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観客席ではなくピッチに立ちたかった頃

本日のnoteは、『観客席ではなくピッチに立ちたかった頃』という私の思い出話です。極私的な内容になっています。

スポーツをすることで培われた価値観

私は、中学・高校で陸上競技を、大学でフィールドホッケーをやりました。10代から20代前半の人格形成期に、素質や実力の差が冷酷に突き付けられるスポーツに真剣に向き合ったことは、私の人生に大いに役立っています。早い段階できっちりと「挫折」を知れたことは、大きな財産です。

「上には上がいる」「自分の素質や能力には限界がある」「自分はありきたりの凡人である」という現実を直視して、健全に自己否定ができたことはよかったと思います。自分より素質や競技能力に優れた選手は周囲にすら無数にいて、「近付きたい」「抜かしたい」「上を目指したい」と自己鍛錬に励むこともできたし、目標とする選手と自分との違いを冷静に比較して、自分が最も活きる道を考えて工夫することも覚えました。

私はもともと負けず嫌いな性格です。他人より劣っている自分が許せず、そのような状況を激しく卑下する傾向が今でもあります。もしも、あの時期にスポーツを体験せず、向き合うべき現実と対峙して力の無さを実感し、プライドを挫かれる機会を持たなかったら、自尊心だけが異常に強い、鼻持ちならない歪んだ大人になった可能性があったと思います。

レギュラーで試合に出たい

大学生で取り組んだフィールドホッケーは、チームスポーツです。卒業後にホッケーを職業にできる可能性はなかったので、純粋に大学四年間限定と割り切って向き合ったスポーツでした。

四年間(実際には三年ちょっと)で、個人の能力をどう磨き、どうチームに貢献していくかという問題に真剣に向き合いました。私が個人で定めた目標は、まずチームのレギュラー選手として活躍すること。更に「チームの中心選手」「不動のレギュラー」という地位を確立し、結果としてチームが強くなることを望みました。優先順位は、個人の成功>チームの成功 でした。

入部してすぐのリーグ戦を観戦した時、レギュラーで試合に出てプレーするのと、リザーブや補欠でピッチ外で観戦しているのとでは、大学生活の充実度・濃度が全然違ってしまう、と直感しました。自分は常にピッチに立ち続けるチームの中心選手にならねばならない、その為に上を目指して努力するんだという気持ちだけは、現役選手時代一度も揺らいだことはありません。

初めて公式戦のスタメンに抜擢された時は、嬉しかったものです。やっと与えられたチャンスでした。どんどん活躍して、存在感をアピールして、称賛を得て、とエゴばかりが空回りしていたように思います。自分勝手なプレーでチームに十分な貢献ができず、信頼も得られず、スタメンを外される屈辱も経験しました。そのことに反発して不貞腐れた態度を取っていた時期もありました。当時の恥ずべき言動や行動は、今でも深く反省しています。

最上級生になってやっと念願のレギュラーに定着してからは、チームが勝つ為に自分の果たすべき役割は…… という自覚と責任感、献身が加わり、結果的にチームへの貢献も増した自負があります。満足のいくホッケー人生でした。私の人生でほぼ唯一悔いのない、「成功」と呼んでよい思い出です。

観客席では満足できない

ホッケーを通じて培った価値観は、私にとって大きなものです。
「何かを真剣にやる以上、不動のレギュラーと認められてピッチでプレーする立場でないと自分は満足できない
随分と傲慢ですが、これは、抑えきれない私の偽らざる本音です。

リザーブ選手としてベンチで出番を待ったり、チームの裏方としてサポートにまわったり、観客席で試合を観戦したり、野次を飛ばしたりという役割は、一時的ならば甘受できても、心底は納得できなかったと思います。

もしも、私がチームのレギュラーになれないレベルの選手だったり、中途半端な役割しか求められない選手だったとしたら、最後まで前向きにホッケーに向き合い、純粋なチームプレーヤーとして振る舞えたか甚だ疑問です。

スポーツの世界では、実力がありながらもチームのレギュラーを外された選手が、全力でチームのサポートにまわる美談をよく聞きます。私は心の底からその選手の人間性を尊敬します。私には、おそらく受け容れられない現実であり、同じような態度を取る自信がありません。

その後多少は人生経験を積んだこともあって、今ならば、自分が「中心選手ではない」という現実にも、周囲からの扱いにも、割り切ってそれなりに対応できる術は身に付けていると思います。

ただ、そういう状況の時は、自分はその対象に心底本気に向き合えないだろうな、自身100%の献身はできないだろうな、という予感はあります。観客席ではなく、ピッチでスポットライトを浴びていたい、そういう立場でないなら心底真剣にやる意味がない、という気持ちは、おそらくこれからも消えずに残っていく気がしています。

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