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金目銀目。

 暑い。真夏の焦げつきそうな陽射しが、わたしの体に容赦なく降り注ぐ。急いで藪のトンネルの中に入りこんだ。
 わたしは親からはぐれた仔猫だった。アオガエルのつややかな背中を追いかけたり、モンシロチョウの羽ばたきに見とれたり、出会うものすべてが美しく、珍しく、迷ってしまったのだ。
 藪の中には見慣れぬモノがいた。大人の、毛並みの長い白猫だった。影にあっても、ギョッとするほど眩かった。
『いいかい、大人の雄猫には注意しな。お前をいじめるかもしれないからね』
 母さんに言われていたことを思い出し、わたしの全身の毛がブワッと逆立った。逃げなくては。後ろを向いた途端。
「まあ、お待ちよ、ちっさいの」
 のぉんびりとした声が、引き留めた。それは明らかに雌の声で、ふり向いたわたしは、瞬きを忘れた。
 白猫の瞳が輝いている。片側は満月のような黄金色で、もう片側は澄み渡った空のような薄青色で。左右の目の色が違い、夜空の星よりも見飽きぬほどだった。
「おや、あたしの目が気に入ったかい?」
「ミャゥ!」
「ふふん、ありがとよ。でも、この目をいただいた代わりに、耳が弱いのさ。不便もあるが、ま、あたしもこの目が気に入りだよ」
 本当にとっても素敵な目、わたしもそんな目になりたい! なにしろわたしの体はつまらない真っ黒で、目の色は両方同じ黄緑色で……。わたしは懸命に白猫に、訴えた。
「ふうん。まだお前さんは、言葉を話せないんだね。ミャウミャウってしか喋れないってやつさ。あぁ、意味は通じているよ。でもまだまだ魂は、幼いんだね」
 魂は幼い? 首を傾げていると、白猫がフフンと笑った。
「やれやれ、そんなこともわからないのかい? 猫には九つの魂があって、一度死んでもそこで終わりじゃない。九回生き返りをするのさ。猫に九生有り、って言ってね。その繰り返しの魂が成長する合間に、言葉も喋れるようになっていくのさ」
 知らなかった。そういえば、わたしの兄姉の中にも、言葉を話しているこもいたっけ。あのこは何回か魂が成長しているのかも。
「あたしの名前はルフラン。今は飼い猫さ」
 わたしはルフランにミャアミャアと聞いた。どうすれば、そんなに綺麗な目を持てるの? 
「この色違いの目は、金目銀目と人間たちに呼ばれて、縁起がいいってもてはやされてる。でもあたしにも、どうしてこの目を授かったかはわからないねえ」
 ルフランは、前足をなめながら答えてくれた。
「願ってみたらどうだい? なにしろ猫は九生だからね。その繰り返しの魂の間には、金目銀目になれる機会があるかもしれないよ」
 あ。母さんの鳴き声がする。わたしを探してる。ルフランにさよならを言って、わたしは藪から出ようとした。
 最後に教えて。その目には世界がどう映っているの?
 するとルフランは色違いの目を細めて、ニッと口元をほころばせた。
「そいつは、自分で確かめるんだね」
 それから何度も探したけれど、ルフランには二度と会えなかった。わたしは大人になり、恋をして、子を授かった。そして老いて、死期を迎えた。死ぬ間際に、ルフランのあの瞳を思い出した。
 次の魂の繰り返しでは、わたしは雄の虎猫だった。その次は錆猫の雌で飼い猫だった。幾つか魂の繰り返しをするうちに、わたしは言葉を覚えていった。
 そしてとうとう、わたしは真っ白い体に、黄金色の瞳と、薄青色の瞳の、金目銀目に生まれ変わっていた。
 真夏の暑い日に、わたしは草藪のトンネルで涼んでいた。間もなく、真っ黒い仔猫が一匹、後からやって来た。仔猫はわたしを見ると、黄緑色の瞳を真ん丸にした。
「おや、ちっさいの。わたしのこの目が気に入ったのかい?」
 わたしはあのときのルフランの気持ちになって、語りかけていた。けれど仔猫はフフンと笑い、前足をなめだした。
「めでたく金目銀目になれたんだね。よかったじゃないか」
 可愛らしい声だったが、その口調はまるで……。わたしは急いで仔猫の匂いを嗅いだ。懐かしいその匂い。
「ルフラン!」
「あのときは言わなかったけれど、あたしは黒猫になるのが、ずっと願いだったのさ。それで、その目には世界がどう映っているか、わかったかい?」
 わたしはルフランに頬ずりをして、答えた。それを聞いたルフランは、笑った。
「なんだ。やっとわかったのかい」
 そう、世界は変わらずに美しく、珍しく。驚きの毎日だ。  (了)



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