間が人間らしく生きていくためには、不公平や不条理によって不利益を被る人々を救済する為に、社会に張っておくべきセーフティネット的なものの導入が必要だ というのはコンセンサスになりつつあるように思います。コロナ禍はその兆候を加速させたように感じます。

井上氏のような最新の経済理論と各国の経済政策に通暁した研究者は必要とされて欲しいと思います。

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