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「遊び心」という魔法をかけよう

うちの会社のビジョン、ミッション、バリューは、去年の今頃みんなで大切にしたいことを話し合って決めたものだ。「コトリーさん」とslackのbotに入れると召喚されるようになっている。

私たちはこれを大切にしていて、今でも内容にそれほど違和感があるというわけではないのだけど、新しいメンバーも入ってきたので、改めてそれぞれが感じていることを共有し、見直す時間をとることになった。

ひとつひとつの項目について話をする中で、バリューのひとつである「遊び心を持つ」という項目について、メンバーから何度か質問があった。

「これ、最初はなんで入れたんですか?」

「どういう意味ですか?」

それに対して私はこんな感じで答えた。

人を支えようとか役に立ちたいと思って活動していると、ときとして責任感に苛まれて苦しい。そういうときに自分たちが「遊んでいる、楽しんでいる」ことは大切。ユーモアを持つことも大事。自分たちが遊び、おもしろがり、相手も楽しませる姿勢を持っていたい。それに、「やらねばならぬ」から解放されたところにある「遊び、余白」から価値が生まれることもあると思って。

うまく言えなかったんだけど、こんな感じのことを言った。

最終的に、みんなの意見をまとめてつくりなおした「バリュー」案から、「遊び心を持つ」は消えて、「希望を持つ」に吸収されていた。「遊ぶ」ということばが少し浮いてみえたようだし、「希望」とそれほど違いが感じられなかったのかもしれない。

まぁ、しょうがないか。

そう思っていたのだけど、「遊び心を持つ」は、考えれば考えるほど大切な項目のように思えてきている。

遊ぶ人は、自由で主体的である

「遊ぶ」という言葉は、一般的に「本気」の逆みたいに捉えられがちだ。「遊びじゃないんだ、本気でやれ」「あの人に遊ばれた、私は本気だったのに」。

このときの「遊び」がネガティブな空気を帯びるのは、「弄ぶ」「軽んじる」「責任をとるつもりはない」というニュアンスが含まれるからだと思う。仕事は他者のためにやることだから、責任を伴う。相手からすれば、軽んじられて無責任に弄ばれたらたまったものではない。

でも、遊びの本質は、そういうことじゃない。

すっごい楽しいバカに、お金もらってやっている人は勝てないんですよ。(糸井重里さん)
真剣にやれよ。仕事じゃねーんだぞ。(タモリさん)

「遊び」についての有名な研究者さんたちがいう「遊び」の定義において共通する要素は「自由な」「非生産的」「未確定」「隔離された」などいくつかある。その中でも最も重要な要素は、それが「自由な」つまり「主体的な」活動だということだ。そしてそれが「隔離された」つまり「安全な」場所で行われる。

仕事や制度や報酬によって強制されるのではなく、安全な空間で、個々の自由な意思で行っているのが「遊び」ということだ。自分がやりたいからやっている。だからこそ、もっと本気になれるし、もっと楽しむことができる。責任を負うかどうかとは関係ない。

「遊び」の反対は「仕事」ではない。「抑うつ」だ

って、海外の有名な遊び研究の人も言っていた。

「やりたいからやっている」人に「やらされている」人は絶対に勝てない。

「遊ぼう」という態度自体が、積極性や、好奇心や、創造性を生み出す。それくらい「遊ぶ」という姿勢は、人がコトと向き合う体験を根本的に定義するものだと思う。

そして、そのためには、安心して遊ぶことができる安全な居場所が必要なのだ。会社がもっと安全な場所になって、自由に、主体的に、真剣に遊べる場所になることが、結果的に強い組織をつくるのだと思う。

「ユーモア」には品性と想像力が必要である

もうひとつ「遊び心」ということばに込めた思いは「ユーモア」のニュアンスだ。「ユーモア」はとても素敵な言葉で、google検索で一番に出てくるのはこちら。

良い…

上品なしゃれ。人生の矛盾を、人間共通の弱点として寛大な態度でながめ楽しむ。

人の中に矛盾ってあるよね。生きるって滑稽だよね。人間ってそんなもんだよね。それを上品におもしろがる態度って、ゆとりがあって、なんかいい。

それに、wikipediaにはこんなことが書いてあった。

ユーモアには「センス」が必要であり、ユーモアのセンスというのは、聞き手と自分を対等に扱う、という心の姿勢であり、また、受け取り手にとっては自分が使おうとしている表現が一体どう感じられるか ということを相手の身になって想像すること、「思いやり」である。

ユーモアを発するときには、それを受け取る相手が存在している。相手との関係性に基づいた繊細な思いやりが、ユーモアを品性と笑いに満ちたものにするのだ。

「一緒に笑おう」

そんな寛容さと配慮が、ユーモアだ。

矛盾や滑稽さをともにおもしろがる共同関係って、なんだかとても豊かな気がする。

「遊び心」という魔法

遊び心を持っていたい。遊び心を持てる組織でありたい。そんな思いをこめて、いったんは消滅した「遊び心を持つ」という項目を、わたしたちの価値規範である「バリュー」に復活させた。

この項目を会社の「バリュー」に入れるという意思決定は、「私たちは、みんなが安全に遊べる組織をつくる」というチームとしての意思表示でもある。

「遊び心を持つ」ユーモアを大切にし、不確実さや困難さをおもしろがる姿勢と余白を持とう

こんなリニューアル案を出して、みんながそれぞれの意見を出して、対話が生まれる。こんな風に、ビジョンを考えるために会社のみんなで深く思考できるのだって、おもしろい。そのプロセスをnoteに書いちゃったりしているのも楽しいし、このnote自体も毎日cotreeに関わってくれる人がnoteを書いていく「 #cotree_advent_note 」という「遊び」の67日めだ。誰も書くことなんて強制されていないのに、みんなゲームのように、自分のnote執筆担当日にnoteを書いている。

「遊び心」には「遊び」と「ユーモア」、つまり「自ら面白がる態度」「余白を持つ寛容さと品性」「他者への想像力を持ち一緒に笑う姿勢」を含んでいる。

そしてそのいずれもが、自分の「あり方」と世界のたちあらわれ方を一変させてしまう力を持っていることに気づく。それは「あり方」だから、他者や環境を変える必要はない。

本気で遊ぼう。そして、日々起こる不確実で困難な出来事を寛大な態度でながめ、他者ともにおもしろがる姿勢を持とう。

「遊び心」は、主体性と創造性と希望を生み出すために、誰もが自分にかけられる魔法なんだと思う。

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