
別れは、新しい関係性のはじまりである
J-POPのプレイリストを聴いていたら、「別れ」の曲が続いた。ふと歌詞検索サイトで「別れ」が含まれる曲を探すと、15,000件。「さよなら」は12,000件近く出てきた。
「愛してる」は6,700件、「出会い」は6,300件だ。感情を表す言葉で見てみると「悲」は35,000件、「苦」は20,000件、「楽」は27,000件、「喜」は9,700件、「怒」は6,000件。
愛の喜びよりも、別れの悲しみの方が歌われやすいということなのだろう。
親しい人との別れは、苦しみを伴う。望まず別れることになることもあるし、泥沼になってお互いを傷つけあって終わることもある。
「あのときもっとこうしていれば」「こんなに苦しいなら、そもそも関係を持つのではなかった」「もうこんな友達は現れないかもしれない」「もう一緒にいられなくて苦しい」「あの頃が懐かしい」「あの人さえいてくれれば」
そんなとき、人は別れを悲しむ歌を聴きながら、その気持ちを成仏させたいと願うのだろう。
切なげな別れの歌を聴きながら思うことがある。
それは「別れ」は必ずしも悲しむべきものではない、ということだ。
「別れ」は「喪失」として体験されやすいし、J-POPでは、別れの場面で「もう会わない」とか「二度と会わない」とか言いがちだ。
特に傷つけあって別れるときや、どちらかが一方的に離れるときには、悲しみや怒りが生まれ、そもそもその関係を持っていたことすら悔やまれてしまったりする。その傷がゆえに「もう会わない」みたいに極端な態度を取ってしまうこともある。
でも、せっかく育んだ関係性を「間違いだった」「もう一切会わない」で終わらせることほど悲しいことはない。
多くの場合、別れを経ても、それぞれの人生は続いていく。別れてしまうその人と「おしまい」にする必要はない。少し違った距離感で関わり続けることだってできるはずなのだ。
だから、「別れ」を「関係性が変わること」と捉えられるといい。ただ「失う」のではなく「新しい関係性」が生まれると考えると、別れはずっと幸せなものになる。
一つ、おすすめしたいことがある。
幸せでない別れの時ほどしっかりと対話の場を持ち、その人と共に過ごした日々を振り返り、苦しかったことも認めた上で、まず感謝の気持ちを伝える。
幸せでない別れの時には、傷ついたことばかりが思い出されるかもしれない。でも、ふたりが一緒にいる時間に、幸せな出来事はたくさんあったはずだ。別れる場面で、それを思い出して認めてあげることで、「いままで」が肯定される。
それから「今はふたりの関係性は変わりつつあるタイミングである。関係性は必ず変化するものであって、変化すること自体は悪いことではない。これからふたりは別々の道を歩いていくことになるかもしれない。これからのふたりの未来を見たときに、最良の関係性はどんな関係性だろう?」とお互いに問うてみる。
例えば「お互いをよく知っている良い友達でありたい」「遠くから見守っている、大切な人でいてほしい」「困った時には頼れる関係でいたい」などがあるかもしれない。
こうすることで、「今までの物語」は「新しい物語」に書き換えることができる。
ひとつの関係性の終わりを「失うこと」ではなく「新しい関係のはじまり」にする。「さよなら」ではなく「これからも違った形でよろしく」にする。
そんなことができたら、別れを歌うJ-POPを聴きながら涙する必要もなくなるのかもしれない。