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「天然ボケ」に関する一考察

私は昔から折に触れて「もしかしてあなたは天然…?」と言われることが時々あって、なんの根拠もなく「いえ、違います」などと答えていたのだけど、久しぶりに身近な人に言われたのをきっかけに、ふと思いを巡らせてみた。

「天然?」と言われて「はい!」と答える人は少ないのではないかと思う。だいたい、その時点でなんか天然ぽくない。

そもそも、「天然ボケ」ってなんなのか。

天然ボケ(てんねんボケ)とは、周囲からややズレた発言や行動を自然に行い、結果、笑いを誘ってしまう変わり者のことを指す場合が多い。天然と略されることもあり、天真爛漫によく似る。
天真爛漫が明るい素直な積極性に使われることが多いのに対して、力を抜いた自然さに使われることが多い。
漫才におけるボケは、笑いとツッコミを誘うために計算されてわざと行われるが、そのような「ボケ」的な行動を意図せずに自然に行う人物を主にいう。(wikipedia)

この定義から想像するに、笑いを誘うために想定される会話からの「ずれ」を生み、ツッコミと笑いを誘うのが「ボケ」であり、その「ずれ」を生むことを意図していないのに自然と生んでしまっているのが「天然ボケ」である。つまり「ずれ」「笑える」「意図していない」が、天然ボケの三要素であると仮定される。

「天然?」と言われて「はい!」と答える人が天然ぽくないのは、そこにすなわち「意図している」ニュアンスが含まれてしまうからだ。「そうなんです、天然やってま〜す」と言う人は、天然ボケではなく「天然ぽいボケを、なんらかの目的で生み出している人」である。

wilkipediaでは、「天然ボケの類似概念」まで挙げてくれている。「似ているけど違うもの」を精査することは、本来の概念を定義する上で参考になる。

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これらに、先ほどの3要素を当てはめてみよう。

不思議ちゃん:ズレてるし意図はないけど笑えないので天然ボケではない
ドジ:意図はないし笑えることもあるけど、、ズレでなく不足なので天然ボケではない
ポンコツ:意図はないし笑えることもあるけど、ズレでなくダメなので天然ボケではない
確信犯:意図的なので天然ボケではない
電波系:ズレてるけど、反社会的意図があったり笑えないことが多いので天然ボケではない

概ね、「ズレ」「笑える」「意図していない」との類似性と異質性が確認されたので、これらを「天然ボケ」の三要素と言って差し支えないのではないだろうか。

意図しないズレ

では、天然ボケにおける「意図しないズレ」はどのように生み出されるのだろうか。私自身のケースを考えてみると、こんな感じだ。

具体的に私のケースで言うなら、高校時代は「英・数・国総合の偏差値は高いけど、歴史の偏差値は20台だった。それくらい知能特性の凸凹があるので、期待する返しができずに、周囲からすると「頭いいと思ってたけど、、もしかして、、本当はバカなの?」と言うのが「ずれ」となって笑えたりするのかもしれない、と思う。

人によっては、「美人なのに変なこと言う」「スポーツはできるのに走り方が変」「さっきまで真面目だったのに急にどっか見てる」など、それぞれに異なる「ズレ」がある。そして、それが一貫性の糸に緩みを生み「笑える」ことがある。それが、「天然ボケ」の構造なのかもしれない。

「一貫性」への期待、笑えるズレと笑えないズレ

人は思考の単純化を好み、「一貫性」を求める生き物だ。

英数国ができる人は歴史もできると思いたいし、美人は食べ方も美しいと思いたいし、お金持ちは品があると思いたい。思いたいという認識などないことが多くて、実際にはただ単にそう「思い込んでいる」。

でも実際には、高学歴の人が仕事できないなんてことはよくあるし、アイドルはトイレに行くし、政治家はバカだったりするのだ。

そうした「勝手に想像している一貫性を持った人物像」からの意図しないズレは、時に失望を生むこともある。

その失望は「笑えないズレ」としてSNSにおける叩き合いでよく見かける光景でもある。SNSは「名誉ある立場にいるのに、なんでそんな間違ったことを言うのか」「なんで有名人が倫理的でない行動をするのか」などと、彼らの期待からの「ズレ」に裏切られた気持ちになっている人たちの怒りにあふれている。

そうして考えた時「笑えないズレ」が笑えないのは「誰かを傷つけている」「期待ほどの価値を生んでいない=高い期待を背負っている」であることが多い。笑えないズレは、逆に怒りを生むのだ。

では「笑えるズレ」の条件はなんなのか。

人が笑うのは「刺激が社会的である時」「刺激が危険でない時」「刺激が予期しないものである時」であると言われる。周りに人がいること、人を傷つけないこと、期待と異なるが裏切らない体験を生むこと。

これができるのが「天然ボケ」なんだとしたら、多様性の中で常に変化と創造性が求められる今の時代に必要とされているのはまさしく「天然ボケ」的人材なのではないだろうか。

などと思いながら、ガチで天然ボケを目指すのも良いな、と考える私には、その時点でもはや「天然」を名乗る資格はなくなるのだ。



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